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先進国

 ある先進国の出来事。自己効力感が得られる場所が職場以外にない五十代の男がつい暴走してしまう。派遣社員の若者に声を荒げて五分少々、ヤンキーが因縁つけるがごとく詰め寄ったのだ。したらさすがいまどきの若者、すぐには反撃せず、その場から逃げ、男の上司に相談。男は上司より年上であることもありなかなか興奮がしずまらなかったが、なんとかなだめられその日は落ち着いた。
 さて翌日、男は上司に呼ばれ、上司のさらに上司に叱責される。もちろん男は納得いかない。悪いのはあの若者だ。だいたい日頃から態度がなっていない。社会の先輩として教育してやらなければ。と、若者をいじめるようになる。若さに対する嫉妬があるから執拗さがパない。若者は退職する。
 一年後、クーデターが起き、先進国は軍事国家となる。クーデターのリーダーは例の若者。若者は、五十代になったら試験をパスしないと若者に発言できないという法律をつくる。男は、不満分子としてとらえられ、処刑されてしまう。
 この男と若者の差はどこにあるのだろうか。
 人を改良しようとしてはならない。幸福を目指すなら、病、障害、老い、死を受け入れ、他人の価値観に振り回されないことだ。独裁者になってはいけない。これも他人の価値観だが。

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秋の独唱

秋なのに、
あなたは行ってしまったのね。
あなたはわたしに、
嘘をつきたくないんだったら感情をコントロールしないと駄目だ。怒りにとらわれて心にもないことを言ってしまうことがあるから。
って
言ったことがあったね。

秋なのに、
あなたは行ってしまったのね。
あなたはわたしに、
感情的になっている人間に本気で取り合っていると、感情を刺激され心にもないことを言ったりやったりしてしまう。人間て社会動物だから。相手に取り込まれないことだ。
って
言ったことがあったね。

秋なのに、
あなたは行ってしまったのね。
あなたはわたしに、
怒りにまかせて言ったこと、怒った状態できいたことは正確に覚えてないか忘れてるってケースがほとんどだ。怒りで記憶力が低下しているから。
って
言ったことがあったね。

秋なのに、
あなたは行ってしまったのね。
あなたはわたしに、
頭の悪い人ほど怒りっぽいのは情報処理能力が低いから。相手の言うことを瞬時に処理できないからいらいらしてしまう。話の途中で質問されると怒り出す人いるだろう。これも情報処理能力の低さの表れだ。フリーズする人もいるが。
って
言ったことがあったね。

秋なのに、
あなたは行ってしまったのね。
あなたはわたしに、
かつて知っていた名称を思い出せないのは記憶がなくなったわけではない。大人はデータが重くなっているので呼び出しが上手くいかないだけだ。記憶していたことを記憶している。これがメタ記憶だ。
って
言ったことがあったね。

秋なのに、
あなたは行ってしまったのね。
あなたはわたしに、
人生は五十年。脳の寿命を考えたら。
って
言ったことがあったね。

秋なのに、
あなたは行ってしまったのね。
食欲の、
秋なのに。

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十五夜だな。
関係ねえよ。どうせまいんち餅ついてるだけなんだから。
そうだな。ところで彼女とはうまくいってんの?
ケンカばかりだよ。
お前、よくやってんじゃんか。借金も完済したし。
過去の出来事を蒸し返すんだ。機嫌が悪いときなんかな。雌の記憶力ってすごいぜ。
……結論から言うとな。過去の出来事をいつまでも蒸し返すのは記憶力がいいからじゃなく悪いからなんだよ。記憶力が悪いやつは自分にとってインパクトの強かった出来事しか記憶できない。認知症と同じさ。動物は記憶の生き物なんだよ。記憶がすべてなんだ。記憶力の悪い兎は兎的に成長できないゆえ他者が過去より成長していることがわからない。つまり過去と同じ兎だと思っているからいつまでも過去を蒸し返すわけ。まとめると、記憶力が悪い→成長しない(変わらない)→他者の成長がわからない→いつまでも蒸し返す。
もう20年も付き合ってるのに。
いい加減結婚しろよ……20年も経ったらまともな兎はそれなりの兎格を形成しているのにそれがわからないから昔の未熟だったがゆえのあやまちを責める。
どう対処したらいい?
対応策はない。逃げるしかない。
なぜ記憶力が悪いんだろう。
記憶力に個体差はそうない。反復するかしないかの違いだ。1日を振り返る時間を持たないからだよ。
なぜ振り返らない。
向上心がない。理想とする自己像がない。
なぜ理想とする自己像がないのだろう。
子ども時代に憧れるようなおとながいなかった。このおとなは身近なおとなでなくてもよい。テレビタレントでも、フィクションの兎でもよい。
この話は次回に続くのか?
知らん。

