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自分とSOLの十年祭 〜2024年編 その6

その5の続き

〈この頃の自分(続き)〉
・8月9日、「南海トラフ地震臨時情報」が出て不安な気持ちを抱える中、関東地方で大きめの地震が起きる。緊急地震速報がめっちゃ怖かった。
・9月中旬、父方の祖父が危篤状態に陥り、慌てて埼玉某所の入院先へ駆けつけることに。ちなみに祖父の容体はその後持ち直したが、ひと月後に静かに息を引き取った。
・9月下旬、大学の学祭実行委員仲間と一緒に、キャンパス内からの花火鑑賞会に参加する。参加者が多すぎてカオスだったし、風向きが悪くて花火が煙に隠れたりしてたけど、超楽しかった。
・11月、大学入って2度目の学祭。実行委員としてスタンプラリーの台紙をデザインし、印刷会社に発注し、家に届いた重い品物を大学まで電車で1時間+急坂15分かけて搬入し、当日はずっとスタンプラリーのゴールで景品を渡す係に従事した。超疲れたけどテンションがおかしくなるくらい楽しくて仕方なかった。
・12月、SOLにラスボスこと小林幸子先生が来校した際、自分のところに逆電依頼らしき電話が来る。ただしその時はお風呂に入っていてスマホは自室に置いていたので、出ることはできなかった。

2024年は個人的にも色々あった年なので、情報量いっぱいになりました。
ちなみに次回で終わりなので、お楽しみに(?)。

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自分とSOLの十年祭 〜2024年編 その5

その4の続き。

〈この頃の自分〉
・1月1日の能登半島地震の揺れ、そしてテレビでひたすら流れ続ける津波警報・大津波警報の映像を見てだいぶ病んでしまう。東京にずっと住んでいるとはいえ、東北の震災を経験しているから、当時のことを思い出してしまったこともある(その時の掲示板にはめっちゃ救われた)。
・SOLで「YouTube版ボカロLOCKS!にあの原口沙輔が来る!」と聴き、学校掲示板に歓喜の書き込みをしたところまさかのPと逆電させていただくことになる。ただ、再生回数の少ないボカロ曲を聴き漁るのが趣味なのにこの頃はあまり聴き漁ることができておらず、原口沙輔Pに曲をおすすめすることができなかったのが唯一の後悔(ちなみにPと自分が同い年なのはこの時知った)。
・2月25日、1月下旬に体調を崩し、2月22日に倒れて緊急入院した母方の祖母が亡くなる。あまりにもあっけない最後だった。ちなみにこの日はボカコレ2024冬の最終日で、キングオージャーの最終回放送日でもあった。
・3月、年の近い妹が大学受験で全落ちし、浪人が確定する。ちなみに彼女は藝大を目指して美術系大学だけを受けいていたので、全落ちは覚悟できていたのだが…
・4月、大学で新入生勧誘活動が行われ、自分は学祭実行委員として仲間たちとミニ説明会的なことを頑張った。緊張したけど楽しかった。
・6月、閃光ライオット三次ライブ審査東京2日目に参戦した。激アツで楽しかったなぁ…
・8月7日、閃光ライオット2024ファイナルステージが地元で開催…されたんだけど、学祭実行委員会の活動がぶつかって自分は参戦を諦めることに。行きたかったなぁ…

その6に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2024年編 その3

その2の続き。

〈この頃のSOL〉
・この年の正月三が日は録音で授業を届けることになっており、前年末から予告されていた…が、1月1日に能登半島地震が発生したことで報道特別番組が放送されることになり、授業は休講になる。ただ掲示板は稼働していたので、多くの生徒がここを拠り所にした(ちなみに正月の放送が休止になったことで、この日から始まる予定だった井上和先生の乃木坂 LOCKS!は翌日2日から開始になる)。
・1月2日、前日に能登半島地震が発生したことで、録音で届ける予定だった授業が急遽生放送教室から届けられることになる。あの時の校長・教頭・職員の皆さんには感謝しかない(ちなみに3日が予定通り録音で授業を届けた)。
・2月、YouTube版ボカロLOCKS!にあの原口沙輔先生が登場。ちなみに自分が逆電に出ました(自慢)。
・3月14日、逆電で18歳のRN「涙はアート」を名乗ってGENERATIONSの白濱亜嵐先生がしれっと登場する。ちなみに最初は裏声(?)でごまかしていたが、こもり校長に「あなた18歳じゃないでしょ」と突っ込まれたため、自らの正体を明かしたのだった。
・この年の4月から、毎月末にその月に送られてきたFAXの中で1番を決める「FAXヒーローズ」が「イラストヒーローズ」にバージョンアップする。FAXだけでなくTwitterに上げたイラストも見て、「ヒーローズ」を決めるようになった。
・6月、閃光ライオット2024の三次ライブ審査が東京と大阪で行われる。ちなみにこの年から三次ライブ審査は有観客になった。
・この年の夏ごろ、なぜかSOLでアニメ「しかのこのこのここしたんたん」のOP曲がSEのように使われるようになる。ただ当時の校長教頭的には「TikTokでおっ○いの大きいお姉さんが踊っているイメージ」が強かったらしい…⁇
・8月7日、閃光ライオット2024・ファイナルステージが東京はお台場のZepp DiverCity(TOKYO)で開催される。2年連続出場のhalogenがマイナビエールソング賞、admiresがグランプリを取った。

その4に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2024年編 その1

自分がSOLの生徒になってもうすぐ…というか、もう10年!
自分とSOLの歩みを振り返る自己満コーナーの時間です。
長いですが、どうぞ。
(ちなみに時間割はWikipediaを参照しています、悪しからず)

《当時の校長・教頭》
こもり校長・COCO教頭(〜9月27日)→こもり校長・COCO教頭/アンジー教頭(9月30日〜、注1)
(注1:この年の9月30日以降はCOCO教頭が月・火曜日、アンジー教頭が水〜金曜日を担当する体制になる)

《当時の時間割》
〈22時20分〜のアーティストLOCKS!〉
毎月第1週目:“和の講師”乃木坂46・井上和先生の乃木坂LOCKS!(1月〜)
毎月第2週目:“インターナショナルクラス”SEVENTEEN・DINO先生のSEVENTEEN LOOKS!
毎月第3週目:“チュータールームNo.3”INI・髙塚大夢先生のINI LOCKS!
毎月第4週目:“ビューひな総研”景井ひな所長の景井LOCKS!(〜9月)→“青春の講師”新しい学校のリーダーズ先生の新しい学校のリーダーズLOCKS!(10月〜)
毎月第5週目:なし→“青春の講師”新しい学校のリーダーズ先生の新しい学校のリーダーズLOCKS!(4月〜9月)→なし(期間限定LOCKS!、10月〜、注2)
(注2:この年は期間限定LOCKS!として、NiziU LOCKS!が開講されていた)

