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鏡界輝譚スパークラー:プロフェッサーよ手を伸ばせ その⑦

扉を開けた瞬間、屋外に犇めいていたカゲ達がその物音に気付き、一斉に二人の方に振り向いた。
『まずは基本の技から行こうか。適当なカゲに拳を向けて狙いを定める。腕はまっすぐ伸ばしていた方が良いけど、最悪拳さえ向いていれば大丈夫』
明晶の指示の通りに義腕が動き、カゲの群れに狙いを定める。
『本当は直接口で言った方が楽なんだけど……まあ頭の中で唱えるだけでも良い。この技の名は』
鈑金の隙間から、光の力が可視光として迸る。
『リーチ・フィスト』
その名が呼ばれるのと同時に義腕が高速で伸長し、導線上のカゲを貫いた。
「わぁっ⁉ 伸びた!」
『まだまだこんなものじゃないよ』
再び義腕が縮み、今度は小刻みに振動し始める。
『これは少し扱いが難しいけど、多分慣れればある程度は操れるようになると思うから頑張って。そしてこの技の名は』
再び、義腕が高速で伸長する。しかし先程の直線的な軌道では無く、不定期なタイミングで鋭角から直角の角度で滅茶苦茶に折れ曲がり、周囲のカゲをまとめて打ち抜いた。
『リーチ・フィスト・ディストーション。かっこいいと思わない?』
『それについては議論の余地があるんじゃないか』
「あ、三色さんも話に参加するんですね」
『さて、この辺の雑魚は今ので大体倒せたかな。隙間が残っているうちに早く進みな』
「分かりました!」

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鏡界輝譚スパークラー:プロフェッサーよ手を伸ばせ その④

「でもその子すごいよねぇ。あの密度のカゲの中で無傷だなんて。むしろなんで気絶してたんだろ」
「いやあの気持ち悪いカゲ相手じゃ正気保ってるのもキツイっすよ……あ、彼女を助けてもらったのは、ありがとうございます」
「うん、後でワタシの親友にお礼言っときな」
「あ、はい」
2人の間に沈黙が流れて数分、げんなりした様子で吉代が部屋に入ってきた。
「おかえり」
「ん、死ぬかと思った」
「それだけは無いでしょ」
「意外とそうでも無いんだ」
吉代の手首のデバイスには『255』と表示されている。
「すごい、残り2割くらいじゃん。あ、紹介するね、君が助けてきた……あれ、名前聞いてないや。ごめん、2人何て名前だっけ。というかワタシらも名乗ってないよね」
「プロフあんたその状態であのノリで話そうとしてたのか……」
呆れて溜め息を吐きながらも、吉代は明晶の隣に立ち、少年と向かい合った。
「どうも親友。それじゃ、ワタシらから自己紹介させてもらおうか。ワタシは村崎明晶。この村唯一の『生き残り』にして、この解放戦線の技術担当だよ。“プロフェッサー・アメシスト”と呼んでくれたまえ。こっちは我が親友にして戦友にして、あと何か色々の三色吉代。君らの名前も聞かせておくれ」
一息に言い切り、明晶は催促するように指を動かしてみせた。
「えっと、僕は金沢剛将(カナザワ・ゴウショウ)、彼女は佐原花(サハラ・ハナ)。県立鉱府光明学園中等部普通科の、どっちも2年です。今日は6人部隊で来たんですけど、他のみんなは……」
「多分、もう駄目だろうねぇ。君たち2人が生きていただけで十分奇跡だもの」
「そうでしょうね……」

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鏡界輝譚スパークラー:プロフェッサーよ手を伸ばせ その①

「ぁー……増えてきたねぇ、新型」
ドローンのカメラが映す映像に苦笑しながら、明晶は光の力を回復する薬剤を一口吸った。
映像を出力したモニタには、数日前に彼女が潜むトタン小屋を襲撃したものと同タイプのカゲの姿が多く見られていた。
「せっかくだし、名前でもつけてあげようかな。ちょっとは愛着も……いや湧いちゃ駄目なんだけど」
ケラケラと笑っていると、部屋の外から荒々しい足音が近付いてきた。
「んー、何だい親友、今日は随分と激しいエントリーじゃないか。そんなにワタシに会いたかったのk」
「プロフ! 輝士拾った!」
「はぁん?」
怒鳴りながら部屋に入ってきた吉代の肩には、気絶した輝士の少年が担がれていた。
「……何その子? まだ若いね、15歳くらい?」
「知らん。それよりちょっとマズいことになってんだ」
吉代が床に下ろしたその少年の右腕はカゲに浸蝕され、新型の触手のように異形化していた。
「うわぁ……カゲに堕ちかけてる」
「光の力を使い果たしてるんだ。これ、どうにかできないか?」
「…………」
顎に手を当てて考え込む明晶の背後で、ドローンのカメラ映像が途切れ砂嵐に変わった。ドローン機体そのものが、カゲに撃墜され破損したのだ。
「プロフ?」
「……いやね。まあ道はあるよ、親友。君の特別強い光の力に中てられて、彼の身体を浸蝕するカゲもノロマになってるんだ。これは僥倖だったね」
言いながら、明晶は床下収納を開き、その中に隠していた鍵付きの箱を滑車で取り出した。
「……実を言うと、カゲに染まった肉体を治療する方法はちょっと思いついてないんだ、悔しいけど。だから、カゲに堕ちた部分をまるっと『斬り落とす』」
箱を開くと同時に、冷気が白い霧となって漏れ出す。その中から明晶が取り出したのは、無数の小型機械や配線が繋げられた、刃渡り30㎝、全長1mはあろうかという巨大な外科用メスだった。

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企画「短編集『残滓』」

 少し前に私が個人的に作っていた小説集を少し変えて企画にしたいと思います。
 規定は以下のとおりです。

1,テーマは『戦争の残りかす』
2,形態は詩、小説、評論、歌詞、俳句、など文章
3,主体は日本語
4,長さの目安は書き込み1つ分〜5つ分
5,戦争賛歌にはしない
6,タグの一つに「短編集『残滓』」を入れる

