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霧の魔法譚 #10 3/3

大賢者が杖を振り終える。いつの間にか足元に展開されていた魔法陣は車の床面積を大きくはみ出し、描き出された複雑な幾何学模様は見惚れるほどに美しく複雑に絡まりあい、形づくる光の線は脈動を高鳴らせていた。
「知性化したファントムが軍を成す、それはいままでのどんな大攻勢よりも凄惨な結果をもたらすだろう。ゆえに我々は奴等を排除するために来た。幸い奴等は未だ目覚めていない。まだその期ではないと判断しているのか、それとも起動までに時間がかかるのか……理由は定かではないが、今こそ奴等を叩く絶好の機」
出来上がった魔法陣を一通り眺め一つ頷くと、大賢者は最後に新たな魔法陣を生成し始めた。それは先ほどまで作っていた巨大な魔法陣とは比べ物にならないほど小さいが、装飾は相変わらず息を呑むほどに美しい。
「しかしまずその前に、秘匿された舞台の幕を取り払い、敵を君たちの目に晒すとしよう」
小さな魔法陣は大賢者の手元を離れ、ゆっくりと地面に落ちてゆく。大きな魔法陣には初めから一部小さな真円が空いていたが、小さな魔法陣はそこに吸い込まれるように落ち、やがて最初からそこに存在していたかのようにぴったりと大きな魔法陣の一部に取り込まれた。
かちり、と鍵が解錠される音が静かに響く。

――魔法陣が光を増すのと同時に、変化は劇的だった。

***
お久しぶりです。#10更新です。今回は三つに分かれました。
スタンプ等ありがとうございます。当初の予定からだいぶ延びていますがゆっくりと完成まで向かってますので、もう少しお付き合いをば。

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霧の魔法譚 #10 2/3

「私は今回の大攻勢で、こんな風に君たちに干渉しようなんて思ってなかった。こんな風っていうのは君たちに会うこと然り、一緒にファントムを倒しに行くことなんて論外。それはなぜなら、私が君たちの魔法を操る様を見たいからであって、つまるところ君たちがファントムと戦っているのを外野から観察したかったからだ。だから今回も、ファントムがどれだけ攻めてこようが、魔法使いたちが如何な劣勢に立たされようが、私は無視を決め込むつもりだった。それこそ君たちがいくら殺されようが、ね」
幾何学模様は次々に生成されては圧縮され、他と組み合わさっては複雑な図形を作り上げていく。足元で次々と起こる変化に、しかし大賢者は目もくれない。
「けれど今回の大攻勢で状況は変わってしまった。それは君たちを助けなければいけない理由ができたというより、ファントムどもを倒さなければならない理由ができたと言った方がいい」
「ファントムを倒さなければならない理由?」
「そう。イツキはもちろん知ってると思うけど、大攻勢の時のファントムは知能と呼べるものがない。奴らはプログラマイズされたように動き、移動、目の前に敵がいたら攻撃といった単純な動きしかできない。できなかった。今までは。理由はここにある」
「えっと……つまり敵のすべての個体に知性化の兆しがあると?」
「まあそういうことになるね。もっとも、現時点において向こうで戦っている3万のファントムすべてが知性的な行動を見せたという情報は入ってきてない。知性化しているのは”こっち”のファントムだけだ」
「”こっち”……ってまさか」

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霧の魔法譚 #10 1/3

眼前にはどこまでも続く大空と、見下ろせば悠然と横たわる大海。大賢者がここだと示した場所は、さっきまで走っていた空と何の変化もなく、イツキにしてはどうしてここが目的地となるのか分からないような場所だった。
「何もないじゃないか」
ますます困惑した表情を見せるイツキをしり目に、大賢者は何かを準備し始める。取り出したのは魔法使いの定番アイテム、杖。
「そう、一見何もないように見えるこの場所だが、幕をどかせばその理由が判るはずだ」
「幕?」
大賢者は自信たっぷりに頷く。意味深なその言葉にイツキは訝しく尋ねるも、大賢者からはまるで聞かなかったかのように反応がない。
杖はイツキたちが想像するような松葉杖みたいに大きいものではなく、鉛筆より少し長いくらいの大きさで、木製だと思われる本体以外に装飾はないシンプルなものだ。
大賢者はその小さめの杖を鉛筆持ちにすると、空中に何かを描き出した。惑うことなく滑らかに空中を滑る曲線は、さすが自らを大賢者と名乗るだけあって洗練されており、見えない線が淀むところを知らない。
背筋を伸ばし慣れた手つきで手を動かす大賢者の姿からは、普段の飄々とした空気は抜け、まさしく本物の魔法使いになったかのように見える。
イツキもそのしぐさを見て、大賢者が何をしているのかはすぐに分かった。数多の魔法を大賢者は扱うが、そのうちのいくつかはイツキも見たことがあるからだ。
やがて地面に浮かび上がってきたのは円と幾何学の複合体……魔法陣。
しばらく無言だった大賢者はゆっくりと語りだす。