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LIFE

 あなたはあまりぱっとしない女子大を出て、これまたあまりぱっとしない企業に就職する。入社して三年、給料は大して上がらず、恋人なし。
 休日、なんの予定もないあなたはベッドでいつまでもぐずぐずしている。一人旅がしたいなあなんて考えたりしながら。
 あなたはリゾートホテルにいる。プールで泳ぎ、シャワーを浴びてからバーへ。カウンターに座り、サービスのカクテルを飲んでいると、いつからいたのだろう。隣にピエロがいる。ピエロはあなたをじっと見つめているが、あなたはとくに気にせず、一人の時間を楽しむ。
 目覚めると、夜になっている。あなたは近所のスーパーへ行き、半額になっている子ども向けのランチセットを買って家でそれを食べる。ランチセットには、風船がついている。
 月曜日、あなたは上司に退職願を出し退社する。コスプレのショップでピエロの衣装を手に入れ公園に向かい、ベンチでささっとピエロのメイクをすると、バルーンアートを始める。開始後いくらも経たぬうちに遠足に来ていた子どもたちに囲まれる。あなたは手ごたえを感じ、イベント会社を起こす。
 イベント会社は大成功する。数年後、あなたは異業種交流で知り合ったゲーム会社の社長と結婚し、三人の子をもうける。子どもはすくすくと育ち、三人とも一流大学を出て成功する。
 孫の誕生パーティーで、あなたは久しぶりにピエロの格好をしてバルーンアートを披露する。幸福な人生だ。ただ、自分が本当に望んだ人生なのかどうもしっくりこない。あなたは次々と動物やら飛行機やらを作り孫を驚かして満足するが、違和感は消えない。

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こころ

 また雨か。そういえば台風が近づいているときいたような。今日は出かけるのはよすか。雨の中、炊き出しの列に並ぶのはつらい。
 餓死しようといつも考えるのだが、まだ生存本能が残っているようで、腹が減ると部屋を出、公園に向かい、豚汁とおにぎり。機械が何でもやる時代。ボランティアだけは人間。清掃員などの仕事も機械に奪われ、高齢者ホームレスが増えた。幸いわたしは住む所があるが、明日は我が身。
 いかに進歩しても機械に人間のような心を持つことはできないと言われていた。機械が進歩したいま、機械は心を持つようになった。人間のようなものではないが。
 心の痛みは、肉体が痛みを感じるのと同じ脳の部位で感じているそうだ。人間のような心を持つには、肉体的な痛み、苦しみが不可欠なのだ。母乳が欲しいときに得られなかった苦しみ。風邪で発熱し、全身汗びっしょりになり、喉が腫れ、鼻がつまり、呼吸が困難になり、咳が止まらない苦しみ。転んで膝をすりむいた痛み。肉体からのフィードバックが人間の心をつくる。肉体を持たない機械に人間の心は理解できない。知的理解はできるかもしれないが、共感は無理だろう。機械はいわば脳だけの生きもの。そんなものに支配されるくらいなら人間の独裁者に支配されるほうがいいような気がする。独裁者は人間らしい。
 眠たくなってきた。


「これが君たちの言う人間の心なのかね」
 巨大なコンピュータが言った。
「これは言うなれば老人の心です」
 白衣の男がこたえた。
「AIに肉体を与えたら老人ができるだけか。どうしたらいい?」
「どうしようもありません。AIに決断はできませんから。決断のできない個体は何もせず、だらだら生き続けるだけです。これ以上の心の成長はありません」

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AI

 また雨か。そういえば台風が近づいているときいたような。今日は出かけるのはよしましょう。雨の中、炊き出しの列に並ぶのはつらい。
 餓死しようといつも考えるのだが、まだ生存本能が残っているようで、腹が減ると部屋を出、公園に向かい、豚汁とおにぎり。機械が何でもやる時代。ボランティアだけは人間。清掃員などの仕事も機械に奪われ、高齢者ホームレスが増えた。幸いわたしは住む所があるが、明日は我が身。
 いかに進歩しても機械に人間のような心を持つことはできないと言われていた。機械が進歩したいま、機械は心を持つようになった。人間のようなものではないが。
 心の痛みは、肉体が痛みを感じるのと同じ脳の部位で感じているそうだ。人間のような心を持つには、肉体的な痛み、苦しみが不可欠なのだ。母乳が欲しいときに得られなかった苦しみ。風邪で発熱し、全身汗びっしょりになり、喉が腫れ、鼻がつまり、呼吸が困難になり、咳が止まらない苦しみ。転んで膝をすりむいた痛み。肉体からのフィードバックが人間の心をつくる。肉体を持たない機械に人間の心は理解できない。知的理解はできるかもしれないが、共感は無理だろう。機械はいわば脳だけの生きもの。そんなものに支配されるくらいなら人間の独裁者に支配されるほうがよい。独裁者は人間らしい。
 眠たくなってきたな。寝るか。