 今回の『戦争』は武力衝突全般を指します。そのため、第二次世界大戦のような現代的で広範囲の戦争ではなく、古代の戦争でも、地域紛争でも、宇宙戦争でも、ファンタジーで魔法戦争でも何でも大丈夫です。また、『残りかす』は何も戦後を描く必要はありません。『残ったもの』という感じで、結構広義的に捉えてもらえればと思います。人間でも、ものでも、人間以外の生物でも何でも大丈夫です。
 形態は文章なら何でも良いです。
 何も日本語が主体になっていればいいだけで、英語だって中国語だってラテン語だって使っても大丈夫です。日本語なしでも大丈夫ですが、私が読めないのでそういうときは日本語訳もつけてくださると嬉しいです。
 長さは、短編集なのでそんなに長くなるイメージではないなと思っているだけなので、上記より長くても問題ありません。
 戦争賛歌になってはいけませんが、演出上の賛美は大丈夫です。最終的に反戦を示唆していれば良いです。なお、戦争賛歌にならなければいいだけで、だからといって反戦を唱える必要はありません。
 できるだけ企画名を入れてもらえればいいです。タグが足りなくなったら入れなくても大丈夫です。

 重い感じとか泣ける感じの話でも、笑える話、くだらない話でも、反戦を唱えなくても良いです。とにかく、夏休みには終戦記念日もありますし、少しだけでもみんなで(まあひとりひとりではあれ)戦争について考えていけたらなと思います。
 企画参加作品にはすぐではないかもしれませんがレスします。
 ご質問等あればレスください。
 ぜひご参加ください!

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×××××中学校の七不思議 甲斐田正秀 9

「そこまで吹っ飛ばされた。バシィってな、叩きつけられた。窓硝子が体中に刺さってくるわ机や木片で顔も肺も潰れるわ炎が服に燃え移るわで……酷いんじゃぞ、破片が目やなんかにも瞼の上から突き刺さっとるから、霞む目ちょっと開いて、首も下を向いたまま動かんから、自分の体の様子だけ分かったんじゃが、あの時窓側に向いとった右上半身にワァーっといっぱい硝子片が刺さっとるんよ。その溶けたのなんかもただれた身と同化して黒いんだか赤いんだか何なんだか……お前、集合体は大丈夫な方か?」
 甲斐田はニヤニヤしている。
 俺は何も言わなかった。勿論笑いもしなかった。
「あん時の姿にもなれるが……まあやめとくか」
 何故こいつは、こんな酷い話をヘラヘラしてできるのだろう。幽霊であることよりもずっとその方が不気味だ。
 俺はこの話を聞いて、本当に辛く思った。戦争の不条理も悲しんでいるし、甲斐田の味わった痛みに胸も痛む。右腕に手を当てて、むず痒い感じもした。でも、そんな薄っぺらい感情よりも何よりも深く、そんな酷い経験を笑って語る甲斐田が腹立たしくて仕方ないのだ。
 俺は拳に力を入れてその怒りをできるだけ態度に出さないように堪えた。爪が手の平に刺さる。でも痛みはなかった。そんなのを考えられないくらい頭がいっぱいだった。
「……と、まあこんな感じだが……っておい、お前」
 話し終えたようだ。しかしその途端、何だか焦った様子で俺に話しかけてきた。
「やっぱり、嫌だったか」
 甲斐田は心配そうに俺の顔を覗く。
「……違う」
 俺の声は震えていた。
「何でそんな風に言うんだよ」
「何でってお前が訊いたからじゃろ」
「違う、そういうことじゃない」
「じゃあどういうことだ」
 鈍い甲斐田が恨めしかった。怒鳴ってやりたい。でも、彼にそんなことはできない。そんなことはしてはいけない。
「おかしいだろ。自分が死んだときのことだぞ。大したことじゃないみたいな」
「もうしばらく経っとるからのう。今じゃ気にしとらんよ」
「命を何だと思って――」
「じゃあ」
 俺がキレかけたところで、甲斐田は声を張って俺の発言を制した。大声ではあったのに、怒鳴っているわけではなくて、でも怖いという印象を受けた。それは霊的な力だったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。

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×××××中学校の七不思議 甲斐田正秀 8

「でな、実際ここいらにアメリカが爆弾を落とすことは殆どなかった。じゃから今回もそのクチだろうと思って油断しとったんじゃな。でもボーイングは確実に近づいていた。警報は依然やまない。もしかしたら今回は、と、ちと怖くはあったが、本を取りにこの教室に戻った。どうせ今日に限って落としてくることなかろうし、落ちても学校にピンポイントで当たるまいとたかを括っとった。それに何より、アメリカの兵器を前に、勉強すら諦めるのが嫌じゃった……そう思ったのが間違いじゃった。よう考えれば、学校がここいらで1番大きい建物じゃったし、軍の駐屯地は隠れとったから学校が狙われるに決まっとったんじゃが、そういう可能性はもっぱら排除して考えんかった。とにかく本を取りに行きたくてしょうがなかった。それで急いで3階まで駆け上がって、丁度、わしが机の上にあった本を手に取ったとき、この教室に焼夷弾がヒューッと落ちてきた。お前は見たことないじゃろう、まああっちゃ困るが、ありゃ考えた奴は本当の非道だったろうなあ。木造の日本家屋が燃えやすいように、火薬だけじゃなく油を入れるんじゃ。だから爆風と一緒に燃えた油が飛んできた。あん頃は校舎も全部木だったからのう、すぐに一面焼けた。もう遅い時間じゃったからな、わし以外には生徒はおらんかったから良かったと思うが、安心したのも束の間のことで、すぐにも第二陣が降ってくる音がする。でも火に囲まれて逃げられんし……背水の陣、四面楚歌、そんな様子じゃ。熱いを通り越して、皮膚がジリジリ唸るように痛んだ。自分は死ぬんじゃと確信した。わしは元々卒業したら早々に海軍に志願しようと思っとったから、もちろん死ぬ覚悟もできていた……と、思っとった。死ぬときになってわかったが、わしは本当は死にとうなかったんじゃ。まだ生きたい。そう思ったとき、2発目が落ちて、わしは割れた硝子や机と一緒に、そっちの方……」
 そう言いながら俺、ではなく、その後ろ――黒板を指さした。