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霧の魔法譚 #9 2/2

「とはいってもファントム討伐は私とシオンでやるから、イツキは心配しなくてもいい。イツキ……もといイツキの魔法が必要なのは、この車がそのまま足場になるからだ」
「それって大賢者が空中浮遊するのは駄目なのか?」
「いつもならそれで十分なんだけどね。今回に限って言えばそれは無理。っていうのも今回は私もでっかい魔法を使わないといけないの。空中浮遊魔法を常時発動させながらシオンを支えて、それで大規模魔法を発動させるのはいくら私でも無理って話よ」
てっきりシオンだけが魔法を使うのだとばかり思っていたが、違うのか。大賢者も魔法を使わないといけないらしい。
それにしてもあの大賢者が大きな魔法を使わなければいけない事態って、いったい何なのだろう。
「それに帰りのテレポートもしなきゃいけないからね。さすがに短時間で魔法を連続発動させると私の身が持たないわけ。ま、精神力の消耗で貧血みたいになってそのまま海にドボン! ……ってことも十分考えられるので、今回はイツキに頼んだの。ひとまずこれでおーけぃ?」
「大賢者も魔法を使うのか」
「そう。ああでも今回のメインはあくまでシオンで、私はその補佐というか準備用の魔法だけど」
「なるほど……」
大賢者はもう一口紅茶を飲んでからその先を続けた。
「んでこの先に何があるのかなんだけど。……これは実際に見てもらったほうが早いかな~」
「実際にって」
続く限りの大海原を試しに見渡してみるが、ファントムどころか人も鳥も何一ついない。いやいや、まだ目的地に到着していないじゃないか。
勿体ぶってないでさっさと教えろと言おうと口を開きかけようとしたが、それより先に大賢者は虚空を指さして軽く微笑んだ。
「ここだ、ここ。イツキ、シオン、目的地に到着したよ」

***
#9更新です。遅くなりました。

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霧の魔法譚 #9 1/2

突如現れた大賢者とシオンという少女に強制連行、もとい手伝いとして車を走らせてから十数分が経過した。リーダーという役割を担っている者からすればみんなに非常に申し訳ないが、俺がいなくなったところで特に迷惑をかけるようなこともないので問題はない。だからと言って持ち場を離れてもいいというわけではないのだが、あいにく今はこの二人を目的の場所まで送り届けないといけない。
おそらくすでに戦闘が開始されているだろう遥か後方の仲間に頑張れとエールを送りつつ、イツキはまっすぐ前を見据えた。
大賢者の話では目的地はそれほど遠くないとのことなので、おそらくもうそろそろで到着するはずだ。しかし俺はその目的地に行ったとして、何が待ち構えているのかを知らない。いや、正確に言えば、大賢者から「ファントムを倒しに行く」とは告げられているから、きっとファントムがいるのだろう。しかしなぜ俺が連れて行かなければいけないのか、その理由が分からない。大賢者は飛行魔法も転移魔法も使えるはずなのに、その二つではなく俺の魔法を頼らなければならない理由でもあるというのか。
不安になるくらいなら事前にもっと詳細を聞いておけばよかったと思う。同伴しているシオンという名の少女の圧に負けて折れてしまったのは失策中の失策だった。
「なあ大賢者、これからやるのって本当にファントムを倒しに行くだけなのか?」
「ん、どうした急に」
今からでも遅くないだろうと大賢者に尋ねてみる。大賢者は気の抜けた声で応じると、どこからか持ってきたクッキーを一つ齧った。
どうやら後部座席のシオンにも振舞われているらしい。いやいや、そんな呑気で大丈夫なのかよ。
「その、なんで今回俺が手伝いなんかしてんのかなって思って。ファントムを倒しに行く以外に何かあるんじゃないかって」
「……あー、そっか。そういえばイツキにはまだ今回のこと、詳しく伝えてなかったね」
大賢者は齧っていたクッキーを食べ終わり、保温瓶の紅茶を啜ってから話し始めた。

