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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑧

防御に使っていた右腕が、遂に限界を迎えた。7発目を弾いたのと同時に、爆風が右の手首から先を消し飛ばした。
「あっまずっ」
撃ち落とさなきゃならない弾はまだまだあるってのに……。
もう1度、あいつの方を見る。距離は…………十分かな?
「なら、いっか……」
頭が生体ミサイルに貫かれ、衝撃で弾け飛ぶ。脳を破壊されたことで、一瞬意識が薄れ、反動のままにその場に落下する。
「……ぅー…………」
家の方からガラガラと崩れる音。目を向けると、ビーストがこっちに近付いて来ていた。見てみると前脚だけじゃなく、頭もほとんど再生してきている。あいつの家を随分喰って回復したみたいだ。
目が合った。彼我の距離約3m。3対6つの眼が、私を見下ろしている。
「ぁー……うー……そうだな…………」
生憎とこちらは片方しか眼が残っていないけど、しっかりと睨み返してやる。
「くたばりやがれ、ばーか」
奴が片方の前脚を持ち上げ、私に向けて振り下ろす。全身が潰される直線、私の身体はぐいと引っ張られ、辛うじて抜け出すことができた。
「誰……?」
「俺ぇ」
私を助けてくれたのは、ついさっき逃がしたはずのケーパだった。
「はぇ……え、なんで⁉」
「いやだって、お前死にそうだったし……」
「ドーリィが死ぬわけ無いんだけど⁉ むしろあんたの方が……もう良いや。私のことしっかり摑まえといて」
「え、わ、分かった」
瞬間移動。ビーストの視界から外れない程度に1度距離を取る。ヤツはすぐに私達を見つけて、バタバタとこっちに突進してきた。

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その③

「えっいや別にいらな……いや、まあ、うん……ありがと……」
少女はしばしの逡巡の末にハルパの差し出したパンを受け取り、ちまちまと齧り始めた。
『うわすっごい頑丈な歯ごたえ……そういえば聞いてよハルパちゃん』
不意に少女から発信された念話に、ハルパは顔を彼女の方に向けて反応する。
『うちのマスターがだらしなくってさぁ。今朝だって全然起きなくって、大体あれは昨日マスターが……』
少女の愚痴をニタニタとしながら聞いていると、入り口扉が開いた。そこに立っていたのは少女の“マスター”である20代後半ほどの男性だった。ハルパは立ち上がって彼に接近し、パンの片割れをやや萎縮しているその男性の手に置き、再び折り畳み椅子の上に戻って少女に視線を送った。
『……え、何。嫌だよマスターがいる前で話す内容じゃないじゃんさすがに……』
少女の念話にハルパは首を傾げ、壁掛け時計を注視し始めた。しばらくするうちに、室内にはドーリィやそのマスター、対策課職員などが増えていき、やがて9時の時報が鳴り響いた。
ハルパは椅子から飛び降り、責任者のデスク前までにじり寄った。
「うおっ……ハルパか」
そこに掛けていた痩せ型の中年男性は、普段通りの不気味な笑みを口元に浮かべたハルパにたじろぎながらも、冷静にクリップボードを差し出した。そこに挟まれた資料を1枚ずつ確認し、やがてハルパは1枚を取り出して男性に見せた。
「ああ、そこか。その辺りは人口も多いからな。ビーストの出現事例も多いし、頼むぞ」
ハルパは口角を更に歪に吊り上げ、軽く頷いて窓から外に飛び出した。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑦

まず片足を地面に下ろす。その足を軸に回転し、ビーストの生体ミサイルが完全に貫通するより早く、背後のケーパのことを強く突き飛ばす。直後、身体に突き刺さっていたミサイルたちが一斉に爆発しながら私の全身を貫き破壊する。
「あぐぅ…………っ!」
急所は生きてる。けど、両脚は捥げたし、左腕も使えなくなったし、お腹にも結構な大穴が開いた。大分ピンチかもしれない。時間をかければ治せるけど、ケーパがいるのに時間をかけてる余裕なんて無い。
「っ……けーちゃん!」
「ぐぇっ……けほっ……な、何だよ?」
「ごめん、ちょっと守れそうにない! 逃げて! 私だけなら死なないから!」
「わ、分かった! 悪い、死なないでくれよ!」
「そこは大丈夫……」
近くじゃヤツの破片の回収作業が進んでたはずだから、多分すぐに増援は来るはず。幸運なことに右腕はまだ使えるし、既に回復効果は効き始めている。最低限両脚さえ使えるようになれば問題無い。
ビーストの方を見ると、次の生体ミサイルの発射準備態勢を整えていた。
「……さあ来い」
再びミサイルが発射される。まず瞬間移動し、1発を拳で叩き落とす。再び転移し、別のミサイルを打ち払う。再び繰り返す。再び。1回ごとに手が少しずつ壊れていくけど、問題無い。あいつに、ケーパにさえ当たらなければ、それで良い。