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×××××中学校の七不思議 甲斐田正秀 7

「わしはな、高等小学校2年の時分にここで死んだ。酷い死に方……確かにそうだったかも知れん。1944年の8月にあった空襲だ。わしはそんとき、兄ちゃんが海軍に志願して出てった後じゃったけ、家じゃ妹弟がギャーギャーうるさくって世話もせにゃいけんかったからのう、学校に残って考査の勉強しとった。そんとき……5時50分くらいじゃろか、空襲警報が鳴った。ありゃ気味悪い音でもう、忘れたくても忘れられん、何回何十回も聞いた酷い不協和音じゃ。今でもたまに鳴り出すぞ、頭ン中でな。当然それを聞いた途端にわしは荷物持って急いで教室から逃げ出して、防空壕に潜り込んだ。学校の防空壕ってのはな、不思議でどこからか人が湧いて出て、たくさん入っとる。もうすし詰め状態よ。それでも何とか入れたから、ボーイングが去るまでじっと待ってようと壕の入口付近でしゃがんでいた。そんとき、わしは重大なことに気付いた。本を1冊、置いてきたんじゃ。今思うと下らない。じゃがそんときは死活問題じゃった。命あっての物種というが、もう1冊買う金もないし、それがなければ技師を諦めなくてはいけないという焦りがあった。もうその考えで頭がいっぱいだった」
「技師?」
「ああ、わしはちっこい頃から飛行機の技師になりたくてのう。そんでわがまま言って母ちゃんに高等小学校に入れさせてもらったんじゃよ。兄ちゃんが海軍の戦闘機乗りで、それを安全に整備して、空の勇士たちが無事に帰ってこられるような戦闘機に乗せたかったんじゃ。後方で働けば殉死はできんが、せめて、兄ちゃんらに正しい戦死を遂げてほしかったんじゃ」
 正しい死。
 何だかもやっとした。
 正しい死なんてあるのか?実兄に死を望むか?本当の望みは正しい戦死なんてものではなくて、帰還ではないのか?
 俺の中に湧いた感情は確実に同情や悲観ではなかった。多分、多分だけど、軽蔑だ。何に対してかは分からない。目の前にいる小さくて痩せた少年の話を止めてやるべきだと思ったが、そのための理由付けもできないから、口をつぐんだまま甲斐田の話を聞くしかない。

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憧憬に泣く 6

「善」
 少年の名を厳かに呼び直した。
 少年の方は気持ちが落ち着いてきたのか前と同じように目を伏せている。
「お前、親友が……よく闘ってくれたらしいな」
 部隊長は言葉をよくよく選んで、優しい口調で切り出した。
 善は未だ何も言わない。
「善。よく聞くんだ。これからスパークラーをやっていれば仲間を亡くすことは間々ある。これは仕方ないことだ。親しい人間を亡くすこともあるだろう。だが、我々はそんなことで止まってはいられない。今だって、いつどこでカゲが発生するかも、それによって一般人がどれほど被害に合うかも分からない。だから、立ち上がれ。強くあれ。お前だって、そんなスパークラーの姿に憧れたんだろ?」
 部隊長は善の目をずっと見ていた。善が彼のことを見ることはなかった。ただ、俯いたまま小さくだが口を動かして何かを言っている。
「どうした、善」
 問うと、段々聞こえる大きさになっていった。
「か……は……和樹は……」
「和樹は、何だ」
 部隊長はそれだけ言って、どもる善の目をジッと見つめ続ける。
 すると、10秒程度経って善は顔を上げて、部隊長の目を鋭く睨んで叫んだ。
「和樹はまだ15歳だった!やっとスパークラーになれたって喜んでた!それを何で!何で守れないんだよ!何で死ななきゃいけなかったんだよ!」
 善はずっと思っていたことを吐き出した。
 和樹が死んで悲しかった。虚しくなった。カゲと闘うのが怖くなった。でも本当は、それで籠もって震えているのではない。
 本当は、本当は――

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憧憬に泣く 4

「それで、善くん。彼自身の心身もそうですが、やはり業務に参加しないのも問題ではありませんか」
 少年が質問すると、部隊長は「ふうん」と溜め息を吐いて立ち上がった。代わりに今まで座っていた場所に磨いていた獲物を放り投げる。いつも少し訓練中に目を離しているだけでこっ酷く怒られているので、それを見て少年は反射的にビクッとした。
 そんな様子も気にせず彼は窓際まで行って、巡視当番のスパークラーがせわしなく辺りを見回す様子を見下ろした。ここは5階なので地上にいる人間がずいぶん小さい。
「では君、この2日間、彼がいないことで業務に支障が出たことはあったか」
 至極冷静に訪ねた。窓の外を向いていたので、表情は見えない。
「そ、それは……」
 部隊長が何ということもないように投げた問いに、言葉が詰まった。
 そうだ。自分でした問いながら、本当は答えは出ていたのだ。
 もともと善は補充枠ではなく追加枠で入隊してきた者。その上9自成隊は人手不足だった訳ではない。今回も補充枠から溢れた人員をおおよそ名前の順に割り当てていったと、そのパターンであることは想像に難くない。また、単純に彼は新人だ。つまり、善が業務に参加しなかったところで、何ら問題はないのである。
 それでも、少年は引き下がりたくなかった。善は15歳。まだ子供だ。そんな未熟な人間に一人でこれを乗り切れというなど、余りに酷だ。自分と年も近いため余計他人事とは思えない。
「行ってあげましょう。こんなの、善くんには耐えられません」
 少年は半ば懇願するような口調になる。
「行かねえよ。言ったろ、ほっとけって」
 しかし部隊長はいとも容易く申し出を突っ撥ねる。
「じゃあ自分が行きます」
「いや、それは駄目だ」
「何故です」
「命令だからだ。子供は黙って優秀な大人の言うこと聞いてればいーの。さ、分かったら自分の部屋に帰った帰った。分かってなくても帰ったー」
 そう言って部隊長はシッシといい加減に片手で追い払う仕草をして、そっぽを向いてしまった。少年はまだ少しも納得していなかったが、言い返すこともできず「失礼しました」と娯楽室を出た。

