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厄祓い荒正し ep.1:でぃすがいず  その④

「これは……棘?」
油色をした針状の物体が、神様の泥に囚われて空中に止まっていた。
(かもなァー。さっきからブチ込まれてたのは、コイツだったわけだ)
火薬なんかを使うでもなく、こんなただの棘で、あれだけの破壊を発生させていたのか。やっぱり、ヒトならざるモノの仕業なんだろう。
棘を地面に放り捨て、角度からして棘の飛んできたのであろう方向に顔を向ける。
「既に移動しているとは思いますけど」
(アア、行ってみようゼ。痕跡の一つくらい残ってりゃ良いが)
崩れた廃墟の残骸の上に登り、棘の飛んできた方向を向いて大きく身体を沈み込ませる。
(オン? お前、身体の使い方が分かってるみたいじゃネーノ。神様は理解が早い神僕は好きだゼィ)
「そりゃ、さっきからお話の裏で『動かし方』の説明もしてくださってますし……」
(ィよっしゃ、ブッ飛ぶゼー)
足下の残骸を強く蹴り、斜め上前方に跳び上がる。瞬間、また棘に撃たれたけど、神様の泥が変形して受け止めてくれた。
「攻撃確認、角度調整お願いします」
(オウ任せろィ、足場は用意してやる)
神様の泥の余りが、空中で小さな円盤を形成する。そこに着地して、棘の飛んできた方向に向けて再び跳躍する。さっきまで留まっていたあの足場は、棘弾に撃ち砕かれた。
「また角度が変わりましたね」
(アア。だりィなァ……ちなみに、次に棘の来そうな位置なら読めてるが……どうするヨ?)
「当然」
空中に展開された泥の足場に着地して、腰元に手をやる。そこに神様の泥が集まり凝縮して、刀剣の形を取った。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その⑨

「あれ、誰だっけ?」
自身の頭上から顔を覗かせるタマモに、ロキが尋ねる。
「誰だったかなー……あ、思い出した。ガノの野郎だ」
「あー。助けに行く?」
「別に良いだろ。ダイジョブダイジョブ、あの程度の数なら何とかなるなる」
不意に、ガノとタマモの目が合う。
「あ! そこにいる2人! 見てないで手伝え!」
「いやァ、遠慮しときますよ。ほら、邪魔はしないんで、ガンバ」
「なっ、ふざけんなこの野郎!」
ガノはエベルソルの1体の突進を楯で受け止め、ライフル銃でその頭部を撃ち抜く。その隙に残りの3体に一斉に飛びかかられ、瞬く間に組み伏せられた。
「ぐあー⁉ マジで助けて! 死ぬ!」
助けを求めるガノのことは無視して、タマモはロキに目を向けた。
「……ロキ、じゃんけんしようぜ」
「何賭ける?」
「俺が勝ったらあいつのことは諦めよう。お前が勝ったら仕方ない、拾える命ってことで」
「分かった。チョキ出すね」
「おっと心理戦。『最初はグー』無しでいきなり『じゃんけんほい』で行くぞ」
「分かった」
「「じゃーんけーんほい」」
自分の出した『グー』を見つめ、大きく溜め息を吐き、タマモはガノに目を向けた。
「自分で言ったことだからなァ……おいガノ、土下座して頼めば助けてやるよ」
「テメエ、よく仰向けに倒されてる奴に土下座要求できるな⁉」
「冗談だよ冗談」
タマモとロキの光弾によって、ガノに群がっていたエベルソルらは全滅した。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その④

「仕方ないなァ。軟弱なお前のために、一度休憩するとしようか。畜生、まだ暴れ足りないってのに……」
もう1枚のパーカーを脱いで腰に巻きながらそうぼやく種枚に溜め息を吐き、鎌鼬は思い出したようにポケットから缶コーヒーを取り出し、栓を開けた。
(…………あ、師匠。また角生えてる……)
コーヒーを飲みながら、鎌鼬は苛立ちながらシャドウボクシングをする種枚の姿をぼんやりと眺めていた。彼女の額、両の眉の上には、頭蓋が内側から盛り上がったような短い角が生えており、また口の端は通常の倍ほども裂け、肉食獣のような牙が隙間から覗いていた。
(あの人、興奮が極まるとちょっと見た目が人間から外れるよなぁ……。俺なんかよりよっぽど生きてちゃマズいんでは?)
飲み切ったコーヒーの空き缶をどうしようか少し悩み、鎌鼬はそれを結局元のポケットに仕舞い直した。
「ンア。休憩は終わったかい?」
鎌鼬の動きを目敏く見とめ、種枚が振り返る。その全身からは濃い湯気が立ち上っていた。
「いや、もうちょいゆっくりさせてくださいよ……」
「チィ、つまらん」
「師匠、もう少し落ち着いてもらって……」
その時、重い衝撃音と振動が二人の下に届いた。
「ッ⁉ 師匠、今のって!」
音のした方向を反射的に見た後、鎌鼬はすぐに種枚の方に振り返る。彼女の表情は、鎌鼬の予想通り残虐に歪んでいた。
「今日会った奴、どいつもこいつも軽くて物足りなかったんだ」
そう言って瞬間移動並みの速度で音源に向けて駆けて行く種枚を、呆れたように溜め息を吐いて鎌鼬も追いかけた。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その⑧