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霧の魔法譚 #8 2/2

納得はしたもののまだ疑問は残る。
「しかしリーダーとしてではなくても、一人の魔法使いとして戦場に立たなくていいんですか? こんなに大規模な戦い、戦場にいくら仲間がいたとて戦力は不足するもの。確かに戦闘向きの魔法ではないとはいえ、裏方としてでもやることはたくさんあったと思いますが……」
「それを引き留めたのが君らだけどな」
茶化すように笑うイツキ。
「でもどちらにしても俺は戦いに参加できなかったよ。実はね、今は何もない空中をまっすぐ走ってるから問題はないんだけど、俺すっげえ運転下手でさ。それこそ味方がいるところで運転したら何人か轢きそうなくらい」
確かに、と大賢者が続ける。
「イツキの運転は危険だ。というかそもそも空飛ぶ車の運転が難しすぎる。空中という摩擦の少ない環境でブレーキやアクセルは地上とはまるで異なり、左右にしか動かない通常のハンドルと同時に、別のハンドルで上下操作も行わないといけない。失敗すれば大きな事故につながりかねない以上練習も十分にできておらず、結果イツキ自身未だマスターできていない。そんな中で細かい立ち回りと高い集中力が要求される戦場に出れば、仲間を傷つけることに繋がりかねない。ま、爆弾を抱えるようなもんだな」
「そういうこと」
大賢者の説明を肯定し、イツキはこればっかりは仕方ないねと笑って見せた。

***
#8更新です。
私事ですがレポート終わったので夏休みをしっかり享受します。わーい。
霧の魔法譚もそろそろ終盤です。たぶん。終わればいいなと思ってます。
読んでくださってる方とスタンプ押してくれる方とレスしてくれる方に感謝しつつ。

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霧の魔法譚 #7

「じゃあイツキ君、パパっとやっちゃって」
「へいへい」
大賢者に促され、イツキは面倒くさそうにポケットからミニカーを取り出す。彼が魔法を発動させると手に持っていたミニカーがみるみるうちに大きくなり、やがて通常の車と同じサイズにまで巨大化した。
「これがイツキさんの魔法……」
「おう、すごいだろ?」
シオンが驚いていると、イツキが後部座席のドアを開けてくれる。中にはしっかりとした座席がしつらえており、先ほどまでミニカーだったとは思えない。
イツキのマジックアイテムは小さなミニカー。プルバック式のこの玩具は魔法を発動すると同時に巨大化し、おまけに内部構造も運転できるように改変されるため乗ることができるようになる。
大賢者は慣れた手つきで助手席へと腰を下ろした。
「イツキも今はこんなんだけど、昔はかわいいとこあったんだよねぇ。空飛ぶ車でドライブしたい! って純粋というかなんというか」
「うるさい。ミニカーを運転したいという小さな子供が持つにしては真っ当な夢だろ。てか我が物顔で乗り込むな大賢者」
「シオンにはドアまで開けてあげてたのに私には雑な扱いすぎない?」
言いあいながらしっかりとシートベルトを締め、イツキもため息を百回くらい吐きたそうな顔をしながら運転席へと乗り込んだ。
さきほどは仲が悪いのだろうかと二人を心配していたシオンだったが、どうやら彼らにとってはこれが通常運転らしいと気づいてからは何も言わなくなった。きっと旧知の仲というか腐れ縁というか、とにかく険悪な関係ではなさそうなのを見て取って安心する。いまでは軽口をたたきあう二人をほほえましく見ていた。
「シオン、シートベルトは締めたか? ……って何笑ってるのさ」
「いえ、すみません。では早速出発しましょうか」

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#7更新です。
スタンプやレスありがとうございます。遅筆な私の励みとなっております……。そろそろ期末レポートも終わりそうなのでこっちの作業に集中できそうです。もうしばしお付き合いをば。

