表示件数
4

LOST MEMORIES 番外編

「秋の哀しい心、ねえ……。」
黒板に残る字を見て、ふと瑛瑠は呟く。先程の授業は国語であった。
そういえば、最近は秋桜を見かけるようになったっけ。
「歌名は、秋を哀しく思います?……歌名?」
瑛瑠はランチボックスを開けながら、向かいにいる歌名に尋ねる。勿論、チャールズお手製だ。
何やらがさがさとやる歌名は瑛瑠の声など聞こえていない。
「歌名、それは何?」
歌名が持つのはビニール袋。そして、いつものお弁当箱が見当たらなかった。
「一回、やってみたかったんだ!」
取り出したのはおむすび。
見ててね,そう言って、仰々しく包まれたおむすびを手に取り、奇妙な開け方をし始める。
瑛瑠は思わず凝視してしまう。
「じゃーん!海苔がぱりぱりのコンビニおむすび!」
呆気にとられた瑛瑠は、無惨な姿に成り果てた包みを手に取る。
「の、海苔が乾燥したまま入ってたってことですか……!?」
忘れがちだが、パプリエールはお嬢さまなのである。
「ふっふっふ、科学の進歩は凄まじいのよ!
あとね、スイーツも美味しいらしいの!今日の帰り寄ってみない?」
きらきらと効果音が鳴るレベルには目を輝かせている瑛瑠に、歌名は笑いかけた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「さっき瑛瑠さんが話してたのって、このことだよね?」
黒板の白い字を消しながら望は言う。投げ掛けた言葉の相手は、教卓へプリントを置きに来た英人で。
「少なからず、今は哀しいなんて感情とは程遠いだろうな。
こういうの、何て言うか知ってるか?」
――食欲の秋。
「今日、柿持ってきた。」
「……食べたい。」
望は一言そう返し、『哀愁』をそっと消した。

0

LOST MEMORIES CⅥⅩⅧ

「うん、瑛瑠は笑うと凶器だね。」
うんうんとひとり頷きながら、踊り場の掲示板に背を預ける。
「まず、英人くんに話しかけられたのが最初なの。」
これまでの経緯を話してくれるようだった。
「彼のアンテナは最上級だね。隠れるのは得意だから、声かけられてびっくりしちゃった。
『君、人間じゃないだろ。』ってさ!」
たぶん今、もの真似が入った。
どうやら英人は誰に対してもあのスタイルは崩さないらしく、瑛瑠は知って はあ,となんとも気の抜けた返事をしてしまう。
「そんなことを聞くってことは魔力持ちなんだなって思って。」
「……正体を明かしたんですか?」
信用するには早過ぎやしないかと思うも、
「私、エアヒューマンなんだけどね、正直気付かれない自信しかなくて、自分で探す気満々だったんだ。それで気付かれちゃったからねー、凄いアンテナだなあと思ったら信じちゃったよ。」
ちゃんとした根拠を持っていて。
彼女も、できる子だ。
そう、瑛瑠は確信した。
「でね、」
何かを企むかのようにら含みのある笑みを溢した歌名。
「ウィッチとウルフを見付けたんだけど、ふたりが近いんだって言うの。誰のことか聞いたら、確かに近くてね。そこで初めてふたりを認識したの。
ウィッチにとってウルフは相性が悪いし、自分も相性が悪い。彼女はきっと自分を信用していない。でも彼女は必要だから、力を貸してくれ。そう、言われたんだ。」