〈22時55分〜の一部地域のみのコーナー〉
どっちのCat or Dog

その2に続く。

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2/9から2/13までの1週間日記

やることがあるのになんだか手につかない日々を送っておりますが、今週の1週間日記です。

月:相変わらず絵の下書きを描いていた。下書きを大量に溜め込んでいるのにね…
火:大きな本屋に出かけたけど、結局本を買わずに地下の文具売り場でミリペンを買ってしまった。でも最近ミリペンが欲しかったから満足。
水:祝日かつ雨ということもあり、だらだらしすぎてしまった。そのせいか夜は眠れなかった。
木:前の晩に眠れなかったのは動かなかったからだと考え、隣の隣街までひたすら歩いて雑貨屋巡り的なことをした。でも1万歩も歩いてない…なぜだ。
金:水曜日の寝る前に思いついたマンガの下書きを書いていた。ただしマンガ用原稿用紙なんてものは持っていないので、ちょっと良さげな無地のルーズリーフを原稿用紙代わりにしている。

〈総括〉
今週は…正直だいぶだらけていたような気がします。
「自己分析しよ〜」とか思っていたのに最低限のやることしかやっていないので、ダメダメだなと思います。
でも相変わらず絵はかなり描いていたし、ついにミリペンも買いました。
どの種類がいいのかわからず売り場に並んでいた3種類を全て買ってしまったけれど、どれも普段使っているボールペン以上に描き心地がよくて、創作意欲をますます刺激されますね。
お陰で(?)マンガまで描きたくなりました。
ただマンガの線画をアナログで描くにはミリペンのペン先の太さのレパートリーを増やすべきかも…?
一番下の弟の高校受験が来週までと続くので、家に感染症を持ち帰らないためにも自由に行動するのは難しいけど、せいぜい色々やっていきたいな。

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暇だからボカコレの話をする

ネット最大のボカロ曲投稿祭「The VOCALOID Collection 2026 Winter」まであと8日ですね。
本当はやることがあるけどなんかやる気が湧かなくて暇を持て余している感のある最近の自分ですが、次のボカコレが楽しみなのでなんとか生きられています。
「次のボカコレでは一体どんな神曲と出会うんだろう?」と思う日々ですが、次のボカコレでは1つ目的をもって参加曲を聴き漁ろうと思ってます。
それは「投稿作品のファンアートを描く」こと。
去年の秋に開催された「無色透名祭3」というボカロ曲投稿祭のときに、Twitter上でボカロ曲のファンアートにつけるためのハッシュタグが存在することを知って「自分も描いてみたい!」と思ったんです。
ただ自分は絵を描くのは好きだけどそこまで上手くない(個人評)だし、なにしろ遅筆なところがあるんです。
あとアナログ絵ばかり描いているので「(デジタル絵が多い気がする)FAの類なんて描いていいのだろうか…?」と思っていました。
が、ボカロ曲のファンアートは曲を作ったPにTwitterを介して届けられたらそんなに上手くなくてもめっちゃ喜んでくれるかもしれない、次の曲を作る活力になるかもしれない、と思ったら描いてネットに上げた方がいいような気がしたんです。
それと最近、アナログで描いた線画をスマホのアイビスペイントに取り込んで色をつければかなり労力を抑えられることに気づいたんですよね(あとボーカロイドキャラクターを描けば普段描かない版権絵の練習にもなる)。
だから「今ならFA描けるんじゃね⁈」ということで、次のボカコレでは絶対にFA描くぞ〜!と決めたのでした。
ただボカコレなど投稿祭のFAは祭の期間中に投稿されることが多いみたいなので、頑張らなきゃな〜(笑)

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書きかけのドリームノート!

なりたい自分ねぇ…
“普通の人”になりたいと願いたいところだけど、それを言うと確実に否定されるのでただの“夢”を描きます。

自分がなりたいものといえば、やっぱり“マンガ家”です。
4歳のときに自分の絵を褒めてもらったときに「マンガ家になれるよ」と言ってもらったことがきっかけで、ずっと夢を見続けています。
でも小5の頃、将来マンガ家になりたいから高校を卒業したらイラストとかマンガの勉強ができる専門学校に行ってみたいと一瞬思ったときに、親から「大学に行かないと就職できない」と昔から刷り込まれていたので専門学校には行かずにマンガ家になろうと決意しました。
かと言って美大進学は難しいしそもそもウチの親は自分がマンガ家になることを拒否するだろうなぁと思っていたので、ずっと一般の大学志望でしたね(今も一般の大学にいる)。
それに昔はマンガ家になるなら「出版社に持ち込み」とか「出版社主催の賞に応募」ぐらいしか選択肢がないと思っていたから、気の小さい自分は「マンガ家になりたい」と思いつつも「無理かも」「結局どうしたらいいんだろうなぁ」と薄々思っていたんです。
…が、大学に入ってから(ほとんど活動はないけど)漫研サークルに入ってコミックマーケットに参戦したり、自力でちょっとだけマンガを描いてみたり、最近だと一次創作が盛んなBlueSkyというSNSを始めてみたりするうちに「同人作家ならなれるんじゃないか?」と思うようになってきました。
趣味の範囲だけど凄まじいクオリティの作品を作る方ってpixivやコミケとかに結構いますし、マンガって絵がそんなに上手くなくてもコマ割りやストーリーなんかで魅せている作品が商業作品でもそれなりにあるんですよね。
だからそこまで絵がうまくない上、ほとんど独学で絵を描いている自分でも、ストーリーやコマ割りで魅せるようなマンガを描いてネットに上げたり、作った同人誌を持ってコミケにサークル参加したら、それはもう“マンガ家”なのでは?と考えています。
というわけで、趣味の範囲でも“マンガ家”になりたいなぁと思っている話なのでした。

それにしても「ドリームノート」というものがあるのですね…世の中まだまだ知らないことばかりだ。

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自分とSOLの十年祭 〜2023年編 その5

その4の続き。

〈この頃の自分〉
・2月、2度目の大学受験の結果、第二志望の大学に合格する。色々大変だったけど、今思うとこの選択に間違いはない。
・3月11日、キズナ祭2023に参戦。小4のときに衝撃を受けたKANA-BOON先生の「シルエット」を生で聴くことができたのは一生の思い出である。
・4月、大学入学。以降、掲示板への書き込みが(ただでさえ元々多めだったのに)かなり増える。
・5月、大学の学祭実行委員会に運よく入ってしまう。最初は不安だらけだったけど、ここから自分の人生が一気に変わり始めた気がする。
・8月、閃光ライオット2023に参戦。会場は一応地元なのでひたすら路線バスを乗り通して会場入りした。でかくてまるい。の「36号線」をみんなで夢中になって歌ったのはいい思い出である。
・10月、ずっと追いかけているメディアミックス作品「アサルトリリィ」のコラボカフェに行く。アウェー感凄まじかったけど、この時買ったランダムアクキーは推しキャラのものが出たので今でも宝物。
・10月28日〜30日、大学に入って初めての学祭。2日目の夕方から雨が降って特大の屋外装飾物を撤去することになり、最終日の朝に設置し直すかで揉めたりしたけど、最後は大団円で終わった。この辺りから、自分は少しずつ人との会話ができるようになっていく。
・11月、学祭実行委員会の仲間とディズニーシーに行った。家族と一緒に行くより超楽しかった。いい思い出。

このコーナーもあと2週分!
もう少し頑張るぞ!
ということで次回もお楽しみに!