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霧の魔法譚 #6

「……いや、ちょっときついっす」
手伝ってほしいと真剣な面持ちの大賢者に頼まれたイツキは、すがすがしいほど高速で首を横に振った。思わず大賢者が大声で突っ込む。
「なんでだよ! 大賢者がわざわざ頼み込んでんだよ!? ほら君だって私からマジックアイテム貰ったんだからさあ、こういうときはどうすればいいか分かるだろ?」
「『分かるだろ?』じゃねえよ言い方恩着せがましいわ! てか事前にアポも取らずに乗り込んでくるとかお宅のキョーイクどうなってるんですか、キョーイク!」
こうなるともう売り言葉に買い言葉、沈静化に向かいつつあった両者の空気は一瞬にして再加熱し出した。
「仕方ねーだろ緊急性高くてアポ電で確認取ってる暇なんかなかったのこっちは! てかまだ手伝ってほしい内容すら言ってないのになんだその対応! もっと真摯に聞けよ!」
「うっせいきなり転移魔法で場の空気破壊しやがった挙句にふざけた態度ばっか取られてたら聞けるもんも聞けなくなるでしょーが! もうやだ一生手伝ってやらねーからな!」
「ちょっと軽いジョークいくつかぶっこんだだけでしょ!? しかも謝ったし! は? 謝ったんですけど!?」
「謝ったからって何なんだよ! なに、お子様対応でもすればいいの!? ”謝れたねー偉いねー”ってか!? んなもんできるかヴァ―……」

「お二人とも」

過熱しきって頂点を迎える前に呼び止めようとする声。凛として澄んだ声音は、しかし今だけ地獄のそこから這い出でるような緊張感をはらんでいる。
口喧嘩を止めて恐る恐る声の主を見れば、シオンがにっこりと笑んでこちらを見返していた。
「少し頭を冷やされてはいかが?」
顔は可憐に笑っていたが、薄く開いた目だけが笑っていない。
シオンの「さっさとしろ」オーラ全開の冷ややかな視線に二人とも何も言い返すことができず、その後の話の流れで(主にシオンが取り仕切った)結局イツキは大賢者たちを手伝うことになった。

***
お久しぶりです。#6更新です。
ついに大学に一歩も足を踏み入れないまま前期が終わりました。レポートがまだ二つほど終わってませんが締め切りがまだなので大丈夫でしょう←
シオンの圧に負け、イツキは結局お手伝いの話を飲むことに。イツキ君は不憫ですね。かわいそう。

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霧の魔法譚 #5

「申し訳ない! この通り!」

転移魔法のタイミングが完璧すぎたせいでみんなの気合を根こそぎ刈り取った大賢者は、今はもう解散してイツキしか残っていないブリーフィングルームで平謝りしていた。
「大賢者の存在自体が全力で謝罪から誠意というものを奪っていってる気がする」
「ごめんって! いやこの格好については謝るつもりはないけども!」
「はぁ……、もういいっすよ。それよりこんな時に何の用ですか」
大賢者の中身のない謝罪は適当にぶった切っておいて本題に移る。
「なんだか謝罪を適当に受け流されたような気がするが……。まあ確かに時間を無駄にするわけにはいかないからな。それで今回はイツキに素晴らしい提案をしにやってきた」
「なんすか、それ」
「聞いて驚け、“空の旅”のご案内だ」
「……」
「…………」
「話したいことはそれだけですか? それじゃ僕はいろいろ確認することがあるのでこれで」
イツキが話は終わりとばかりに踵を返す。
「いやいやちょっと待ってくれ! 比喩! ジョーク! 空の旅はほら、あの、例え話だから!」
「ッ」
「舌打ちした!?」
「ふざけた言い回しすっからでしょうが!!」
「大賢者様、出立はまだですか?」
イツキが本気でイラつき始めたその時、大賢者の影から進み出てくる者がいた。
雪のような白い髪に藍色の着物。下駄をカランコロンと鳴らして大賢者の横に並び立つ。
「ちょっとふざけすぎたらイツキが怒っちゃって」
「あら大賢者様。人をからかうのもよろしいのですが、そろそろ話をお決めになられて?」
「うーん正論」
ごめんねと女の子に言うと、イツキのほうに向きなおった。

「すまないイツキ、少し手伝ってほしいことがある」

***
数日空きまして投稿です。
最近ばっちり期末に差し掛かってまして更新だいぶ遅いですが、しっかり完結させるのが誠意かなと思うので頑張ります。

イツキ相手にふざけて怒らせてしまった大賢者ですが、気を取り直してお手伝いを頼みます。

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霧の魔法譚 #4 2/2

最後に一拍置き、気合を溜めてから言い放つ。
「お前らの本気、奴らに見せつけてこい! では出陣!!」

イツキの号令は魔法使いたちを十分に奮い立たせられたようで。
「「「おおーー!!」」」
魔法使いたちの気合の咆哮がブリーフィングルームに反響し――。
「ストップストップーー!」
明らかにこの空気にそぐわない間抜けた声がそれらすべてをかき消した。