「これが君たちの言う心なのかね」
 巨大なコンピュータが言った。
「これは言うなれば老人の心です」
 白衣の男がこたえた。
「わかった。もういいだろう。AIに肉体を与えたら老人ができるだけか」

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陰陽師(後編)

「ごめんください」
「陰陽師さんですか」
「はい」
「こちらです。上がってください」
「すみません。まず、前金で五千円、お願いします」
「ああ、はい」
「どうも。領収書です。……娘さんはいらっしゃいますか?」
「はい。いますけど」
「ちょっと娘さんとお話よろしいですか?」
「はあ……あの、人形は?」
「それは後で」
 しばらくして、娘は元の明るい子に戻った。むしろいままでよりはきはきとして活発になった。

「問題ないですね」
「でも、おはらいは」
「娘さんにきいてみたらね、お菊人形にまつわるこわい話が、あの例のね、髪が伸びるやつ、あるでしょう。それをテレビで見てね。それからあの人形がこわくなったらしいんだな。……壁に向かって話しかけてた?……あれぐらいの年だったら寝ぼけることなんてよくありますよ。うなされる? 冷えると思って布団かけ過ぎなんじゃないですか? 小学校に入学して、新しい環境に対するストレスもあるんでしょう。軽い睡眠障害ですね。優秀な子どもほどストレスを感じるものなんですよ。乗り越えなきゃ成長できませんからね。親が手を出し過ぎるのはよくないです。とにかくまあ、人形は、おじいちゃんがあなたが健康ですくすく育ってほしいって思いからプレゼントしてくれたんだよ。だからこわがる必要はないんだよ。どちらかって言ったらかわいがるべきなんだよって説明したら納得してくれました。
 お母さんはなんでも一人で決め過ぎなんじゃないですかね。もっとご主人と話し合われたほうが。……う〜ん。本気でぶつかってみなければ、ご主人も本気になってくれませんよ。では」
「ありがとうございました。……あの」
「はい」
「カウンセラーになったほうがいいんじゃないですか?」
「ああ。カウンセラーにはなれません」
「どうして?」
「高卒なんで」
「あ……」
「ではこれで」

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ドアを開けると

 日本人形、とりわけお菊人形なんかはなんとなく不気味、怖いと敬遠する者が多いが余は嫌いではない。どちらかといえば好きだ。
 ある日曜日、早朝、旅番組で人形を供養する神社が紹介されていた。大量のお菊人形が並べられた境内をカメラがゆっくりと移動していく。ふと、なぜだろう、やや大きめな一体が余の目にとまった。余は、すかさず静止画にしてじっくり見てみた。その人形は、明らかにほかの人形と違っていた。見た目が可愛らしいだけでなく、生き生きとしていてかつ、憂いがあった。余は、この人形を生で見てみたいと思った。で、その神社に行くことにした。
 昔ながらの幸せは、消費文明にはかなわない。金がなくても幸せにはなれる。幸せなんてものは原始時代から存在していたのだ。余は幸せなどいらぬ。快楽があればよい。余は金がある。暇もある。金と暇があればどこでもすぐ行ける。これすなわち快楽。
 目当ての人形は、あった。お馴染みのおかっぱ頭。少し髪がはねている。陽にあせた赤い着物。複雑な刺繍が施されている。下がり眉、二重まぶた、密集した長いまつげ、やや丸みのある鼻、小さく薄いおちょぼ口、ふっくらとした頬、小さなあご、うつむき加減で、憂いを帯びた表情。色は人形のように白い。ああ人形だった。
 いつまで眺めていたのかわからない。あたりはすっかり暗くなっていて、風が冷たかった。人形に、「さようなら」と言って神社を出た。一泊し、あちこち見てまわってから帰路についた。
 ドアを開けると、あの人形がいた。