3

LOST MEMORIES CⅥⅩⅤ

「友達になろ!」
思いもよらぬところから飛んできたボールに、とっさの判断ができない瑛瑠。
「え、あ、あの、」
歌名といえば、顔を文字通り林檎のように真っ赤にして、弁解を始める。
「も、もー!こういうシナリオじゃなかったんだもん!」
そう言ったが最後、瑛瑠の言葉などお構いなしに、機関銃のように捲し立てて説明を追加していく歌名。
「こんな年になってまで友だちになろうとかほんと恥ずかしいことだし、そもそも友だちってこういうものでもないと思うけど、でも瑛瑠ちゃんに話しかけようとするとその場にはいっつも望がいるし、ほんとはもっと早い段階で仲良くなりたかったんだけどいつの間にか2週間たつし、瑛瑠ちゃん自体結構神出鬼没で――!」
「ま、待ってください!」
落ち着くよう促す。支離滅裂とは言わないにしても、逆接に逆接を重ねすぎてぐじゃぐじゃだ。
神出鬼没、そんな風に思われていたのか。
そうではなくて。
望のいるところに歌名がいたのではなく、望がいるときに居合わせてしまっていたということか。用があるのは望ではなく瑛瑠だった、と。
「今朝、邪魔しないでって言ってたのは……。」
まだ何か言いたげにしている歌名へ、引き継ぐように聞く。
歌名は目線を少し下げ、
「聞こえてたか。今日、いつもより早く出て瑛瑠ちゃんを捕まえようとしたのに、また望が来ちゃったから。」
恥ずかしくて、友だちになろうとか言えないじゃん……なんてぶつぶつと呟く。
「瑛瑠ちゃん、一線引いてるから、言わなきゃ伝わらないと思って。」
バツが悪そうに微笑む。
思い出す歌名とのシチュエーション。哀しそうに微笑ったのは、瑛瑠と望コンタクトに失敗したそれだったのかと腑に落ちる。
「私のこと、どこまで気付いてる?」
今度は瑛瑠が覗きこまれた。

2
8

LOST MEMORIES CⅥⅩⅡ

おかしい。おかしいといったらおかしい。
瑛瑠はお昼前最後の授業を受けながら、授業内容とは全く違うことを考えていた。二日の授業遅れはどうにかなると判断したこともある。それ以上に、集中できないほど気になってしまうことがあった。
長谷川望。彼は、朝の授業以来言葉を交わしていない。後ろを一度も振り返ってこないのだ。こうも急に避けられるような態度をとられてしまったので、悶々としていた瑛瑠。
終業を告げるチャイムと共に、望の背をつつく。瑛瑠から話しかけるのは初めてかもしれなかった。
振り返る望は、変わったところは見受けられない。つまりはいつも通り。
「瑛瑠さんから話しかけてくるなんて珍しいね、どうかした?」
「あの、私、長谷川さんに何かしましたか?」
周りではクラスメートが動き始める。やっと来たお弁当の時間。瑛瑠はその前に確認したかった。
ガタガタと机を移動させる音を横で聞きながら尋ねる。
「長谷川さん、私のこと避けてますか?それって、私が何かしたから?」
理由もなく避けられるのは、辛い。
目の色が弱くなっていることに、自分では気付いてはいない瑛瑠。
一方の望といえば、思ってもみなかった、そんな言葉が聞こえそうなほど目を丸くしていて。

2

LOST MEMORIES CⅤⅩⅨ

教室に入ると、前の席には鞄が置かれてある。歌名の手伝いへ行ったのだろう。歌名の席にも、ストラップがついた彼女のであろう鞄が置かれてある。自分も手伝うと申し出たらよかっただろうかと席につきながら思う。
登校時間は比較的早い瑛瑠だが、本を読んでいる彼はそのさらに前についていたのだろうことが伺える。
瑛瑠は鞄だけ机の上に置き、彼の隣の席を借りることにした。
「おはようございます。」
声をかけると、ここへ瑛瑠が来ると見越していたように、驚くこともなく読みさしの本を閉じてしまう。
「おはよう。体調は?」
「お陰様で。……邪魔をしてしまってすみません。」
英人は僅かに首を振った。
「あの、お借りしていたリングはネックレスにして持ち歩いています。ありがとうございます。このまま私が持ち続けていてもよろしいんでしょうか?」
瑛瑠が確認として聞くと、何を今さらと微笑う。
「勿論。持っていていい。」
やはり余裕そうな彼だが、心配は拭えない。
「何かアテでも……?」
すると、ぴくりと形の整った眉をあげる。
「聞いてないのか?」
何を、だろう。
こんな質問をされるくらいだ、聞いていないということだろうと思うが、生憎何のことか見当がつかない。
英人は苦笑して、
「ごめん、聞かなかったことにして。」
なんて言うものだから瑛瑠は不貞腐れる。
「何のことですか。」
「そのうちわかるから。」
やっぱりこいつ、気に食わない。

