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Trans Far East Travelogue92

俺たちを乗せた新幹線は北九州の玄関口,小倉に定刻通り滑り込んだ。
早速手配されたホテルでチェックインを済ませ,部屋に入ると窓から小倉の夜景が一望できる。
俗に言う暴力団によって悲しく荒れた過去を経験したけれど、今では治安が安定して九州でもトップクラスの大都市に発展したこの街の歴史を知っていた俺は思わず「新たな〜♪時代へ挑め〜♪君の見上げる空へと続く道〜♪」と俺が好きな応援歌の前奏を口ずさんだら嫁が「ゆけ〜ゆけ〜ゆけ〜♪ゆけよ未来を信じ〜て♪江戸の風に乗〜って♪さあ世界で輝けよ」と見事な替え歌を披露してくれたので久しぶりに大笑いしてしまった。
そして,今度は嫁が「真面目な話なんやけど,誕生日プレジェント、何がよか?ほら,貴方はうちん誕生日にプロポーズしてくれたやろ?」と切り出すので「特に欲しいものはないかなぁ…カノジョも結婚相手も欲しかったけど,理想のパートナーそのものと言っても過言じゃない君が来てくれたからなぁ…だから、やっぱり巨人の日本一かな」と返すと嫁が「なら,あの応援歌歌えばよかね」と言うので「あの応援歌って言われても心当たりあるのが多すぎるんだけど,どれのこと?」と試しに訊いてみると嫁が部屋に備え付けのパソコンにイヤホンを接続して「この巨人の応援歌や」と言うので聴いてみると、俺と世代ドンピシャの曲が流れてきた。
「『声の限り力の限り応援し続けるから気持ち一つに立ち向かえ夢叶う時』か…懐かしいな」と呟くと嫁が「あと,貴方が好きそうなのもう一曲あるよ」と言うので今度は誰の応援歌か気になったので嫁に尋ねるも応援歌ではない上に、近い将来あげるであろう俺たちの結婚式で新郎新婦の登場曲として使うので秘密だと言われてしまった。
そうして一連のやり取りが終わった午前2時過ぎ,ようやくベッドに入ることができたものの,俺は中々寝付けず,体を起こすと嫁はテーブルに突っ伏して眠っており、不思議に思って隣を見ると不慣れなハングルを何度も練習してくれていたことがわかる一枚のメモが置いてあった。
そこには大きな文字で「생일 축하합니다」,つまり「お誕生日おめでとう」と書かれており,俺の誕生日の日付も書かれていたのだから無理もない。
俺は「覚えてくれてありがとう」と声をかけ,気付いたら毛布を嫁の背中にかけて俺も嫁と椅子をくっつけて眠っていた。

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Trans Far East Travelogue91

俺達は無事にチェジュ国際空港に到着し,飛行機も定刻通り大阪に向けて離陸した。
嫁は「日本帰れるんやね」と言った後旅の疲れが残っていたのか眠りにつき,俺は「よりにもよって大阪かよ…関西の薄味料理苦手なんだけどなぁ…」と呟き万が一に備えて後輩に用意してもらっていた分厚い時刻表を取り出して次の行き先を考えていた。
着陸後、後輩の「メードンとかどうです?明日のならお二人の分手配できますよ」という提案に「それ良いかもな!せっかくだし奮発しようぜ。でも,メーテンじゃなくて天サで頼めるか?」と返すと後輩は頷き嫁は「何の話?」と訊くので「明日の夜発の夜行バスで君と、とある面白い街に行くことになりそうなんだけど,その出発地が君もよ〜知っとる町なんよ。今日の新幹線でそこ行けそうだから、今夜現地入りしようぜ」と笑って返すと嫁も何か察したのか笑みをこぼす。
そうして入国審査も終えて市街地に行くべく乗り込んだ特急ラピートの車内で「先輩、9時半発最終ののぞみです。宿はBFでなんとか取れました。その後,明日21時のバスで7時半ビジネスセンター到着予定です。でら高い個室取れたのでごゆっくり。」と言うのを聴いて嫁が「今夜はどこ行くと?」と不安そうに尋ねるので俺が「さくらの券面見してくんない?」と声をかけると「はい、こちら小倉までの新幹線の切符です」とサラッと口にしたので嫁は「え?福岡帰ると?」と言ってかなり嬉しそうだ。
嫁とは対照的に作り笑いをしている俺を見て「先輩,明日1日我慢すれば明後日は天国ですよ」と耳打ちする後輩の一言に無言で頷き,窓の外を見るともう終点の難波が近い。
結局1時間半の余裕があるので3人で道頓堀に行き串カツを食べ、新大阪の新幹線改札に着いたら後輩は最終の快速に乗り換えて地元の刈谷に帰るとのことで東京方面の,一方俺達は新山口方面のホームに向けて歩き出し、定刻通りやって来た新幹線のグリーン車に乗り込む。
そうしてかつては海路で来た道を今度は陸路で西に向けて船より数倍速いスピードで瀬戸内を駆け抜ける。

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Trans Far East Travelogue90

浜辺の散策を終わらせて港に帰ると俺の秘書で韓国支部長代理から緊急事態を告げるメールが届いた。
本来俺達が乗ってきた船は中国の港にも入港する予定だが、国際情勢の変化により中国の市民権を持たない全員の入国許可が取り消されてしまったのだ。
仕方ないので船に戻ると兄貴をはじめ地位が最も高い台湾勤務の人にも既に現状が共有されており,今済州島にいる韓国勤務の職員を緊急招集してソウルも含めた本土の全支社と連携を取りなんとか済州島内でリゾート激戦区の中文地区にあるホテルから100人分の部屋は確保できた。
しかし,本船にはアジアにある全てのオフィスから代表団が来ているのでクルーを除いても5千人は軽く超えるし彼らに一定以上のランクの宿を手配しなくてはならず全く足りない。
韓国本土も対象にしてもまだ全員分は手配できず、結局兄貴の鶴の一声で済州空港発の国際線でまだ搭乗が間に合う行き先の人を全員帰国させることになり,船は有事の際の受け入れ先として指定された港で最も近いウラジオストクに回航し、俺と嫁は関空行きの便で帰国することになった。
そうして,最低限の荷物とパスポートだけ持った俺たちを乗せたバスは溶岩が見える高速道路を一路,空港のある北岸の新都市目指して駆け抜ける。

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Trans Far East Travelogue89

嫁と2人,昼下がりの済州島西部の砂浜を歩いていると嫁がポツリ「あんたはうちんことどう思うと?本音ば教えてや〜うち、あんたん理想ん妻になれとるかなぁ」と切り出すので嫁と目線を合わせながら「正直言って,君と結ばれて幸せだよ。元カノと比べるようでアレだが,アイツは口では『大好き』とは言ってくれたけど行動では全く俺のこと大切にしてくれなくて2度目のデートの時点で別れる覚悟をしていた。でも,君は積極的に愛情表現してくれるだけかと思いきや,ほぼ毎日試合があるプロ野球のその日の試合次第でメンタルがブレまくる俺に君はずっと寄り添ってくれるでしょ?その対応が嬉しいし、おかげで君のこともっと好きになるし、もっと大切にしたいと思うんだ」と笑って返すと、嫁は堰を切ったように泣きはじめ,俺は反射的に嫁を抱きしめる。そして,暫くして落ち着いた嫁が「うち、元カレと付き合うとった頃に散々酷かこと言われてキツから頑張って彼ん好みに合わせようと色々頑張ったと。ただ,結局短期間でん努力では彼ん期待に応えきらんで見限られてフラれちゃったけん、次ん彼氏は優しか人が良かて思うとった矢先、傷心旅行んつもりん旅であんたに出会うたと。そしたら,今はほんなこつ幸せやけん、どげん大変な時も自殺なんかしぇず生きとってくれてありがとう」と言うので流石に照れるが,「俺、1人でアレを乗り越えることなんかできなかった。でも,最初の希望をくれたのがプロ野球の巨人なんよ。『今年も日本一になれなかった。でも,来年こそは勝つからその時までは信じて生きていよう』の繰り返しでずっと足掻いてきて,10年目に例のオープンチャットで君と知り合って恋に落ちた。そしたら,その時から辛い出来事をを乗り越える大義名分が『巨人の日本一を見届けるため』というのと『九州の想い人に会うため』の2つになったんだよね。それから2年後に入った大学では上手くいかなかったけど巨人は12年越しの悲願を叶えたし,そこから更に2年後に君と結ばれたからな。こんな俺を選んでくれて本当にありがとう。これからもよろしくな、俺だけの女神様」と伝えると嫁が「生涯バッテリー宣言したけん,支え合うのは当たり前や」と笑い、その後真面目な顔で向き直り,「改めて,こちらこそ不束者ですが末永くよろしくお願いします」と言ってお辞儀している。
そして,気付いたら巨人交流戦優勝のニュースが入っていた。

