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鬼ノ業~序章(弐拾陸)

薊はおじさんを下ろし、声をかける。決して揺らすような真似はしない。
「おじ様!おじ様!おじ様ってば‼」
朔は疑問しか出てこない。
何故おじさんを刺し、その後に尚放火したのか。
何故おじさんに狙われたのか。
一体何処の誰が?どんな理由で?
そもそも人ひとり通らない此の場所に、どうやって来たのだろうか。
おじさんが少しだけ反応する。
「おじ様‼」
「あざ、み…さく、も……。」
「おじ様!誰にやられたの!?ねえ!答えて!!」
おじさんは微笑む。
「お前、達が…無、事で…いて、くれて、よかった…。」
薊は首を振る。
「違うっ…!私が聞きたいのは、そう言うことじゃない!
誰にやられたの、おじ様!?」
おじさんは、こんな時まで笑った。
「そん、な、に…狂気に、駆ら、れるな…。
美、人が…もった、いないぞ…。」
薊の眼の色がだんだん濃くなっている気がするのは、気がするだけなのだろうか。
「…人間なの…?」
呟くように聞く。
「人間なのね…?
__やっぱり人間。…許せない。」
おじさんは哀しそうにする。
「誰も…そうは言ってない…。」
「じゃあ誰なの!?」
冷静さに欠いている。
朔はある事実を悟った。それは、おじさん本人が一番よく分かることなのだろうが__。
「薊、最期くらい笑ってくれよ。」

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鬼ノ業~序章(弐拾参)

その日の夜、朔は何となく目が覚めた。勿論、横では大きないびきをかいておじさんが眠っている。そしてもう一方横。
「__薊!?」
綺麗にたたまれた布団。
朔は落ち着かずに、そのまま外へ出る。行くあてなど何処にもないが、兎に角走った。すると、大きな一つの岩の上に薊が座っていた。
たちまち安堵する朔。何故こんなにも気を張っていたのかが不思議なくらいに。
「薊…?」
呼び掛けると、振り向いた。あでやかに微笑う。
「気付かなかった。…ついてきたの、兄様?悪趣味ね。」
ついていくも何も、出たことにすら気がつかなかったのに。
「どうしてこんな所に?」
「此方へおいでよ、兄様。」
とりあえず、朔は薊の横に座った。
今日は満月だ。
「二人でこうして話すなんて、何年ぶりだっけ?」
「うん、おじさんに手かかって、こんな時間無かったね。」
顔を見合わせて笑う。とても仲のいい兄妹だ。
しかし朔は、中々切り出せない。あの日の薊の台詞について。まだ、人間を消したいと望んでいるのだろうか。そして、薊に真実を告げるべきか。母が犯人で間違いなかったと。…それを知った薊はどうなる?正気でいられるだろうか。
薊の、月を見る横顔は、何より綺麗だった。
「薊、帰ろう。」
結局朔は、何も言わなかった。いや、言えなかった。その横顔に、帰ろうと、そう言うことしか出来なかった。