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五行怪異世巡『きさらぎ駅』 その④

乗降口の扉が開き、外には寂れた無人駅のホームが見える。しかし、到着のアナウンスは一向に聞こえてこない。
「……メイさん、これ」
「おかしいよね」
「…………」
「…………」
扉が再び閉まる直前、2人は素早く通り抜け、ホームに降りた。
「〈五行会〉を率いる者として」
「このオカルト、やっつけないわけにはいけないね!」
2人の背後で、電車が走り出す。その気配を感じながら、2人はまず周囲の探索から始めることに決め、揃ってホームの上を歩き回った。
15分近くかけて慎重に探索した結果、古いベンチ、真っ白な時刻表、文字が掠れて読めなくなった駅名表示、空の屑籠以外には何も見つからなかった。
「怪しいものは何にもないね?」
「そうですね……そういえばここ、どこなんでしょう?」
青葉の疑問に、白神はポケットからスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動した。
「……駄目だぁ、電波が来てないみたい」
「そうですか」
「どうする? アオバちゃん。外、出てみよっか?」
「…………いえ、どうでしょう。危険な気もします」
「でも、ここじゃ状況は動かないよ?」
「……ふむ」
青葉は白神の手を引いて、改札口の方に向かった。
「メイさん、何か見えますか?」
「見えない。真っ暗だ」
「照らしてみたら……」
そう言われ、白神はスマートフォンのライトの光をそちらに向けた。しかし、目立ったものは特に見られない。
「…………」
「…………」
「「出るか」」
同時に口にし、2人は無人の改札口を出た。

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Flowering Dolly:アダウチシャッフル その①

ビーストの出現に市民が逃げ惑う中、少女はただ1人、怪物に向けて迷い無く突き進んでいた。
「……チッ、『あれ』じゃないのか。まあ良いや」
少女は肩に担いでいた片手剣を、九頭竜のような外見のビーストに突き付けた。
「どうせビーストには変わりないんだ。人類の敵が。ブチ殺してやる!」
手の中の小さな球体を地面に叩きつける。すると、そこから白煙が広がり、辺りを覆い隠した。その中に紛れて、少女はビーストの背後に回り、斬りつけようとする。その横合いから、ビーストの首の一つが彼女を轢き飛ばした。少女はそれを剣で受け、辛うじて受け身を取る。
「くそっ……重い。流石に全方位警戒してるか……」
肩掛け鞄から手榴弾を取り出し、離れた場所に投擲する。ビーストがそちらに注意を向ける気配を感じながら、それとは反対側に回り込み、再び斬りつける。その攻撃は見事、ビーストの胴体に命中したものの、厚く硬い鱗に阻まれ、有効打とはならなかった。
「クソ、硬った……あっまずっ」
脇腹にビーストの尾が叩きつけられ、弾き飛ばされる。直接的なダメージに加え、建物の壁に全身を強く打ち付け、衝撃で呼吸が止まる。
(っ…………クソッ、身体が動かない…………痛覚が邪魔だな……)
ビーストがにじり寄ってくるのを、流血で潰れかけた目で睨み返しながら、少女は力の入らない腕を地面につき、立ち上がろうと苦心する。
ビーストの首の1つが少女に向けて伸びてきたその時、彼女の背中を何者かが軽く叩いた。ビーストの攻撃が命中する直前、少女の身体は数m離れた地点に瞬間移動していた。
「…………やっ……と、来たか……遅いんだよ……」
「あなたがせっかち過ぎるだけですぅー。まったく、勝手に私の武器持っていったでしょ」
言い返しながら少女を助け起こしたのは、彼女とおおよそ同じ体格の、紅白の防寒着に身を包んだ緑髪のドーリィだった。
「まあ良いや……ビーストだ。私追い求めていたヤツとは違うけど、せっかくだから」
少女の差し出した右手に、ドーリィが左手を叩き合わせる。
「手ぇ貸せ、相棒」
「手といわず、いくらでも。キリちゃん」

