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-季節 ⅩⅠ-

“人と比べて自分は劣ってるからって、気にすることない”

桜尾さんはいつも私の心を見透かしたようにアドバイスをしてくれる。不思議な人だ。

「…はい。そうですね」
私は笑って桜尾さんに返した。
桜尾さんもいつものようにふわりと笑い返してくれた。
(この人はどうしてこんなに優しい笑顔が出来るんだろう…)


「よし、そろそろ閉める時間だ。白帆さん、夏川くん、また明日ね」
かなり話し込んだ。
人と関わることが苦手な私だが、夏川くんとは同じ本好きということで話が合ったので、すぐに仲良くなれた。
また明日 と桜尾さんが言ったのは明日、夏川くんも手伝いに来てくれるということだからだ。
彼もここが、桜尾さんのことが気に入ったらしい。
また一人、常連客が増えましたね。
このまま、順調に増えていくといいですね。
と、心の中で桜尾さんに話しかけた。
すると桜尾さんは、ゆっくりとこちらを見て優しく笑った。まるで私が心の中で言った言葉に喜んでいるかのように。
桜尾さんは、人の心が読めるのだろうか。でも、問い詰めたりはしない。彼が話してくれるまで待とう。話したくないならそれはそれで、別にいいから。

「さよなら。また明日」
夏川くんがそう言って私たちに背を向け帰っていった。
「僕はまだちょっと仕事が残ってるから」
桜尾さんは店内から手を降りながらそう言った。

「じゃあ、また明日」
「うん。また、明日もよろしくね」

最近は退屈だと感じることが少なくなってきた気がする…。

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-季節 Ⅹ-

『骨董屋』の古びた扉がゆっくりと開かれた。

ギギィ…

「あなたは確か…?」
「君って…」

「夏目くん?!」
夏目 阿栗くん。最近大学で噂されている花と本が大好きな男子。
まさかこんなところでお目にかかれるとは....。

「えっ.....僕のこと、知ってるんですか?」
夏目くんは驚いた顔をした。
自分が噂されていることを知らないらしい。
「結構有名ですよ、夏目くん」
「そうなんですか?!」
意外だ…って顔をしてる。

「ん?知り合いなの?白帆さん」
桜尾さんが、空気が読めなかったらしく直接聞いてきた。
「知り合いというか、同じ大学なんです」
話したこともないのに知り合いだなんて言えないし。
「白帆…もしかして茜さんですか?」
えっ?アカネ?あぁ、茜ね…。
「私は茜じゃないです。茜は私の姉です」
白帆 茜は私の双子の姉。
生まれつき天才肌で楽器は弾ける、勉強は完璧、人もいい、人気者だ。そりゃあ、夏目くんも知ってるだろう。
「あっ、妹さん…。双子ですか?」
「はい」
姉の話題になるとつい素っ気なくなってしまう。
別に姉が嫌いな訳ではない。ただ、比べられるのが嫌なだけで。

「人と比べて自分が劣ってるからって、気にすることないと思うよ」

会計をするために作ったカウンターに座り、頬杖をつき外を見ながら桜尾さんが言った。

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-季節 Ⅸ-

(いきなり話が春から夏の終わりにとびます。自分の気まぐれなので何卒ご了承ください。)

私の大学に変わった人がいる。
その人は 本 と 花 をこよなく愛する 男子。
時折花言葉だけで会話するらしい。(ただの噂だが)
少し興味がある。
どんな人なんだろうな、と思っている。
話してみたいな、と思っている。
思っているだけ。
基本、人と話すことが嫌いな私は自分から話し掛けることは滅多にない。
遠くから人の話を聞くだけ。