「ロキ、今何時だ?」
「16時半。そろそろ演奏会も終わりかな?」
再び市民会館正面に戻り、新たに出現したエベルソルの群れに対応しながら、タマモとロキは軽い口調で話していた。
「そッかー。それじゃ、お客が出てくるまでにもうちょい片付けとくかァ」
「あいあい」
応戦を続ける2人の下に、ぬぼ子が現れた。
「二人とも、さっきはありがとう。こっちはもう落ち着いたから手伝いに来たけど……平気そう?」
「あっ、姐さん」
「ぬぼさん。そんな事無いです、助けてください」
「はいはい。じゃあちょっと退いてね?」
ぬぼ子が前に出て、巨大なブロックを生成する。それを更に数十個に複製し、一斉にエベルソルらに叩き込む。コンクリートで舗装された歩道が質量と速度によって粉砕された代わりに、正面から襲い来る大群も1体残らず押し潰された。
「……なァぬぼ姐さんどうすンだこれ。帰りとかエグい歩きにきィぞ」
「いやぁ……その……とりあえずは私が描いて応急処置、かなぁ……」
「んじゃ、頼みますよ姐さん。俺らは絵なんか描けないんで、ヨソの後片付けに行きますからね」
「それじゃ、お疲れ様です。ぬぼさん、頑張ってください」
2人はぬぼ子に頭を下げ、他のリプリゼントルの持ち場に向かった。
多くの場所で、戦闘は既に終了しており、僅かに残ったエベルソルにも、余力を残したリプリゼントルが対処している。
「俺らは暇だなー……」
「ねー……」
彫刻の個展が開かれているとある展示室の前を通過しようとしたとき、2人の間をレーザー光線が通り抜けた。
「……何今の」
「……多分、この辺で戦ってる奴がいるんだろうなァ……」
展示室の陰から顔を覗かせると、ガラスペンで生成したライフル銃と大楯を装備したリプリゼントルが、4体のエベルソルと交戦していた。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その⑥

(これ……間に合うか……?)
ブロックを生成しながらエベルソルらの後を追うぬぼ子の背中を見送りながら、ロキは周囲の様子を観察していた。
倒れた状態のエベルソルは絡み合ってすぐに動ける状態には無い。抜け出した2体は大ホールとの距離を10m以下に縮めている。後続の群れはすぐには到達しない。前回のぬぼ子の攻撃からの経過時間から予測するに、彼女はあと5秒程度、攻撃できない。まして、大質量の攻撃はエベルソルが建造物に接近し過ぎると巻き込む危険性から使えない。
(これは……ぬぼさんはギリギリアウトかー…………)
光弾を4発描き、エベルソルに2発ずつ撃ち込む。ソレらの脚に命中し、僅かに歩調が遅れるが、しかし歩みが止まることは無く、依然としてエベルソルらは突撃を続けている。
「…………うん。諦めよう」
ホールから目を離し、倒れたエベルソルの対処に向かう。
「ぬぼさんには、もうどうにもできない。私にも何もできない。だから」
ホールに向かっていたエベルソルの足が止まった。ホール屋上から響く電子音楽に注意を引かれたのだ。
「何とかできる人に何とかしてもらう」
「ロキィ! 何馬鹿やってンだ!」
カセットプレイヤーを高く掲げたタマモが、ホールの屋根から呼びかける。
「タマモならギリギリ間に合うかなー……って」
「俺があっちでガチってなかったら間に合ってなかったんだぞ?」
「ま、私達の芸術は破壊者には分かりにくいからね。1人になれば何とかなる気はしてた」
「コイツ……あ、ぬぼ姐さんオツです」
屋根を挟んで軽口を叩き合っていたタマモとロキだったが、不意にタマモが屋根から飛び降りながらぬぼ子に会釈した。
「タマくん。正面はもう大丈夫なんだ?」
「ええまあ。ウチの相棒が迷惑かけませんでした?」
「ううんー、むしろ助けられちゃったよ」
「ハハッ」
平坦に笑いながら、タマモはロキに近付いた。彼の持つカセットプレイヤーから流れる音楽に釣られて、エベルソルらもそれをゆっくりと追跡する。