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その②

朝7時過ぎ、役場に出勤してきた若い男性職員がふと見上げると、見慣れたドーリィが2階の対ビースト対策課に当たる窓に貼り付いてじっとしているのが目に入った。
「………………おーい」
男性に声を掛けられ、ハルパは首だけを回して顔を見下ろした。男性が役場の鍵を掲げ持っていることに気付き、即座に地面に飛び降りる。衝撃を殺すために大きく身体を曲げた姿勢のまま、男性を黙って見上げると、男性は溜め息を吐いて正面玄関を開錠し、中に入っていった。ハルパもその後に続き、2階の『対ビースト対策課』と書かれた扉の前に座り込み、先刻パン屋の女性にもらった堅パンを眺め始めた。
30分ほどして、ハルパの前に1人の少女が現れた。そちらに片目だけを回して姿を確認すると、少女は肩を跳ねさせて数歩後退し、扉に後頭部を打ち付けた。
「び、びっくりした……ハルパちゃん何してるの?」
ハルパは首を傾げ、手の中のパンを高々と掲げてみせた。
「……え、パン? なんで? 食べないの?」
「…………」
ニタリと笑うハルパに困惑しながらも、少女は短距離転移で扉の内側に入り、内側から鍵を開けた。
「と、取り敢えずハルパちゃんも入ったら?」
ハルパは緩慢な動作で立ち上がり、1歩大股に室内に進み入った。
部屋の隅に立てかけられていた折り畳み椅子を開き、その上に膝を抱えて座るハルパに、少女は恐る恐る声を掛ける。
「ハルパちゃん?」
「……?」
ハルパは牙を剥き出しにした笑顔を少女に向けて首を傾げる。
「いやこわぁ……は、ハルパちゃん、パンが何なのかは知ってるんだよね?」
少女の言葉にハルパは持っていた今まさに眺めていたパンを見つめ直し、こきん、と首を鳴らし、徐にそれを2つに千切って片方を少女に差し出した。

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Flowering Dolly:Bamboo Surprise その③

そのビーストは、崩れかけの尖塔に狙いを定め、更に加速する。素早く駆け上がり、頂上で全周に注意を払う。ソレは眼球を持たない代わりに、皮膚全体が視覚に相当する情報を取り入れている。『皮膚全体』が目であるに等しいその感覚能力と、その情報量に耐え得る処理能力を最大限活用し、僅かな不信の動作も見逃すまいと注意を払う。更に並行して、ソレの脳の一部は敵対存在の分析を続けていた。
少女がこれまで、ソレに攻撃を放ったのは初撃含めて3回。アプローチの総数が32度であるのに対して1割にも満たない、極めて低い頻度である。
それら1つ1つの事例を鮮明に想起しながら、パターンを探す。
出現場所、出現位置、脅かす言い回し、構え。決して多くは無いサンプル数を反芻しながら約1分。不意に、彼の取り込む視覚情報に動きが確認された。
自身の立つ尖塔の下を見ると、件の少女がとぼとぼとした足取りで入り口をくぐるところだった。ビーストの全身に、緊張が走る。右手の拳を強く握り、尾は脱力しながらも鞭のように俊敏にしならせ、攻撃の準備を整える。
視覚を研ぎ澄ませ、引き続き周囲を監視していると、ソレの背後、尖塔の屋根の端に、幼い手の指がかかるのが見えた。
瞬間、刺突とも呼べるほどの速度で尾による『点』の打撃を放ち、手の周囲の建材ごと吹き飛ばす。破片が飛び散り、手は支えを失い落下していく。
その時、そのビーストの視覚能力は、飛ぶ破片の中に不自然な物体を発見した。
『指』。人間の手のそれに近い形状ではあるものの、先程交戦していた少女のものとするにはやや長すぎるそれ。この場に存在するにはやや不自然すぎるそれ。その理由を解き明かそうとするソレの『視界』に、空間の僅かな歪みが映った。その起点は、例の『指』。そしてそこから、桃色のテディベアを抱えた少女が現れた。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑥

ヤツが家の残骸からのっそりと這い出してくる。まずは軽いドロップキックを仕掛けて、一度反発で数m距離を取り、向こうの動きを見る。契約なしの私には大したことはできないから、あまり不用意なことはできないけど……。
ヤツのことを注意して見ていると、さっき生えてきた両腕の表面がうぞうぞと動き、瞼が開くように複数個の穴が開いた。中身は眼球じゃない、むしろ……。
「ッ⁉」
咄嗟に背後、ケーパのいる場所を確認する。今いるのは、私の真後ろ約20m。問題無いはず。首と心臓を腕で庇った直後、その『目』の中身が、ミサイルのように一斉に射出された。
生体ミサイルは滅茶苦茶な弾道で大体こっちに飛んできている。弾速はなかなかのものだけど、直線軌道じゃないから回避する余裕は十分…………
「……なっ……!」
ミサイルのうちいくつかは、私の横や上を通過していった。この先にいるものといえば。
「けーちゃん!」
あいつの目の前に瞬間移動し、身体で受け止めた。
けど、受けてみて分かった。これは駄目だ。
威力が、貫通力が高すぎる。
体内を、まるで何の障害も無いかのように掘り進む感触。それでも着弾の瞬間の衝撃で、体内で破裂する感触。それらが加速した走馬灯の思考にスローモーションのように襲ってくる。
せっかく私が盾になったのに、これじゃまるで無意味じゃないか。それどころか、爆発のせいで受けなかった時以上に守りにくくなってしまっている。
こうなると、多少の無理でもするしか無い。