そんな私でもこの人とはなぜか自然に話せる。
ある店の経営主。
その店は古い一軒家を改装したらしい、かなり古い。その古い扉の前に墨でこう書かれた看板がある。

『骨董屋』

その看板の横を通って古い扉に手を掛ける。
ギギイィと呻き声のような音をたててその扉は開いた....。
「いらっしゃい。あっ白帆さん」
「こんばんは。今日もお客さん、来ませんでした?」
「はい。残念ながら」
と、苦笑した彼はこの店の経営主、私の住んでいる団地のお隣さん 桜尾 巳汐 さん。(ちなみに年齢は何度聞いても教えてくれない。)
「やっぱり、無理があったかもしれませんね。素人が一人で店を開くなんて」
きっと大丈夫だ。これから人が入りだすんだろう。でも、一つだけ....
「店の名前、変えません?流石にそのまま過ぎないかと」
「そうかなぁ」
そんなこと言っても彼はきっと変えないだろう。この単純な店の名前にもきっと意味があるんだろう、ちゃんと。私には分からないけど。
その時私が入ってきた時のように、あの古い扉がギギイィと鳴いた。
「.....お客さん...かな?いらっしゃいませー」
そこに立っていたのはどこかで見たことがある男子だった。
「あっ」そうだ彼は.....。
「あれ....」彼の方も何かに気付いたようだ。

「あなたは確か......」

「君って.......?」

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-季節 Ⅵ-

可愛らしい置物があったり、すごく古そうな本が置いてあった。

「そういえば、白帆さん、大学生だったよね。将来の夢とかあるんですか?」
桜尾さんは店の奥で商品の整理をしながら尋ねてきた。
一番聞かれたくない質問だった。
私の将来の夢.....。
私が答えられずにいると、彼が話し出した。
「夢ってさ、いつまでに決めればいいんでしょうね。僕はまだ決まってないんだ。あっ、ちなみにこの店は僕の夢じゃないですよ。邪魔って言われたものたちを売るためにやってるんです。全部売れたら閉めますよ」
「そうですね」
夢......。
「僕はこの店をやりながら見つけていこうと思っているんです。ゆっくり見つけていこうかなって。時間は余るほどあるし」
ゆっくり。
私もそうしていいのだろうか......。

「あっ」
少しの間沈黙があった。
それを破ったのは彼の方だった。
「白帆さん、雨降りそうですよ」
そろそろ帰れ、ということだろうか。
「雲行きが怪しいから。夕立にうたれてしまう」
心配してくれているのか。
でももう少し、もう少しだけ.....
「手伝っちゃ駄目ですか?商品の整理」
彼と話がしたかった。

「えっと....僕はいいけど...大丈夫なの?...その..帰ってやらなきゃいけないこととか....」
「大丈夫です。どうせ家に帰っても暇なだけなので」
「そう。ならお願いしよう」

それから
彼と話した。
お互いの趣味や特技、どんな人間なのかを。
商品の整理をしながら。

「よし。大体綺麗になったよ。ありがとう」
もう外は暗い。
ここからあの団地まではさほど遠くないし、
何より桜尾さんも同じ団地だ。(しかもお隣。)

「鍵、閉めるよ」

ガチャン.....

雨は止んだようだ。まだ少し空気が湿っている。

「♪明日はきっといい日になる~♪」
桜尾さんが小声でいきなり歌いだした。
「その曲、知ってます。いい曲ですよね」
「うん。すごくいい曲だよね」
あっ、またあの顔だ。どこか''切ない''あの顔.....。

「この町で、ある人が亡くなったんだ......」

もう私に心を許してくれたのか、この町にあの店を開いた経緯を話してくれた......。

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-季節 Ⅳ-

「いらっしゃい.....あれ?」
入った瞬間店員から声がかかった。
「白帆さんですよね?!」
あれぇ???
この声、この顔...
「桜尾です。朝会った」
やっ...やっぱり...。
何で桜尾さんが??
もしかしてここ....
「ここ、僕の店なんです。開店したのは昨日なんですけど、白帆さんがお客さん第1号です」
「え...本当ですか?」
「はい。この店開くためにこっちに越してきたんです」
店を開くため?こんな人気のない田舎に??
普通、こんなところに店開くだろうか...。
「昔から骨董品が好きでさ、色々買ってたんだ。家にためてたんだけどかなりの量になっちゃって、兄弟が迷惑がってさ。それでどうせ売るなら自分で店開こうかなって」
いきなり馴れ馴れしく喋りかけてきた...。
「あっ、ごめんね。いきなり馴れ馴れしくしちゃって。嫌だよね」
この人、エスパーか?
「いえ、大丈夫です。ところでどうしてこんな田舎にお店を?もっと都会にすればよかったのに」
彼は少し考えこむような顔をした後、
「特に理由はないよ?ただ何となくここが好きだから」
「へぇ。そうなんですか」
「じゃ、ゆっくりしていってね」

''ただ何となくここが好きだから''

そういう彼はどこか遠くを見据えていた。