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自分とSOLの十年祭 〜2023年編 その4

その3の続き。

〈この頃のSOL(続き)〉
・4月3日、COCO教頭就任。SOLの歴史上では珍しい英語に強い教頭ということで、生徒たちに英語の勉強法のアドバイスをすることが多かったと記憶している。
・5月、ボカロLOCKS内でニコニコ超会議2023の話題が上がる。ちなみにこの時自分のニコ超関連書き込みが紹介された。
・6月、閃光ライオット2023三次ライブ審査が東京と大阪で開催される。ただしこの年はコロナの感染対策のため、ライブ審査自体は無観客で行われ、その様子はYouTubeで生配信された。
・8月7日、閃光ライオット2023がお台場のZepp DiverCity(Tokyo)で開催。オープニングアクトはなんと当時なにかと話題だったアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」の主役キャスト・青山吉能先生によるアジカン先生の「転がる岩、君に朝が降る」のカバーだった。ちなみにグランプリ及びマイナビエールソング賞は北海道のバンド・でかくてまるい。がかっさらって行った。
・この年の9月をもって、11年半続いたサカナ LOCKS!と2年半ほど続いたSOL!教育委員会が終了。1つの時代の終わりを感じさせた。
・この年の10月、SOLがミクチャとのコラボで生放送教室中のスタジオの様子の一部が毎週木曜日にミクチャで生配信されていた。ちなみにニコニコ動画のようにミクチャの画面上にはコメントが流れていたような…

その5に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2023年編 その3

その2の続き。

〈この頃のSOL〉
・2月6日、閃光ライオット2023の開催が発表される。2014年以来9年ぶり、未確認フェスティバル2019からは4年ぶりのイベント発表に、生徒たちは大いに湧き立った。
・2月22日、いわゆる“マザーシップで稀に起こる時間の逆行現象”により1週前のLiSA LOCKSが放送されてしまう。もちろん途中で校長の「間違えて1週前の放送を流してしまった」といった説明が入り、その後本来の放送が流れたのだった。
・2月26日、sumika LOCKSを担当したsumikaのメンバー・黒田隼之介先生の訃報が入り、掲示板は追悼メッセージで溢れる。この日は金曜日だったが、週が明けて月曜日の生放送教室冒頭でこもり校長が「黒田先生が前に生放送教室に来た時、話したいことがあったのにまた今度でもいいかなと思って話しそびれてしまった」といったことを語り、「せめて最後くらいは笑ってお別れしたい」とsumika先生の「Shake & Shake」を流したことはあまりにもよく覚えている。
・3月11日、東京は立川ガーデンシアターにて久々のリアルイベント「キズナ祭2023」が開催。こもり校長とぺえ元教頭のトークにマルシィ先生、KANA-BOON先生、そしてGENERATIONS先生のライブが行われた。ちなみにGENERATIONS先生のライブアクトでは全国の生徒たちによるブラスバンド演奏をバックにGENERATIONS先生が「チカラノカギリ」のパフォーマンスをした。超すごかった。

その4に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2023年編 その1

自分がSOLの生徒になってもうすぐ10年、自分とSOLの歩みを振り返る自己満コーナーの時間です。
長いですが、どうぞ。
(ちなみに時間割はWikipediaを参考にしています、悪しからず)

《当時の校長・教頭》
こもり校長(1人体制、注1〜3月)→こもり校長・COCO教頭(4月〜)
(注1:この年の1月〜3月の教頭は木曜のみ登場する“マンスリー教頭”という形で月によって教頭が変わっていた。ちなみに1月はとーやま元校長、2月はQuizKnockの皆さん、3月はaiko先生だった。)

《当時の時間割》
〈22時20分〜のアーティストLOCKS!〉
毎週第1週目:“インターナショナルクラス”SEVENTEEN・DINO先生のSEVENTEEN LOCKS!(〜3月)→“萌歌学の講師”adieu先生のadieu LOCKS!(4月〜12月)
毎週第2週目:“7組の講師”森七菜先生の森七菜LOCKS!(〜3月)→“インターナショナルクラス”SEVENTEEN・DINO先生のSEVENTEEN LOCKS!(4月〜)
毎週第3週目:“萌歌学の講師”adieu先生のadieu LOCKS!(〜3月)→“チュータールームNo.3”INI・髙塚大夢先生のINI LOCKS!(4月〜)
毎週第4週目:“ビューひな総研”景井ひな所長の景井LOCKS!
毎週第5週目:“チュータールームNo.5”INI・髙塚大夢先生のINI LOCKS!(〜3月)→なし(期間限定LOCKS!、注2)
(注2:この年の5週目は期間限定LOCKSとして宮世LOCKS!や井上和先生の乃木坂LOCKS!、ぼっち・ざ・LOCKS!が開講されていた)

〈22時55分〜の一部地域のみのコーナー〉
どっちのCat or Dog

その2に続く。

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2/2から2/6までの1週間日記

春休みだからといってダラダラと時間を浪費するのはよくないのに、ついダラけちゃう…
と言いつつ、今週の1週間日記です。

月:「コンビニのネップリサービスを使って自作キャラのシールを作ってみたい!」と思い立ち、勢いに任せ印刷データを作ってしまう。ただ印刷はこの日やっていない。
火:なんとなくやる気が湧かず、だいぶぼーっとしていた。もったいない…
水:大学の学内企業説明会とやらにオンライン参加した。やっぱり自分は障がい者採用で就職を目指した方がいいかもしれない。
木:足先にしもやけができていることに気づく。風呂に入るとかゆくなるしショック…
金:前髪が伸びてきていたので、美容院に行って切ってもらった。スッキリ。