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その①

ある朝ハルパが目覚めると、屋根の上を寝床にしていた家屋の隣家が燃え崩れていた。熟睡中だったためにそうなった経緯の分からないハルパはそちらへ意識を割くことを止め、一つ欠伸をしてから大きく伸びをして、手の中に1本の黒槍を生成した。“ドーリィ”である彼女の固有武器である。
魔法によって穂先を鉤爪状に変形させ、伸長・変形によって数m下方の地面を掴み、収縮の勢いを利用して地面に下り立つ。武器を一度消し、まだ人通りの無い早朝の通りを何とは無しに歩いていると、1つの建物の扉が開き、ふくよかな中年女性が現れた。
「あらぁ、ハルパちゃん、おはよう」
女性に挨拶され、ハルパは鋭い牙の並ぶ口をニタリと歪め、細い首をかくん、と傾げてみせた。ともすれば不気味とも捉えられるその仕草も、彼女をよく知る町の人間にとっては可愛らしい彼女なりの挨拶である。女性は柔らかく笑い、1度屋内に引き返してからバスケットを1つ提げてハルパの前に戻って来た。
「………………?」
背中を大きく丸めてバスケットに顔を近付け、匂いを嗅ごうと鼻をひくつかせるハルパに、女性はその中身を差し出した。
「ハルパちゃん、お腹空いてない? 朝ご飯はしっかり食べないと力出ないんだから、しっかりお食べ。これはあげるから」
女性が差し出したのは、ドライフルーツの練り込まれたやや堅い出来のパンだった。ハルパは呆然としてそれを受け取り、しばらく様々な角度から眺めてから、女性に深々と頭を下げて彼女と別れた。
そのまま通りを歩き続け、立ち止まったのは、町役場の前だった。時間帯のために施錠された扉を何度か乱暴に叩き、誰も出てこないことに気付いたハルパは、小首を傾げて数秒思案し、壁面の僅かな凹凸を手掛かりに登攀を開始した。

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魔法をあなたに その⑫

倒れて動かない【フォーリーヴス】にフヨフヨと近寄る。
『キシシッ、死んだか? 死んでねェよなァ。テメエがあんな一撃程度で死ぬワケ無ェ』
呼吸しているのは見て取れる。今度は怪物の方に目をやる。
『だからよォ、ホレ、さっさと踏み潰しちまえヨ。こんなヤツでも貴重なパワーソースなンだよ』
怪物が近付いてくる。そして、拳を大きく振り上げ、【フォーリーヴス】の頭目掛けて振り下ろしたところで、その動きが止まった。
『…………ァ? 何だ? 【フォーリーヴス】のバリアじゃねェな』
怪物の全身をチェックすると、ようやく理解できた。ヤツの持ち上げた右腕に、黒くて細い糸みてェな何かが絡みついて、動きを止めている。ドコから伸びてる? 糸を目で追ってみると、ソレは怪物の足下から…………。
『イヤ、違げェ。“影”ダ』
影が糸状に伸びてきているんだ。そして、これほどの強度を持っている。ドコの魔法少女だ?
「君、どこの魔法少女ちゃん? 見たことない顔だけど……」
『誰ダ?』
声のした方を見る。駐車場に等間隔に並ぶエリア表示の標識の上に、黒いワンピース姿の魔法少女が腰掛けている。
「でもまあ、よく私達が来るまで持ち堪えたね。ありがと」
……“達”、ダト?
急に嫌な予感がして、怪物の方を見る。それと同時に、地面から現れた巨大な犬のバケモノが、あの怪物に食いついて障壁に叩きつけた。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑤