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少年少女色彩都市 act 14

周囲の空間を覆っていたインキ製の暗闇と聖堂が、解けるように消滅していく。叶絵の生み出した空間が完全に消滅したところで、リプリゼントルの少女が近付いてきた。
少女は叶絵に一瞬目を向けたが、特に声を掛けるでもなく大鷲に近寄り、その羽毛を撫で回し始めた。
「おぉう……もふぁもふぁしてる。いきなり上半身乱造し出した時はちょっと心配したけど、こういうのも描けるんだね? あ、私のことは食べちゃダメだからね。そりゃエベルソルの匂いが染みついてるかもしれないけどさ……」
頭を下げてきた大鷲の嘴をさりげなく押し返しながら独り言を続ける少女だったが、不意にその手を放し、思い出したように叶絵の前に近付いた。
「あ…………」
「お疲れ、新入りちゃん。見事だったよ」
「え、あっはい」
返事も聞かずに叶絵の前から離れ、少女は和湯姉の前で立ち止まった。
「へいお姉さんよー。今日の事はちゃんと自分で偉い人に言うんだよ? 『エベルソル倒せなかったのでその場にいた民間人を強引に引き込んで事なきを得ましたー』って」
「なっ……見ているばかりで手伝わなかったそっちにも責任はあるでしょ!」
「えっその責任転嫁はなんか違くない? 私が悪いって言うなら発端はあれを倒せなかった弟の方じゃないの? 大丈夫? 処分いる? いや私もただのヒラ兵士なんだけど」
「ぐっ…………それは……」
(あれー? てきとーに並べただけの暴論に言い負かされないでー? まあ良いや)
言葉に詰まる和湯姉に首を傾げ、少女は3人から離れるように歩き出した。
「それじゃ、私は他にエベルソルが湧いてないか巡回してくるから、ばいばーい。まだお昼ぐらいの時間だし、残る今日を楽しんでおくれ。はぶぁないすでい!」

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厄祓い荒正し ep.1:でぃすがいず  その③

神様と並んで、すっかり廃村といった様子の集落跡地を駆け抜ける。
もう誰もいない個人商店の前を通り過ぎようとしたとき、その建物が弾けるように吹き飛んだ。咄嗟に半壊した民家の陰に飛び込んだけど、そこも爆散する。
「オォイオイ狙われてンぜェ? きっとさっき撃ってきたヤツだなァ」
神様は楽しそうに言いながらうごうごしている。こんな調子だけど私を庇うように立っているのには、まあ感謝の気持ちが無いわけでは無い。
「今の2発、位置を変えて撃ってきましたよね」
「だなァ。なかなか足が早いぜ。オマケにあの貫通力だ。…………ナァ我が神僕よ、ちょっとカッコイイやつ思い付いたンだけどよォ……やってみネ?」
「……何です?」
また近くの民家が弾け飛ぶ。あまり考えている余裕は無さそうだ。
「やりましょう」
「ヨシ来た」
神様が口と思われる顔の裂け目をニタリと歪め、一瞬全身を震わせてから液状化して地面に広がった。
「っ⁉ 神様⁉」
泥状の神様がうねうねと蠢く。どうやら生きてはいるらしい。そして神様の泥が、私の脚を伝って全身を包み込んだ。
(どォーおよコレェ? 神様の鎧だゼェ)
頭を包む泥の中で、神様の声が反響する。
「どろどろしてちょっと気持ち悪いです」
(フム……ソコはまあ、順番に改善していこーヤ)
泥の鎧が硬質化して、どろどろした不快感は無くなった。
(……しッかし我が神僕よ、オメー本ッ当に小柄だよなァ。身体が結構残った。マア、有効活用しようや)
「はい?」
足下にまだ残っていた泥溜まりが高速で伸び上がり、空中で何かを掴んだ。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その③

