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LOST MEMORIES CⅩⅡ

英人は頷いた。
「ついこの前。人間界に来る前、だが。
だから、イニシエーションなんておかしいんだ。」
「あら、英人くんまだいたの?心配なのはわかるけど、休ませてあげなさい。」
戻ってきてしまった先生。
瑛瑠は驚きすぎて言葉がでない。
英人はすみませんと応え、今度こそ出ようとする。
はっと思う。随身具無しにワーウルフの魔力を浴びてしまうことになるのではないか。それでは、危ない。
ここには無関係の先生がいるため、変な言葉やものの名前は出せない。ということで、名詞の名前は伏せて英人に伝える。
「英人さん!私に貸していただけるのはありがたいですが、あなたが持っていた方がいいと思います!だって――」
「僕は大丈夫。」
何を根拠に大丈夫なんて言っているのだろうか。
「お大事に。」
その言葉と指輪を残して保健室を出ていってしまった。
「英人くん、あなたにゾッコンねえ……若いって羨ましいわ。」
黙って眺めていた先生は、書類を整理しながらそんなことを言った。
さらに取り違えた瑛瑠が、
「自己犠牲に同情してくれたのかもしれません。」
なんて返すものだから、これは前途多難だわとため息をつかれる。
指示されたベッドに入り、先ほどの会話を思い出す。
すでに成人を迎えた英人が、イニシエーションと称されてここへ送り込まれた。もはや通過儀礼でないのは一目瞭然。ついこの前成人を迎えたということは、瑛瑠と年は変わらないだろう。なぜおかしいと知りつつ英人は来たのだろうか。
やはり、今日話したかったと悔しい気持ちでいっぱいになる。瑛瑠の力を認めてくれたから、声をかけてくれただろうに。
お礼を伝えるのを忘れたな,そんなことを思いながら、ふっと目を瞑り、眠りに落ちる。
そして瑛瑠は、夢を見た。

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LOST MEMORIES CⅩ

望の言葉を思い出す。望から距離を置くために放った解釈違いの言葉を。
「いや、あの、ひとりがいいってそういうことではなくて!」
慌てて弁解する瑛瑠に、微かに笑う。英人が笑った顔は初めて見た。
「そうじゃない。自己犠牲を躊躇わないコケットだったってこと。」
思わず英人の顔を見つめてしまう。
「……馬鹿にしてます?はたまた貶していますか?」
それにはなんとも答えず、英人から礼を言われる。
「さっきはありがとう。かばってくれようとしていただろ、目をつけられないように。」
「かばったことがバレるほど恥ずかしいことはないですね。」
「結果的に嫉妬心を逆撫でただけだけど。」
「……うるさいです。」
ふて腐れたような瑛瑠の声にくすりと笑みをこぼす。
「それだけ言い返せる元気があるなら大丈夫だ。ほら、保健室。」
入ると、微かな薬品のにおいが漂っている。
英人が状況の説明をし、瑛瑠は言われたように熱を測る。
一回お休みしましょうかとベッドへ促され、英人とはここで解散となるも、養護教諭の先生が何やら必要なものがあったらしく保健室を出る。それと一緒に出ていこうとした英人は、思い出したように振り返り、まだ椅子に座っている瑛瑠の元へ。瑛瑠は不思議そうな顔をする。
「手、出して。」
両手を出すも、英人がとったのは左手。さらに、その薬指へ、自身が付けていたリングネックレスの指輪の部分を外してつける。
「僕の大切なものだから、なくしたら許さない。」

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LOST MEMORIES ⅨⅩⅥ

正直、何を基準しているのかわからないが、ここで下手に出てはいけないだろう。そして、彼に仮面の笑顔は通じない。だからこそ、にっこり微笑んでみる。この精一杯の嫌味が伝わるだろうか。ここまでの思考およそコンマ5秒。
「あなたと同じか、それ以上です。」
一瞬の驚きを見せたが、ふっと嘲笑った。
「やっぱり賢いのか。ただ現時点では、君の体調不良の原因に気付いている僕の方が上手。」
体調不良の原因。わざわざ口に出すほどでもない疲れやストレスといったことではないと英人は言いたいのだろうか。
「霧さん。」
「英人でいい。」
「……英人さん、あなたはどこまで掴んでいるのですか。」
何でもないといったように言う。
「まだ1週間だし、特には。」
優秀者の余裕、だろうか。先の自分の言動を省みて恥ずかしく思う。
「祝。」
「瑛瑠でいいです。」
せめて、対等に立ちたいと思った。
既視感ある状況に、横を歩いていた英人が少し顔をこちらへ向けた。
「……瑛瑠、まだ君は1番気付くべきことに気付いていない。」
前のような嫌味の色は抜けていた。
違うな,そう小さく呟いたのを瑛瑠の耳はキャッチした。
教室の扉の前で立ち止まり、瑛瑠を向いた。
「気付こうとしていない。君のその頭があって、なぜ気付けない?」
英人は視線と語意を強くして言う。
「君が欲しがっているものは目の前にある。
最優先事項を見謝るな。」