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野良輝士市街奪還戦 その⑥

「え、誰」
見知らぬスパークラーに戸惑う宗司。
「初めまして、田代小春です! そこの初音さんに助けていただき、皆さんの助太刀に来ました!」
「あ、うん。……ごめん初音って誰?」
「あんたらの言うかどみーちゃんのことだよ」
一歩遅れて追いついてきた初音につっこまれ、宗司は思い出したように手を打った。
「もしもし真理奈? こっち見えてる?」
『うん、スコープで見てるよー。その子が援軍?』
初音の通話に、銃声混じりに真理奈が通話に答えた。
「そう、小春ちゃん」
『楯使いかー、防御力の高い子はうちにいなかったから助かるね。こっちのカゲの勢いもちょっと落ち着いてきたし、もうちょっと援護射撃に回れそ……あごめんやっぱ無理』
銃声が更に3発鳴り響き、真理奈の声が途切れた。
「ごめんかどみー? 早くこっち手伝ってくれるか?」
「ん、ごめん。おいで小春ちゃん」
宗司の声に振り向き、小春に手招きして宗司の横に並んで地面を見下ろす。
「走り回りたいから足元を広げたいんだ」
「あ、それだったら多分、私役に立てますよ」
小春が手を挙げながら言う。
「マジか。よっしゃ行くぞ」
「了解しました。ついて来てください」
小春が防楯を広げて地面に向け、その体勢のまま勢い良く飛び降りた。

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憧憬に泣く 2



 和樹がカゲになった。
 和樹はSTIの基礎教育修了後一ヶ月もしない内に九州カゲ大規模出現のため遠征に行った。和樹は同級生たちの心配する声も真面目に聞かず(聞いたところで遠征メンバーから外れることはできないが)、憧れの一人前のスパークラーへの第一歩だと喜び勇んで輸送機に乗って行った。それももう先月のことだ。
 そして2日前、カゲになったという知らせが鏡都の同級生らのもとに届いた。
 今年の1年生の中では初めての殉死者であった。
 彼らの間に衝撃が走り、彼の友人や家族は静かに泣き崩れた。
 善もその中のひとりだった。
 ――善は和樹と小学生のときからの友人だった。2人は幼い頃から、命を賭して人々を守る若き勇士たちに憧れた。一緒に立派なスパークラーになって世界を守るのだという大それたことを誓い合った。そして2人は優秀なスパークラーを輩出していることで有名な地元のSTIに入学した。 基礎教育期間が終わると、善が鏡都宮下中隊第9自主結成部隊、和樹は第4自主結成部隊に配属されしばしの別れを告げた。その『しばしの別れ』が『今生の別れ』となるとは――
 善はその結果に至る度、頭を抱えて奥歯を割れるほど強く噛み低い唸り声を上げた。全身が震えて、何かを殺してしまいたいような気分だった。
 この2日間で何十回とこの思考回路を繰り返し、何十回と和樹が死んだという事実を否が応でも反芻し、もう善の頭はショート寸前だった。
 彼は寮の一室で、ベッドに潜り込んで縮こまっている。2日前から訓練にも巡視にも行かず、食事にも殆ど手を付けず。
 部隊のメンバーは、部隊長に放っておけと命じられているため何もせずにいた。それでもやはり弱りきった後輩の姿は見るに堪えない。9自成隊(自結隊は響き的に縁起が悪いためこの辺りではこう略す)のメンバー、去年入ってきた少年が部隊長に遂にそのわだかまりを打ち明けるため、彼を呼び出した。

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野良輝士市街奪還戦 その⑤

「よしよし、こっからは俺の出番だぜー。そぉー……りゃっ!」
宗司は這い寄ってきた小型のカゲ数体を薙ぎ払い、返す一撃で錐状に尖った側の鎚頭を別のカゲの頭部に叩きつけ粉砕した。こちらは頭部に核があったようで、ぐずぐずと溶けるように消滅した。
戦槌を構え直す宗司の隙を狙って4体のカゲが飛びかかったが、2体は灯の撃ったワイヤーに貫かれ、あとの2体は二人の遥か後方からの狙撃によってダークコアを破壊され、大気中に掻き消えた。
『よし命中』
「お、ナイス狙撃。真理ちゃん無事だってー?」
そう尋ねる宗司に親指を立て、灯はワイヤーで捕えたカゲを引き寄せ、体組織を破壊され露出したダークコアを改めて破壊した。
「そろそろヌシとの距離がキツイな。俺がしばらく気を引いとくから、雑魚は任せたぜ、宗司」
宗司に告げ、灯は鉄線銃型P.A.による立体機動でヌシの周りを回り始めた。
「おう頑張れー」
宗司は向かってくるカゲたちを数度殴り飛ばし続けていたが、狙いの荒い打撃は核を破壊できず、敵の数は一向に減らない。
「宗司ーカゲ減ってねえじゃねえかー」
ワイヤーで跳び回りヌシの注意を引きながら、灯が文句を言う。
「コアが小さいのが悪い」
「もっと頑張れよ……お?」
「どうした?」
「着いたみたいだ、援軍」
「ほう」
「しぃーーるど、ばあぁあーーっしゅ!」
小春が防楯を身体の前に構えながら突進し、カゲ数体を屋根から弾き飛ばした。

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うちの七不思議Novel Edition:鉄棒の上の幽霊 その④

こいつが何者かなんてこの際どうでも良い。現状一番の問題は、下の化け物をどう躱して逃げるかってことだ。
最悪のパターンは、この状況が誰かしら先生に見つかって、説教しに来た先生がこっちに近付いてくること。そうなったら、その先生がサメに襲われるかもしれない。関係無い人間が巻き込まれることだけは避けなきゃならない。
「……おい幽霊野郎」
現状、こいつしか頼れる奴がいない。まずは情報収集からだ。
「何だね被害者君」
「あいつ、この鉄棒からどれだけ離れられる?」
「さあ……一度、走って逃げようとした人がいたけど、すぐ捕まってたよ」
「距離で言え」
「えー……そうだな……」
幽霊野郎は考えるような素振りを見せながら、腕をぴんと伸ばしてちょうど45°くらいの角度で地面を指した。
「この鉄棒の高さが、たしか……2.5mくらいだったかな。僕の座高やら何やらを合わせて考えると……」
腕の角度を保ったまま、弧を描くように真横の地面を指す。
「あの辺りが3mくらいの距離か」
そのまま指す方向を微調整しつつ、奴は空いた片手でこめかみをコツコツと叩く。
「だから……うん。大体5mくら」
奴の言葉が急に途切れた。鉄棒から両手を放した状態で急にこっちに頭を振って話したせいで、バランスを崩したんだ。
俺が捕まえる前に幽霊野郎の身体は鉄棒の上から完全に重心を外し、そのまま地面に向けて落下していった。あの『サメ』が待ち受けている、ちょうどその地点にだ。