〈総括〉
今週はだいぶだらけてしまった1週間でした。
本当はバイト探ししようとか思ってたけど、全然ダメでしたね。
でも絵はだいぶ描いていたような気がします。
溜め込んでいる絵の下書きを1枚完成させたり、ネップリでシールを作ろうとしてみたり…
割と創作に関しては調子がよかったのかもしれません。
あと足に数年ぶりにしもやけができたのがショックでした。
春休み前は下の妹だけでなく体温の高そうな弟まで足にしもやけができる中、自分は全然できる気配がしなかったのに…
しかも春休みに入ってから2週間しか経っていないのにしもやけができるだなんて、毎日たくさん歩かなくないとしもやけの対策はできないのかなと思います。
親に言ったら「またかよ」とか言われそうでなんとなく嫌なので、我慢するしかないかなぁ。
とりあえず、来週はどうにか理由をつけて動く1週間にしたいです。

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なんでもいいよ相談室

色々相談したいことはあるのですが…中でも早くどうにかしなくちゃいけないのが“大学のサークルの会長職を後輩に引き継いだのに、今度は会計職をやらされそう”なので本当にこれでいいのか迷っていることですね。
去年、発達障がいがあるのに誰もやる人がいなかったせいで自分がサークルの会長を引き受け、なんとかこの前後輩に役職を譲ったんです。
ですが「誰もやりたがらないから」という理由で今度は会計職を押し付けられそうなんですよ。
今の会計は4年生なので、もうすぐ卒業してしまいますから引き継ぎ相手を探しているんですけど…どうやらその人が連絡したメンバーはみんな拒絶したらしく、それで来年度も残るウチにお願いしているんです。
まぁウチのサークルは現在やる気のあるメンバーがほとんどおらず、役員の間でもうサークルを廃部にしようかといった話が上がっているレベルなんですが…さすがに創立50周年を今年迎える公認サークルを潰すのは惜しすぎる。
ということで、どうしてもというなら会計職を引き継いでもいいかなって思うんですけど…問題が1つ。
それはサークルの余りに余っている予算という名の大金(ウン十万円)を、そのまま手元で預からなくてはいけないこと!
「タンス預金はよくない」と我が家では口酸っぱく言われているのに、そんな大金を自分の机の中で保管だなんて親にバレたらどんな目に遭うか分かりません。
それに自分の机がある部屋には弟妹たちの机もあり、親も掃除や洗濯物の部屋干しのためにガンガン部屋に出入りします。
上手いこと机の引き出しの奥底に隠しておかないと、フツーにバレるんです。
だから本当は断りたかったんですけど、誰もやりたがらない状態で断ったら大惨事になるのでやらざるを得ないのかな〜、と思ってます。
ちなみに本当はサークルの銀行口座を作りたかったんだけど、対面での集まりが全くないせいでこの手の団体用口座を作る要件を満たせず頓挫しました…

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今の自分はヒヤヒヤモード

最近、やっとのことで大学のサークルの会長職の引き継ぎを行ったのですが、そのことで今ちょっと混乱が生じています。
大雑把に言うと、誰もやる気がなかったせいで‘26年度の役員は会長しか決まらず、「もうサークルを廃部にしないか」という話が役員間で上がっていたのですがその辺りの話が「来年度は活動を刷新した上で新入生勧誘活動を頑張ってみる」といった結論でだいたい止まっていたんです。
で、その後「そろそろ会長職を引き継がせますよ、いいですね?」といった連絡を役員グループLINEでして、それらしい返事がなかったのでみんなOKしていると判断した上で引き継いだのですが、副会長が「副会長職はどこに引き継いだらいいんですか?」「そもそも来年の活動はどうするの? サークル続けるの? 廃部にするの⁇」と混乱しているようなんですよね。
まぁこちらが副会長職の扱いをどうするかハッキリ言わなかったのも悪いのですが、サークルを潰したらどうかと言い出した割にはどうしたらいいのかわかってないなんて頭が回んないんだなと思ってしまいます。
それで、自分が知る限りの現況を丁寧にLINEで説明して「副会長職は結局決まらなかったのでかわいそうだけど新会長に任せちゃってください」とLINEで夕方に送ったので、今はどんな返信が来るかヒヤヒヤしています。
その人はLINEでやり取りしている上では読解力が低く誤解しやすいタチのようで、それでいてサークルの活動にも忙しさを理由にあまり参加していなかったんです(ついでに今年度でサークルを退会するつもりらしい)。
あとその人は一人暮らしかつ自分と違って“普通の人”ですから、就活もバイトもガッツリやっていて常に忙しくしているようで、LINEの返信が夜遅い時間帯だったりもするんですよ(正直夜21時以降のLINEは親しい仲でもなければ避けるべきではと思うが)。
というわけで夜遅くに文句LINEとか送られてきたら怖いなぁと思ってヒヤヒヤしているのでした。
あー怖い怖い。

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化粧どうしよ

今さらだけど、就活するに当たって自分はメイクとかどうしたらいいんだろう?
実は明日から大学でいろいろな企業を招いた就活生向け企業説明会みたいなのがあって、企業一覧を見たときに気になる企業があったから行ってみようかなって思ったんだけど、メイクしないで行ったら白い目で見られるんじゃないかって思ってしまったんだ。
もちろんリクルートスーツの類は持っている(ただしワイシャツが1着しかない上だいぶくたびれている)んだけど、マジで恥ずかしながらこれまで自分で化粧をしたことが1回もなくて、よく考えてみたら化粧できないなってことに気づいたの。
化粧をしたことがないからメイク道具なんてほとんど持ってない(学祭実行委員時代に余り物の協賛品としてマスカラをもらったことがあるけど、どこへやったか忘れた)し、今から地元のドラッグストアでアイテムを揃えてもぶっつけ本番ではできないし、そもそも自分の机はとっ散らかってて(発達障がいあるある)置き場がないしで、ちょっと今すぐにはどうしようもないのよね。
普通の大学生の女の子って化粧するのが当たり前って人が多いからこんなことで困ったりしないんだろうけど、我が家は母親が化粧を基本的にしない人だからメイクってどうしたらいいのか具体的にわからなくて、どこから手をつけたら…?ってなってる。
自分の今いる学年(今22歳だけど諸事情で一浪しているのでまだ3年生)の就活の実質的スタートが来月だから、早いとここの辺の問題も解決しなきゃ。