種枚・鎌鼬の二人は、この後も夜の町を高速で駆け抜けながら、目についた怪異たちを片端から狩り倒して回っていた。
種枚の駆ける速度は、人間はおろかあらゆる生物が発揮し得る移動速度を凌駕するほどのものであり、尚も加速を続ける彼女に、鎌鼬は異能を発動し続けてようやく食らいついているという有様だった。
「ちょ、ちょっと! マジで待ってください!」
道端に立っていた不気味な女の幽霊を真っ二つにした種枚に、鎌鼬はようやく声をかけた。
「ァン? どうした息子よ、もうバテたのかイ?」
「いや、当然でしょ……! 俺、〈鎌鼬第一陣〉発動中は全力疾走してるようなものなんスよ? むしろよく30分も保ってますよ……!」
〈鎌鼬第一陣〉とは、鎌鼬少年が種枚の手によって間接的に怪異を摂取したことで得た人外の異能である。
そもそも「鎌鼬」とは本来、3体1組で行動する怪異存在である。風のように駆ける3体の妖獣の第1体が対象を突き飛ばし、第2体が対象を切り裂き、第3体が薬を塗って止血することで、出血を伴わない切り傷を与えるというものなのだ。
鎌鼬の異能はこの第1体の力に由来し、風と化して空間内を自由に、高速で移動し、また接触した人間や動物、怪異などに接触を感じさせること無く転倒させるというものである。
この異能は体力を発動の代償としており、その消耗速度は、同じ距離を全力疾走しているのに等しい。
時おり立ち止まりながらとはいえ、異能の連続使用により、かなりの勢いで体力を消耗し続けていた鎌鼬が音を上げるのは、致し方ないことと言えた。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その⑤

タマモが怒りに任せてエベルソルを蹂躙していた頃、ロキは他のリプリゼントルがエベルソルの群れと交戦しているのには見向きもせず、脇をすり抜け戦場の目標地点に向かっていた。時折自分の下に流れてくるエベルソルの個体に難儀しながらも、ロキはようやく目当ての場所に到着した。
「ぬぼさん!」
エベルソルに取り囲まれていた、サイバーパンク風の衣装を纏ったリプリゼントルの少女に呼びかける。
「え、あ、フ、フベ……」
「ロキで良いです」
「分かった、ロキちゃん、助けて!」
「まあ、はい」
変化弾をエベルソルに叩き込み、一度ぬぼ子からエベルソルの群れを引き剥がす。
「あ、ありがとう……」
「いえまあ、別に、はい。取り敢えず攻撃継続してください、溢れた分は私が整えます」
「助かるよ」
ぬぼ子はガラスペンの先を空中に置き、素早く直線を引く。するとその直線を対角線とする長方形が、地面と平行に生成された。更にガラスペンをそのまま真上に持ち上げると、先ほどの長方形を底辺とする直方体となる。
「次の音まで……3、2……」
ぬぼ子のカウントダウンの間、ロキが弾幕でエベルソルらを牽制する。
「ゼロ!」
ぬぼ子の宣言と同時に、巨大な直方体型のブロックが群れの中央に落下する。数体のエベルソルが押し潰されたが、他の個体は素早く回避し、前進を続けようとする。
そして、ロキが予め仕込んでいた変化弾に足をすくわれ、転倒した。それを堪えた個体も、倒れたエベルソルに足を取られて連鎖的に倒れ伏す。
「……あ」
「ん? ロキちゃん何……あっ!」
ブロック、変化弾の両方を回避したエベルソルが2体、2人の両脇をすり抜けてホールに向かったのだ。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その②

鎌鼬が種枚に追いついた頃、彼女は既にパーカーの1枚目を腰に巻き、今しがた狩ったばかりの怪異に齧りついているところだった。
「ン、遅かったなァ馬鹿息子よ」
「師匠が速過ぎるだけですから。っつーかなんで風の速さで移動できる俺より速いンスか」
「修行が足りてねーなー……まだまだ作業は残ってるんだぜィ?」
怪異の残骸を投げ捨て、種枚は再び駆け出した。
それを追おうとして異能を発動した鎌鼬の身体を、青白い無数の手がすり抜けた。
(ッ⁉ 風になってなきゃ危なかった……)
「おー、そっちに居たか!」
走り去っていたはずの種枚が瞬間移動と見紛うほどの速度で引き返し、腕の数本を勢いのままに引きちぎった。
「次の獲物はコイツだなァ!」
興奮したように吼え、回転しながら腕の群れに飛び込み、それらを1本残らず切り飛ばしてしまった。
「やー……やっぱすげえッスね。師匠の必殺技」
異能を解除して地面に下りてきた鎌鼬が、腕の残骸を見て苦笑しながら言った。
「シシシ、そうだろ。化け物共とやり合うために、私の知恵と身体能力の全てを注ぎ込んで考え出した技の数々だぜィ? すごくなきゃ困る」
鋭い牙を剥き出しにして笑い、種枚は答えた。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その①

