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手紙

もうずつとずつと長い閒或る人に手紙を書き續けてゐます。いえ。手紙と云ふにはあまりに粗末で恥づかしいものです。一度も貴方にその手紙を屆けたことはありません。きつと死ぬまでないでせう。なぜなら私は丸っきり貴方が誰なのかすら分からない。ただ貴方はずつとずつと昔に死んでしまつた。それ以外本當に、貴方が何處の誰かも、齡も男かも女かも全く分からないのです。しかし今も何處かに確かに貴方はいる。すぐ隣りあるいは背後、いいえとんでもなく遠く遠くにゐるのかもしれません。

そして私は貴方に手紙を書き續けなければいけないのです。片時も休まずに、この投函することのできない手紙を書き續けなくては成りません。人はみな私のことを狂人だと云ひます。家族にも、友人にも戀人にも恐れられ見捨てられてしまつた。みな私のことをひどく氣持ちの惡い化け物を見るやうな目で見る。それでも私は手紙を書き續けなくては成らない。これが一生の贖罪であるかのやうに。

貴方は一體何處の誰なのでせうか。私は一體何者なのでせうか。もう全て分からなくなつてしまひました。

世の中は生き辛く死に辛い處です。生と死は平等でなくてはなりません。けれどみな死んではいけないとばかり云ふ。それなのに私を見ては恐ろしいことばかり囁きあつてゐる。

本當に、何も、信じることは出來ないのです。老いて死ぬるまで私は手紙を書き續けるよりほかありません。やはりこれは贖罪なのだと思ひます。きつと貴方を殺したのはこの私だ。罪は償はなくてはなりません。

嗚呼、死ぬこともままならなくなつてしまつた。

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片道切符

「黄泉比良坂まで」

人の行き交う仄暗いプラットホーム
たったひとつの荷物を抱え
錆び古びた列車に乗り込む

無音の喧騒
いちばん端の椅子に座り
列車の揺れに身を任せる
ゆらり ふわり
心無しか少し身が軽くなっただろうか

幾つもの踏切 鳥居 卒塔婆を
ゆっくりと通り過ぎてゆく
隣の乗客は徐ろに煙草を取り出した

誰の顔も分からない逢魔時

ふと窓の外
恐ろしいほどに鮮やかで
どうしようもなく美しい
真っ赤な夕焼け
燃え盛る一面の死人花

嗚呼、綺麗だな
なんて興味無さげな声を舌先に転がす

「もうすぐ日が落ちます」
手練たような掠れたアナウンス

夕焼けはどこかへ溶けて消えてしまった


あなたは何処へ向かったのだろうか
どうか私の向かう先に
その真っ白な死装束のまま
待っていてくれますように

どうか何も変わらぬままに


死に急いでいた
死に急いでいた
彼に頼み込んで
ようやく死んだのだ

後悔しないように
あなたと離れ離れにならないように
ひどく死に急いでいた

回る
回る

すっかり冥くなってしまった
あなたな未だ待っていてくれるだろうか
ぽつりぽつりと灯籠に灯が入る
幽冥に滲んで川を下ってゆく

片道切符を握りしめて
この汗ばんだ手に
くしゃくしゃになった紙切れをひとつ
ただただ大事に握りしめている

嗚呼何もかも忘れて仕舞いそうだ
あなたの顔もその声も名も
眠たくて仕方がないな


終点に着くまであなたは
待っていてくれるのだろうか