投げ出されたビーストは、首をじたばたさせながら口の中のものを飲み込んだ。それに伴うように、前脚部分に対応する焼けた瘡蓋が剥がれ、地面に落ちる。ヤツはそれも喰らい、結果として露わになった傷口から勢いよく1対の腕が生えてきた。
「ん……生えたね、腕」
「ってことは、向こうの攻撃力が復活したわけだな」
「それだけじゃないよ」
あいつを抱えて、真上に跳躍する。同時に、ビーストがすごいスピードで突っ込んできた。ヤツは私達の真下を通過して、けーちゃん……ケーパの家に頭から突き刺さる。
「あ、あの野郎また俺の家を!」
「台所だけじゃなく食卓まで壊す気かぁ!」
「いやそんなミクロな視点でキレられても」
「とりあえず……っと」
着地。ケーパもいるから膝と腰を深く曲げて衝撃はしっかり殺す。
「けーちゃん無事? 身体痛まない?」
「あぁ無事。取り敢えず行ってこい、フィスタ」
「…………」
あいつの脇腹を少し強く小突く。
「痛って」
「そう呼ぶなって言ってんでしょーが」
「いや今言ってる場合じゃ……ごめんって」
「それじゃ、私の勝利を祈って待て」
「おう」
あいつと拳を突き合わせ、化け物に向けて飛ぶように突っ込んだ。

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Flowering Dolly:Bamboo Surprise その②

ビーストは目の前の壁を尾の打撃によって粉砕しながら、直線移動で建造物の反対側まで駆け抜け、勢いのままに壁を破壊して屋外へ飛び出す。そのまま向かいに建つ廃墟の壁に着地し、足に生えた鋭い鉤爪を突き立てながらその屋根まで駆け上がる。
その様子を、ビーストが開けた穴から見届けていた少女は、しばらく顎に手を当てて思案してから、その場を後にした。
それについて知る由もないビーストは、屋根も上を軽々と跳躍移動しながら、より高い場所を目指していた。
走り、そして跳びながら、ビーストは思考していた。
あの少女、外見上はまだ齢十にも届かないであろう小さくか弱い生き物は、物陰から顔を出しては、まるで子供同士が脅かし合うような軽い口調と構えで脅かしてくる。それだけであればビーストであるソレにとっては、何の脅威にもならない。
しかし。
ビーストの失われた左腕の傷が鈍く痛む。
最初に遭遇した時も、あの少女は軽く脅かすように物陰から現れた。ビーストの存在意義は人類とその文明の破壊にある。それ故に、生物学的本能として、ソレは左の拳を振るった。振るおうとした。瞬間、彼女の抱いていた桃色のテディベアが牙を剥き出しにして笑い、操り人形よろしく少女が持ち上げていた片手が巨大化・伸長し、先端に具わった鋭い爪が、ビーストの左腕を引き裂き破壊したのだ。
そして気付いた。彼女の襟元、左の鎖骨の上、衣服の下に隠れて見えにくくなっていた場所に、獣の爪を模したような文様が浮かんでいることに。
少女は“ドーリィ”であった。そのことに気付き、距離を取る。ソレは“ビースト”の中でもひときわ小さく、近接戦闘のみに特化した肉体構造で、『伸びる攻撃』との戦闘には不向きである。そして、少女本人との体格差。自分に対して少女はあまりにも小さく、少女に対して自分はあまりにも大きすぎる。それ故に、ソレの有効射程の『内側』に滑り込まれれば、攻撃は逆に届かない。相手の射程の『更に外』に出ることが、最適解だと判断したのである。

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Flowering Dolly:Bamboo Surprise その①

廃墟群の中を、1つの影が走っていた。
背の丈は大柄な成人男性程度。やや筋肉質な体つきをしたソレは、しかしてたとえ遠目から見ようとも人間では無いと分かるような特長を有していた。
最も明確な特徴は、長く太く平たい、ある種のサンショウウオが具えているような尾である。その他にも、頭部は大型爬虫類のような顎以外のパーツを持たず、皮膚全体は粘液に覆われてぬらぬらと光っている。
付け根から切断された左腕の傷口を水かきのついた右手で押さえながら、尾でバランスを取りつつ器用に全力疾走を続けるその影、“ビースト”は、どす黒い血痕を足跡のように垂らしながら、一心不乱に駆け続けていた。
“逃走”のためではない。生体「兵器」とはいえ、ビーストは1つの生命体である。1つの明確な意志を持って、ソレは駆け続けている。
“追跡”のためではない。ソレはたしかに戦闘の只中にあるが、敵対存在を追っているわけでは無い。敵はソレから逃げているわけでは無く、追っているでも無く、敢えて表現するのであれば、“隠れて”いる。しかし、発見しようという意志も無い。
そのビーストが求めていたのは、“状況の打開”。現在地はソレにとってあまりにも不利で、敵にとってあまりにも有利な環境だった。
がらり、と左前方から瓦礫の崩れるような音が聞こえてくる。反射的に、音から離れるように後方に跳躍し、右腕を戦闘のために構える。その時だった。
「わっ」
近くの物陰から現れた少女が、脅かすように声を上げ飛び出してきた。そちらに尾を叩きつけるが、少女は既に身を伏せ、その場から消えている。
ビーストがよろめくように少女の現れた物陰から離れると、ソレの頭部ほどの高さを通っていた剥き出しの配管にぶら下がった先程の少女が、テディベアを抱えた両手をソレに向けて突き出した。
「ばぁっ」
ビーストは咄嗟に大きく跳躍し、手近な廃墟の2階、その割れた窓から屋内に飛び込んだ。少女は配管からぼとり、と落下し、その後を追って1階から建物に侵入する。