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Trans Far East Travelogue 88

俺たちを乗せた船が先程着いたソグィポ(西帰浦)の港は韓国で最も高い山,ハルラ(漢挐)の南麓に位置しており,また韓国で2箇所しかない火山島のチェジュ(済州)島南部の観光拠点だ。
入国審査を済ませ,わざわざフェリーで韓国本土から8人乗りの大型車を運んで迎えに来てくれた従兄と4年越しの再会を果たして色々話し込み、車に乗って目的地の海岸に着いてもなお話は弾んでいた。
この様子を遠目から微笑ましく見ていたのは,韓国に留学した経験があり,ソウルに着いてすぐのまだ韓国語に慣れていなかった時期に偶然通りかかった人(当時中学生だった俺)に英語を交えて手助けしてもらった縁からその人と交際に至ったという経歴の持ち主であり、俺達夫婦,特に嫁と船上で会話し野球で直接対戦したこともあった元カノだ。
一方,それを見ていた嫁は自身は韓国語が分からないだけに俺と従兄の韓国語の会話が長すぎて待ちくたびれたのか、それとも俺達の会話を微笑ましく見守る元カノに対する嫉妬からか「世界で熱く光る♪都育ちの主役♪自慢の旦那と♪デートへ♪GO now」となぜか往年の横浜の選手の応援歌を替え歌しているので,俺以外の野球が好きな日本人メンバーもつられてプロ野球の応援歌を替え歌し始め、俺もつられて「さあ行こうかチュンナム♪우리 어머니의ふるさと♪恋実り幸せだ♪니 옆이 최고야♪」と韓国語も交えて即興で替え歌すると,一気にスイッチが入ったのか各々の応援歌替え歌の原曲は誰のものかを当て始め、気付いたら嫁の手を握って歩いていた。
「福岡育ちの♪自慢の嫁さん♪なぜこの美人が♪今,そばにいる」とか「光り輝き♪歴史も長い♪あゝ不滅なり♪嫁のふるさと♪九州・福岡県」と続けて替え歌すると,嫁が「夢が〜溢れる♪韓国滞在♪круто ♪мой муж ♪都の〜宝♪行くぞ行くぞどこでも世界中♪愛しの旦那の側にいて♪一緒がいいな♪貴方が大好きです♪」と替え歌で返すので俺も「福岡目指し駆け抜けた♪恋の思いは届き♪僕らの笑顔が今♪すぐそこにある♪」と返す。
済州名産の柑橘の花と磯の香りが天然の香水としてお互いをより一層魅了しあっていることや一連の替え歌メドレーの映像がSNSで流出し日本の野球ファンを盛り上げていたことに俺たちはまだ,気付いていない。

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Trans Far East Travelogue87〜新旧パートナー談義②〜

嫁と元カノが2人で話し込んでいるのだが、両者ともツラそうな表情だ。まだ入籍前に元カノのことを思い出すことはあるか否か尋ねて当時のことがトラウマで時折悪夢を見ることもあると正直に打ち明けられたことを、そのトラウマを植え付けた張本人に説明しているのだから当然だ。 元カノは一連の話を聞いて途中から俯いているが、嫁は「正直言って,私は貴女を責めるつもりはないわ。なぜなら、貴女は貴女なりに考えて愛する人の為に最善を尽くした。でも,彼は色々な意味で他の人とは違う特別な人なの。ただ,残念ながらその事実に最後まで気付けなくて結果的に傷付け合っておしまい。結果がどうであれ,ベストを尽くした人を責めることはできないしわ。ただ,1番辛い思いをしたのは本人なの。それだけは覚えておいてね」と告げて感極まって泣き出した元カノを抱き締め、俺を呼ぶ。
「どうした?」と思わず訊くと「ほら,貴方って元カノから酷かことされたやろ?そん元カノから言いたかことがあるって言いよるけん話くらいは聞いちゃったらどげん?」と嫁が切り出し、元カノは「あの時は彼氏の貴方に一切歩み寄ろうとせず、結果的に迷惑をかけてしまってごめんなさい」と涙ながらに謝罪する。そして、俺は「いくら君が心を入れ替えてくれたからって、失われた勝ち星,引退してしまった選手はもう戻って来ない。でも,君がかつての過ちに気付いてこうして俺に謝ってくれた。そのことに俺は感謝してるよ」と返して俺も元カノを抱きしめるのを見て嫁は「あげん酷かことされたとに,そげん優しゅうして良かと?」と拍子抜けした様子なので「君と出会えたからもう良いんだ。いくら酷いことをした元カノだからって、これから俺達の結婚式の費用全額払ってくれる人を更に追い詰めるようなことしたら可哀想だし」と笑って返すと、「男の執念すごか」とだけ言って嫁が笑い出したので俺も「俺さ、君がプロ野球の試合結果に応じていつも俺への接し方をかなり変えてくれているの知ってるんだぜ?だから,そんな風に俺を大切にしてくれる人を俺も大切にしないとな」と笑いながら嫁の頭を撫でてやると元カノが嫁と握手を交わすのを「巨人ファンと阪神ファンみたいなもんだな」と元カノの今の交際相手で先輩が呟く。
そして、全員落ち着いたところで前方を見ると済州島の漢拏山がもう見えている。

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Trans Far East Travelogue86〜新旧パートナー談義①〜

俺も嫁も揃って船室でひと眠りし,暫くしてデッキに出て水平線を見ていると件の松山の先輩も交際相手である俺の元カノを伴ってデッキに出てきた。
すると,嫁と元カノが2人で会話を始める。「少し良いかしら?私,本当は今の貴女の夫と結婚する筈だったの…彼は本当に優しくて,私がデートで行きたい遊園地を挙げたらその場所でのイベントの時間とか全部調べてくれて,本当に好きだったの。でも,私の誕生日に遊園地デートした次の日に突然別れを切り出されて、連絡先ブロックされちゃって…でも,原因が分からなかったから彼と復縁したかったけど,もう彼は彼で幸せそうだから無理ね」と元カノが切り出すと、「彼は日本にも韓国にもルーツを持っていて、しかも気の毒なことに6歳の時から日韓関係が改善されるまでイジメや差別と10年近く向き合ったから、誰かの軽はずみな言動で傷付く人の気持ちが分かるの。だから,彼は貴女を傷つけないように大切にしてたのだと思うわ。ただ,本人から直接聴いたけど本当はデートで遊園地なんか行きたくなかったらしいわ」と嫁も返す。
「私の国ではマイナーで知らなかったけど,今の彼氏に教えてもらった野球なら元カレと復縁できるかもと思ったら…実際に野球したり試合を観てた時のあの人の笑顔、私と付き合ってた頃よりも幸せそうで…私が一方的に好みを押し付けてたと知って…」と元カノは涙を堪えながら答え、嫁は「彼が貴女も含めて元カノと付き合っていた頃が最悪のトラウマになってたって知ってた?」と投げかける。「いいえ,でも私達が一方的に彼に好みを押し付けてたからそう思われても仕方ないわね」と元カノが言うと「そうじゃないの」と嫁が反論し、「彼にとってトラウマだった理由,それは貴女達とデートで行っていた遊園地はかつて彼をイジメて何度も自殺を試みるまで追い詰めた連中が休日に集まって遊んでた場所で彼にとってつらく悲しい過去の象徴だったし、日韓両方で盛んな野球は今も彼の心の支えだけど彼が好きなチームはデートの日の試合で必ず負けて帰宅後1人で泣いてたのに、当時の彼女は野球を知らないから自分の気持ちを理解してくれなくて,極めつけにはその人の誕生日の試合で負けて決勝ラウンドに行けずに帰りの電車で泣いてたのに隣に座ってた彼女は笑顔で心が折れたって本人が言ってたわ」と嫁も涙を堪えながら続ける。

