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ハブ ア ウィル ―異能力者たち― 19.チョウフウ ⑩

わたし達が立っている場所のすぐ側の建物の屋上から、誰かがこちらを見ている。
その姿はお昼頃に出会ったあの穂積のようにも見えた。
「…どうしたんだ?」
わたしが上を見上げている事に気付いた師郎がそう尋ねる。
わたしはえっ、と驚いて彼の方を見る。
「あ、ちょっと見覚えのある人が近くの建物の上に…」
わたしがそう言いながらさっき見ていた場所へ目を戻したが、そこにはもう誰もいなかった。
「あれ?」
さっきまでいたのに…とわたしは呟く。
「誰もいなくね?」
「見間違いじゃねーの?」
師郎と耀平も上を見ながらそうこぼす。
「でも確かにいたんだよ」
お昼頃に出会ったあの子が…とわたしは言いかけたが、途中でうふふふふふという高笑いにかき消された。
「ようやく見つけたわ」
声がする方を見ると、ヴァンピレスが白い鞭を持って道の真ん中に立っている。
「さぁ、わらわの餌食になりなさい…!」
彼女がそう言った時、ンな事させるか‼とわたし達の後ろから聞きなじみのある声が聞こえた。
「ネクロ‼」
黒い鎌を持って肩で息をしているネクロマンサーに対し、耀平は声を上げる。
「早く逃げろ皆‼」
ここはボクが足止めする!とネクロマンサーはわたし達の前に躍り出た。
耀平は分かったとうなずくと、行くぞとわたし達に行って走り出した。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その③

種枚・鎌鼬の二人は、この後も夜の町を高速で駆け抜けながら、目についた怪異たちを片端から狩り倒して回っていた。
種枚の駆ける速度は、人間はおろかあらゆる生物が発揮し得る移動速度を凌駕するほどのものであり、尚も加速を続ける彼女に、鎌鼬は異能を発動し続けてようやく食らいついているという有様だった。
「ちょ、ちょっと! マジで待ってください!」
道端に立っていた不気味な女の幽霊を真っ二つにした種枚に、鎌鼬はようやく声をかけた。
「ァン? どうした息子よ、もうバテたのかイ?」
「いや、当然でしょ……! 俺、〈鎌鼬第一陣〉発動中は全力疾走してるようなものなんスよ? むしろよく30分も保ってますよ……!」
〈鎌鼬第一陣〉とは、鎌鼬少年が種枚の手によって間接的に怪異を摂取したことで得た人外の異能である。
そもそも「鎌鼬」とは本来、3体1組で行動する怪異存在である。風のように駆ける3体の妖獣の第1体が対象を突き飛ばし、第2体が対象を切り裂き、第3体が薬を塗って止血することで、出血を伴わない切り傷を与えるというものなのだ。
鎌鼬の異能はこの第1体の力に由来し、風と化して空間内を自由に、高速で移動し、また接触した人間や動物、怪異などに接触を感じさせること無く転倒させるというものである。
この異能は体力を発動の代償としており、その消耗速度は、同じ距離を全力疾走しているのに等しい。
時おり立ち止まりながらとはいえ、異能の連続使用により、かなりの勢いで体力を消耗し続けていた鎌鼬が音を上げるのは、致し方ないことと言えた。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その⑤

タマモが怒りに任せてエベルソルを蹂躙していた頃、ロキは他のリプリゼントルがエベルソルの群れと交戦しているのには見向きもせず、脇をすり抜け戦場の目標地点に向かっていた。時折自分の下に流れてくるエベルソルの個体に難儀しながらも、ロキはようやく目当ての場所に到着した。
「ぬぼさん!」
エベルソルに取り囲まれていた、サイバーパンク風の衣装を纏ったリプリゼントルの少女に呼びかける。
「え、あ、フ、フベ……」
「ロキで良いです」
「分かった、ロキちゃん、助けて!」
「まあ、はい」
変化弾をエベルソルに叩き込み、一度ぬぼ子からエベルソルの群れを引き剥がす。
「あ、ありがとう……」
「いえまあ、別に、はい。取り敢えず攻撃継続してください、溢れた分は私が整えます」
「助かるよ」
ぬぼ子はガラスペンの先を空中に置き、素早く直線を引く。するとその直線を対角線とする長方形が、地面と平行に生成された。更にガラスペンをそのまま真上に持ち上げると、先ほどの長方形を底辺とする直方体となる。
「次の音まで……3、2……」
ぬぼ子のカウントダウンの間、ロキが弾幕でエベルソルらを牽制する。
「ゼロ!」
ぬぼ子の宣言と同時に、巨大な直方体型のブロックが群れの中央に落下する。数体のエベルソルが押し潰されたが、他の個体は素早く回避し、前進を続けようとする。
そして、ロキが予め仕込んでいた変化弾に足をすくわれ、転倒した。それを堪えた個体も、倒れたエベルソルに足を取られて連鎖的に倒れ伏す。
「……あ」
「ん? ロキちゃん何……あっ!」
ブロック、変化弾の両方を回避したエベルソルが2体、2人の両脇をすり抜けてホールに向かったのだ。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その②