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×××××中学校の七不思議 甲斐田正秀

 甲斐田正秀という生徒がいた。高等小学校の時代の話だ。
彼は二年生の時に死んだ。悲惨な死だったというが、舌を噛んでだとか、皮を剥がれてだとか、八つ裂きにされてだとか、水中に縛られてだとか、今はいろいろな説が出回っている。
「そんで、甲斐田正秀が死んだ6時3分、第二校舎の3階、一番北の空き教室に行くと会えるんだ」
 部活の妙に後輩懐っこい先輩がそういう噂を話した。
「会うだけですか」
 俺は素っ気なく尋ねた。でも、本当は少し興味があった。それを表に出すと先輩は調子に乗って収集付かなくなるのでこれくらいが丁度いい。
「なわけないだろ。酷い死に方したんだぜ。ヤツに会うと質問をされるんだ『赤と青、どっちが好き?』って。そんで、赤って答えると……」
「はいはい、どうせ血で真っ赤になって死んで、青だと血ィ抜かれて死ぬんでしょう」
「よく分かったな。聞いたことあったか」
「『赤い紙青い紙』に毛が生えたような話じゃないですか」
「まあな。で、それ以外の答えとか、答えなかったらとか、知りたいか?」
「別に良いです」
「知りたいよな」
「はいはい」
「どうなるかっつーと……分っかりませーん!自分で確かめてくださーい」
「はぁ?ならわざわざ」
 引き延ばさなくても。と言おうと思ったところで顧問に「おーい、そこ集中しろー」と注意され、俺はむっと先輩を睨んだ。先輩は怖めず臆せず笑っていた。

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体育

 小学生の時、「好きな教科は?」と聞かれたときに「体育」と答える子が多かった印象がある。しかし私は、体育の時間を好きになったことはない。
 理由は単純だ。運動が苦手だからである。
 50m走で10秒をきったことがないし、ドッジボールで投げた球は必ずキャッチされてしまう。いや、そもそもドッジボールで球を投げた記憶がほとんどない。私にはボールすら回ってこない。

 なぜこんなにも運動が苦手なのかと考えてみる。すると、幼少の頃の自分が原因なのではないかという結論に至る。
 幼少の頃の私は、とにかく人見知りで、“友達と外で遊ぶ”ということをほとんどしなかった。そのまま、体を動かす習慣が身につかないまま成長した結果、体育の成績がいつも3の人になってしまった。

 運動が苦手で一番困ったことは、「一生懸命やっても伝わらない」ことだ。
 私自身は手を抜いているつもりなどさらさらない。でもできない。団体戦のスポーツでは、同級生から疎まれ、笑われる。自分がどれほど不格好であるか自覚しているから、授業中はずっと、公開処刑の時間だ。
 あまつさえ、体育の先生は、当たり前のように運動ができる人たちだから、できない人のことなんて理解してくれず、一生懸命やっても成績は上がらない。

 あぁ、運動が苦手な人用の体育があったらなぁ。

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六話 一戸町のある民家にて

 父ちゃんは母ちゃんと出会う前、シベリアで働かされてたらしい。父ちゃんが何かの時に教えてくれたけど、それ以上のことは教えてくれたことがない。だから母ちゃんに訊いてみたことがある。 
「父ちゃんは中国さ行っでたか?だがらソ連さ捕まった?」
「多分なぁ。ンだども、そっだらこと直接訊いたら駄目だべよ?」
「分がってら―」
 でもほんとは分かってない。ソ連は父ちゃんを連れてって、酷いことをした悪い奴だ。それっくらいしか知らない。

 父ちゃんは休みの日はよく、縁側に出て本を読んでる。ロシアの作家の本らしいけど僕は読まない。本は文字ばっかりで苦手だから。
 僕は休みの日は、母ちゃんのお手伝いだ。僕は母ちゃんに頼まれて洗濯物を取り込みに庭に出た。ここから、縁側で呑気に今日もナントカって人の本を読んでる父ちゃんが見える。
 大人はいいなあ。休みの日にお手伝いも宿題もしなくて良くて。
 そうやって思いながら父ちゃんを観察してると、たまぁに歌を口ずさみ始める。聞いたこともない歌。
「Нет её прекрасней,Из-за тучи звёздочка видна……」
 よく聞いたら日本語じゃなかった。
「父ちゃーん、それ何って歌ぁ?」
 話し掛けたら、ぽやーって顔でコッチ向いて、ちょっと首傾げた。
「歌ァ?」
「今なんが歌ってたべ」
「あーそうかぁ。確かに歌ってたかもしんねなぁ」
「何だそれ」
 ちゃんと取り合ってくれなくてちょっとムッとした。でも父ちゃんはそのまままた本を読みだした。
「何だァ!答えでけろ!」
 そうやって怒ってみたけど、父ちゃんはにやついて真面目に聞かない。
「はっはっはっは」
「笑ってねえで!」
「はっはっは、よォし、今日は星でも見に山さ行ってみるか」