思わず片手を振り上げたまま固まってしまうイツキと、口が開いたままやはり固まってしまう魔法使いたち。
見ると先ほどまで誰もいなかった場所に人が立っていた。
真っ青なエプロンドレスに緩くウェーブのかかった金髪。異国情緒というよりはファンタジーからそのまま引っ張り出してきたような恰好で、現実との乖離が甚だしいというか、コスプレかなと疑いたくなる。
目立つ風体の闖入者に、せっかく高揚していた場の空気が行き場を失う。
誰とか何故とか何をとか知りたいことが多すぎて、誰も何も言えず。
しかしいち早く落ち着いたイツキが誰、と訊くより先に。

「あれ、作戦会議ってもしかしてもう終わっちゃった?」

その声の主――大賢者はまたしても間抜けた声で、今度は間抜けたことを言った。
沈黙が再びその場に落ちる。

***
間が空きました。更新です。
場面は変わり、海上から進軍してくるファントムを迎え撃たんとする魔法使い陣営の最終ミーティング。リーダーであるイツキがその最後に仲間を鼓舞し、魔法使いたちの士気は上がり……かけましたが、大賢者の出現により台無しに。

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霧の魔法譚 #4 1/2

とある海岸にて、海上に現れたファントムを迎え撃つために多くの魔法使いたちが準備に追われていた。
ファントムの軍はゆっくりと移動しており、もう間もなくこの岸に到着する。迫る開戦を前に、この場の指揮を任された魔法使い――イツキは最後の作戦確認を終えようとしていた。

「――……ファントムどもが岸に到着する前に遠距離攻撃で数を減らす。到着したら盾役と近接攻撃で遅延させ、回復と休憩をローテしながら戦う。広域魔法を持っている者はそれぞれの部隊の指示に従って発動する。この作戦でいいな」

ブリーフィングに集まっているすべての魔法使いを見渡す。ここにいるのは少なくない間魔法使いとして生きてきた者たちだ。
魔法使いにとって少なくない間を生き抜くというのはとても難しい。魔法の使い方を心得る前に、または魔法自体が弱すぎてファントムに殺されてしまうものが多いからだ。それゆえ大人の魔法使いは少なく、事実この場にいるのも大半が高校生以下の者たちだ。
イツキは魔法使いになって11年目。今年で21歳となる彼はこの中では間違いなく年長である。

今まで生きてこられたのは頼れる仲間と魔法があったからだが、だからこそ絶対に仲間を守ってみせる。
「じゃあ最後に。これから迎え撃つのは海の上からやってくる3万のファントムだ。数十年に一度の災害ってやつだ。初めての俺らにとっては未知の体験、怖くない奴なんかいない。……正直俺だって怖い。だがお前の手の中を見てみろ。そこにはお前の使いたかった魔法の力がある。お前の隣を見てみろ。ここまで生き残った頼れる仲間がいる。
大丈夫。自分の魔法と仲間を信じろ!」

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霧の魔法譚 #3

「推計で3万ほど、だそうだ」

魔法使いの中でも情報収集や分析が得意な者たちに調べてもらった結果だ。
通常ファントムが現れる場合は多くても十数体というところ。魔法使いになりたての、与えられた力をまだ十分に使いこなせない子たちには少々きつい数だろうが、少し慣れればどうということはない。さらに魔法使いが持つ潜在能力はその子の身の丈に合わない大きさに成長するものまであり、百や二百を簡単に蹴散らす魔法使いも少なくはない。
しかし、3万という数は。
「普通に考えて災害だよ、魔法使いにとっては」
いわゆる数十年に一度レベルのこの災害は大攻勢と呼ばれている。
大攻勢の時のファントム一体一体はむしろ通常時より弱く、攻撃パターンも少ない。言ってしまえば大量生産された鋳造品であり、戦術的にも御しやすいのが大攻勢の特徴だ。
異常なのはその数のみだが、これが最も厄介な点だ。早死にしてしまう魔法使いたちは常に人口が少なく、戦力を一定に保つことができない。つまり常に少数精鋭で戦わなければならないということであり、魔法使いが保有する精神力というリソースの限界も相まって、魔法使いは莫大な兵力差で攻めてこられるのを宿命的に最も不得意とするのだ。
津波のような物量でもってすべてを押し流すゆえ、災害。
かつて日本を襲った3度の大攻勢の中には、悲惨な結果に終わったものもあった。