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魔法をあなたに その⑪

『ところで怪物クンよ?』
別に、本当にあのバケモノに呼びかけてるワケじゃあない。タダの独り言だ。
『さっさと叩き潰して他のヤツブッ壊そうと思ってたら、目の前のチビが思ったより粘る。ソンナ状況でテメエならどうする?』
怪物は不意に攻撃の手を止め、【フォーリーヴス】を放置して別のやつらを狙おうと歩き出した。瞬間、【フォーリーヴス】の展開した巨大な障壁が、結界のように怪物とアイツを取り囲みやがった。
『あの馬鹿、怪物を閉じ込めヤガッタ!?』
外側に被害を出さないタメか! 畜生め、コレで完全に一騎打ちになったってワケだ。
『……ッキヒヒ。けどなァ【フォーリーヴス】。コレはテメエにとって圧倒的不利だゼ。テメエの魔法がどンだけ強かろうがなァ、この戦いがテメエの“1発目”だからこそ、断言できる』
そうだ。ヤツには絶対的な弱点が1つだけある。ヤツがマトモに人間社会で生きてきたからこそ、断言できる“弱点”だ。
怪物の叩きつけを躱し、【フォーリーヴス】が大きく跳び上がった。跳躍は怪物の頭ほどの高さにまで届き、そのまま障壁刀を振るう。
『無理ダ』
【フォーリーヴス】。テメエの過去を100パー知ってるワケじゃあねェが、マトモな道徳教育を受けて育ってきているはずだろ。
『そしてェ! テメエがマトモな道徳を持っている以上! デケェ“動物”への攻撃には!』
ヤツの攻撃を、怪物は軽く仰け反って容易に躱した。そりゃそうだ。遅すぎる。
『必ず“躊躇”が入る』
怪物のカウンターの裏拳が見事に直撃し、【フォーリーヴス】は勢い良く地面に叩きつけられた。

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五行怪異世巡『きさらぎ駅』 その③

2人が入った車両には、他に乗客が4、5人ほど座席に座っていた。2人も乗降口の近くの席に座る。
程なくして、青葉がこくり、こくりと舟を漕ぎ始めた。
「……ねぇねぇアオバちゃん」
「…………はぃ?」
小声で問いかけられ、青葉も呟くように反応する。
「ずいぶん眠そうだね?」
「まあ…………はい……」
「夜更かしでもした?」
「昨日は別に……」
(他の日はしてることもあるのかなー)
考えているうちに、青葉は再び寝息を立て始めた。
「あらら、また寝ちゃった。子供は体力が切れるとすぐ寝ちゃうもんなー」
苦笑しながら、白神は青葉をつつき回す遊びを再開した。

「……ーぃ、おーいアオバちゃん」
どれほど経った頃か、白神に揺り起こされ、青葉は目を覚ました。
「ん……もう、着きました?」
「いやー? なんか変な感じ。でも、そろそろ停まりそうだよ?」
白神が指す先、車窓の外を見ると、日が暮れた後なのか既に真っ暗になっていた。
周囲を見回すと、車両内の人数は乗車直後とさほど変わってはおらず、どの乗客も座席に深く座り込んで居眠りをしているようだった。
「もうこんな時間ですか……わぁっ⁉」
まだ眠たげに目をこすっていた青葉が、突然座席から飛び出すように倒れた。
「え、アオバちゃん? そんなに揺れた?」
「いえ、そういうのじゃ……」
青葉が立ち上がろうとしたとき、電車が急ブレーキをかけて止まり、慣性で青葉は再び床上を転がった。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その④