とある満月の夜、午前1時過ぎ。送電鉄塔の上に立ち、種枚は街並みをぼんやりと見下ろしていた。
「師匠ぉー、可愛い弟子が部活疲れでしんどい身体をおして来ましたよぉ」
突風と共に背後から聞こえてきた声に振り向くと、防寒着に身を包んだ鎌鼬が立っていた。
「ようやく来たか、馬鹿息子」
「だからせめて弟子と呼んでくれって……」
不意に夜風が吹いて来て、鎌鼬は思わず屈み込んだ。
「うわ寒っみい」
「ハハハ、無糖のホットコーヒーで良ければくれてやろう」
種枚が放り投げてきた缶を受け取ったものの、その冷たさに鎌鼬は缶を取り落としかけた。
「めっちゃ冷たいンスけど⁉」
「そりゃ私が1時間くらい前にカイロ代わりに買ったやつだからねェ」
「それはもうホットと呼んじゃいけないやつッスよ……」
缶をそのままコートのポケットに入れ、再び立ち上がる。
「なァ息子よ、見えるかい?」
隣に立った鎌鼬に、種枚は眼下に広がる街の一か所を指差した。
「中央駅ッスね。……あ、消えた」
営業終了に伴い施設が消灯され、夜闇に紛れるその瞬間だった。
「これでいよいよ、この街も眠る時間だ。ここから先は、人間の領域外だぜ。今のうちに始末できるだけ始末していくぞ」
「ッス。……けど、なんで俺も行かなきゃならないんです? 眠いンスけど……」
「あァー? お前放っておくとすぐ心ブッ壊れるだろーが。私が見張っといてやらなくっちゃな」
鎌鼬の頭を乱雑に撫で、種枚は鉄塔を飛び降りた。鎌鼬も苦笑し、髪を直しながら異能を発動し、種枚の後を追った。

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少年少女色彩都市 act 11

叶絵は和湯姉から受け取ったガラスペンを構えエベルソルに相対したまま動きを止めていた。
(……そういえば、空中に絵を描くってどうやるの? あの魔法陣みたいなのとか……そもそも、あれを倒すって、何を描けば良いの……?)
叶絵が実際にインプットしたリプリゼントルの戦闘状況のサンプルは極めて少ない。そこに慣れ親しんだ現代科学とかけ離れた戦闘技術と、非日常へのパニックが加わり、思うように手が動かない。
ふと、エベルソルが一切自分たちに攻撃してこないことに気付き、敵の方を見る。その頭部には、先ほどのリプリゼントルの少女が胡坐をかいて3人を、否、叶絵を見下ろしていた。
「……あ、私のことは気にしなくて良いよ。君たちの戦いには手を出さないから」
にかっ、と笑い、少女が叶絵に言う。
「けどそのお姉さんもひどいよねぇ。何も知らない女の子を無理くり戦場に引きずり出すなんて……君が何の才能も無い無産なら詰んでたよ、ねー?」
蛾のエベルソルに同意を促すが、エベルソルは何も反応せず脚をばたつかせるだけであった。
「……まぁ、せっかく才能と道具、両方あるんだ。頑張れ若者、くりえいてぃびてぃに任せて好きに暴れな」
少女にサムズアップを示され、叶絵は一度瞑目して深呼吸をしてから、再び目を開いた。
ガラスペンを目の前の虚空に置く。ペン先の溝を無から生み出されたインキが満たし、目の前に同心円と曲線が組み合わさったような魔法陣が、殆ど無意識的に描き出された。
意を決してそれを通り抜けると、寝間着姿から一変してピンクと白のパステルチックなワンピース風の衣装を纏った姿に変身していた。
更にガラスペンをエベルソルに向けると、空間を暗闇に塗り替えるようにどす黒いインキの奔流が周囲を覆い尽くす。
「うっわマガマガしー。どんな生き方してたら『可愛い』と『邪悪』があの同居の仕方するんだろうね? まあ新入りちゃんの『芸術』、見せてもらおうじゃないの」
けらけらと笑いながら、少女はエベルソルから飛び退いた。

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少年少女色彩都市 Act10

女性は叶絵と典礼に曖昧に微笑むと、懐からガラスペンを取り出す。蛾のエベルソルは耳をつんざくような奇声をあげてその無数の足を動かし、こちらにすごい勢いで迫ってきた。
「ひっ…」
後ずさる叶絵の腕を引いて、典礼が場を離れる。女性は幾何学模様を書きあげた。
「んと…和湯、くん?」
「典礼でいい。立って」
蛾は女性の書いた幾何学模様の盾に突っ込み、煩わしそうに暴れて、10秒と経たない内に盾を壊してしまった。女性は典礼たちのもとに駆け寄る。そのまま三人で逃げ出す。
「やっぱりだめ…昔はできたのに」
「え、あの」
混乱する叶絵が困った顔で女性を見つめると、彼女は寂し気に微笑んだ。
「私、リプリゼントルの才能が消えかけてるの。昔は典礼よりも強かったのに」
「ちょっと!余計なこと言うなよ!」
「だってあんた燃費悪いじゃない!すぐ疲れるし、一日に何回も変身できないでしょ」
両脇で姉弟喧嘩が始まってしまい、気まずくなって叶絵は俯いた。
「あ、そうだ!あなた、私のお古で良ければ使ってみない?」
「…えっ!?わた、私ですか!?」
「そう!得意なことはある?」
「得意なこと…」
叶絵の得意なこと。
「…絵、を描くこと…」
女性は満足気に笑った。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その④