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自分とSOLの十年祭 〜2022年編 その6

その5の続き。

〈この頃の自分〉
・予備校に入り、志望校を決め直したものの成績が全く伸びず家の空気が益々悪くなる。結局年の近い妹の助言もあり志望校を変える。父親は「お前なんか最初から応援していない」としか言わなかった(以降、父親は自分に基本干渉しなくなる)。
・この年の夏ごろだったか、ボカロLOCKS(web版)で逆電させて頂くことになる。どうやらボカロ掲示板での初書き込みに職員さんが興味を持ってくれたそうな。ちなみに逆電相手は伊根さん。
・志望校を変えたはいいものの、この期に及んで親は「コミュニケーションが取れないなら普通の大学は無理、通信制ってのがあるからそっちにしたら?」とか「やっぱり通信制はお金がかかるし社会人になってからでも通えるから、予備校辞めて就職しな」とか言うようになる。就職といってもどうせ障がい者雇用しか選ばせてくれないだろうし、自分はなにがあっても大学に行って“人間になる”と思っていたが、親に言い出せなかった。しかしSOLの逆電で希望をもらって、親に自分は浪人を続けることを伝えることができた。
・浪人中、たびたび予備校帰りに家の最寄り駅から予備校の最寄り駅の間の駅にあるスタバでフラペチーノを片手に勉強することが増える。荒んでいたあの頃の、数少ない癒しであった。

この頃はだいぶ病んでいたけど、次の年からは明るくなってきます!
というわけで、次回もお楽しみに。

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自分とSOLの十年祭 〜2022年編 その5

その4の続き。

〈この頃の自分〉
・受験先をどうするか全然考えていなかったため、大学受験で家がギスギスし始める。今思い返せば先のことが考えられないのは自閉症の症状なのだが、当時は追い詰められすぎてそこまで頭が回らなかった。
・3月、高校卒業。大量のやり残しがある上、浪人を決めたので正直晴れやかでもないしコロナ禍のせいで卒業の実感が全くなかった。
・実はこの年の3月に応援部にて人生初逆電をする。なにに不安がっているのかもわからないような状態だったのに、こもり校長からは「突っ走れ!」といった言葉を頂いた(ちょっと申し訳ない)。
・この年の2月3月ごろからポエム掲示板に高校1年生のころに書いていた小説の続きを投稿し始める。それを覚えてくれていた生徒さんは歓喜した。
・4月、予備校生活が始まる。ただし父親への忖度で障がいのことは全て伏せて、「コミュニケーションが苦手」ということで予備校のチューター(自分のチューターはまさかの教室長だった)に伝えるという状態だった。ちなみにこの頃の自分の書き込みは無理して明るく振る舞っているせいで心が病んでいることがあまりにも際立っているので、閲覧注意。

その6に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2022年編 その4

その3の続き。

〈この頃のSOL(続き)〉
・7月8日、あえて名前は出さないが参議院選挙期間中に衝撃的な事件が起きる。そのためその日のSOL教育委員会は報道特別番組で開始が遅れ、掲示板も生徒たちの衝撃と不安の声でいっぱいになった。その翌週の月曜日の生放送教室冒頭、選挙の話をしていたこもり校長が「そして、この選挙期間中に、悲しい事件が起きました……それでも俺たちは、自分たちの人生を、歩んで行こうと思う」と言ったことが、今でも忘れられない。
・この年の夏、Audeeにて「大学生“リアル”呼び出し実態調査」という、ぺえ教頭が大学生生徒と対談する音声が配信される企画が行われる。ちなみにこの企画の予告では、ウチの「オープンキャンパス行かなきゃ」書き込みが読まれている。
・この年の11月7日、生徒からの“障がいや性などのこと”に関するメッセージを紹介する授業・SOCIAL LOCKS!の総まとめ授業が行われる。んでもって、自分が初めて生放送教室で逆電することになった。緊張と興奮でなにを話したかまるで覚えていないけど、校長教頭やゲスト講師の方との会話で勇気づけられ、親に「浪人をやめない」ことを伝えることができた。おそらくこの日がなければ今の自分はいない。
・この年の12月1日、ぺえ教頭が退任を発表。短期間での校長教頭の退任が続いたため、生徒たちは騒然となった。ぺえ教頭の退任日ラストに流れたあいみょん先生の「愛を知るまでは」は今でも忘れられない…
・この年の年末、年越し特番「終わらない歌を歌おう 2022-2023 by SCHOOL OF LOCK! 教育委員会」が放送。とーやま委員とあしざわ元教頭が登場し、賑やかな年末を迎えた。

その5に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2022年編 その3

その2の続き。

〈当時のSOL〉
・この年の1月から番組冒頭のチャイムがtofubeats先生制作の新チャイムになる。ちなみにtofubeats先生はこの年、生放送教室に来校している。
・この年の1月、初めてのボカロNightが開催される。これがきっかけでその後SOLがボカコレとコラボするようになったのかはわからないが…
・忘れもしないこの年の2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻が始まる。あまりの衝撃に掲示板はざわつき、自分も(あえてなんのことかは伏せて)「つらい」と書き込んだところその日の生放送教室冒頭で読まれる。その回の冒頭でこもり校長が「早く世界が平和になりますように」と言っていたことが、今でも忘れられない。
・3月16日、生放送教室中に福島沖で大きめの地震が発生。生放送教室は一時中断し、番組自体も夜中の2時ごろまで実質延長してリスナーに落ち着くような曲を届けていた覚えがある。
・4月、“超現代史の講師”ミセス先生のフェーズ2突入とともにミセスLOCKS!が帰ってくる。発表当時、掲示板は大盛り上がりだった。また、この頃に掲示板のリニューアルが行われ、タグの形態が現行のものになったり、ポエム・応援部・農業部以外の部活動掲示板が学校掲示板に統合されたのだった。

その4に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2022年編 その1

自分がSOLの生徒になってもうすぐ10年、自分とSOLの歩みを振り返る自己満コーナーの時間です。
長いですが、どうぞ。
(ちなみに時間割はWikipediaを参考にしています、悪しからず)

《当時の校長・教頭》
こもり校長・ぺえ教頭(〜12月29日)→こもり校長(12月30日〜)

《当時の時間割》
〈22時20分〜のGIRLS LOCKS!/アーティストLOCKS!(注1)〉
毎月第1週目:山之内すずちゃんのGIRLS LOCKS!(〜3月)→“表現の講師”アイナ・ジ・エンド先生のアイナLOCKS!(4月〜6月)→“インターナショナルクラス”SEVENTEEN・JEONGHAN先生のSEVENTEEN LOCKS!(7月〜12月)
毎月第2週目:森七菜ちゃんのGIRLS LOCKS!(〜3月)→“七組の担任”森七菜先生の森七菜LOCKS!(4月〜)
毎月第3週目:上白石萌歌ちゃんのGIRLS LOCKS!(〜3月)→“萌歌学の講師”adieu先生のadieu LOCKS!(4月〜)
毎月第4週目:景井ひなちゃんのGIRLS LOCKS!(〜3月)→“ビューひな総研”景井ひな所長の景井LOCKS!(4月〜)
毎月第5週目(注2):期間限定LOCKS!(〜3月)→“チュータールームNo.5”INI・髙塚大夢先生のINI LOCKS!(4月〜)