5

LOST MEMORIES CⅤⅩⅦ

「おはよう。瑛瑠さん、歌名。」
聞き覚えのある声。
「おはようございます、長谷川さん。」
そっと制服の上から指輪を握りしめる。
大丈夫。そう、自分に言い聞かせる瑛瑠。
「……邪魔、しないでよ。」
背筋に何かが走った。暖かい春の気温の中に、1ヶ所氷点下の地点がある。
思わずぎょっとして歌名を見るが、先の殺気じみた氷点下はなくなっていた。
見据えるその目の先には望。
「おはよ、望。」
にっこり笑う歌名は、会ったばかりの雰囲気そのものだった。
この子も、何かある。
正直、歌名には何のアンテナも張っていなかった。どんな子だろうかと今までを思い起こすと、望と話しているときにしょっちゅう同じ場に居合わせているのだ。
「あ!私、昨日先生に頼まれていたプリント、コピーするの忘れてた!
望、お願い、手伝って!ひとりで敵う量じゃないの!」
さっと青ざめた歌名は望の腕を引っ張る。
この子、表情豊かだ。そして、わかりやすい。
「え、ちょ、待って!歌名!?」
「瑛瑠ちゃんごめん!先学校行ってる!」
つんのめる望は引っ張られるがまま。朝から元気だなあなんて考えてしまうのは、2日間のブランクが原因だと思いたい。
台風のような勢いで去っていったその場に残された暖かい空気は、春を告げていた。
そして、またひとりに戻る。

2

LOST MEMORIES CⅤⅩⅥ

「おはよ!」
ぽんと肩を叩かれる。
朝のやりとりを回想していたことと、今までされたことがないということ、さらに後ろからというのは意外と心臓に悪いもので、驚いて振り返ってしまう。すると、叩いた本人が一番驚いた顔をしていた。
「ち、ちょっと!驚きすぎだよー!」
「い、伊藤さん……!?」
肩につかないほどの茶色がかった髪を揺らし、目を丸くしている歌名。
「びっくり、しました。おはようございます。」
ばくばくしている心臓を落ち着かせるように、努めて落ち着いた声を出す。
「ごめんね、前歩いてるの見かけたからさ。
一緒に行こ。」
にっこりという言葉が合う、お手本通りの眩しい笑顔を向けられた瑛瑠は、不意を突かれて言葉が喉を通り抜けなかった。
歌名とふたりきりで話すのは初めてだ。ごめんねとは言うものの、反省する気は無いらしく、からっと笑いかけられる。その笑顔は、もしかしたら初めて見るといっても過言ではないような、そんな笑顔だった。
「風邪って聞いたよ。大丈夫?」
チャールズか、英人か。情報源は鏑木先生だろうか。
とりあえず、風邪ということになっているらしいことは把握できた。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
歌名は一瞬、少し哀しそうな顔をした。
「授業のノート、いつでも貸すからね!」
瑛瑠が見逃すはずもなければ、見間違いのはずもない。
しかし、思い当たる節もなければ、言及しようとも思わなかった。
歌名が、また笑顔に戻ったから。
けれど、この顔は見たことがある。所謂、作り笑いってやつだ。
「瑛瑠ちゃん。」
声が固い。
「……どうしましたか?」
思わず身構えてしまうのは許してほしいと思う。
「あの、さ――」

5

さよならのない別れって、刃のないギロチンみたいだ

妻に子供が出来たんだ。私を蕩かすためだけに存在していると思っていた声が、一文で二度分私を打ちのめした。左耳に寄せていた液晶が急に冷たい。そう、お幸せにね。せっかく諦めを知っている大人を気取れたのに、彼の返事を待たずに通話を切ってしまったせいで台無しだ。私は天井を仰ぐ。

薬指の寂しい左手に握ったままの携帯が、いやに掌に馴染まない。きっと彼と私もこんな感じだったのだろう。だって彼の薬指は寂しくなんかなかった。いつも嵌めていたあの手袋だって、家庭の跡を隠すための代物に過ぎなくて、──サンタクロースみたいにさむがりやなのかと思っていた。闇の中で絡めた裸の指先は、あんなにも熱かったというのに。