シオンは何の反応も示さず、黙ったまま大賢者の話を聞いていた。
水晶に映し出された3万のファントムの大軍を前に、大賢者は語る。
「さて、本題だが。今まさに日本において4回目の大攻勢が仕掛けられようとしている。3万という阿呆みたいな数のファントムが――」
いつの間にもう片方に握られていた水晶、その内側に過去に類を見ないファントムの大軍を映し出して。

「――同時に、過去最大の5回目の大攻勢を伴う形で、だ」


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先週ぶりの投稿です。
シオンのもとを訪れた大賢者は、数十年ぶりに”大攻勢”が迫ってきているということを伝えます。ただでさえ3万という桁違いな数の第4回大攻勢は、しかしまだ序の口にすぎませんでした。大賢者は同時に、さらに多くのファントム軍が存在しているとシオンに伝えるのです。

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霧の魔法譚 #2

「ご無沙汰してるよ、シオン」

濃く立ち込める霧の中、街路灯の橙色の明かりは水に絵の具が溶け込むかのように照らされている。
まっ黒い影が落ちる大賢者の足元にまた一歩近づいて。

「ごきげんよう大賢者様。とても久しく感じるわ」

紫の髪飾りが印象的な着物を着た少女は、いつ以来だったかしらと小首を傾げながらほんのわずかに顔を綻ばせた。

「約百年だ、すまなかったね」
「まあ。どうしてそんなに長い間、会いに来てくれなかったんです?」

少女は大賢者を責めるように唇を尖らせる。

「私は基本的にマジックアイテムを渡すだけで、それ以外は傍観だからさ」
「わたしは会いたかったのですよ?」
「…………」
「それに会いに来るって約束もしました」

今来たからそれはノーカンと言ったら乙女失格なのだろうなと思いつつ、そうだねごめんねと謝った。感情がこもっているかいないか微妙なラインだったが、彼女は赦してくれたようだ。
けらけら、と笑い。

「それで。大賢者様は如何な用事で?」
「久しぶりに君に会いに……と言いたいところだけど、そうじゃなくてね」

大賢者は空中に手を伸ばすと、次の瞬間には水晶の球が収まっていた。
それはなぁにとシオンが尋ねると、大賢者はまあ見ていてくれ給えよと二人の目の前に差し出す。
この水晶は一種の録画再生機器として機能する。
大賢者がパチンと指を鳴らした。

「…………」

映し出されたのはファントムの大群だった。しかし普段見るようなファントムとは何やら違う雰囲気を感じる。
海、それも奇妙に凪いだ水面に影一つ落とすことなく。それはさながら海戦で死んだ兵たちの亡霊のような。
水の上を滑るようにして進むその数、

「推計で3万ほど、だそうだ」

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霧の魔法譚 #1

大賢者がそこに踏み入るのは実におよそ100年ぶりのことであった。
当時辺境だった場所は今は立派な家々が立ち並ぶ住宅街となっていた。土埃の立つ未整備の道は舗装され、空き地ばかりが広がっていた場所にはたくさんの家が建てられている。しかし大賢者にとっては哀愁を誘うものでもなく、淡々と人気のない道を選んで進んでいく。

気が付くと霧の中を進んでいた。
だんだんと煙り始めたのではなく、気が付けば視界が白く染まっていた。まるでそうと気が付かずに神社の鳥居をくぐってしまっていた時のように。或いは迷いの森の深くへと立ち入ってしまっていた時のように。
こんな風に突然現れる霧なんかは、大抵魔法のにおいがするものだ。
そしてその中心にはもちろん、魔法使いが存在するもので。