注1:この年の4月からGIRLS LOCKS!は終了になった1週目のものを除いて全てがアーティストLOCKS!になった。
注2:この年の4月以降毎月5週目にもアーティストLOCKS!が開講されるようになる。ちなみにINI LOCKS!はこの年の1月〜2月にも開講されていた。

〈22時55分〜の一部地域のみのコーナー〉
“飼育小屋の子犬”豆柴の大群の豆柴LOCKS!(〜9月)→どっちのCat or Dog(10月〜)

その2に続く。

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1/26から1/30までの1週間日記

1月もあっという間に終わるねぇ…
というわけで、1週間日記のコーナーです。

月:親から急に「暇ならバイトを探しにハローワーク行ってきなよ」と言われる。前に「アンタにバイトは無理」と言ってきたのに…⁇
火:暇なので隣の区まで散歩した。でもたくさん歩いたはずなのに、iPhoneのヘルスケアアプリ上では1万歩も歩いてないみたい…
水:冬休み中だかに色を塗り始めたけど途中で放置していた絵を完成させた。なんで放置してたんだろう…?
木:大学のサークルの最近開設されたDiscordサーバーにやっと入る。今はあまり人がいないけど、そのうち賑わうと信じたい。
金:夕暮れの絵を描こうとしてなんか失敗する。やっぱりアナログ絵の描き方敵な本を買った方がいいのではと思った。

〈総括〉
春休みにやらなきゃいけないことは色々あるけど、「最初の一週目くらいしっかり休もう!」と考えていたので今週はわりとのんびりしていました。
家からは1回しか出ていないけれど、溜め込んでいた絵の下書きに手をつけたりしていたのでそこまでツラくなりませんでしたね。
でも週の始まりに「バイトしてみたら?」と突然親に言われたのはびっくりだったな。
だから来週は、バイト探しをしてみてもいいかもしれない。

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ウチのサークル、Discord作ったってよ

今週の始めに大学の漫研サークルの新会長に会長職引き継ぎをしまして、その結果サークルのDiscord(文字や音声でチャットができるプラットフォーム)サーバーができました。
Discordサーバーは要望があって去年作ろうとしたけど見事に頓挫していましたが、自分が引き継ぎ資料に「やっぱ作った方がいい」と書いたら新会長が本当に作ってくれたので結構しっかりしてるなと思います。
でも開設されてすぐに入るのはなんか恥ずかしかったので、さっきになってやっとDiscordのアカウントを作りサーバーに入ってみました。
ウチのサークルはコロナ禍で集まることが難しくなったせいでLINEで繋がっているだけみたいな状態になっているし、同人誌を作っても片手で数えられるほどしか原稿提出者がいないくらいやる気のあるメンバーがいないので、サーバーに今入っているメンバーは自分以外に片手で数えられるほどしかいませんでした。
しかもそのうちの1人はもうすぐ卒業のはずなので、多分今後抜けるんですよね…
今後サーバーにあとからメンバー入りする人がいると思うけど、ちょっと心配です。

でもDiscordのチャンネル(チャットできる部屋のようなもの)が複数作られていて、その中には作った作品を発表する場所や業務連絡をするところ、とりあえず雑談するところなんかがあったので、考えて作ったんだなと感心しちゃう。
今はまだサーバー内にほとんど動きがないけど、そのうち賑わうと信じたいですね。

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自分の行く手をはばむもの

自分の行く手を阻むものといえば…親への恐怖、かなぁ。
物心ついたころから親、それも母親が苦手で、なんとなく避けて生きてきた。
当時は発達障がいの疑惑がかかっていたけどハッキリしていなかったからなのか、親は自分を健常者のように扱おうとしていたのかな、思うように口が利けない自分によく怒ってて、それが怖くて今もトラウマとして残ってる。
そのあとも他の人ができて当然のことができないことが多くて、それでなにかと叱られたり自分のいないところで愚痴を言ってるのを聞いてしまったりで、親は今でもずっと苦手。
それに、必死になって助けを求めたときに限って「お前のせいだ」と言ってくるから、正直親は信じるに値しないと思ってるんだ。
…ただ、入学できても卒業は難しいだろうと言われながらも大学に入って、そこで色々な経験をして、今までなにも変われなかった分、成長を積み重ねるうちにほんの少しずつだけど母親や父親と口を利けるようになってきてるのも事実。
親は子どもの障がいの診断によって妙に優しくなった節もあるけど、それ以上に自分もできることが増えているから、そのうち親が怖くなるんじゃないかって気はするんだ。
でも大学1年のときに「アンタにバイトは無理」と言われたのが原因で、インターンシップを始め就活の準備をビビり散らしてできてないんだ。
どうしたらこの恐怖を超えられるかな〜。

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近況報告(?)

大学の春休みに入って5日になりました。
家にいる時間は長いけど、休み前の心配とは裏腹にあまり暗い気分になっていないなと思います。
恐らくその日やることを最近買った手帳に事前に書いて、その通りに動くようにしているからかなと思います。
自閉症特有の“特定の事物に固執する癖(普通の人がこだわりと呼ぶもの)”で事前にやると決めたことはよくも悪くも意地でこなそうとするから、そういう部分が自然といい方向に働いてタスク消化できてるのかもしれません。
絵も描けているし、小説も書けているし、ソシャゲのストーリーもちまちま進められています。
あと読もうと思った本をちゃんと読めています。
ずっと「月に何冊も本を読む人の方が素晴らしい」と信じ、そうなろうとして挫折しまくっていたけれど、1週間に1冊ペースじゃなくて速くても2週間に1冊読むようなペースの方が気楽ってことに今さら気づきました。
読み終えたら今度こそ「#マンガ・図書部」で感想文を投稿してもいいかもしれませんね(去年頓挫した)。
とにかく、“なにもしていない”状態が減らせているので暗い気分にならずに済んでいるのかも。

春休み中、就活の準備とか卒論の準備とかやらなきゃいけないことはあるけど、最初の1週間くらいはゆっくりしたいので今はのんびりやっています。
ただこんな感じでやりたいことをやっていられるのが最後まで続くか不安だし、おととい親に突然「バイトやってみたら?」とか言われたのでバイトを始めてやりたいことができなくなる可能性も出てるけど…(笑)

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3月までにやり残していること!