仕事で失敗をした。終電に揺られながら目を閉じるが、上司の罵声とお局の舌打ちが頭の中を回って止まない。ぐるぐる忙しいそれは洗濯機のようなのに、なんにも綺麗にしてはくれなくて、私は瞑った瞼にぎゅっと力を込める。と、すぐ横に体温が腰掛けた気配を感じた。

他にいくらでも席を選べる状況で、見るからに疲れきった女の隣に座るなんていい趣味の持ち主だ。ご尊顔を拝んでやろうと目を開けると、見覚えのある横顔が在った。残業の長引いた日、酒に連れ回された日、終電で必ず乗り合わせる男だ。

きっと男も私のことを覚えていた。だって今日に限って一度も視線が絡まない。持ち主の判明した温もりは途端に心地よくて、私はその肩に凭れ掛かった。所在なく膝の上に置いていた手に、黒の皮をまとった男の掌が重なる。そうして彼の名前を知ったのは、彼の服の中を知った後だった。



太い骨を思い出す。硬い肉を思い出す。厚い肌を思い出す。薄い唇と、その隙間から漏れる濡れた吐息を思い出す。

妻に子供が出来たんだ。柔らかな言の葉で出来た尖りが、チェーンソーみたいに頭の中を回って止まない。ぐるぐる忙しいそれは洗濯機のようでもあるのに、なんにも綺麗にしてはくれなくて、──涙が零れた。私と奥さんとの違いなんて、きっと永遠を誓ったか誓っていないかの差くらいだというのに。貰ってきたばかりの桃色の手帳に携帯を叩きつけて、膝を抱える。

子供が出来たんだ、なんて。
そんなの、私もなのに。

0

LOST MEMORIES CⅤⅩⅣ

やっと、太陽さんおはようだ。馴染みのなかったこの言葉にも、そろそろ違和感を感じない。シャワーを浴び、早くも制服に着替え、顔を出したばかりの太陽を見る。太陽はやはり暖かい。
再び、窓を開ける。朝の冷たい空気を欲している。今度は合法である。別に、夜に開けることが違法とかではないのだが。
まだ人の気配は無い。人間の活動時間には少しばかり早すぎる。
そのはずなのに聞こえる物音。それも家の中から。
「どうして起きているの、チャールズ。」
まさかと思ったけれど、ちょっと早過ぎやしないか。
リビングへ行くと数時間前に言葉を交わした彼がキッチンに立っている。
「おはようございます。」
華々しいその微笑みは、なんだか久しぶりに感じる。それもそうかもしれない、数時間前は疲弊していたわけだし、2日間瑛瑠は、文字通り夢の世界へ身を預けていたのだから。
しかし、睡眠というよりかは仮眠ではないのかこの付き人。
ふと生じる疑問。
「おはよう。
……チャールズは、どれくらいの間こっちにいるの?」
朝食を作っているときの音は、人間界へ送られてからよく聴くようになった。その良い音をBGMに、チャールズに尋ねる。ついでに、何か手伝おうか?と付け加えるのも忘れずに。

0

LOST MEMORIES CⅤⅩⅡ

一通り書き留め、チャールズと英人のふたりに向けた疑問をさらに書き出してみる。
とりあえず英人には、お礼を言ってから聞いてみよう。今日行けば終わりということだから、明日明後日は休日ということだ。そのどちらかで英人とは話せればいい。チャールズへは今日帰ってきてから、もしくは休日のどちらかでいい。ゆっくり話せなければ意味がないから。
ノートを閉じる。
カーディガンを羽織っているとはいえ、少し肌寒い。それでも、何故だか無性に月が見たくなって。
部屋の明かりを消し、カーテンを開く。チャールズに怒られそう,なんて、くすりと笑みを雫し、月を見つめる。だいぶ傾いてきていた。夜が明けるには、まだ時間があるけれど。
見上げる空には、星がいくつか見える。何のあてもなく見上げていた瑛瑠は、北斗七星に目を留める。柄の3点から線を伸ばす。その先に繋がる一際明るいその星は、うしかい座のアルクトゥルス。
じゃあ、その先は?
おとめ座のスピカ。
誰にともなく問いかけ、自分で答える。
春の大曲線。
今、こんな時間にこの星達を眺めている人が、一体どれくらいいるだろう。自然と微笑んでしまうくらいには贅沢なことをしている。瑛瑠はひとりそう思った。