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Trans Far East Travelogue85

俺達を乗せた船が九州沖を離れた頃、夫婦揃って船室の布団に入って早々,嫁が「済州で思い出したけど,日本におる韓国にルーツがある人達のうち多数派が済州島にルーツば持つ話ば聞いたことあるばってん貴方も済州にルーツはあると?」と訊いてきた。「まず,日本にいる韓国系の人の多数が済州にルーツを持つのは本当だけど、韓国の南部地域一帯にルーツを持つ人自体が多く日本にいて,そのうち済州の人も多いってことかな…理由はいくつかあるけど、かつての朝鮮半島は北が資源が豊富で比較的栄えていて,南側は九州に近付けば近づくほど平野から農業が厳しい山あいの土地になる。済州に至っては当時の技術では開発が難しい孤島で火山もあるから,経済的に本土の中部や北部ほど栄えておらず、しかも日本の中でも当時栄えていた北九州に近くて九州へ出稼ぎに行く人がいた。でも、時代が変わって韓国が独立した頃に半島全体の情勢は一気にきな臭くなって、他の地域と違う成り立ちを持つ済州は韓国の敵とみなされて多くの人が亡くなった悲しい時代が過ぎても暫くは貧しくて,日本に船で逃れた人もいて結果的に済州にルーツを持つ人が増えたんだ。俺の親戚は100%本土の人の子孫だから済州出身者はいないんだけど、俺は済州にもルーツあるよ」と返す。すると嫁が「貴方んことばり好きやけんもっと教えて」と言うので種明かしをする。「実は、母さんのお腹の中に俺の命を宿してもらった時に2人は新婚旅行先の済州にいた。でも、俺は日韓関係が冷え込んで日韓両国で差別やイジメと戦った小中の頃、野球を支えに生き延びたのと日本の血も引く東京生まれだから野球が好きな日本人として扱ってくれると嬉しいな♪」と返すと嫁は「貴方は東京ん誇りばい…カッコよかね〜」と言っているが俺はどう反応していいか分からず苦笑する。嫁は泣きそうな表情で「何か変なこと言うた?」と続けるので「東京の誇りって言ってくれるの嬉しいんだけど,カッコ悪いって言われた気が…」と返すと嫁は「ごめん…忘れとった…嫌われてしもたかな…」と泣き出すので「先祖の仇として憎んでいたはずの九州の人に恋して、その人の夫として幸せにしてもらっているから嫌いにはなれないし、君こそ福岡の誇りだよ。生まれてきてくれてありがとう。お陰で幸せ者さ」と本音を伝えて抱きしめながら口付けをすると嫁は泣き疲れたのか俺の腕でスヤスヤと寝息を立てて眠っている。

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来年こそ勝つよ

現在執筆中のシリーズ『Trans Far East Travelogue』のアイデアが少々煮詰まって続きが書けないので,気分転換がてら原点回帰をしてみようと思ってYouTubeを開いたところ偶々スポーツ関係の出来事を替え歌や自作の曲で紹介するチャンネルを見つけたので,そのチャンネルに2夜連続で投稿されていた福岡ソフトバンクホークスを歌っていた替え歌動画を参考に,それと同じ原曲で,岡本真夜さんの「TOMORROW」の替え歌で僕という1人のファンの目線から贔屓球団,読売ジャイアンツの勝利を願う応援歌を作りました。
巨人ファンでないと分からないこともあると思いますが,敢えて歌詞の解説は省きました。
以下はその歌詞です。

涙の数だけ強くなれるよ
車で号泣俺のように
セの5チームに怯えないで
その日は来るよ
君の為に

突然勝てないなんて
チームで何があったの
新たな監督就任
成績悪化し悲しい
記録見たら
また勝てていない
抱きしめてる思い出とか
プライドとか
捨てたらまた
パレードできるさ

涙の数だけ強くなれるよ
ノーノー決めた
エースのように
相手の投手に
怯えないで
ボール選んでチャンスメイク

オフでも忘れられない
色んなことがあったね
ネットのおもちゃ扱い
この感じが悔しい
頼りにしてる
だからお願い
決勝点を
叩き込んで
小技も良いよ
皆で勝ち
胴上げ見せてよ

涙の数だけ強くなろうよ
リリーフ強化で見返してやれ
自分をそのまま信じていてね
俺達ファンは君の味方

涙の数だけ強くなれるよ
伝説生まれた
あの日のように
11チームに怯えないで
次こそ勝とう
ファンのために

涙の数だけ強くなろうよ
九連勝した
昔のように
チームをそのまま信じていてね
優勝しようメモリアルに
優勝しよう秋の空に

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Trans Far East Travelogue84

港に戻り船に戻ろうとするとターミナルの中には日英韓の三カ国語で国際線ターミナルの出発口を意味する「국제선 출발/International Departure/国際線出発」と書かれた看板が立っており,いよいよ海外へ行くことを実感させられる。
出国審査を済ませて船に戻ると甲板で待っていた日本支部長(釧路勤務)が「済州は中学の時以来だろ?楽しみか?」と声をかけてくれたので「楽しみですが,この滞在時間では日本や他のアジア諸国の人々に島の魅力を伝えるには時間足りませんよ」と笑って返すと「麗水と順天の滞在時間を代わりに長くしてるし,運転手は手配してある。九州にも留学経験のある人だから標準語も福岡弁にも堪能で奥さんも楽しめるだろうな」と返って来たので念のため担当ドライバーの名前と顔写真が載った書類を見せて貰うと,母方の従兄で思わず「ウェ?(「なんで?」という意味)」と呟くと群山支社に異動になった韓国人の同期が事情を説明してくれたが韓国語に堪能な人は俺以外におらず俺が全部和訳する羽目になり,あまりにも言葉が長いので全て翻訳し終えた後「ネプダミノムマナ。ハングゲソン,ヒョンハンテマッキジャ(『俺の負担が重すぎる。韓国では兄さんに任せよう』という意味で,長幼の序に厳しい儒教思想が伝統的に根強い韓国では学校の先輩は勿論,自分の従兄弟姉妹や結婚相手の兄弟姉妹の結婚相手でも相手が歳上なら『お兄さん』や『お姉さん』と呼ぶ習慣がある)」と冗談めかして話を締めようとすると同期は「タンニョニクレヤジ。ノガトゥンサラメマッキミョン,ウリケウェギワンジョニマンへ(当然そうしないとな。お前みたいな人に任せたら俺達の計画が完全にダメになる)」と真剣に応えるので苦笑いを浮かべ,嫁は「やっぱりウチの旦那さんは自慢の旦那さんやな」と目を輝かせているが「殆ど俺をネタにした笑い話だけど,韓国には『親しき仲には礼儀なし』という諺があるし俺が日本人だからこれくらいはよくあるさ。人によってはもっと口汚く罵倒するから」と笑って返す。
出港の汽笛が鳴り響き,全速力で航海すると玄界灘が光っている。

※韓国語には日本語にない子音の発音の他,単語の音が繋がって文字の表記と発音が異なるという特徴があるので、韓国語は原則口語での発音をカタカナ表記に置き換えて表記しています。

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Trans Far East Travelogue83

嫁が爆睡してるので「まだ飲み足んねえけど、お開きにすっか」と呟いて俺の自腹で会計済ませると仲間達が「俺達で荷物は持つからお前は嫁さん背負いなよ」と言ってくれたので好意に甘えることにして荷物を渡す。
試合の八回から合流した兄貴が「肩に青痣できてるぞ。肩どこかに強打したのか?」と訊いてきたのに気付いて急に酔いが覚めたらしい嫁が「青痣?大丈夫?怪我したん?」と心配そうに訊いてくれるが、本当に心当たりが無いので試しに「その肩の痣の所,耳当てる感じで顔を乗せて体重かけて貰って良い?」と嫁にお願いして顔を乗っけて貰うと見事に痣の大きさが嫁の顔の大きさと一致した。
それを見て俺が頭を抱えて「マジでどれだけ重けりゃ青痣になるんだよ…普通赤く跡ができる程度だろ」と呟いたのを聞いて嫁が「もしかしてウチ,デブやけん嫌われてしもうたと?折角ばり好きな貴方と結婚できて幸せになったばっかりなんに愛想つかれて離婚なんて悲しかとはイヤばい。」と上目遣いで言うので嫁を安心させようと俺も福岡の方言使って「腹かいとらんけん,よう聞いて。俺は君やけんばり好きやし,君やけん結婚したんや。それに,君は俺の嫁やけん体重が重かくらいでは愛想尽かすことは無か。俺が愛想尽かすんは君が俺や東京のこと悪う言う時くらいや。お互い愛し合っとーけんこそ,お互いん心も体も傷付けん事出来ると嬉しかけん,肩を枕にするんやなくて肩にしてや。」と答えると「優しかね。ウチ、貴方が旦那さんでいてくれるお陰でいつも幸せや」と言ってくれたので「こげんイケメンな俺ば好きになってくれたとが世界一笑顔が愛らしゅうて美しか君が嫁やけん,君の笑顔見たかだけや。君の体重,俺の体感じゃ100キロ超えて重かばってん、それも君の魅力や」と笑って返すと嫁が頬を膨らませて「そげん重う無か」と言っているが続けて顔を赤らめて「貴方は文字通りウチの全てば受け入れて魅力だって言うてくれるけんバリ好き。そげな優しか男ん人と結婚したかて思うとっただけに,貴方と結婚できたんな幸せやね。貴方みたいな男は浮気せんけんそれも魅力。」と言って抱き付くので「俺の嫁,めんこいな」と呟くと仲間達は「でも,旦那はみったぐね」と茶化すので「じゃあ,俺達の結婚式呼ばねえぞ?」と冗談めかして返すと皆もつられて笑い出す。
嫁が突然「筥崎宮の方や」と言って指を指す方を見ると空が白み出している。

