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陰陽師と夜の夏祭り②

「陰陽師、これはなんだ」
「手持ち花火だよ」
「花火……なんだそれは」
「きれいな火花を出す棒、かな?」
「ますますなんだそれは」
陰陽師は手持ち花火のパックを購入した。レジは無人なので、さっきと同じく代金はカウンターの上に置く。
「はいこれ。ここをこっちに向けて持ってね」
「こうか?」
「そうそう。じゃ、いくよ」
「え、いくって何ぃぃいいいおおおおおっ!?」
女の子の握っていた手持ち花火に陰陽師が着火すると、火花が勢いよく噴き出した。
「おお、おお、おおー! 慣れてくると、これすごくきれいだな」
「うんうん。……あやめて楽しいのは分かるけどこっちに向けないで」
「?」
無邪気な女の子は、火花がきれいなのが楽しくて危うく先端を陰陽師の方に向けそうになった。花火は人に向けてはいけないと言うのを怠っていた。
「こういうのもある」
陰陽師は次に小型の打ち上げ花火を取り出す。女の子に少し下がるように指示すると、陰陽師はためらいもなく着火した。
どーん、という破裂音とともに、夜空に散らばる焔が浮かび上がる。
女の子は最初こそその音に驚いていたが、すぐに花火の美しさのとりこになったらしい。
しばらくの間、無人の通りに破裂音とパラパラとはじける音が響いた。
「そして締めはこれ」
取り出したのはは線香花火だ。
「さっきのと比べて一段と地味だな」
「むしろその地味さこそが最大のとりえ」
「そういうものか。……あ、また落ちた」
女の子は次の一本に手を伸ばした。手元のほとんど焼けずに終わった線香花火三本に、新たに一本が追加される。
「そして難しい。なんで陰陽師のはそんなに長生きなんだ」
「なんでだろうねぇ」
男の手元には最後まで焼けた線香花火の残骸が一本だけある。現在二本目に挑戦中らしい。じぃっと見つめて、女の子は長生きさせるための技術を盗もうとした。結局は集中してじっとしていることくらいしか分からなかったが。
先ほどは地味とは言ったが、ささやかに表情を変える線香花火の焔も少女の眼には好ましく見えた。自分の眼にも同じ色を輝かせながら、女の子は自分の線香花火に集中しだす。
「……あ、また落ちた」

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異国からやってきた少女がひとり佇んでいた。
少女の、まるで金を鋳溶かしたような髪が夏の陽光を受けて溢れんばかりに輝いている。遠くの空の青を眺めていたその少女は、こちらを見ると笑いかけて寄ってくた。
「そんなに空が好きなのかい?」
「いいえ、違うわ。こちらの空は色が薄いと思っていたのよ」
そうかい、向こうの空の方がお好みかい? と訊くと、そんなことはないわと返ってきた。心がまだ遠くにあるような声だった。
「向こうの空は寒々しいほど青いの。夏なのに凍えてしまいそう。こちらの空は向こうのよりは温かいけど、でもなんだか嘘くさい青だわ。ひどくのっぺりしてるのね」
だからどっちもあまり好きではないわ、と明朗に話す少女。
「今夏はいつまでいるんだい?」
「全部お父さんの仕事しだい。私にはさっぱり分からないわ。でも少なくとも今日は大丈夫よ。お父さんが風邪をひいて寝込んでるの」
明日には治るわと自信ありげに話す少女の目には、疑いなど微塵も映っていなかった。
少女の眼。
彼女に嵌っているそれらの色は左右で違っている。虹彩異色症。俗にいうオッドアイだ。
「……うん、やっぱり青は嫌い。私の左目を取って、右目と同じ色にできないかしら」
カラーコンタクトならいいかしらと宣う少女が持つ目の色は青と金の二つ。左が青、右が金だ。空の色と、彼女の髪の色。
「そうか、青は嫌いか」
「ええ、嫌い。綺麗だし、愛おしいとも思うけどね。でもやっぱり好きになれないの」
「どうしてだい?」
「だってね、例えば水は青で表されるでしょう。雨も青で表されるでしょう。涙も青で表されるでしょう。私は人を憂鬱にさせたり悲しませたりするものは嫌いなの。……そう、たとえばあなたのことよ。キラー・クラウン」
青い涙が描かれているその顔から、低く嗤い声が漏れる。

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もう
もう
もう

貴方のことは信用できないね
貴方の「好き」は信用ならないね
むしろすべての人の言葉が虚言のようだ
そして私の何もかも虚ろなようだ

貴方の、貴方の、最上級の言葉でさえも
私にとっては見透かせない海底からせり上がった
蒼い海水のように意味を成さない

ああ、
私が悪い、悪い
でもってみんな
貴方のことは信用してるか
してるか
しってるか
信用って、ねぇ
詭弁かもねと呟いて
それが大きく反響したのさ

ぐわん
ぐわん
って

私の想いを預けて
というより投げて
貴方が受け取ってくれるのか
って考えてしまうのだ
確信が必要、ともいう
私の、想いを前にして
貴方が逃げないという確証なんてないだろう

だめだな
貴方はそんな人じゃないっていうのに
本当に小さなファクターたちが
私の心を惑わしているのだろうか
それだけじゃないよな
それだけじゃない
私にはあなたが必要なのだ

さっきも言った通り
こころはまさに青い海底
奥底の暗い
くらい
見えないから、恐れるんだな
見えてたら恐れないのに

なんで、どうして、見えないのか
それはどうして、貴方がまぎれもない、人だからなんだな

ああ、だから
私は誰かに自分の想いを預けたい
というと誤解があるかもしれない
ソファに凭れ掛かるように、という比喩が
ピッタリくるだろう
そんな体たらくだから
私は誰とも馴れ合いはしないのだ
困ってる貴方を見たいわけじゃない
そのときは手ひどく振ってくれた方がありがたい

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鬼とGW 下

「そんで今日は主要観光地が混んでいる予想と夏日に近い気温になる予報から、適当な近さであまり繁盛してなさそうな甘味処に案内してくれる予定だった」
「うんうん」
「……木村。お前今何やってる」
「仕事」
「だよなぁーー!! なんで前々から立ててた予定すっぽかして仕事にのめりこんでるのかなぁーー!! えらい! いやえらいけど! 休も!? 折角のGWだよ!? なんで休まないの!? 」
木村は絶賛仕事中だった。時刻は昼に差し掛かり予報通りの夏日近い気温がじっとりとした汗をかかせる。冷房をつけたかったが、多々良木が腹を下すので窓を開けている。汗でずれた眼鏡を指で押し上げつつ、詰め寄ってきた多々良木をどうどうと宥める。
「矢継ぎ早に言わないでくれ。それでだんだん顔を近づけないでくれ。角が刺さる。……そりゃ僕だって休みたいよ。でも入っちゃったんだよ、仕事」
「いつ」
「昨日」
「俺との予定は」
「それに関してはマジですまん」
「…………」
「ごめんって」
「…………日本〇ね」
「おいどっかの呟きパクってんじゃねぇ」
あーあこんなことなら幽世に誘拐すればよかったと割とマジトーンで呟く多々良木に、木村は苦く笑う。
「今の日本なんてこんなもんだよ。逆にいい観光になったでしょ」
「……確かに日本の裏側は覗けたわな」
どうだった?
まっ黒だった
あはは、それな
乾いた笑いが広くないアパートの一室にこだまする。