ロキは大ホールを挟んだ反対側の戦場に駆け出し、タマモは一歩前に踏み出した。
「ヘイ、エベ公! こっから先はちょいと俺一人で相手させてもらおうか。防げるモンなら防いでみろや俺の弾幕!」
光弾の密度を上げ、一人エベルソルに対抗する。しかしタマモの弾幕は直接的な軌道であり、ロキのように多角的に群れを抑え込むことはできず、少しずつ範囲外からホールに近付く個体が出る。
「あ、オイ待てい! なんで無視した⁉ (F Word)! 5秒後を覚悟しろォ!」
一度、ホールに向かったエベルソルからは目を離し、前方の群れに集中する。
「畜生が、テメエら5秒で全滅しろッ!」
タマモの弾幕が一瞬、『減速』する。リズミカルに射出される光弾に対応していたエベルソルらの防御行動は空を切り、光弾ががら空きの急所を的確に貫通し、次々と撃破していく。
態勢の崩れた群れに、駄目押しに急加速させた光弾を更に叩き込み、宣言通り僅か5秒ほどで群れを全滅させた。その残骸の向こう約数十m、新たなエベルソルの大群が近付いてきているのが見えたが、そちらは放置して足下のカセットプレイヤー片手に、ホールに向かって行ったエベルソルに駆け寄る。
「ヘイ! 文明冒涜エベ野郎共! 何故俺を無視しやがった!」
エベルソル達はタマモの声を無視して僅かに音漏れする大ホールに向かっている。
「こンの分からず屋共が……! 絵具か音符の塊だけがテメエらにとっての『芸術』か……?」
足をさらに速め、1体のエベルソルに接近する。
「ちげェだろうがァ!」
そのままカセットプレイヤーを振り抜いて殴りつけ、その頭部を地面に沈めた。しかしエベルソルもすぐにタマモを睨み返す。
「よーやくこっち向いたな生ゴミ……」
再びカセットプレイヤーを振り上げ、重力加速度も乗せてエベルソルに叩きつける。
「良いか、無知無教養のエベルソル共! 『芸術』とは! 人間が生み出した、感情を震わせる全てだ! 語彙・論理・リズム・環境・あるもの全部使って、人心を動かす『扇動』は!」
まくし立てながら、ガラスペンで直径10㎝近くの大型光弾を複数描き。
「十分『芸術』だろうがアッ!」
超高速でエベルソルに叩き込む。防御のしようも無く全身あらゆる部位を撃ち抜かれ、エベルソルは一度痙攣してから動かなくなった。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その③

タマモの放つ弾幕が、正面から広範にエベルソルを捉え、回避しようと更に広がろうとする群れを、ロキの変化光弾が横からちくちくと突き、少しずつ一塊にまとめていく。
「……流石に180ぽっちじゃ対応されてくるな。200くらいに上げて良いか?」
「好きにして良いよ。私がタマモに合わせられないと思う?」
「あー……そうだな、信頼が足りなかった。じゃ、202くらいで」
タマモの放つ弾幕の間隔が更に早まる。それまで弾速に慣れて防御行動を取るようになっていたエベルソルらは、突然のリズムの変化に対応できず、再び被弾し始めた。
「…………ところで」
「何?」
「ここでタマモノマエの豆知識たーいむ」
「わーぱちぱちぱち」
「今、裏で聞こえてるこの破壊音ですが」
タマモの言葉の直後、ホールの裏から重量物が落下する重低音が響いた。
「ああ、【モデラー】ぬぼ子さんの」
「そうそうあの人。あの人がこの間出した動画見たか?」
「まだ見てなーい」
「そっかァ……あいやそれはどうでも良いんだが。あの人、攻撃のタイミングを中の演奏と合わせてるらしいぜ。何か、デカい打楽器と合わせてるんだと」
「ティンパニ?」
「いや俺あんま楽器とか知らねーし……」
「……器用だねぇ」
再び、落下音が聞こえてくる。音楽と異なるとはいえ芸術の才を持つ二人だったためか、その音を聞いた瞬間、同時に同じことを考えた。
((今、ズレたな))
「……ねぇ、タマモ?」
「分かってる。『頼む』なよ? 俺らはそういうのじゃねえだろ」
「うん。じゃあちょっと行ってくるから」
「うい任せろ。お前が帰ってくるまでくらいはもたせてやるよ」
「全部倒しても良いよ」