鎌鼬が種枚に追いついた頃、彼女は既にパーカーの1枚目を腰に巻き、今しがた狩ったばかりの怪異に齧りついているところだった。
「ン、遅かったなァ馬鹿息子よ」
「師匠が速過ぎるだけですから。っつーかなんで風の速さで移動できる俺より速いンスか」
「修行が足りてねーなー……まだまだ作業は残ってるんだぜィ?」
怪異の残骸を投げ捨て、種枚は再び駆け出した。
それを追おうとして異能を発動した鎌鼬の身体を、青白い無数の手がすり抜けた。
(ッ⁉ 風になってなきゃ危なかった……)
「おー、そっちに居たか!」
走り去っていたはずの種枚が瞬間移動と見紛うほどの速度で引き返し、腕の数本を勢いのままに引きちぎった。
「次の獲物はコイツだなァ!」
興奮したように吼え、回転しながら腕の群れに飛び込み、それらを1本残らず切り飛ばしてしまった。
「やー……やっぱすげえッスね。師匠の必殺技」
異能を解除して地面に下りてきた鎌鼬が、腕の残骸を見て苦笑しながら言った。
「シシシ、そうだろ。化け物共とやり合うために、私の知恵と身体能力の全てを注ぎ込んで考え出した技の数々だぜィ? すごくなきゃ困る」
鋭い牙を剥き出しにして笑い、種枚は答えた。

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赤黒造物書店 前

大きな駅に直結する大規模商業施設の片隅にて。
1人の赤髪にキャップ帽のコドモが鼻歌交じりに通路を歩いている。
赤いスタジャンのポケットに両手を突っ込みながら歩くコドモは、ふと何かに気付いたように書店の前で足を止めた。
書店に入ってすぐの料理本売り場で、見覚えのある人影が本の立ち読みをしている。
外套に付いている頭巾を被っているものの、赤髪のコドモには誰だかすぐに分かった。
「おい」
赤髪のコドモがその人物に近寄って声をかける。
頭巾の人物はビクッと飛び跳ねて立ち読みしていた本を閉じ、平置きされている本の上に置く。
「なーにやってんだよ」
ナハツェーラー、と赤髪のコドモはにやける。
「…」
ナハツェーラー、もといナツィは頭巾を外しつつ赤髪のコドモの方をちらと見た。
「お前か」
「そうだぜ」
露夏だぜと赤髪のコドモは笑う。
「それにしても珍しいな、お前が本屋になんて」
何読んでたんだ、と露夏がナツィの方を覗き見ると、平置きされている本の中に先程まで読んでいたと思しき本が無造作に置かれていた。
「えーと、なになに…“初めてでも簡単☆チョコレート菓子”ってなに、お前こういうの読むのかよ」
露夏がタイトルを読み上げると、ナツィはちょっ、やめろテメェと恥ずかしそうにする。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その①

とある満月の夜、午前1時過ぎ。送電鉄塔の上に立ち、種枚は街並みをぼんやりと見下ろしていた。
「師匠ぉー、可愛い弟子が部活疲れでしんどい身体をおして来ましたよぉ」
突風と共に背後から聞こえてきた声に振り向くと、防寒着に身を包んだ鎌鼬が立っていた。
「ようやく来たか、馬鹿息子」
「だからせめて弟子と呼んでくれって……」
不意に夜風が吹いて来て、鎌鼬は思わず屈み込んだ。
「うわ寒っみい」
「ハハハ、無糖のホットコーヒーで良ければくれてやろう」
種枚が放り投げてきた缶を受け取ったものの、その冷たさに鎌鼬は缶を取り落としかけた。
「めっちゃ冷たいンスけど⁉」
「そりゃ私が1時間くらい前にカイロ代わりに買ったやつだからねェ」
「それはもうホットと呼んじゃいけないやつッスよ……」
缶をそのままコートのポケットに入れ、再び立ち上がる。
「なァ息子よ、見えるかい?」
隣に立った鎌鼬に、種枚は眼下に広がる街の一か所を指差した。
「中央駅ッスね。……あ、消えた」
営業終了に伴い施設が消灯され、夜闇に紛れるその瞬間だった。
「これでいよいよ、この街も眠る時間だ。ここから先は、人間の領域外だぜ。今のうちに始末できるだけ始末していくぞ」
「ッス。……けど、なんで俺も行かなきゃならないんです? 眠いンスけど……」
「あァー? お前放っておくとすぐ心ブッ壊れるだろーが。私が見張っといてやらなくっちゃな」
鎌鼬の頭を乱雑に撫で、種枚は鉄塔を飛び降りた。鎌鼬も苦笑し、髪を直しながら異能を発動し、種枚の後を追った。

