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LOST MEMORIES ⅦⅩⅣ

いきなりの呼び掛けに、それはもう心臓が止まってしまうかのごとく驚いた瑛瑠。
「は、長谷川さん……」
止まりかけた心臓は、慌てたようにすごい勢いで動き出す。
瑛瑠は思わずしゃがみこんだ。
「びっくりしたー……急に後ろから声かけないでください。」
恨みがましく見上げる。昨日チャールズに止められたうわめづかだということには気付かない。
望は一瞬固まり、困ったように微笑んで、ごめんねと手を差し出す。瑛瑠は、ありがとうございますと、手をとった。
「どうしたんですか?」
瑛瑠が聞くと、望は少し肩を竦める。
「先生に頼まれちゃって。瑛瑠さんは?」
学級委員長の仕事だろうか。
「ちょっと調べものを。」
あながち間違いではない。
「終わった?」
何も調べてはいないが、なんだかよくなってしまった。私、どこまで考えていたっけ。
「はい、もう大丈夫です。」
望は重ねて聞いてくる。
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろう?」
断る理由はない。頷くと、後ろに華が舞う勢いで笑顔になる。
「教室から物とってくるから待ってて!」
「ちょっと、長谷川さん!」
瑛瑠の呼び掛けには振り返らずに行ってしまった。先生からの頼まれ事はいいのだろうか。

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シュー、ゴトン ゴトン ゴトン
あなたは帰り道、満員電車に揺られている。窓を見ているが、どうがんばっても見えるのは夜景ではなく黒く映るくたびれた車内である。つり革を掴む右手、腕時計は午後11時52分をさす。
次があなたの降りる駅。あなたの最寄り駅は降りる人が少ないため、あなたはいつも降ります、降りますと人波を掻きわけなければならない。それが嫌で、せっかく家に着くというのに、駅が近づくと憂鬱さが増してしまう。
いよいよ駅名がアナウンスされたそのとき、ふと隣の若者と夜景越しに目があう。その顔が少し笑ったような気がした、と、そのとたん。
トタン トタン、シュー 電車の止まる音。
彼は降ります、降りますと出口に向かっていく。自然と後をついていく形になるのだが、気がつくとあなたの右手は彼の左手とつながれている。
シュー、ゴトン トン トン トン
電車は若者とあなたを置いて走っていく。
お礼を言おうとしたあなたに、若者はあなたが初めて歯が抜けたころのあだ名で呼びかける。
そして、お誕生日おめでとう、とにこり。にこりとした頬がカマボコ板のようだと思ったとき、あなたは幼いころ一緒に暮らしていたカンガルーのことを思い出す。書き置きを残して一人旅にでたあのときのカンガルー。久しぶりの再会に涙をながすあなたに、彼はポケットからちょうどいいプレゼントを渡す。
あなたは贈り物を抱きながら、ポケットの中で誕生日を迎える。

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LOST MEMORIES ⅥⅩⅨ

「今日は委員決めがあるね。何かやりたいのはある?」
「実は私、よくわからなくて……」
チャールズに説明を仰いだとき、メイドのやるようなことですよと言われた。そのときはそうかと納得してしまったが、雑すぎる説明だと今更ながら気づく。
「長谷川さんはやりたい役職とかあるんですか?」
望は少し照れるように言う。
「実は、学級委員長がやりたいんだ。」
名前からして、クラスのリーダーなのだろうと思う。メイドはそんなことしない。チャールズはそういうとこあてにできないと、瑛瑠は改めて自分に言い聞かせた。
「立派なお仕事ですね、応援します。」

始まった一時間目は自己紹介から。ヴァンパイアの彼の名を、やっと知ることができた。霧 英人(きり えいと)というのだそう。その名を数回反芻する。
二時限目は委員決め。とりあえず委員長 副委員長を立候補で,と鏑木先生。
その2つの役職は、瑛瑠が思っていたよりもずっとはやく決まった。それぞれひとりずつ立候補したからだ。
朝の会話通り、委員長は望になった。副委員長は、ショートカットの女の子だ。名前は伊藤 歌名(いとう かな)。自己紹介の様子を思い出すと、元気で愛想のいい印象だった。笑顔が愛らしい。
ふたりに仕切られて、委員会 係は少しずつ穴を埋めていった。

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LOST MEMORIES ⅤⅩⅤ

瑛瑠はどうしたらいいのかわからなかった。
撫でられた頭に少し触れる。先のチャールズの表情が頭から離れない。
傷つけたのはどの言葉だろう。皮肉めいて放った言葉ばかりで、思い当たる節しかない。しかし、なぜ傷ついたのかに思い当たる節は全くない。
ひとり気まずくなり、切り出す。
「私、部屋に戻るね。」
できるだけ、明るい声を出すように努めたが、それができていたかはわからない。
「はい。お疲れ様でした。」
チャールズは至って普通だった。
部屋に戻るなりベッドに倒れこむ。しばらくはぼーっとしていた。
さっきのは何だったんだろう。
ちらつくサミットの存在と、自分の人間界送り。付き人には、一連のことが知らされているようであった。
任せると言われた視察。そもそもなぜ自分なのだろう。パプリエールは、王の一人娘である。唯一の継承者。もし何かあっては大問題である。
今までの護衛ありきの生活にうんざりもしていたが、こう急に自由になってしまうと、追放されたような寂しさや悲しさがある。たとえ、イニシエーションだとしても。
だからこそ、共有者をはやく見つけたかったのも事実で。チャールズはまだ考えなくていいと言ってはいたが、心の安定に、瑛瑠が欲しているのである。ただ、並外れたアンテナがないぶん、それが難しいだろうことも予想できているのだが。
唯一の心の拠り所であるチャールズとも、今は居にくい。あれでは、どこに地雷があるかわからない。
「やだ……」
思わず出たそれは、静かに部屋に吸い込まれた。

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