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少年少女色彩都市 Act 9

少女がヘドロのエベルソルを倒した頃、叶絵は倒れた肉塊エベルソルを前に少年と話していた。
「…えーと、つまり、リプリゼントルの力で作り出した特別なバイオリンを奏でることで、エベルソルに作用する特別な音波を出して倒した、と」
叶絵がそう言うと、少年はまぁそんな所と返す。
「どんな形であれ、エベルソルはリプリゼントルの“創造力”に弱いからね」
“創造力”で作り出したもので“創造力”を叩き込めば自然とエベルソルは倒れる、と少年は続ける。
「それにこのぼく、和湯 典礼(わゆ てんれい)のようなレベルになれば…」
少年がそう言いかけた所で、不意に彼は言葉を止める。何か気配を感じたのか少年は後ろを振り向いた。叶絵もつられて少年が見た方を見る。
見ると少年が先程倒したエベルソルの表皮に裂け目が入り、中から白い無数の脚を持つ蛾のような何かが姿を現した。
「なっ…!」
第二形態、だと…⁈と少年こと典礼は動揺する。蛾のようなエベルソルは翅を広げると口から火球を叶絵たちに吐き出した。
「⁈」
想定外の事態に2人は動けず、このままエベルソルの攻撃を喰らうかに思えた。しかし、2人の後ろから誰かが走ってくる音が聞こえたかと思うと、叶絵と典礼は後ろから押し倒されるように伏せさせられた。
「!」
無理やり伏せられた叶絵が顔を上げると、黒い背広姿の若い女が叶絵と典礼に覆い被さっていた。
「…あなたは」
叶絵は思わずそう呟くが、典礼は自分を突き倒した女を見て目を丸くする。
「姉さん⁈」

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厄祓い荒正し Ep.1:でぃすがいず その②

「イヤハヤ全く、人間サマの信仰心のお陰でこっちは力ァ貰ってンだ。どっちが偉いか、言うまでも無ェやね」
「どうしました突然に」
「イヤァー? 別にィー?」
「何か腹立たしいなこの御祭神……」
「ンな事よか、もう一杯くれねェかい?」
「駄目です。貴重なお神酒なんですから大事に呑まないと。ほら、せっかく出てきたんですから、仕事してもらいますよ」
「しゃーねェや。我が愛しき神僕に手ェ貸してやるかィ」
本殿を出ると、すっかり荒廃しきった神社の敷地の様子が目に飛び込んできた。何度見ても、この景色には気分が落ち込む。
崩れた石灯籠、倒れた狛犬、片方の柱が折れた鳥居、注連縄が千切れ縦に割けた神木。
「ッたく、何度見ても酷ェよなァー。神社は大事にするモンだって習わなかったのかねィ?」
「妖怪がそんな教育受けているわけは無いのです」
「そッかー……。さて、今日はどッから『直して』いこうかね?」
神様はゴキゴキと音を鳴らしながら首を伸ばし、辺りを見回し始めた。どうせ荒廃しきった風景しか見えないだろうに……。
「ごぶっ」
突然、神様が変な呻き声をあげて、伸ばした首が大きく反って頭を地面に打ち付けた。
「神様⁉」
「痛ッてェ……狙い撃たれたゼィ畜生めが」
「方角は」
「アッチ」
神様は北西の方を指差した。
「では、今日はあちらを『直して』いきましょう」
「オウ」