「えっ」
「危なかったぁ……私に感謝してよね」
「それはまあ毎度のことしまくってるけど……いやマジでありがとう」
「どーいたしまして。今日の晩御飯を豪華にすることで手を打とう」
「そのための台所が今削ぎ飛ばされたんだよ」
「そうだった」
取り敢えず抱えていた腕を離し、台所を破壊した憎き敵が何者なのか、それを確認することにする。
台所があったところを確認すると、巨大な『顎』が木材の破片を牙の隙間からはみ出させながら咀嚼していた。
「む……あの口の中に、私のご飯が…………!」
簡易魔法で身体強化を施し、思いっきりビーストの顎を殴りつける。ヤツは大きく仰け反り、家から少し離れてくれた。
「けーちゃん! アイツブッ飛ばそう!」
「いやそれには賛成だけど俺呼ぶか、普通?」
文句を言いながらも、あいつは隣に立ってくれた。2人で破壊された家の穴から外に出る。
ビーストの姿をよく見てみると、なるほど理解ができた。
「こいつ、多分さっきの襲撃の主犯だよ」
「は? 八つ裂きにされたんだろ?」
「まあ話を聞いてくださいよ」
目の前でのたうっているビーストは、頭部の上顎より上、両前脚、下半身全体を切断されて欠損しており、その切断面は焼き固められたように焦げ付いている。
「高熱の刃物で切り刻まれたみたいな見た目じゃない」
「たしかに……そういやさっきのニュースでやってたな。っつーかなんでこんなデケぇ塊が放っておかれてたんだよ」
「担当の子が雑な性格してたんじゃない? しかしあいつ、ダメージの回復のために何でも食べるつもりみたいだね」
「ああ……アリー、大丈夫か? ちゃんと契約してるドーリィが来るまで無理しない方が……」
あいつの言葉に、思わずため息が出る。勿論、籠った感情は呆れ一択。
「私がやる気ない時は無理に叩き起こすくせに、私がやる気出す時は無理するなとか変なこと言うんだから……」
ビーストが首をこちらに向けてきたので、身体強化で殴り飛ばし、距離をさらに広げる。

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五行怪異世巡『きさらぎ駅』 その②

ホームに設置されたベンチに並んで腰かけ、青葉と白神は世間話をしていた。
「……あ、そういえばアオバちゃん」
「何です?」
「今日はあのカタナ持ってないんだね?」
「持ってるわけ無いでしょう……電車に乗るのに」
「それもそっかー」
その時、人身事故によって電車が遅延する旨のアナウンスがホームに流れた。
「む……縁起が悪いですね」
「そうだねぇ……人が死んだり怪我したりするのは嫌だよ。……ん、何?」
青葉からじっと見つめられていることに気付き、白神が尋ねる。
「いえ……メイさん、結構人間に思い入れあるんだなぁ……って」
「そりゃあそうだよー。だってわたし、もう20年も人間として生きてたんだよ? ココロもカラダもすっかり人間さんだよぅ」
一度会話が途切れ、2人は電光掲示板に目をやった。電光掲示板に表示された次の電車の到着時刻の横には、15分の遅延と表示されている。
「まだ来ないねぇ……アオバちゃん?」
返事が無いために青葉を見ると、彼女は白神の腕にもたれかかり俯いた形で動きを止めていた。
「……寝てる? おーい、アオバちゃーん? 体力無いのかな?」
青葉をつついて遊んでいた白神がふと顔を上げると、いつの間にやって来たのか、電車がホームに停まっていた。
「わぁ、15分って意外とはやーい。ほらアオバちゃん、いくよー?」
青葉を揺り起こし、2人が車内に早足で入った直後、ドアが閉まり電車が動き出した。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その③

あいつの家に先に入って食卓について数分、あいつも遅れて帰って来た。
「おかえりぃ」
「ただいまー……っと。ちょっと待っててな。っつーか揚げ物って地味にダルいんだよなぁ油の処理とか……」
台所で調理の準備を進めるあいつをしばらく眺めていたけど、暇になってきたので卓上のラジオの電源を入れることにした。
ちょうどオーケストラの音楽が終盤に入ったところで、それも終わると次の枠のニュース番組が始まった。それくらいのタイミングで、台所のあいつが包丁を操る音が聞こえてきた。
「…………けーちゃぁーん、さっきのビースト騒ぎのニュースやってるー」
「そうか。じゃあ音量上げてくれるか?」
「はいはい。……けど、アンタも物好きだねぇ。どうせ何もできないくせに」
「分かんねーだろ。もしかしたら俺と相性のいいドーリィがいるかもじゃん」
「無い無い」
あいつと笑い合い、ラジオの音量つまみを操作した。テーブルで聞いているには少しうるさいボリュームになったので、立ち上がって料理中のあいつにちょっかいを出しに行くことにした。
ラジオからは、刀身が燃えるナギナタを操るドーリィがビーストを八つ裂きにしてしまい、現在も破片の回収作業が続いているって話をアナウンサーが読み上げていた。
「武器かぁ……憧れちゃうなぁ……」
独り言を口にしつつ、あいつの脇の下から調理の様子を覗き見ると、あいつは付け合わせ用の葉物野菜を切っているところだった。何故か手が止まってるけど。
「どしたのけーちゃん。早く進めなよ」
「そうしたいのは山々なんだけどなー、フィスタがそこにいると危なくて進められないからなー」
あいつの脇腹を軽く小突いてから、台所を離れて窓から何とはなしに外を眺める。
住宅地のど真ん中だから、大した景色も見えないけれど、あの家々の向こう側では、今も倒したビーストの死骸処理が進んでいるんだろうか。
「私もビースト退治やりたーい」
「やりゃ良いだろ。別に最低限戦うくらいはできるんだろ?」
「武器とか派手な魔法つかって豪快に戦いたいのー」
「じゃあさっさとマスター探すんだな」
「ん……」
瞬間移動で台所に移動し、あいつを抱えて再び移動する。直後、台所周囲がまとめて『削り取られた』。