やっぱり3月までにやり残していることといえば、就活の準備かな〜。
マイナビや大学主催の就活イベントに行ってみたり、自己分析をやりかけたり、マイナビのアプリの登録をしてみたりしたけどインターンは行ってなくて、障がい者とはいえヤバいよなって思ってる。
多分インターンに行ってないとただでさえ難しい就活が余計に難しくなると思うから、行くべきだとは思うんだけどねー。
ただ前に「バイトしたい」って親に言ったら「ロクに喋れないアンタには無理」と真っ向から否定されてて、インターンに行きたいなんて言ったらまた否定されるんじゃないかと思って怖くて仕方ないんだ。
でも、そもそも自分の障がいは身体とか感覚器とかじゃなくて精神(発達)だから、今の社会で必ず理解されるとは思えないし、インターン先で嫌な顔されたりそもそも参加させてもらえないだろうなって気がして、自分にとってインターンは行かない方がいいのかなって思ったりもする。
正直、未だに障がい者雇用で就職するか健常者と同じ形態で就職するか迷っているし、本当に大学を卒業できるか不安だから、それどころじゃないんだけど…
いっぺん地元のハローワークに行くしかないんかなー。

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自分とSOLの十年祭 〜2021年編 その6

その5の続き。

〈この頃の自分(続き)〉
・8月、「そろそろ障がいをハッキリさせよう」みたいな形で親に心療内科に連れてかれて発達障がいの検査を受け、発達障がい(自閉スペクトラム症)及び場面緘黙の診断を受ける。あと親に説得されて障がい者手帳も取得した。正直当時はマジで障がいを受け入れたくなかったし、今もどう付き合ったらいいのかわからない節がある。
・コロナ禍で2020年のウチの高校の文化祭は中止になってしまったけど、紆余曲折を経てこの年は外部の人を入れない形で文化祭が開催される。「外には出さないけどポスターを生徒から募集する」ということになって、自分はガチの徹夜で絵の具を使いポスターを描き上げた(ただし不採用)し、クラスTシャツも何パターンかデザインを描いてどれがいいかクラスLINEで聞いたり、その結果祭の準備では出し物(台湾風縁日)の美術監修までやることになった。マスク生活で他者との会話ができなくて、それでいて将来に向けてどうしたらいいのかわからなかったけれど、とにかく目の前のことに必死だった。
・実はこの年の12月ごろに小説を久々にポエム掲示板に投稿する。正直荒削りみたいなところもあったけど、創作が自分にとって欠かせないものであることを再認識した。

分量が相変わらず多いけど、次週以降も大ボリュームなのでよろしくね。
ではまた来週〜。

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自分とSOLの十年祭 〜2021年編 その5

その4の続き。

〈当時の自分〉
・4月、新学期が始まった日に脚の付け根に違和感を感じるが気のせいだと思い放置。しかししばらくして脚の付け根が腫れ上がってきたため、我が家はそけいヘルニアの家系だからヘルニアかもしれないと地元の整形外科に行き、大学病院への紹介状を書いてもらい、大学病院に行くことになった…が、その直前に微熱が出るようになる。コロナ禍真っ只中だったためこれでは大学病院に行くのは難しいのではと危惧されたが、なんやかやで熱が若干下がったタイミングを見計らって大学病院に行き、CTスキャンを撮ったところ、ヘルニアではなくリンパ節が炎症を起こしているだけということが発覚する。原因不明の病気ではあったものの、ステロイド剤を飲むことで少しずつ直していくしかないということでこの頃は夏くらいまで薬を飲み続けることになる。正直痛みと学校に行けず勉強が遅れることで相当精神的にキツかった。
・確か4月下旬〜5月上旬、ニコニコネット超会議2021が開催。前述の病気で学校に行けず精神的に病み続ける中、ニコ超だけが希望の光だった。
・7月、1年延期になった東京オリンピックがなんだかんだで開催。オリンピックの超有名な会場が近所にあるせいで、ウチの高校の周辺は一部の道が封鎖されたり、検問所ができたり、東京の外から来たパトカーが停まっていたり、東京の外の警察官や警察犬や世界各地のテレビクルーが歩いていたり、とだいぶすごいことになっていた。ちなみに先生たちからは下校ついでに会場へ野次馬しに行くのはやめようねみたいな話があったので、会場は外から眺めるだけだった。

その6に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2021年編 その4

その3の続き。

〈この頃のSOL(続き)〉
・10月4日、こもり教頭の校長昇格、そしてぺえ教頭の就任。ちなみにこれ以前は5種類だった掲示板のスタンプ(いいね、おつかれさま、ファイト、ハート、うんうん)が9種類(いいね、おつかれさま、おめでとう、すごーい、ハート、頑張れー、ありがとう、最高、大丈夫?)になる。ちなみにこのとき一瞬だけ「うんうん」スタンプが廃止されたが、生徒からの要望もあってか数日で復活、スタンプの数は現行の10種類になる。あとこの日、ぺえ教頭の本名がバレた。
・この年の10月4日以降、開校当初から使われていたギターチャイムが使われなくなる。でもこのチャイムは校長室に飾られることになったらしく、ここぞというときに使うものになったそうな(最近も使われた覚えがある)。それから翌年の元日まで、SOLはチャイムなしで授業を始めていた。
・10月7日、生放送教室中に千葉県内で大きめの地震が発生。半蔵門のスタジオでも館内放送か誰かのスマホから緊急地震速報の音声が流れ、電波に乗って各地に届いていた(過去に大きな地震を経験した生徒たちが掲示板上でびっくりしていた覚えがある)。このときのこもり校長は揺れの中冷静に「緊急地震速報です、速やかに身を守る行動をしてください」といったおそらく有事の際に読み上げる文章を読み上げていたことをよく覚えている(ちなみにこの回は夜中の2時ごろまでSOLが実質延長し、校長教頭職員さんたちが生徒に向けて安心できるような曲を届けていた)。
・この年の11月の金曜日限定でAdo LOCKS!が開講。まさかのsyudou先生やNeru先生との対談を行った(ちなみにこの対談音声はSOLの公式YouTubeチャンネルに上がっている)。

その5に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2021年編 その3

その2の続き。

〈この頃のSOL〉
・この年の3月、LiSA LOCKS!とサカナLOCKS!以外のアーティストLOCKSが一気に入れ替えになる。生徒たちは不安がったし、特に13年続いたPerfumeLOCKS!の休講は衝撃だった。
・この年の4月から、毎週金曜日の23時台に「SCHOOL OF LOCK! 教育委員会」が放送されるようになる。この番組ではとーやま元校長がとーやま委員として生放送を届けており、番組内では平手友梨奈ちゃんの平手LOCKS!や矢沢永吉先生の矢沢LOCKS!が放送されていた。
・実はこの年の4月に「すとぷりLOCKS!」という形ですとぷり先生が来校する(なお登場はメタ的に言えば収録音声である)。なお、2020年にもすとぷりLOCKS!は行われていた。ちなみに掲示板は大いに盛り上がった。
・この年の9月7日、さかた校長の退任発表。突然の発表に掲示板もTwitterも騒然となった。当時の学校掲示板は本当に凄まじいことになってたな…
・さかた校長が退任する直前、さかた校長の実家がどの辺りかわかってしまったという、さかた校長の地元・福岡県みやま市の高校に通う生徒が逆電に登場。校長は「その辺りの農家さんに『坂田光さん家はどこですか?』って聞けば場所がわかると思う」といったことで、その生徒はさかた校長の実家を特定することができたとか…?
・この年の9月30日、さかた校長退任。とにかく掲示板はさかた校長へのメッセージで溢れかえり、23時台終盤は若干webサイトが重くなってた気がする。