からり、からり。

聞こえてきた足音に立ち止まる大賢者。下駄の鳴らすその音はだんだんと近づいてきており。
やがて白霧の向こうから、可憐な声を笑わせながら。

「あら、大賢者様。お久しぶり、けらけら」

一人の少女が浮かぶように現れた。


***
先週まで「魔法譚」という素晴らしい企画が開催されており、僕もそこに参加しようと思ったものの、残念な文章力のせいで期間内には完成しないことが発覚。主催者であるテトモンさんに「来週まで待って!」と言ったのが先週の金曜日(つまり締切日)だったと思います。
はい。その「来週」の”最終日”にようやく投稿です。まじでテトモンさん申し訳ございませんでした!
正直言うとまだ完成してません。本作大迷走しており、今の僕には手に負えない大きさになってしまった感を大変感じます。人間が生み出した怪獣に人類滅亡エンドを喰らうみたいな感じです(は?)。
ということで書き込んでいこうと思いますが、如何せんまだ完成してないので来週以降に続きます。学期末というのも重なり途中更新がストップするかもしれませんがご容赦ください。テトモンさんもう少しだけ待って……。いくらでも謝罪しますから……。

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No music No life 一周年記念番外編 天球、彗星は夜を跨いで ②

「なんと今日、流星群が見られるらしくてさ」
気象予報のコーナーで言ってたよと時雨は付け足した。真面目な時雨は毎日ニュースをまめにチェックしている。意外にも世間にさといのが時雨だった。
「流星群! 私まだ流星群どころか流れ星一つ見たことないです」
一回くらい見てみたいなーと美月が目を輝かせる。
「僕は流れ星くらいは見たことあるけど、流星群はないなぁ」
「私は一回だけ見たことありますよ」
「そのときはどうだった? やっぱり綺麗だったの?」
玲も星を眺めることがあるのかと思いつつ、結月が質問する。
「小さいころに見たんであんまり覚えてないんですけど、正直なところあんまりすごいとは感じませんでした。ぶっちゃけただの流れ星でしたよ。ぽつりぽつりってかんじで、子供心にはやっぱりもっと一斉に星が降ってるところを見たかったんでしょうね」
「……そんなもんなんですか?」
ぽろりと零れるような声で結月が呟いた。シャッター連続開口写真のような壮大なやつを期待していたのだろう。
「まあ、そんなものらしいよ。”流星群”とはいってもたくさん降るって意味じゃないんだって。一時間に二、三個程度の流星群なんてざらみたい」
「二、三個!? 夢がないですね……」
今スマホでささっと調べたらしい時雨の言葉は美月の流星群のイメージを破壊して余りあるらしかった。
パンッという乾いた音が三人の注目を集める。結月が手を打ち鳴らしたのだ。
「まあでも美月は流れ星見たことないんでしょ? ……そうだな、新月で空は快晴とあることだし、今夜は天体観測といこう」
悪だくみをするときの顔とはまたちょっと違う気もするが、おおよそ小学生たちが浮かべているそれと大差ないよな、という感想を抱いたのは時雨だ。好奇心が止まらないといったような無邪気な笑顔である。もちろんそのことは口には出さず、代わりに肯定の意を示す。この話題を出した時点で結月がこの提案をしてくれることを期待していないわけではなかった。
「……それって警察に補導されたりしないかな」
「我々の身分を忘れたのかね」
美月の心配は結月の次の言葉で粉々に吹き飛んだ。

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No music No life 一周年記念番外編 天球、彗星は夜を跨いで

「ふぅー、終わった終わった!」
「お疲れ様です」
「うん、お疲れ~」
「お疲れさまでした」
人通りがそれなりに多い駅前の大通り。陽も落ちかけ、街の構造物のいたる所から影が急速に伸びる時間帯。街一帯から夕方が去っていくなか、四人の中学生がお互いを労っていた。
警察に属する対AI特攻隊。その隊員の結月、時雨、美月、玲は今しがた任務を終えたところである。
AI洗脳者がショッピングモールで暴れまわっていると連絡を受け出動したのが午後四時あたり。あばれながら逃走する対象に手を焼きながらもなんとか仕留めることができたのがついさっき。ほどなくして警察がやってきて現場を引き渡してこの任務は完了となり、いまは帰路へとついているところだ。
今回の任務は比較的厄介であり大分時間がかかってしまった。腹をすかせた四人は途中で肉まんを買い食いなどしつつ、他愛もない話に花を咲かせていた。
「……そういえば皆、今日の夜は何があるか分かる?」
時雨が思い出したようにその話を振ってきたのはそんな流れの中でだった。
「今日の夜?」
「なんかあったっけ」
玲と結月がそろって首を傾げる。
「なんと今日、流星群が見られるらしくてさ」