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告白2

「知らないよ、僕が聞きたいくらいだ」
幼さゆえか、当時の僕は少し怒った声色でそう言ってしまった。その子は驚いていた。まぁその子にしてみれば逆ギレだ、驚くのも無理はない。
「嘘つき!!」
言葉に詰まってからその子は涙目で僕にそう吐き捨てて走り出した。小学生低学年にしてはよく我慢した方だろう。もしかしたらその感情を表す他の言葉を知らなかったのかもしれない。それほどまでにその一言には怒り、失望、期待、全てが詰まっていた。僕は理解出来ないまでもそれを感じていた。だから僕は立ち止まってその子がマンションに着くまでそこで待つことにした。傍から見ればそれこそ痴話喧嘩に見えただろう。だが当時の僕にはそんなことを考える余裕はなかった。(もちろんあったとしてもおそらく答えは変わらなかっただろう)
「よっ、ストーカー」
翌日になり、相手はいよいよあだ名としてその言葉を使うに至った。昨日の今日で否定する気力すら無く、仕方なく付き合う。あの子の視線が冷たく刺さったように感じた。
「嘘つき」
あの子の声が頭の中でリフレインする。
「そうだよ、嫌われ者だもん、嘘ついてナンボだよ」
1日経ってようやく僕の答えが出た。僕は悪役になる。それがもっとも空気を読んだ、そして誰も傷つかない方法だから。何よりこれは当時僕があの子に嘘をつかない唯一の方法だった。

to be continued..

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少年少女色彩都市 act 11

叶絵は和湯姉から受け取ったガラスペンを構えエベルソルに相対したまま動きを止めていた。
(……そういえば、空中に絵を描くってどうやるの? あの魔法陣みたいなのとか……そもそも、あれを倒すって、何を描けば良いの……?)
叶絵が実際にインプットしたリプリゼントルの戦闘状況のサンプルは極めて少ない。そこに慣れ親しんだ現代科学とかけ離れた戦闘技術と、非日常へのパニックが加わり、思うように手が動かない。
ふと、エベルソルが一切自分たちに攻撃してこないことに気付き、敵の方を見る。その頭部には、先ほどのリプリゼントルの少女が胡坐をかいて3人を、否、叶絵を見下ろしていた。
「……あ、私のことは気にしなくて良いよ。君たちの戦いには手を出さないから」
にかっ、と笑い、少女が叶絵に言う。
「けどそのお姉さんもひどいよねぇ。何も知らない女の子を無理くり戦場に引きずり出すなんて……君が何の才能も無い無産なら詰んでたよ、ねー?」
蛾のエベルソルに同意を促すが、エベルソルは何も反応せず脚をばたつかせるだけであった。
「……まぁ、せっかく才能と道具、両方あるんだ。頑張れ若者、くりえいてぃびてぃに任せて好きに暴れな」
少女にサムズアップを示され、叶絵は一度瞑目して深呼吸をしてから、再び目を開いた。
ガラスペンを目の前の虚空に置く。ペン先の溝を無から生み出されたインキが満たし、目の前に同心円と曲線が組み合わさったような魔法陣が、殆ど無意識的に描き出された。
意を決してそれを通り抜けると、寝間着姿から一変してピンクと白のパステルチックなワンピース風の衣装を纏った姿に変身していた。
更にガラスペンをエベルソルに向けると、空間を暗闇に塗り替えるようにどす黒いインキの奔流が周囲を覆い尽くす。
「うっわマガマガしー。どんな生き方してたら『可愛い』と『邪悪』があの同居の仕方するんだろうね? まあ新入りちゃんの『芸術』、見せてもらおうじゃないの」
けらけらと笑いながら、少女はエベルソルから飛び退いた。

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少年少女色彩都市 Act10

女性は叶絵と典礼に曖昧に微笑むと、懐からガラスペンを取り出す。蛾のエベルソルは耳をつんざくような奇声をあげてその無数の足を動かし、こちらにすごい勢いで迫ってきた。
「ひっ…」
後ずさる叶絵の腕を引いて、典礼が場を離れる。女性は幾何学模様を書きあげた。
「んと…和湯、くん?」
「典礼でいい。立って」
蛾は女性の書いた幾何学模様の盾に突っ込み、煩わしそうに暴れて、10秒と経たない内に盾を壊してしまった。女性は典礼たちのもとに駆け寄る。そのまま三人で逃げ出す。
「やっぱりだめ…昔はできたのに」
「え、あの」
混乱する叶絵が困った顔で女性を見つめると、彼女は寂し気に微笑んだ。
「私、リプリゼントルの才能が消えかけてるの。昔は典礼よりも強かったのに」
「ちょっと!余計なこと言うなよ!」
「だってあんた燃費悪いじゃない!すぐ疲れるし、一日に何回も変身できないでしょ」
両脇で姉弟喧嘩が始まってしまい、気まずくなって叶絵は俯いた。
「あ、そうだ!あなた、私のお古で良ければ使ってみない?」
「…えっ!?わた、私ですか!?」
「そう!得意なことはある?」
「得意なこと…」
叶絵の得意なこと。
「…絵、を描くこと…」
女性は満足気に笑った。