その4に続く。

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自分とSOLの十年祭 〜2021年編 その2

その1の続き。

《23時〜のコーナー》
QuizKnock 天才LOCKS!(〜1月)→なし(生放送教室)/SCHOOL OF LOCK! 農業部(4月〜、木曜のみ)/SOCIAL LOCKS!(12月6日〜、月曜のみ)

《23時8分〜のコーナー(金曜のみ22時30分〜、23時〜、23時30分〜、注1)》
月:“ヒミツの研究員”Perfume研究員のPerfumeLOCKS!(〜3月)→“表現の講師”アイナ・ジ・エンド先生のアイナLOCKS!(〜4月)
火:“超現代史の講師”Mrs.GREEN APPLE(〜3月)→“夢の建築学の講師”sumika先生のsumikaLOCKS!(〜4月)
水:“公式の講師”Official髭男dism先生のヒゲダンLOCKS!(〜3月)→“LL教室の講師”LiSA先生のLiSALOCKS!(4月〜)
木:“異文化の講師”Eve先生のEveLOCKS!(〜3月)→“4組の副担任”乃木坂46・賀喜遥香先生の乃木坂LOCKS!(4月〜)
金(22時半〜):“進路室の大王”[Alexandros]先生のアレキサンドLOCKS!(〜3月)→“音学の講師”サカナクション先生のサカナLOCKS!(4月〜10月、注2)→“教育実習生”Ado先生のAdo LOCKS!(11月)→“FOREVER講師”RADEIMPS先生のRAD LOCKS!(12月)
金(23時〜):“LL教室の講師”LiSA先生のLiSA LOCKS!(〜3月)
金(23時30分〜):“音学の講師”サカナクション先生のサカナLOCKS!(〜3月)

注1:この年の3月まで、SOL!FRIDAYは23時台も放送していた。また4月〜はSOL!教育委員会も放送(詳細は後述)。
注2:この年の11月〜12月のサカナLOCKSは一郎先生の“修行”のため2か月だけ休講。その間Ado LOCKS!やRAD LOCKS!が開講した。

その3に続く。

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1/19から1/23までの1週間日記

大学の後期が終わりました。
それでもこのコーナーは続きます。
というわけで今週の1週間日記です。

月:久々に大学の障がい学生支援室の人に会いに行った。1週間前の週末に池袋で開催していた永野護展に行った話をした。
火:今年度最後の大学のゼミの授業があった。まさかの前回授業でゼミ生全員の発表が終わってしまったので、なぜかみんなの前で1人ひとり今年の振り返りをした。
水:前に大学内で開催されたオリジナルグッズのデザインコンテストで優秀賞をもらったときに、景品としてもらった学内の売店で使える商品券の使用期限が近づいていたのでまとめて使った。ルーズリーフとかレポート・論文を書き方本を買った。
木:翌日のやたら難しいテストのためにせっせと勉強していた。そのために寝るのが少し遅くなった。
金:大学の後期授業最終日。無事に難しいテストを終えられた。

〈総括〉
今週は後期ラスト週ということもあり、いろいろ濃厚だったな〜と思います。
テスト勉強も結構やったし、今のうちにやっておきたいことを片っ端から片付けていたような気がします。
ただ1人でぼーっとしていると「自分って化け物みたい」と感じて病みそうになるので、少し気をつけた方がいいかもしれないです。
来週から春休み、色々頑張ります。

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まとまりのない話

ここだけの話、最近は自分が“化け物”のように思えることがある。
普通の人のように振る舞えなくて、普通の人と同じ感覚を持っていない、そんな自分が“ヒトの形をした化け物”のように思えてくるんだ。
しかも厄介なことに、誰かと会話したり大学の課題や好きなことをやっていたりする時には全く感じず、ふと1人でぼーっとしているときに限ってそういう思いが湧き上がってくる。
「そんなことない」と思っても、それを否定できる根拠がないから一度考え始めるとなかなか止まらなくなってしまう。
唯一止められるとしたら好きなことや、やらなきゃいけないことに集中すればいいんだけど、なにもせず気を抜いたときにそう思ってしまいがちなんだ。
「障がい者だから仕方ない」といえばそうなんだけど、世の大抵の障がい者は周囲から認められていて、その大抵の障がい者も己の障がいを完全肯定しているだろうから“自分が化け物”だなんてそうそう思わない気がして、余計に気が重くなる。
“受け入れる”のが正しくて、そうすればなにも苦しまないんだろうけど…

とにかく、あさってから一応春休みに入るから、家にいる時間が伸びるせいでずっと自分を“化け物”のように感じて、嫌悪し続けそうになる気がする。
やること決めてそれに全力投球するしかないのかな〜。

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自分も暴露トークやってみたい! その2

その1の続き。

で、それから自分の障がい者手帳はどこへ行ったんだろうと不思議に思いながら生活をしていたのですが、去年の5月に家で自分の財布に小遣いのお札を1枚入れようと折りたたみ式の財布を開いてみたら、折れ目に沿うような形で口がついているポケットの部分に見覚えのある青緑色が見えたんです。
まさかと思ってそのポケットに挟まっているものを引っ張り出したら、なんと紛失したはずの障がい者手帳でした〜‼︎
その時「そういえば障がい者手帳を自分で持つよう言われたときに『財布に入れなさい』って言われたから財布の折れ目のところのポケットに手帳をねじ込んだんだった〜!」と思い出して、そのことをすっかり忘れた状態でずっと過ごしていたから“なくした”と思ってたんだ〜と納得しました!
…でも問題はここから。
障がい者手帳を紛失したときに親がマジギレしており、精神障がい者(発達障がい)ゆえに小さい頃からしょっちゅう怒られていてできる限り怒られたくないし、紛失してから2年も経過している上、見つかった場所は常に持ち歩いている財布の中。
どう考えても怒られます。
警視庁に遺失物届を出しているから親に言った方がいいのかなーとは思うものの、怖すぎて未だに言えてません(笑)
まぁその障がい者手帳はすでに有効期限が切れているし、紛失してから新しいものを発行してもらった際に古い方の効力はなくなっているので使い物にならず問題はないのですが…
もう家を修羅場にしたくないので未だに黙ってます(笑)
てか、家族には墓場まで持っていきたいな〜。

ちなみにこの件があってから、障がい者手帳は親が管理してます!