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Trans Far East Travelogue82

巨人ーホークスの最終戦は巨人の先発,戸郷投手が7回裏までパーフェクトでホークス打線を完全に黙らせる。
一方の巨人打線もホークスの先発・高橋投手が投げるサブマリン特有の浮き上がるストレートにタイミングが合わず1人も出塁できていない。
試合が動いたのは7回の表,変化球による死球を連発してノーアウト一、二塁の場面に頭部死球で危険球退場になった高橋投手に代わって登板した大関選手の直球とツーシーム,スライダーをそれぞれ3人連続でバックスクリーンへ運び、裏には戸郷投手がなおもパーフェクトピッチを続けて8回は両チームとも三者凡退,運命の9回の裏に投手交代で大勢投手が出て来てこちらも三者凡退に抑えて試合終了。
ミュージアムも無事に行けて皆で中洲に行き色々美味い店をハシゴして水炊きをツマミに呑んでる時,「気になってたんだが,試合観てる時ツマミになりそうなもの食ってたのにビール呑まなかったのか?」と兄貴から質問が飛んできた。
「俺,試合観る時の酒は洋酒,それもウォッカ系のヤツ派なんだ。あと,嫁と一緒に飲んで嫁が先に酔っ払って俺に甘えてくるのも好き。そう言えば,昨夜船で飲んだ後は嫁が酔っ払ってはしゃいでデッキから落ちそうになってたっけ」と笑って返すと嫁はツッコむのかと思いきやもう酔っ払って俺の肩を枕に眠っている。
日本で過ごす最後の夜は福岡名物の旨い飯,俺の肩にかかる嫁の髪からほんのりと香るシャンプーの匂いと寝息,そして体感では80キロほどある重さの3点セットと那珂川のせせらぎ,玄界灘の潮風,湾岸地帯の夜景が華を添えてくれたおかげで良くも悪くも五感を通じて体験できている。
明日の今頃は韓国の済州島南方のリゾート地である西帰浦の港から北上した韓国本土の港町,麗水に向けて出航している筈だから今は楽しみたい。

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Trans Far East Travelogue81

鉄道好きである以上地下鉄の路線図は最低限頭の中に入っているとはいえまだ土地勘が無く、また最短経路で行ける路線の駅が分からなくてこの商業施設を突っ切って博多駅の方に抜けようとすると嫁が「目の前のこの川に沿って行くと中洲川端や」と教えてくれたので,嫁に先導して貰いそのルートで進むことにした。
ところが,嫁は気合いを入れてくれたのか実家で着替えてお洒落して来たは良いものの履いていたストッキングが伝線してしまい「ごめん。直さんと」と言って嫁がいきなり足を止めたので,念の為時間を確認すると皆が今いる施設で合流できるどころか,試合開始に間に合うかすらも怪しくなっている。
そこで,一か八かの賭けに出て嫁に全部の荷物を背負って貰って俺が嫁を背負って走ることにした。
阪神の近本選手のようなスピードを火事場の馬鹿力で出して走り続けること3分,俺の肩や足腰が限界を迎えると同時に中洲川端駅の入り口が見えた。
「重すぎてヤバい…『パートナーの体重が重いのはそれだけ深く愛されている証拠だ』って誰かが言ってたし,それだけ俺は愛されてるってことだから,体ぶっ壊れても悪い気はしないな」と呟くと後ろから拳骨が飛んできて次の瞬間,「もう,貴方ったら失礼しちゃう!でも,男の人って好きな女の子にはちょっかい出すんだからこれもその一つってことよね」と言って嫁が笑い,ゆっくりと俺の背中から降りて来た。
なんとか地下鉄には間に合ったが,ミュージアムの営業時間を考えると試合の流れ次第で閉館時間を過ぎかねず、先が読めなくなっている。
すると,仲間達からメッセージが来た。
要約すると「あまりにも展示品が魅力的なのでもう一度見たいが,その前に試合がある。だから,試合が終わったら飲みに行く前に皆でミュージアムが閉まる前に見に行こう」とのことだ。
そんなありがたいお誘いを受けたので,嫁にそのことを告げてとりあえず球場へ向かう。
皆と合流して球場へ入りユニフォームを着て帽子を被り,タオルと応援バットを装備して嫁がオススメする福岡の球場飯を俺の自腹で爆買いして席に戻っ
たところで,スタメンの応援歌を演奏する時に必ず流される,青い稲妻の異名を持ち昭和の巨人の選手象徴の1人でもある松本匡史さんの応援歌の前奏が鳴り響く。
これで舞台は整った。
今,時計が試合開始時刻になった。

球審が一言「プレイボール!」

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あの惨劇から一夜明けた俺の思い

俺,あの屈辱的大敗となった2013年の最後の試合からずっと「今年は勝つ,今年こそは日本一になる」と10年間信じ続けたのに,もうその夢は儚く散っていった。
たとえ監督が変わって不甲斐ない負け試合を連発しても信じて応援し続けてきたのがバカみたいだ…
それも,大切な10代の殆ど始めから終わりまでずっと信じて応援し続けて来たなりの果てがこれ…
イジメられて辛い子供時代を過ごした俺にとって,大好きな鉄道は憧れとか夢、思い出が詰まった車両が次々と消えていった中で鉄道と入れ替わりで希望の光に成り代わったのが地元球団の読売ジャイアンツだった。
だからこそ,この仕打ちは本当に残酷だし,何故か今日のナイターも負けた…
本当に俺の青春返してくれ!
精神面で言うなら,コロナ禍で折角できた友達との交流が少なかったり、学校行事が潰されたことよりもダメージ強かったんだよ!

本当は,今の原監督に辞任して貰いたい位だけど契約の話とか色々複雑な事情もあるから現実的には厳しいだろう。

これからドラフト会議があり,現役ドラフトでも選手の世代交代がある。
その歴史と伝統故に、キャンプでは野球好きならアマチュアでも名前を知っているくらいの有名なOBが視察に来ていて萎縮してしまい巨人では良い成績が出せなくて移籍先で才能が開花する第二,第三の大田泰示のような選手が出るかもしれないけど,俺は巨人を応援したい。

かつてイジメに苦しみ親や先生も対応してくれたけど裏目に出て余計にエスカレートしてしまって苦しみ,自ら命を断つことも検討し,実行する準備もした自分に生きる希望を与えてくれたヒーロー達には返しても返し切れない借りがあるし,地元の東京が大好きな俺にとってはそんな東京に根付く在京球団の一角である巨人軍には馴染みがあり,また10年間も苦楽を共にしたのだから幼馴染に対して抱くような愛着や仲間意識もある。
だからこそ、これからも巨人を応援していきたい。
しかし,図らずも身内から青春を否定される格好になったのだからまだ完全に気持ちの整理がついた訳ではないけど,1人のファンとしての唯一の願いは来年こそCSと日本シリーズで勝って青春を潰されて嘆く若いファンがいるという悲しい事を俺達の代で終わらせて笑い合うことだ。