2

少年少女色彩都市 act 8

鼻歌を歌いながらガラスペンを空中に走らせていた少女は、ヘドロのエベルソルが弱々しく蠢いているのに気付き、一度手を止めて接敵した。
「おかしーなぁ……3回くらい殺さなかった? ほれ、聞いてるなら頷け?」
エベルソルがのろのろと伸ばしてきた千切れた腕を踏みつけ、首の部分を捕まえて作業に戻る。
「何描いてるか、気になる? お前にとどめを刺すものだよー。どうやって死にたい? 私のお勧めは八つ裂きとかなんだけどねぇ……。こんな住宅街のど真ん中でやったら迷惑じゃない? だから、埋葬する方向でいこうと思うんだけど……どう?」
当然、エベルソルは何の反応も返さない。
「なーんーかーいーえーよー」
エベルソルの首をぐいぐいと絞めつけながら、少女は楽しそうに描き進めていく。
「……あぁー。何にも言わないから、もう完成しちゃった」
それは、直線のみで構成された巨大な手のような立体。その手が道路を舗装するアスファルトに指を食い込ませ、ぐいと引き上げる。舗装はそれにしたがって剥がれるように持ち上がり地下の様子が表に現れる。本来なら土壌とガス管や水道管に満たされているはずのそこには何も無く、ただ無限に広がっているようにすら思える虚空だけがあった。
「どう? 素敵じゃない? ……素敵じゃないか。そっかそっか。……うわっ」
その時、少年の奏でるバイオリンの音色と、肉塊エベルソルが潰れる音が少女の下にも届いた。
「うえぇ……私、クラシックって苦手なんだよねぇ。特に音の高い管楽器と音の高い弦楽器。いや好きな人は好きなんだろうけどね? 私はもうちょっと重低音な方が安心できるなぁ……あの子もチェロとか弾けばいいのに。良いじゃんゴーシュスタイル。……おっと、いつまでも放っておいて悪かったね」
手の中でぐったりとしているエベルソルの頭部に声を掛け、虚空の方へ引きずっていく。
「それじゃ、ご冥福を……いや地獄行き確定だから福は無いか。思い返せばお前は久々に私をいらいらさせた良い敵だった。うーん……ああ、そうだ」
何かを閃いたように指を鳴らし、少女はエベルソルを虚空に投げ捨て、落ちていくソレに敬礼した。
「良い来世を、我がクソッたれの敵! 次会う時は仲良くしよう!」
エベルソルが見えなくなるまで見送り、少女は巨大な手を用いて舗装を元に戻した。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その②

「さあクソッたれの文化破壊者エベ公どもテメエらに告ぐぜィ。こっから失せるか殺り合って死ぬか俺らを殺して先に進むか。許されたのは三つに一つ、推奨するのは1番一択。アホほど妨害させてもらうが、イラっと来るのは御愛嬌。お相手を務めましたるはァ?」
少年は口上を述べながら、正方形と直線が絡み合ったような魔法陣をすらすらと描き上げていく。隣の少女も無言で軸のズレた円形が重なり合った魔法陣を完成させる。
ほぼ同時に2人の魔法陣が完成し、強く光を放つ。それはすぐに止み、2人の“リプリゼントル”がその場に立っていた。
「【煽動者】タマモノマエ、ェアァァアアアンッ!」
パーカとカーゴパンツという出で立ちの少年。
「【演出家】フヴェズルング」
ノンスリーブのセーラー服姿の少女。
「悪いがココで、俺らと遊んでもらうぜ」
「演奏会が終わるまで、ここから先には通さないよ」
2人の口上が終わるのとほぼ同時に、エベルソル達の勢いが増す。しかし、それは少年タマモノマエが後ろ手で用意していた光弾の弾幕に押し戻される。
「せっかく頭数持ってきたのはご苦労。きっと裏とかも攻めてるんだろ? まあそっちは俺らの数倍強ェ奴らが控えてるからなー……『通れねェ』じゃ済まないンだろーなァ、諦めて俺ら殺しに来た方がきっと得だぜ破壊者共」
一定のペースで撃たれ続ける光弾に、エベルソルはひとまずの標的をタマモノマエに変更した。その瞬間、ソレらの横から別の光弾が直撃する。
「うっわぁ……ロキお前、今のは大分ずるいなァ……」
「それが私達のやり方じゃないの、タマモ?」
フヴェズルング、ロキはきょとんとした顔で問い返す。
「……それもそうか。じゃあもうチョイ上げてくかァ」
タマモノマエ、タマモは残忍な笑みを浮かべ、エベルソルらに向き直った。

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少年少女色彩都市【7】

少年がヴァイオリンに弓を静かに当てる。音楽に対する知識があまり多いとはいえない叶絵は、その様子を呆然と眺めていたが、やがて少し後ずさりした。
「すぅ…」
少年の息遣い。まわりの音が消える。エベルソルは身体中からなんだか分からない液体を垂れ流しながら困惑したように身を捩る。息の詰まるような静寂が叶絵まで緊張させる。
「…Preludio」
少年の呟きが音のない空間に響いた。
(プレリュード…?前奏曲のこと…だよね?)
少年が優美な動作で弓を引き始める。ヴァイオリンから上品な音色が溢れた瞬間__エベルソルが変形した。潰れた缶を連想させるその肉塊の天辺からは、汚い液体が噴出する。
「ひっ…!」
叶絵の足元までそれは飛び散り、少年にもいくらかかかっていたが、彼は気にせず演奏を続けた。エベルソルは変形を続ける。断末魔一つあがらない。液体を噴出し続け、呆然とする叶絵の目の前で干からびたミイラと化してしまった。
「ふぅ…」
心底疲れたようなため息が少年の口から漏れる。
「…どうにかなったみたい。あんま骨のある奴じゃなかったけど、疲れたな…」
「い、今の…」
言葉を失う叶絵に、少年はにっこり微笑んでみせた。
「知りたい?」