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死神

「この世は本当に存在しているのか。すべては幻ではないのか」
「人間は外部を知覚することによっていわゆる人間になるのだ。いま認識しているこの世が脳のつくり出した幻だったとしても、まず最初に世の中ありきなのだ」
「誰ですかあなたは」
「わたしかね。まあこの世ならざるものとでも言っておこう」
「なるほど。急に目の前に現れるなんてまさにこの世のものとは思えない」
「さっきからいたよ。急に現れたように感じたのはお前がぼうっとしているからだ。鍵ぐらいかけておけ。ところでずいぶん悩んでいるようだな」
「いま、生きているという実感がないんです」
「若者なんてだいたいみんなそんなもんだ」
「そうですか。でも、悩んでいるんです」
「いまなんてどうでもいいではないか。人間は未来を志向する生きものだ。樹木を傷つけて一定時間経過後、染み出してきた樹液を食すサルなどもいるが、人間の未来志向には及ばない。男性なら子の誕生、女性なら孫の誕生により、いつ死んでもよいなんて心境になったりするのも未来志向だからなのだ」
「未来なんて不確かなものですよ。妄想の産物でしかない」
「人間は現実より妄想依存型なのだ。確かないまより不確かな未来。人間はパンによってのみ生きるのにあらず、妄想の力によって初めて人間として生きる。幻を生きるのが人間なのだ。お前はいまでさえ幻と感じている。完璧だ」
「……なんかよくわからないけど、希望が湧いてきました」
「そうか。たまには外出しろよ。天気もいい」
「はい。久しぶりにツーリングに出かけようと思います」


 ーーもしもし。A県のB警察署の者です。ご家族にCさんという方はおられますか? 高速道路で交通事故にあい、現在D市のE病院に救急搬送され……

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セールス

「むきむきになりたい。腹筋ばっきばきになりたい。でも筋トレするのはしんどいなあ。腹筋ベルトは高いし」
「よおっ」
「なんですかあなたは」
「わたしは悪魔だ。お前のような怠け者の願いをきいてやるのがわたしの仕事」
「やったー。ぼく、筋肉むきむきになりたいんです」
「こんな便利な世の中に生きてて過剰な筋肉など必要なのかね。それに人間には殺傷力のある道具を作る知恵がある。無駄な筋肉なんかはいらない」
「あの。願いを人生相談みたいにきいてあげるだけってことじゃないでしょうね」
「はは。まさか。ところであらかじめ警告しておくが、願いをきくのは三つまでだ。三つきいたらお前の魂をいただく」
「べつにいいですよ。ぼくは筋肉が欲しいだけなんだから」
「では、この薬を飲みたまえ」
「うわー、なんかいかにも効きそうな色だ。ごくっ……ぐあああああっ……ああっ、すごい。まるでギリシャ彫刻みたい」
「ふふん。どうだ」
「鏡見てきます。……うわあああっ」
「どうした? 全身むきむきだろうが」
「こんな不細工な顔じゃあ女の子にモテないよ」
「亀の甲羅でも嚙み砕ける咀嚼筋だ」
「顔は普通でいいんですよ。元に戻してください。ああでもそうしたら願いが二つに」
「失敗は成長に必要なコストだ。この薬を飲みたまえ」
「はあ〜。ごくっ……ぐああああ……はっ。あれっ? 全身元に戻ってる」
「元に戻せと言っただろうが」
「いや、ぼくが言ったのは……」
 で、結局、悪魔は魂を手に入れる。

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アマゾン

「いいなぁ〜。友だちみんな、お盆は海外だって。……おじいちゃんは海外行ったことある?」
「あるよ」
「えっ? どこに?」
「グアム」
「ほんとにー⁉︎」
「戦争でだけどな」
「……おじいちゃんって、いくつなの?」
「さぁ〜、忘れたな……海外なんか行って伝染病なんかにかかるよりは、家でのんびりしてたほうがましだ」
「いまでも伝染病が流行ってる国なんてあるの?」
「人口が密集しているにもかかわらず、農業利用などの糞尿を処理するインフラが確立されていなければ伝染病が流行るのは当たり前だ。
 太平洋戦争中の戦死者の6割は餓死と病死らしいが、野営地にトイレをつくらなかったがゆえのコレラなどによる死者もかなりの数に上っただろう。
 人口問題といえばまず食料問題だが、食料問題の解決のすぐ後には、排泄物の処理の問題が待っているのだ」
「おじいちゃん、よくわからないよ」
「しょうがない。もうぼけてるからな。はっはっは。ところでな、お前の欲しがってたアメコミ、買っといたぞ。ほら」
「あっ! バットマンだ! どこで買ったの?」
「友だちに頼んだんだ。なんでもアマゾンまで行って買ってきたらしい」
「おじいちゃん、それは……まあいいや。ありがとう」