巨人軍が存在する限り、俺はファンであり続ける

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Trans Far East Travelogue80

地元を離れる前にどうしても行きたいと嫁が言うので急遽キャナルシティでショッピングをすることになり,嫁がウキウキした様子で店から出て来たので「どうだ?良いモノ買えたか?」と声をかけると「勿論。今日買った水着で貴方を虜にしちゃうからね」と嫁が耳打ちして微笑んでいるので「期待してるよ。まぁ,俺も東京で買っておいたユニフォームで君を虜にするけどな」と言って微笑み返すと嫁に向かってまだ高校生位の女の子が「先輩,彼氏できたんですか?」と訊いてきた。
その声に気付いた嫁がお互いを紹介するのだが,彼女は嫁の中学時代の後輩で,話を聞いていると俺がセブにいた頃にコースは違うが俺の最後の1ヶ月に同じ学校に福岡県出身で当時高1の女の子がいたことを思い出し,試しにその子にセブ時代の話を聞いてみると俺が経験したことの多くが一致していて、俺らしき東京出身の男がその子を口説いてセクハラまがいの発言をしていたことも含まれており一通り話を聞いて「それ,俺だな。紛れもなく俺じゃねえか。全部心当たりあるぞ。どこに行っても女の人口説いて相手にパートナーいるって知った日に限って巨人負けたのは嫁と結ばれる為の試練だったのか」と笑うと嫁は「私にとって1番の試練は貴方が若気の至りでウチの知らない所で可愛い後輩ちゃんにやったセクハラの数々を聞かされとる今,この瞬間なんやけど」と言っていてただならぬ気配を感じて2人に土下座すると嫁が笑って「昔口説いた女と今も関係持ってたら怒るけど,持ってないから許すわ」と言ってくれたのだが,時計を見て我に帰って「君にも伝えてたけど,プロ野球ファンなら一度は憧れる巨人のレジェンド王貞治氏の現役時代の功績を紹介する施設が福岡にあって,職場の巨人ファン仲間全員と行くことになってるから待ち合わせの時間の30分前には出ようねと伝えたのに,今からタクシー乗っても間に合わないんだけど。もう集合の5分前だよ?」と伝えると今度は嫁が俺に土下座して来たが「俺は許すけど,俺じゃなくて彼らがどうするか決めることだから」と言って皆に電話をかけると今日の試合のチケット代全員分と試合後に中洲で吞み歩くのでその分の呑み代を俺達2人で全額支払うこと,それから直ちに皆がいる所へ向かうことで妥協して事なきを得た。
なんとか試合のチケットはネットで全員分購入できたが,俺だけ何故かレフトポールの向こう側になってしまった。

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Trans Far East Travelogue79

九州を訪れるのが初めてと言うこともあって位置関係を誤認しており,博多も港町で福岡の中心地から近いのだから,ハンブルクや横浜のように中心駅から歩けると思っていて港から博多駅まで徒歩で行こうと提案したら「地下鉄の中洲川端,百歩譲って天神まで歩くならまだ理解できるけど,博多駅って結構離れとるよ。そがん所まで歩くなんて何考えとるの」と初っ端からツッコまれる羽目になった。
すると暫くして嫁が誰かに電話し始め,それからすぐに行き先が決まった。
最初に目指すのは港から徒歩で行ける距離にある呉服町というエリアで,嫁が予約した「あるもの」を受け取りに行くとのことだ。
そして,現地に着いてその「もの」の正体が一台のレンタカーであったことに気付く。
まず車で向かったのは嫁の実家で,そこで初めて義両親と対面することになった。
幸いにも,義父は俺と同じ東京出身で巨人ファンらしく,プロ野球は観るかと訊かれて自分は巨人ファンだと伝えると,笑顔で昔を懐かしんで現役時代の江川は負け知らずで云々,ONの2人や藤田さんが監督の頃は面白かったが当時主力だった原が監督になってからは今までと打って変わって云々と,とにかく巨人を中心に昭和から平成初期という俺が産まれる前の頃の話を聴かせてもらえたのでかなり充実した時間となった。
そして嫁が好きな町,糸島へ行き海を見て一句詠んだら嫁が「もう時間や。車返さんと」と言うので引き揚げ,義父が勧めてきた場所であり個人的に1番行きたいと思っていた場所へ行くことになった。
元々身長が低くて童顔なのもあって普段は子供っぽくて可愛らしい雰囲気だが,ハンドルを握らせると実はクールな大人の女性になるという嫁のギャップに惚れてしまい,嫁と結ばれたのがどれほど幸せなことか実感することになった.

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Trans Far East Travelogue78

まだ日が昇る少し前,興奮して眠れなかったのか嫁がカーテンを開けて外の景色を眺めている。
その時に入って来た街明かりに起こされる形で俺も目覚め,徐に嫁の隣に座ると嫁が指さしで「あの前に街,見えるでしょ」と言うのでその方向に目を向けると確かに街が見え,しかも高速道路のようなものが海に突き出る様子まで見えている。
今度は俺が一言「これが平安貴族の左遷とか、幕末の西洋列強の軍艦からの砲撃と言った歴史の悲劇の舞台,関門海峡か…俺も都落ちしたのか」と自嘲気味に呟くと何かを察したのか嫁は苦笑いだ。
それから暫くすると船内放送が流れ,博多にはあと1時間ほどで到着すること、出港時間は予定より遅れて明日の朝8時,その次の港は韓国の為出国審査の関係上その1時間前には港に戻るようにといったアナウンスがあった。
その放送が流れ終わるまでに嫁は着替えて荷物を持ち,俺を促してデッキに向かって駆け出すので俺も後を追い、俺が甲板に着くと同時に空が白金になり始め,博多湾の入り口に当たる志賀島・海の中道が黄金色に照らされているのを見た嫁はハッキリと「ただいま」と呟き,俺が「長旅お疲れ様。漸くそっちも帰郷したんだよな」と声をかけると嫁が笑顔で「今度はウチがリードするけん,信じてついて来てや」と言うので「分かった。ど真ん中ストレートで行くからな」と言って俺も笑い,揃って手を繋いで下船した。
ここからは嫁が考案した秘密のルートに沿うことになる。

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Trans Far East Travelogue77

この船は日本で生活している人の為に作られている関係で,大浴場のサウナ室や食堂を含めた全ての部屋には国外にいても日本のテレビやラジオが利用できるようになっており,当然ながらプロ野球中継も視聴できる仕組みになっている。
今中継で出ている場面は現在進行形で行われているホークス対巨人の対戦カード第二試合で先発はホークスが東浜投手,巨人は赤星投手だそうだ。
巨人ベンチには今日トレードされてきたばかりの元オリックス森捕手と元ロッテの山口選手,小林捕手と松原選手との2;2トレードで1週間前に才木投手と共に入団した大山選手が,ブルペンには中川,高梨,田中の3人の投手に加え,助っ人外国人のバルドナード投手,更にはヤクルトから金銭トレードで古巣に復帰した田口投手,無償トレードで獲得した元日ハムの伊藤投手もいる。
その様子を中継で見ている他球団のファンは「選手が移籍するのは勝手だけど,主力選手だけ引き抜くのはアカンやろ」とドン引きし,俺は巨人ファンなので巨人を応援,嫁も巨人応援で他は傍観という具合で船内の雰囲気は綺麗に分かれた。
試合が動いたのは船が淡路島を過ぎたのとほぼ同時の5回表ノーアウト三塁,田口選手と共にトレードされて来て、前年にアメリカへ飛び立った岡本選手に成り代わった元侍JAPAN村上選手の打席でフルカウントからのツーランホームランで巨人が先制、その裏に連打を浴びた後に甲斐捕手の3点タイムリーで逆転,その後は両者無得点でホークス有利の展開の展開が続いたが,9回の表に連打で巨人有利になると坂本選手のスリーランホームランで逆転すると,その裏に中川投手が三者凡退に打ち取り、そのまま巨人一点リードで試合終了。
そして,俺達は船内に2ヶ所ある飲酒可能なラウンジのうち西洋酒専門の方へ行きスミノフという度数の強いウオッカベースの割には飲み易いお酒をロックにして乾杯すると,嫁が「勝利の美酒って美味しい」と言って呑みまくり、2人で計7本のボトルを空けた。
2人ともデッキで海風に当たって酔いが覚めた頃,頭上の橋の向こうに尾道の街が見えている。
その後は同期達とデッキの喫煙ブースで少しメンソール系の煙草を吸いながら男3人で談笑していると進行方向左に宮島の,右奥に岩国市街の夜景が見えて来たので明日に備えて就寝とのことで散会する。
憧れの地,九州はもう少しだ。