                             終

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輝ける新しい時代の君へ Ⅸ

「いいとおもう。べつに」
  少年のいつも通りの口調で言ったその言葉に、男は顔を上げた。少年は本当に、それでも良いと思っただけだった。彼にはまだ話の意味も男がどんなに苦しんでいるかもよく分からないし、他人の気持ちに寄り添う能力も乏しい。しかし何となく、別に良いと思った。
「ぼくもたまにな、さびしいってほんとうはおもったりするんだ。おじさんのとはちがうとおもうけど。ぼくも、きくだけならできるぞ」
 いつも通りの何を考えているか分からない顔で、いつも通りの心地良い風に黒く細い髪を揺らし、いつも通りの住宅街の狭い青空を睨む。その間、男の方を見ることはなかったので、彼が何を思っていたかもどんな顔をしていたかも分からなかった。別段興味があったわけではなかったし、それに何となく、知る必要はないと思っていた。
 今振り返ると男は困惑していたと思う。六歳児に愚痴を聞いてもらおうとしている自分に嫌気がさしたと思う。しかしきっと、彼の話を聞いたのは正しいことだったのだろう。
 男は自分の中で折り合いがついたのか、再び俯いてゆっくり話し出した。
「俺、本当はずっと言いたかったよ。死にたくないってね。妻や子供のためなら死にたくなかったよ。普通に考えれば分かった筈なんだよ。死ぬのが無駄どころか、損害にしかならないって。でも考えなかったから。考えることそのものが無駄だったから……」
「……」
 少年は何も言わず、微動だにせず、ただ雲一つない空を睨んでいた。
「あー、えーっと、ごめん」
 男は項垂れたまま、焦り気味に軽く謝罪した。
「おお」
 それに対し、考えられるだけ考えた結果、短く生返事をすることになった。
 少年には男が三十代から四十代位に見えていたので、戦争に出ていたことを意外に思った。確かに五十代だ、六十代だと言われればそう見えるような気がする。ただ、五歳児の年齢感覚だ。到底信用できたものではない。

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三話 マニプール河流域の白骨街道にて

「あぁ……」
 俺は遂に倒れ込んだ。
 昨晩までの雨で川の様に泥水の流れるのも気にしないで。俺の右半身は泥にめり込んで、温い水が滲みて身体がいつもより幾倍も重く感じた。
 白骨街道。
 抜け出せぬ牢獄だ。人々はインドに渡る前にバタバタ死んでいった。道端には死体や、もうすぐ死体になる者があちこちに落ちていた。皆瘦せ細って泥だらけになり、異臭を放っていた。1週間続いた雨はそれらの腐食を早め、ふやけた皮膚を大量の虫が食い千切り体内に潜り込む。俺もその一員になるのだ……。
 体中が痛い……力が入らない……熱帯熱にもやられているらしい……意識が朦朧としている。しかし目を瞑ったら死ぬ気がする。腹は減っているのに吐き気がする。固形物はもう身体が受け付けなくなって久しい。昨日も胃液を幾度か吐いた。ああ……水が飲みたい、綺麗な水が……。
 俺は泥水を啜りながら思った。
 夢中になって二口三口する。だが少ししか飲み込めず吐き出してしまう。液体でも駄目になったか……。
 ……俺ももう死ぬな……そんな考えが脳裏をよぎった時、気が楽になった気がした。
 ああ……帰りたい……帰って綺麗な水が飲みたいなァ……彼らもそうだったんだなァ……この水は、泥と、彼らの体液と、腐臭と、怨念とを混ぜて……俺はそれを飲んだ……。
 それが俺を生き永らえさせた……そして俺は今……死ぬのか?
 死ぬことは、許されるのか?

                        終

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復讐代行 あとがき

復讐代行を読んでくださった皆さん!
本当にありがとうございます!
当初の予定よりも長くなり、更新の空く期間もあり
と散々な形ではありますが
先程の最終話を持って無事に完結しました!
皆さんいかがだったでしょうか?

今作は初め、「宇宙を駆けるよだか」という作品を見てこんな設定の作品を書いてみたいなぁというところから始まりました。
この作品はクラスでブスといじめられる女子と主人公が入れ替わる物語で、ただパクるのもつまらないので、主人公の方を男にしてみました。
ですが
「いじめ」をテーマにするとついつい色々詰め込みたくなるのが悪い癖ですね笑
登場人物それぞれに考えがあるようにして自分の中にある全てを書こうとも思ったのですが長くなるので避けました。なので実はまだ小橋と橘のお話が少し残ってます
もしかしたら来週辺り書くかもしれません。
最終的に書きたかったこととしては
「いじめ」は人を壊してしまう。
それは時に、優しさすら信じられなくなるほどに
でもその優しさを信じることこそが生きる希望
それをどうか自分の中に確かに持っていて欲しい

ちょっと隠しすぎたかな?
あんまりまっすぐだとクサくなっちゃうから
少し遠回しにしたり、素直な言い方をしなかったり
そんな僕の小説…に限らず詩も
これからも楽しんで頂けたら幸いです

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余り者

 小学校、中学校、高校。
 年代が上がるにつれて、グループというものができるようになる。【学校】という狭い社会で生きていく上で、それに属さなければ、周りから変な目で見られてしまう。

 年代が上がるにつれて、私はこの、グループというものに苦しめられることになった。

 小学生の時。いつも一緒に遊ぶ子がいたこともあったし、そうでない時もあったような気がするが、もうあまり覚えていない。

 中学生の時。いつも一緒にいる子たちがいた。何かグループを作るときはほぼ100%その子たちと一緒にいた。お互いにお互い以外の選択肢がない状態だったように思う。

 高校生の時。クラスで行動を共にする子はいた。が、毎年メンバーが変わっていった。その子たちと十分に仲良くなったかと言えば、そうではなかったと思う。いつも絶妙に上辺だけの会話だった気がするし、お互いに奥深くまで触れることを避けていた気がする。
 そんな高校時代の私を一番苦しめた要素は、「中学時代のような関係の友達がいなかった」ことだった。私が、とても仲良くしていると感じていた子はイツメングループの繋がりが強かったし、クラスで行動を共にしていた子は部活のグループの繋がりが強かった。私の周りを見回せば、部活の仲間たちにはそれぞれにグループがあった。仲良くしている子にもグループがあった。その子たちにとって、私はいつも優先順位が下だった。こんな書き方をすると誤解を招くかもしれないが、決してあの子たちに悪気があったわけではなかった。なぜなら、私が一人になっていることに、誰も気づく余地がなかったのだから。誰も、誰も悪くなかった。

 それでも、私が“余り者”だという残酷な事実が在り続けた。

 今でもわからない。グループとは何?なぜみんな変える方向が一緒の人から一緒に帰る人を見つける?私はどうしてこうなった?私はいつになったら、誰かの唯一になれる?