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LOST MEMORIES ⅦⅩⅣ

いきなりの呼び掛けに、それはもう心臓が止まってしまうかのごとく驚いた瑛瑠。
「は、長谷川さん……」
止まりかけた心臓は、慌てたようにすごい勢いで動き出す。
瑛瑠は思わずしゃがみこんだ。
「びっくりしたー……急に後ろから声かけないでください。」
恨みがましく見上げる。昨日チャールズに止められたうわめづかだということには気付かない。
望は一瞬固まり、困ったように微笑んで、ごめんねと手を差し出す。瑛瑠は、ありがとうございますと、手をとった。
「どうしたんですか?」
瑛瑠が聞くと、望は少し肩を竦める。
「先生に頼まれちゃって。瑛瑠さんは?」
学級委員長の仕事だろうか。
「ちょっと調べものを。」
あながち間違いではない。
「終わった?」
何も調べてはいないが、なんだかよくなってしまった。私、どこまで考えていたっけ。
「はい、もう大丈夫です。」
望は重ねて聞いてくる。
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろう?」
断る理由はない。頷くと、後ろに華が舞う勢いで笑顔になる。
「教室から物とってくるから待ってて!」
「ちょっと、長谷川さん!」
瑛瑠の呼び掛けには振り返らずに行ってしまった。先生からの頼まれ事はいいのだろうか。

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シュー、ゴトン ゴトン ゴトン
あなたは帰り道、満員電車に揺られている。窓を見ているが、どうがんばっても見えるのは夜景ではなく黒く映るくたびれた車内である。つり革を掴む右手、腕時計は午後11時52分をさす。
次があなたの降りる駅。あなたの最寄り駅は降りる人が少ないため、あなたはいつも降ります、降りますと人波を掻きわけなければならない。それが嫌で、せっかく家に着くというのに、駅が近づくと憂鬱さが増してしまう。
いよいよ駅名がアナウンスされたそのとき、ふと隣の若者と夜景越しに目があう。その顔が少し笑ったような気がした、と、そのとたん。
トタン トタン、シュー 電車の止まる音。
彼は降ります、降りますと出口に向かっていく。自然と後をついていく形になるのだが、気がつくとあなたの右手は彼の左手とつながれている。
シュー、ゴトン トン トン トン
電車は若者とあなたを置いて走っていく。
お礼を言おうとしたあなたに、若者はあなたが初めて歯が抜けたころのあだ名で呼びかける。
そして、お誕生日おめでとう、とにこり。にこりとした頬がカマボコ板のようだと思ったとき、あなたは幼いころ一緒に暮らしていたカンガルーのことを思い出す。書き置きを残して一人旅にでたあのときのカンガルー。久しぶりの再会に涙をながすあなたに、彼はポケットからちょうどいいプレゼントを渡す。
あなたは贈り物を抱きながら、ポケットの中で誕生日を迎える。

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LOST MEMORIES ⅥⅩⅨ

「今日は委員決めがあるね。何かやりたいのはある?」
「実は私、よくわからなくて……」
チャールズに説明を仰いだとき、メイドのやるようなことですよと言われた。そのときはそうかと納得してしまったが、雑すぎる説明だと今更ながら気づく。
「長谷川さんはやりたい役職とかあるんですか?」
望は少し照れるように言う。
「実は、学級委員長がやりたいんだ。」
名前からして、クラスのリーダーなのだろうと思う。メイドはそんなことしない。チャールズはそういうとこあてにできないと、瑛瑠は改めて自分に言い聞かせた。
「立派なお仕事ですね、応援します。」

始まった一時間目は自己紹介から。ヴァンパイアの彼の名を、やっと知ることができた。霧 英人(きり えいと)というのだそう。その名を数回反芻する。
二時限目は委員決め。とりあえず委員長 副委員長を立候補で,と鏑木先生。
その2つの役職は、瑛瑠が思っていたよりもずっとはやく決まった。それぞれひとりずつ立候補したからだ。
朝の会話通り、委員長は望になった。副委員長は、ショートカットの女の子だ。名前は伊藤 歌名(いとう かな)。自己紹介の様子を思い出すと、元気で愛想のいい印象だった。笑顔が愛らしい。
ふたりに仕切られて、委員会 係は少しずつ穴を埋めていった。