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Trans Far East Travelogue76

結局撮影が終わった後は疲れて爆睡し,午後1時頃に来たネットニュースのプロ野球トレード速報を見て驚き,知らぬ間に眠気も吹き飛んだ。
嫁は既に起きていて、俺が起きたのに気付いて「昨日はお疲れ様。疲れてない?」と気遣ってくれたので「この位平気さ。色々あったけど、生涯バッテリーなんだから支え合わないとな。そっちこそ昨日はお疲れ様。そっちこそ体は大丈夫か?」と返すと「博多着くまで船で休んでれば大丈夫よ。明日は期待してや」と言って笑う。
すると,暫くして誰かが部屋の戸をノックする音が聞こえる。
廊下に出てみると北海道唯一の支社がある釧路に転勤した筈の同期が菓子折を持って立っていたので訳を聞くと,彼の弟さんも日本海周りの別働隊の予備の運転手として件の車に乗っていたが,同期が松江で皆と会った後皆境港から船に乗ると勘違いして,仮眠していた長岡まで運転してくれたあの運転手以外の全員で大酒飲んでしまった挙句自身は1人で先に北海道へ帰ってしまい,皆は東京まで行かなくてはならないのに代行が米子までで米子から新潟県まで1人で運転させてしまった上に,長岡から土地勘のない俺の嫁に運転させてしまったことに対する謝罪と,その嫁のサポートに回った俺への感謝とのことだった。
そこで,戒律で飲酒ができない代わりに喫煙を嗜好として好む人が多いムスリムが多数派を占めるクウェート在住経験の長い彼なら喜ぶと思い,場所を喫煙ブースのある2階デッキに移して男2人色々話し込み,結局部屋に戻ったのは日没ごろとなった。
船は瀬戸内海へと入った為,韓国勤務経験者の多くは西海(黄海)や釜山周辺を思い出し,この後寄港する韓国での思い出話に花を咲かせている。

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Trans Far East Travelogue75

乗船時間になり,今回乗る船を見た嫁は「豪華客船ね。でも,海外行くのにパスポートチェックしないの?」と訊いてくるのだが,「俺はあくまでも鉄道を活用した観光PRに特化した部署で働いているのであって船の担当ではないのでよく分からないけど,博多でやるんじゃ無いか?」と返して乗り込むと新潟支社所属で航海士の資格を持った同期が俺の肩に手を回して「おいおい…奥さんは知らないにしても、お前は俺達のグループ会社に勤務してるんだから知らなくてどうするんだよ。ウチのグループ会社の船は全て日本だろ」と言うので嫁は疑問符を浮かべるが、俺は船に関する国際法を思い出して「そうか!船籍,つまり人に国籍があるように船にも国籍はあるけど,この船は日本の船だから法的にもここは日本なんだよ。だから,博多までは国内線扱い」と嫁に伝えると今度はソウルの同期が「荷物置いたら、会社の宣伝動画と,ライブ配信撮るから屋上デッキに来てくれ」と告げるので,了解とだけ返して頷き,嫁が「私も出演して良い?」と訊くので我が社は『社員は皆家族』というコンセプトで,社員が結婚したらそのパートナーも1人の社員とみなす方針の為許可は下りると思っていたが,案の定簡単にOKが出た。
ところが、今回の撮影は韓国にいくつかある支社群の合同撮影で韓国向けの放送らしく、台本は勿論撮影は韓国語オンリーになりそうだ。
そこで、俺がその場で内容を全て和訳して嫁に伝え,撮影班には嫁が韓国語を喋れない関係から通訳を挟んだ方が良いので、役者としての出番を減らして嫁が出るパートの通訳として参加するのはどうかと提案すると,通訳として参加するのは認めるが,役者の数に限りがあるし,今回は世界中の支社から人が来てるので韓国語を解する人が俺と同期の2人以外は全員撮影する側にまわっている関係から俺の出番を減らすことは出来ず,増やす一方になるという返事が来た。
仕方ないので俺が1人二役で撮影に参加する羽目になり,撮影が終わった頃には出航するどころか横浜みなとみらいの夜景が真横に来ていて,ベイスターズがサヨナラ勝ちしたのか海からでもハッキリ見えるほどの高さの花火が横浜スタジアムの辺りから上がり、浦賀水道に出る頃には日付が変わった。
そして,部屋に戻る途中で操縦士も交代の時間になったらしく,同期の航海士曰く博多入港は日付が変わった翌日の午前5時だそうだ。

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Trans Far East Travelogue74

小仏のトンネルも,八王子も、高井戸も過ぎて地元・新宿の高層ビル群が見えて来たと思ったら,家族でドライブした時に必ず利用した外苑のランプも越えて三宅坂のJCTまで来た。
一度深呼吸をして「いよいよだな…」と呟くと嫁が「どう?私の地元来るの楽しみ?」と訊くので「仕事柄北海道や東北、関東甲信ばかり行ってて九州には一度も行ったことないから楽しみだけど,大好きな東京とお別れするのは寂しいかな」と返すとソウル時代の同僚が「お前の場合はそうだろうな。モデル級の美人が多く参加する合コンに誘ってもお前は断固拒否してたもんな」と言うので嫁が「それって、私がいたから?」と訊くので「当時の俺は独身だったし、プライドが高くて,な?」と答えると今度は助手席にいた同期が「元カノとの失敗や台湾での失恋で心荒んで、『東京の言葉が分からない女とだけは絶対に付き合わない。東京の外の女性,特に西日本の人や見た目だけ綺麗な外国の人と付き合うくらいなら、自ら命を絶ってしまう方が一億倍マジだ』って宣言したお前に気を遣って日本の現場へ出張させる時は必ず東日本に派遣してたのに変わったよなぁ…マレーで彼女できたって連絡受けた時は悪い冗談かと思ったよ」と懐かしさに浸って笑いながら暴露するのでそれに合わせて「まぁ,そんな俺でも嫁の新撰組が好きで新撰組にゆかりのある多摩や東京のこと知ろうとしてくれた所に惚れて,今までの方針忘れるくらいまで首っ丈で結ばれたんだから,嫁が特別なだけだがな」と言って俺も笑うと嫁は「貴方が西日本のこと語ろうとしなかったのって…」と言うので「そう。地元も好きだったけど,それファンとして巨人戦観てて,10年以上日本一はお預けで,大体全部に西日本が関わってるからね」と返すと嫁が何か言う前に同期が「確かに,阪神と3位争いしてた時に打った選手は確か山陰の出身だったし,燕の監督は広島,既に亡くなられたけど楽天の星野監督は確か瀬戸内の出身だったよな」と答えるので頷き,嫁が「結果論やけど,元カレいなかったら野球のこと知らなくて,大好きな貴方を傷付けてしまってたかもね」と冗談めかすので「そうかもな。俺も元カノのこと無かったらオープンチャット使わなかったから,君とは会わなかったかもしれないな」と言って笑い話にしている間に他の定期船の針路の関係で移された港に着いた。
乗船手続きは済んでいるので出航を待つ。

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よっしゃー!

夢ならば醒めないで!夢ならば醒めないで!
巨人勝った!
ついに勝った!
昨日は山﨑伊織投手が頑張ってたのに救援失敗で涙の敗戦…
でも,今日は赤星投手が8回まで無失点!
生憎地元・兵庫県出身の守護神大勢投手は打たれて9回の表でアウト一つも取れずに降板したけど,大勢がコンディション不良で2軍にいた時のクローザーの代役だった中川皓太投手がその後無失点で救援成功し、勝った!

高校は違うけれど自分と同じ東京出身の赤星先輩,無失点で抑えてくださり,ありがとうございます。
本当にありがとうございます!
いつぞやの大舞台で東京出身の某選手が代打で出てきて空振り三振して1人の巨人ファンの男の子を悲しみのどん底に叩き落としてから10年,今度は東京出身の貴方が無失点ピッチングで勝ち投手の権利を得て,チームの勝ちに貢献してくれました!