 “余り者”という事実は、高校時代の私を暗い闇の底に突き落とすが、それはまた別の話。

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二話 長野の列車内にて

 列車内には私以外にも、10人か20人くらいの傷痍軍人が乗っているようだった。そこに幼い少年と父親が今日も乗ってきた。少年は綿入れで、父親は国民服姿だった。2人はリュックを背負っていた。そうやって、1週間に1度乗ってくる。
 それから2人は決まって、リュックからいっぱいに詰めた餅を取り出して1つずつ乗客に配っていく。あの親子も生活は楽ではないだろうに、毎週。何だか嬉しそうでもあった。
 前の人から順々に配っていって、私のところにもやってきた。
「どうぞ」
 少年が餅を差し出した。私は相当酷い顔になってしまって、子供からすれば恐ろしいだろうに、彼は物怖じしなかった。
「私は……怖くないか?」
「こわくないよ」
「酷い顔だろう」
「いたそう。でも、お母ちゃんとみっちゃんはもっとかわいそうだったの。こわくないよ」
「そうかい」
「うん。じゃあね」
 屈託のない笑顔を見せて次の列に行こうと身体を向きなおした。そこに私は「少年」と声を掛けた。
「なあに?」
「ええと、その、餅、ありがとう」
「うん」
「これ、売ればいいじゃないか」
「いいの。おとうふとか、おさかなとか売ってるから」
「何で売らないんだ」
「かうのはたいへんってぼく、ちゃんと知ってるからね」
 得意気に言って、もう他の人に配りに行ってしまった。
 買うのは大変。確かにそうだ。でも、それをひとに言って自分のものを分け与えられる者など、今の時代にいくらいようか。彼らも貧しい思いをしてきたろう。今だってきっとそうだ。働けなくなった我々に見返りは望めない。それは明々白々であるというのに。与えないことは悪ではないのに。物乞いに施さなかったところで誰も責めやしない。皆苦しんでいるからだ。なのに、あの親子は何と無垢なのか。
 あの親子の純粋な笑顔を見ると、涙が溢れて仕方がなかった。
         
                              終

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輝ける新しい時代の君へ Ⅳ

 表情筋は殆ど動いていなかったが「オヤ坊や、嬉しそうだね。そんなに俺と会えて嬉しいかな」と、男は喜色満面で隣に座った。
 すると少年は少し俯いて、上目だけで男を見て、
「うん」
と頷いた。男はもっと薄い反応が返ってくると思っていたので、意外な反応に困った様にはにかんで、坊主頭を搔いた。
「あっはは、冗談だったんだが……そんなちゃんと言われると照れるなァ……」
「?なんでだ?」
 追及されると余計困ってしどろもどろになって、手と頭を横に振った。
「えええ、変なところで食いつかないでよ。子供って分からないなァ……。それよりも、俺ね、君の話聞きたいなァ。昨日はおばさんの家で何をしていたんだい?」
 少年は男の様子が滑稽でつい吹き出した。男も苦笑する。
「笑わないでよ」
「えへへ、うん、ごめん。あのね、きのうはたくさん本よんだんだ」
「いいね、俺も読書は大好きだよ。どんな本読んだんだい?」
「あのな、『どくもみの好きなしょちょうさん』っていう絵本を読んだ。おもしろかった」
「オオ、いいもの読むね。俺も宮澤先生の作品は好きだよ。若い頃よく読んだよ」
「みやざわ?」
「うん、宮澤賢治さん。『銀河鉄道の夜』って知ってるかい。アレ作った人。『毒もみの好きな署長さん』作った人も宮澤先生だね」
「へえ。『ぎんがてつどうのよる』おもしろいか?」
「アア、とても。でもね、君にはね、まだ少し難しいと思う。今何歳だい」
「うーん……六さいだ、とおもう」
 曖昧な回答に男は苦笑した。
「確かでないね」
 少年は踏み固められた地面に咲く西洋蒲公英を睨んで黙りこくった。嫌な質問だとか答えたくないとか、重大に考えているとか、そんなことではない。これは少年の癖で、話す事柄をまとめる時に機嫌が悪いような顔になり、固まってしまうのである。
 その所為で誤解されることも多い。好かれない理由の一つでもあった。
 しかし男は優しい目で黙って返答を待った。これが今の少年に必要なことだと分かっていたのかもしれない。或いは大した質問ではなかったためスルーされてもいいと思ったのか。

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一話 浜松の軍需工場にて

「あなた、新人さんですか」
「ええ、芝野といいます」
「あら、ご丁寧にどうも。わたしは田山」
「田山さんですか。ところでここは、前は違う工場じゃありませんでしたか。何だったかしら、ええと」
「ピアノですわよ、ピアノ。昔からわたしここで仕事してましてね……」
「それは素敵ですわね。私もそのうちに来たかったです」
「誰も飛行機造るようになるとは思いませんですよ。あなた、若いわね。ご結婚は」
「してませんの。結婚もしてないで、こんなところに来てしまったんですよ。婚約者がいますが、今は満州に……」
「あら、それはお可哀想に。わたしの夫も満州に。彼は音楽家を……丁度ピアノをやっていたんですけれどね、徴兵されて。あの人、可哀想に、今はピアノ弾いてた腕で鉄砲持っていますのよ、わたしたちはピアノ工場で戦闘機造って、こんな皮肉なことないわ」
「私たちって、本当に日本の平和のために働いているんでしょうか」
「あら、そんなことを言ったのは誰ですの。みんな天皇陛下のために戦っていますのよ。平和のためにできることはね芝野さん。祈ることだけですのよ」


                         終

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理外の理に触れる者:海殺し その⑤

「そうそう、せっかくだからこれも言っておこうか。お前が探すべきは『雪』と『竜巻』だ」
別れる直前、あの女王さまは俺に向けてそう言ってきたんだ。
『竜巻』というのはまだ分かる。砂嵐みたいなやつが発生してるってんなら極めて自然だ。しかし、『雪』ってのはどういうことだ? こんな暑さの中じゃ、降って来る間に溶けて、せいぜいが雨になっちまうだけだろうに。
考えながら歩いていると、不意に鼻先に何かが落ちてきた。指でそれを触ってみると、小さな結晶のようだ。
(……まさか、このクソ暑い砂漠の中で、本当に雪が降るとは……)
一度変化を解き、人間の身体で雪の冷たさを楽しむ。石竜の皮膚で防いでいたとはいえこれまでひたすらに暑いだけだったから助かる。