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魔法をあなたに その⑩

何ァーんか、話の流れがおかしくねェか? 今テメエは、人外領域の力と、ヤツの生殺与奪の権利を握っているんだぞ? オイラ手ずから態々用意した『名前』で、魂にも“復讐”を染み込ませて、ソレなのに。
「その後、ちゃんと話し合おう。だから……今は逃げて!」
「!」
イジメッ子が逃げ出しやがった。怪物が追おうとするが、そこに【フォーリーヴス】が立ち塞がりやがる。
『…………オイ。クソガキが…………おかしいだろ』
【フォーリーヴス】に向けて、怪物が前脚を叩きつける。長く太いそれの先端に具わった鋭い爪は、しかして【フォーリーヴス】が魔法によって展開した、エネルギーの障壁に阻まれ受け流された。
『ッ……! な、クソ……クソッ!』
今気付いた。あいつの出した「刀身」。ありゃァ「刃」じゃねェ。形状が違うだけの「障壁」だ。
『あンの女郎……! フッザけるなよ! 俺はテメエに“復讐者”の名を与えたンだぞ! ソレをテメエ、「四つ葉」なんて名前で、本気で自分が“幸運の象徴”にでもなったつもりか⁉ テメエ、名付け親への冒涜だぞ⁉ 侮辱罪ダ! ふざけやがって! 本気で善人のツモリか⁉ 相手はテメエを散々傷つけたゴミクズだ! 怪物被害で簡単に人が死ぬこのご時世で1人や2人死んだところで、誰も何も思わねえ木ッ端だ! 見捨てれば良い! 良いか! テメエ如きが善人ぶって何人救おうが何十人守ろうが! 人間の悪意は変わらず人間を傷つけ! 手の届かないどこかで必ず誰かが死ぬ! 魔法少女なんざ本質的にエゴイストでしかねェんだぞ! それをテメェ……! 心の底から善人でありたがってるってのかよ! フザけるな! オイラの計画が全部パァじゃねーか! 何のためにテメエを魔法少女にしたと思って……!』
オイラが喚いている間も、ヤツは、【フォーリーヴス】は障壁の魔法を駆使して、自分の数倍も目方のある化け物と互角に渡り合っている。あの女郎、マジに初陣かよ?

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その②

「ま、どうせお役所もすぐに適当なドーリィ派遣してくれるでしょ」
「いやABSSって別にそういう所じゃなくねーか?」
「けどドーリィならあそこにもいるじゃん。それで見ないふりはそれこそおかしいでしょ? あんたの理屈なんだけど」
「ぐ……いやまぁ…………」
遠くの方から破壊音が聞こえてくる。ビーストの仕業か、ようやく来たドーリィの仕事か分からないけど、少なくとも私の出る幕は無いってことだ。
「ほらけーちゃんも、只の人間がそんなピリピリしてないで、一緒にお昼寝でもしようよ。今日は気温も風もちょうど良いよ」
「いや別に……もう良いや。行かないならせっかくだから何か1曲やってくれよ」
「お代は?」
「飯作ってやる。良い鶏が手に入ったんだ」
「お、良いねぇ……揚げ物が良いな」
「了解」
交渉成立。ハンモックを吊るしていた木に立てかけておいたクラシックギターを足で引き寄せ、適当に弦の調整をしてから、思いつくままに爪弾く。今日はこんなのしか無いし、ボサノバっぽい雰囲気で雑に流していく。
ちょうど1曲終わったところで、破壊音も収まった。事態は無事に片付いたみたい。
「終わったみたいじゃん。良かった良かった……それじゃ、こっちも終わったから行こ? ご飯ご馳走してもらわなくちゃ」
「分かったよ」
家路につくあいつの後ろをついて行く。ふと、あいつが立ち止まってこっちに振り返った。
「どしたのけーちゃん?」
「いや、言っとかなきゃと思って」
「何を」
「アリー、今日の演奏も最高だった」
「…………知ってる」
あいつを追い越す勢いで足を速め、あいつの家へ向かった。