ヤバい
これで横浜とゲーム差1じゃないか?
目が潤んでよく見えない
もうそんなに多くのこと書けないから,今日ホームランを打った大城選手の登場曲としても有名になった『あとひとつ』の一節を今の気持ちに載せようか

熱くなっても無駄なんて言葉聞き飽きたよ(ここ数年)
もしもそうだとしても,抑えきれないこの気持ちを希望と呼ぶなら一体誰が止められると言うのだろう
あと一粒の涙が、ひと言の勇気が明日を変えるその時を見たんだ(まさに今日の試合)
無くしかけた光(2013シリーズでの仙台,2019,2020での福岡,2021のCS,2022での横浜,今年の甲子園のアレ)
キミが(赤星投手が)思い出させてくれた
あの日の景色(2012年の銀座優勝パレード)忘れない!
あと一粒の涙で,一言の勇気で願い(11年ぶりの日本一)が叶う
その時が来るって
僕は信じてるからキミ(全国の巨人ファンや原監督,それから読売ジャイアンツの選手全員へ)も諦めないでいて
何度でもこの両手をあの空(晩秋の晴れた銀座の空)へのばして
あの空(歓喜に沸き立つ東京の、いや日本全国の大空)へ

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Trans Far East Travelogue73

幸いにも車がキャンピングカーであったため,後部座席の構造が向かい合わせのソファーになっており、背もたれにクッションを立てかけた座椅子を二脚通路との間に挟んで出来上がった簡易ベッドができた。
座椅子の1番運転席よりの部分に俺が座り,嫁を膝枕する格好で寝かせて後ろの2段ベッドから毛布を何枚か拝借し,嫁にかけてそのまま無意識のうちに手を握っていると,暫くして嫁が目を覚ました。
「これ,全部貴方がやってくれたの?」と訊くので「まぁな。でも,姉妹いたこと無いからどうやれば良いか分からなくて取り敢えずできることやっただけさ。素人対応だったし無理させてしまってすまない」と謝ると「謝るのはウチの方や。KLからタイ方面抜けた時の列車で貴方が言ってたの、ウチ覚えてるもん。『俺の憧れのドライブデートというのは,俺は免許無いけど大体の地図は頭に入ってるからパートナーが運転して俺が助手席でサポートすることさ』ってね。それなのに,貴方が大好きな地元離れることになりそうで寂しそうにしてたから,せめて船に乗るまではって思ってたんやけど,港に着く前にこんなことなって憧れの舞台を潰してしもて…でも,こんな時でもそばにいてくれる素敵な人と結ばれてウチ,本当に幸せや」と嫁が泣きながら返すので「お前ってヤツは…ペテルブルグで俺が何て言ったか忘れたのかよ」と言って頭を抱える。
すると嫁が「およそ一千日続いた飢餓地獄ではあったが最後まで陥落しなかったレニングラードの攻防戦になぞらえて『俺はどれだけ大変な状況でも,千日経とうと何万日経とうと,一生添い遂げるだけさ』って言ってたの,本気やったの?」と訊くので「当たり前だろ?そうでなくちゃ君と結婚してないし,俺の大好物も絶対あげないから」と真面目な顔して返すと嫁も本気な表情になり「新高山より高く,駿河湾より深いもの何か知ってる?」と訊くので「答えは簡単。君への愛だな。でも,それを上回るのは俺のカッコよさ」と返してその場を和ませると「今までやったら『鏡見ろ』とか『寝言は寝て言え』って思ってたけど、見直しちゃった」と笑いながら返す。
すると,他に後ろの方の仲間達から「よくもまぁ,年頃の男の子が恥ずかしいと思う身体のコンプレックスになりそうなものを全て兼ね備えた人に嫁が来たよな。大切にしてやれよ」とヤジが来てまた賑やかになる。

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Trans Far East Travelogue72

諏訪を離れ,周囲は木ばかりのエリアを抜けると一気に視界が開ける。
そうなると,小淵沢や長坂と言った八ヶ岳周辺のリゾート地を通過することになる。
嫁が「八王子入ったら起こすから,眠かったら寝て良いよ」と言ってくれたが,俺は窓の外を眺めてふうっとため息を吐き,「懐かしいな」と一言呟く。
すると,嫁が「懐かしいってこの辺にも思い出あるの?」と訊いてくれたので「そりゃ,思い出はあるよ。この辺は山梨と長野の県境に跨る形で八ヶ岳という山があり,その麓は別荘や保養所として有名なんだ。俺の地元,新宿区の保養所もこの近くの長坂っていう所とさっきいた諏訪から少し北に行った蓼科の女神湖にあってさ。小学生の頃はよく家族で長坂の方に泊まりに行ったし、学校の宿泊行事では女神湖行くのがデフォルトでさ。君も知っての通りイギリスで話になってた英語キャンプの宿泊地も女神湖だった。親父が山中湖に別荘買った頃には高校生で区の施設利用する機会は減ったし感染症の流行も重なってそのどちらにも行かなくなったけど…アレから5、6年経ってるんだもんなぁ…今どうなってんだろ」と返すと嫁は「福岡は広いから,車使っても県内のどこにいるかでどの県に行けるかが決まるの…だから,あちこち行ける東京都心が羨ましい」と言う。
そんな具合に雑談していると,笹子トンネルを抜けたあたりから突然嫁が痛みに耐えているように見えたので「標識が出てる初狩じゃ無くて,その次の談合坂ならかなり休憩所の規模が大きいからそこで一旦休憩取ろう」と声をかけると嫁の「本当に良いの?これから先何度も起きるよ?」という返事で理由を確信して「女性特有のアレ来たんだろ?」と訊くと嫁が黙って頷くので「なら、尚更談合坂で停まらないと。初狩の設備では昼ならまだしもこの時間では対応が難しいけど、次の休憩所なら対応できることの選択肢が増えるんだ。だから,申し訳無いけどあともう20分位我慢してくれないか?」と問いかけ,嫁が頷くのを見て社内公用語の一つであるロシア語で今起きてることを説明し,後ろにいた先輩が妹さんの為に買っていた生理用品を嫁の為に渡してくれた。
そして,無事に休憩所に着き嫁の対応も済んだので、長岡まで運転してくれた仲間に再度引き継ぎ、嫁と俺が後部座席に下がることになった。
もう間も無く、東京都に入る。

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Trans Far East Travelogue 71

嫁が「さっき渡してくれたもの食べてみたら味噌味で美味しかったんやけど、アレ何ていう名前なん?」と訊いて来たので「五平餅だよ。ほら,俺の大好物で信州名物の」と返すと「アレは私もハマる」と返ってきた。
「俺達,食の好みが似てるんだろうな」と結論付けると「だったら,明太子とかも好きなの?」と嫁が訊くので「前言撤回。申し訳ないけどもつ系と魚卵はマジで苦手。高菜は好きだけど」と答えると「高菜も良いけど,福岡の食べ物で私が1番好きなとり皮はどう?」と返ってくるので「とり皮?大好物やんけ」と返すと「なら,福岡で貴方と絶対行こうって言う場所あって,その隣の施設に入ってるお店のがオススメやけん、そこにしよ」と嫁が言うので「分かった。君に任せっぺ」と答えると「地元で知り合いいたら訛っても許してや」と返ってくるので「別に方言使いてえ時は使っても構わんよ」と返すと真面目な顔して「たとえ高速でも夜ん山はえずか」と言うので「俺,福岡着いたらえずがりな天然で美しか嫁が俺ん滞在中にかかる金は全額払ってくれるって聞いたばい」と冗談めかして返すと「ウチが破産せん程度にしんしゃい。唐人町のアレ,料金高かけん」と笑うので「唐人町?中華系の人の街ってことか?でも,中華街は…長崎だろ?何があるんだ?」と自問すると「唐人町は福岡ドームや」と言う。「交流戦で明日巨人ソフバンじゃねえか…応援セット忘れたなぁ」と呟くと「パスポートも忘れてたやろ。私ショルダーバッグに貴方のパスポート入れとるけん,心配せんといて。応援セットは一式船に積んだばい。代わりに,地元は美人多かばってん、浮気せんでな」と返って来たので「する訳ねえだろ。見た目だけ美人な女性はいくらでもいっけど,君は見た目も性格も,全部東京の夜景より綺麗だぁら,浮気なんて馬鹿なこと心配すんな」と返し、続けて「さ,行くべ」と言って嫁を促し,もう一度車に乗り込む。
渋滞は無く、予定より早く港に着きそうだ。