しばらく身体を冷やして、再び怪獣化する。今度の変化はさっきより獣寄りに、やや小柄な2m半程度の背丈に薄灰色の毛皮と狼のような頭部、体長とほぼ同じ程度に長い尾を具えた、自分の中で『人狼』と呼んでいる姿だ。
その姿で雪の降る中をしばらく歩いていると、すぐに『竜巻』の方も見つかった。空高くまで伸びる、轟音を立てる砂の柱。これは紛うこと無き砂の竜巻だ。
「わん」
不意に足下に犬の鳴き声が聞こえた。そっちを見てみると、なかなかワイルドな雰囲気の大型犬がこっちを見上げていた。
「……いや待て犬は普通あんな露骨に『わん』とは言わねえな? お前異能者だろ」
犬を指差して言ってやる。犬は頷いて応えた。
「あと、おおかみ」
犬もとい狼が普通に話しかけてきた。
「そうかい」
「あれ、どうにかして」
「あの砂嵐をか」
「そう。あの中に砂漠の異能者がいる」
「そうかい。まあこっちも一応頼まれてここまで来てるからな」
「ん。それじゃ」
それだけ言うと、狼はどこかへ走り去ってしまった。

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理外の理に触れる者:海殺し その④

水のコンパスを眼球の無い顔で見ながら、ひたすら砂の上を歩き続ける。あいつが話さなくなったせいで、実に退屈な作業と化している。鬱陶しいだけだと思っていたあいつも、結構大きな働きをしていたわけだ。
「おい怪獣」
不意に声をかけられた。声のした方に目をやるが、砂しか見えない。
「こっちだって」
そっちを見てるんだが。
「…………ああ、そういえばそうか」
目の前の砂の塊が突然崩れ、その下に偉そうに膝を組んで座る少女が現れた。
「やあ、良い天気だな?」
少女が話しかけてきた。とりあえず何も言わず睨み返しておく。
「……何だよぅ、返事くらいしてくれても良いんじゃあないの? 私、女王さまぞ?」
「ハァ?」
「お、喋った。ただの怪獣じゃないみたいだな?」
「誰だお前。女王だァ?」
「うん。異能は『無生物の支配者』、人呼んで“無命女王”。それが私だよ」
「へえ、知らない名前だ」
「怪獣よー……もっと周りの異能者に興味持て? 私、ここら一帯のボスみたいなものぞ?」
「へえ、そいつは知らなかった」
「……まあ良いや。私は用事があって忙しいんだ。その代わりに、ほれ」
周囲の砂が浮き上がり、矢印の形をとる。コンパスが指すのとはちょうど90度ほど進路がズレていやがる。
「この砂漠は、異能者が創り出したものだ」
「ンなこたァ分かってんだ」
「お前、行って止めてこい。日差しと乾燥は身体に悪いからな」
「悪いが、こちらも用事があってな」
「そっかー……」
無命女王とやらがこっちに指を差してくる。直後、手の中の水のコンパスが弾け飛んだ。
「あッ! おま、何しやがった!」
「水源なら連れて来てやる。そいつ置いてさっさと行かんか」
奴が地面を指差すと、砂の地面に小さな穴が開き、結構な勢いで水が噴き出した。地下水だったとしても透明すぎる気がしないでも無いが、まあ異能の影響だろう。
「これでそいつも平気だろう。早く行って来い」

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往年の列車は心の中へ

幼き日の俺を乗せて韓国の大地を走り抜けたセマウル号はあの窓が楕円の客車から最新式の四角窓のITXセマウルになった
日本では俺が乗ることは叶わなかったが、名前が次世代の名前に受け継がれた列車は数多くある
遠い北陸と越後湯沢を結んだ「はくたか」は新幹線に、ブルートレインでお馴染みの「はやぶさ」、「さくら」も新幹線の愛称になった
1番の憧れだった大阪と札幌を結ぶことで有名な
トワイライトエクスプレスはクルージングトレイン
トワイライトエクスプレス瑞風になった
急行銀河もWEST EXPRESS 銀河となった
夢の超特急として知られた0系こだま
300系ひかり、500系のぞみも今はN700系,N700A,N700Sの3つの車両にその名を譲り、今は一線を退いた
それから最近,九州では特急かもめが無くなって新幹線の名前にもなってたな
甲州街道沿いを駆け抜け、後に他の私鉄にも譲られたことでお馴染みの往年の名車両の5000系は新たにデビューした京王ライナー向けの車両の形式番号を新5000系としたこともあったな
思い出の車両や憧れの列車は世代交代が進み、今はもう俺が乗ったことのない列車や乗りたくても料金が高くて乗れない列車ばかりだ
俺の思い出や子供の憧れとして日本全国を突っ走った先輩達のバトンを受け取った後輩列車は走り出す
今では,世間的にはまだまだ若いはずの俺よりも若い車両が増えている。
通勤電車では首都圏のE233系とか、車両の外見とデビュー当日のハプニングから電子レンジという蔑称で呼ばれるようになってしまったE235系もそう
新幹線なら俺のいる東京と想い人のいる街を結び恋愛成就という望みを乗せて走るのぞみ号のN700、はやぶさ1号のE5,H5系、こまちのE6系、北陸・上越新幹線で走る若手エースのE7,W7系もそうだ
往年の気動車、キハ40の後釜と呼ばれたGVE系統も忘れてはいけないな
「負けないでもう少し、最後まで走り抜けて」俺たち鉄道ファンが歌うこのワンフレーズの歌詞に乗せ、都営地下鉄三田線6300形や中央線快速電車の209系はいつ置き換えが終わるか分からない中、今日も走り続ける
俺は鉄道ファンとして、この先輩たち、いやその後輩たちの活躍も胸に刻み、今日も鉄道を乗り回す