表示件数
4

コーヒーブレイク⑨

就職先が決まった事を報告した時からなぜか時が流れるのが早く感じた。
そして遂にその時はやってくる。

開ける扉は重く感じ
鐘の音はいつもより小さく聴こえ
店内の音楽はいつもより暗く聴こえた。

それでも店主だけは何も変わらなかった。
いつも通りの髪型、眼鏡、服装。
いつも通りの表情、仕草、態度。
発する言葉。漂う香り。人気のない店内。

僕は何だかそれが嬉しくも思えた。

「おはよ。」
いつもと何も変わらないその声。
「......」
僕は何も言い出せない。
「いつものか?」
その一言は凄く有難かった。
「...うん。いつもので。」
少し重めの空気。でもいつもこんなんだ。
特別毎日話してる訳ではない。
店主は最後の日までいつも通りを突き通してくれた。それが本当に嬉しかった。

全てを食す。体内に巡る珈琲。いつもと何も変わらない。
勘定を済まそうと僕はポケットから一万円札を取り出す。
「...マスターありがとう。本当に...ありがとう」
店主は一万円札を見つめる
「こりゃなんだ?」
「マスター最後くらいかっこつけさせて。
...お釣りは要らないよ。」
店主は僕の言葉に嬉しそうに応える。
「ボウズ。最後ってなんだい。もう来ねーつもりなのか?」
「あっいやそーゆう訳じゃ...」
クイ気味に店主が僕に言う
「勘定はしっかり貰う。でも今じゃねぇ。またここに来な。そん時に払え。こいつは今だけ俺の奢りだ。」
「それ奢りじゃないよ。」

その言葉を最後に僕は喫茶店を出ていった。