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Trans Far East Travelogue70

休憩を終えて走り出すと、嫁が一言「信州って雰囲気良かね」と言うので「だろ?俺も信州好きで昔から何度も来てる。ただ、親父と違って俺は上田や松代といった北信よりも諏訪や高遠と言った東信・伊那地域が好き。特に、高遠城址公園の桜はとても綺麗だし、伊那名物のローメンは勿論,大好物の五平餅と言った旨いものも沢山ある。小6の移動教室で伊那の農家さんの所で稲刈りさせて貰った時から信州の食べ物は好きなんだよ。まぁ,ざざ虫やイナゴは今でも苦手だけどね」と返すとタイミング悪く会社の人事課長から電話が来る。
地方への異動の打診だったので少し落ち込んでいたが,温泉の諏訪,郷里の東京・新宿,桜が綺麗な高遠という俺が好きな3つの街にアクセスしやすい茅野へ異動ということで二つ返事でこのオファーを受けることにした。
その後嫁が何か歌って欲しいと言うので,折角だから皆も歌えるヤツにしようと暫く考え込んでいると後部座席の皆が信州を代表する名曲『信濃の国』の音源を流して合唱を始め,嫁もつられて口パクで歌い始める。
今度は嫁が『いざ行け若鷹軍団』を歌うので、各々が応援するプロ野球チームの球団歌を歌うことになって完全にカラオケムードになり,見事に休憩予定地で夜景と月が綺麗な姨捨も山葵で有名な安曇野もすっ飛ばして気付いたら松本まであと1キロの標識が出るまで南下していた。
そして,夕食を摂る為に松本で一度高速を降りて駅ビルの店で山賊焼きを堪能し,もう一度高速に戻って諏訪湖SAの温泉に入った。
風呂上がりにテラスに出て諏訪に程近い山梨の銘菓信玄餅をアレンジしたクレープアイスを食べながら眼下の夜景を見ていると,来た時とは打って変わって雲一つない夜空に北斗七星と月が湖と湖畔の街を照らしていることに気付く。
嫁がそばに来て「なんか,2人でパリに行った時思い出す…あの時も空から見た街の夜景こんな感じやったよね」と言うので「でも,あの時と今日とでは決定的に違うことがある。あの時は移動日で試合が無かったのに対し,今日の試合は言葉にしたく無いくらい酷い負け。」と言うと「もう,貴方ったら。プロ野球か旅か私のことしか頭に無いんでしょう」と嫁が言うので「当たり前だろ?これからの俺を支える、どれか一つが欠けてはいけない三要素なんだから」と言って笑って紙に包まれた木の棒を差し出す。
あと3時間弱で港に着き,すぐに船出する。

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今の気持ち

今日の試合,ファンとして見ていて思うところはいくらでもあった。
今日の試合中継を観ていて僅か3時間ほどの間に思わず感情的になり「そりゃないだろ」,「勘弁してくれよ」,「やりやがった」などと怒鳴ったことは何度もあった。
受験に失敗し,セブでの留学でも成果を出せずくすぶっていて帰国後心も荒みかけた俺を導いてくれたのは,俺と同学年で高卒ルーキーのドラフト一位で俺が好きなプロ野球チーム,読売ジャイアンツに入団し,二軍で腐らずに頑張り、一軍に上がってプロ初ホームランも打って俺も負けられないという気持ちに気付かせてくれた浅野翔吾選手だ。
ジャイアンツが俺のハートの導火線に火を付けてくれた。
だから,もしかしたら一位の阪神タイガースの優勝が決まる試合が俺達巨人ファンとの罵倒合戦になりかねない巨人阪神戦,俗に言う伝統の一戦になるかもしれないと言われた時,俺はビビったし,その一方でかつてない程の炎が闘争心に宿った。
「槙原さんや堀内さんの二の舞になってはいけない」と言って固唾を飲んで見守った今日の試合,蓋を開けてみれば野手のファンブルや全球見逃せば四球になりツーアウト1・2塁と同点のチャンスがに見えそうだったのに無理に打ちに行って空振り三振した,と言う具合に思うところが多々ある試合となった。
そして,俺達は負けた。
阪神の岡田監督の胴上げだ,アレが決まった。
現役の時に受験に失敗した時よりも悔しくて,部屋で少し遅めの夕飯食べながら泣いたよ。
やっと気持ちの整理がついた。

悔しいけど,阪神ファンの皆,18年ぶりの優勝おめでとう!

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Trans Far East Travelogue69

給油を済ませて関越道に入るまでの道中,ラジオから流れて来た交通情報に耳を傾けると,運の悪いことに必ず通る筈の関越トンネルとその前後で連鎖的に起きた事故処理の関係で湯沢から沼田まで通行止めになっている。
土地勘が無く方角も分からず完全に憔悴しきっている嫁に「落ち着いて。絶対隣にいるし俺の言うこと信じれば東京に帰れるから大丈夫。俺を信じて。まずは高速の逆方向で長岡ジャンクションに行こう。」と声をかけて暫く嫁が落ち着くまで待つ。
そして、かつてソウルでの同僚で台湾に栄転した人が後ろに座っていることに気付き嫁を不安にさせない為に彼に韓国語で声をかけて出港を遅らせてもらうよう交渉させて夜11時出港との答えが来た頃、遂に嫁が覚悟を決めた様子で「案内お願いね」と言ってハンドルを握るので俺も「任せとけ」と返す。
そこからの展開は早く、長岡インターから高速に入り,長岡JCTで北陸道に入り西欧の某国から今は亡き女王が訪日した時に乗った新幹線の運転士さながらの運転で上信越道との分岐点である上越JCTを目指して長岡を出てから凡そ1時間で上信越道に入り、その後更に30分程で着いた信州小布施のPAで最初の休憩を挟み,名物の栗を使ったソフトクリームを買って嫁を励まし,俺は腹が減っていたので信州を中心とした地域では一般的なソウルフードのソースカツ丼を食べても足りないので信州蕎麦も追加で注文しどちらも感触するのを見て嫁から「東京の男…恐るべし」と笑われたので「地物や名物を食うのが江戸っ子よ」と笑って返す。
その後のルートについて嫁が相談するので、このまま群馬の藤岡で関越に合流して帰宅ラッシュで混雑する都内の下道をひたすら走って時間をかけるよりも少し遠回りにはなるが更埴JCTから長野道に入り昔は水田に映る月,今は眼下の善光寺平の夜景で有名な姨捨のSAで2度目の休憩を取り、岡谷を経由して中央道に入り温泉施設のある諏訪湖のSAで入浴して最後の休憩を取って首都高経由で港に直行することを提案するが,嫁が念の為もう1ヶ所休憩場所があると良いと言うので万が一のイレギュラーに備えてでも休憩を取る前提で動くことにした。
遠くには先程まで長岡で見ていた信濃川の上流,千曲川の水面が薄暮の空を写して白みがかった金と紫の色を混ぜて光り、それを見る嫁の横顔が並行して走る新幹線の列車の名前にもあるように輝き出していた。

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Trans Far East Travelogue68

河井継之助記念館を見た後,昼食をどうしようか色々悩んだが越後名物のへぎそばに決定した。
その後,山本五十六記念館に行き彼が戦死した時に乗っていたとされる飛行機の翼の一部も見て長岡の名物で新潟県の代名詞とも言える甘味の水饅頭を食べることにした。
嫁が「そう言えばさっき、『映画の作中では五十六役の人は周りの人が驚くのを横目にバクバク食べてた』って言ってたよね?そんなに水饅頭って珍しいの?」と訊くので「まぁ,見てれば分かるよ。君も俺と負けないくらい甘党なんだからすぐに虜になるさ」と返して近くの甘味処に入り、注文した実物を見て嫁は驚いて無言になり、俺は「久しぶりに食うけどやっぱ甘くてうめぇなぁ…やっぱこれ食わねぇと長岡に来た実感湧かねぇや」と言って夢中で食べている俺を見て嫁も食べてみると完全に虜になった様子だ。
迎えが来るまでの間に名物・川西屋の酒饅頭と嫁が一つ残らず食べ尽くした俺の大好物,笹団子を買って今後の船旅で食べることにした。
そして,迎えの車が来てわざわざ運転していた松山の仲間が降りて来てくれたのだが,様子がおかしいので別働隊の他のメンバーに事情を訊くと,様々なハプニングが連続して乗船地の博多に向かう途中の松江から東京に引き返し東京から乗船することになり、免許を持っているのが1人しかいない関係で米子から休憩を挟みつつも1人でずっと運転してくれたとのことだ。
そこで,俺が嫁に「コンディションさえ良ければ,秘密兵器,見せてやりなよ」と伝えると「運転するのは良いけど,私,道分かんないよ」と言うので「大丈夫。高速乗ったら後は家族でドライブしたルートで覚えてるから俺が案内する」と返すと嫁が頷いてくれた。
他のメンバーも賛成してくれたので、ここからは運転席と助手席のメンバーを変えてドライブすることになる。
まだ沈むには早い西陽が信濃川の水面に反射して煌めいている。