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雪山[3]

 「実はね、あなたのような人を、何人も見てきたの。この山の吹雪は、並大抵のものとは違う。心に直接恐怖を植え付けるの。」
 やはり彼女は寂しそうに喋る。
 「大丈夫。明日には吹雪もやむわ。そしてあなたも、行くべきところに行くの。」
 そこで彼女は一息おいて、言った。
 「そしてまた、私は独り」
 彼女は今にも泣き出しそうだった。アーゼンは、なんと声をかけたら良いかわからなかった。
 「そんなことないよ、きっと僕はまたここを通るから」
 「ダメなの!」
 ビクッ、とアーゼンは肩を震わせた。
 「もうあなたはここに戻ってこられない。そういう呪いなの。ここに来た人はみんなそう言ったわ。戻ってくるって。でも来なかった。この呪いを乗り越えてくれる人はいなかったの。そしてきっとあなたも同じ。」
 彼女は堪えきれずに泣き出した。
 「それでも優しくせずにはいられないの。私は永遠にここで独り。だから、あなたのような人は私の唯一の生きる理由なの」
 そう言うと、彼女は向こうを向いてしまった。吹雪の唸りが、ただ小屋の中に響いていた。

 夜が明けると、吹雪はすっかりやんでいた。ガバリ、とアーゼンが起き上がると、そこにはもうあの女性はいなかった。そして彼女の名前を聞かなかったことを、彼は酷く後悔した。
 彼の足はもうすっかりよくなっていた。身支度を整えて小屋を出る、前に、振り替えって小屋を見渡した。窓のそばに置かれた花瓶にバラが一輪だけ差してあった。

[了]

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雪山[2]

 どこにそんな食べ物があったのか、調理器具があったのか。出されたスープとパンを見て、彼は思った。野菜や腸詰めの入ったスープも、少し固いが塩気のあるパンも凄く美味しかった。空腹だったと言うこともあったが、それを満たして余りある満足感を得た。食べ終わった頃には、さっき抱いた疑問も忘れてしまった。そして彼は、別の疑問を抱いていた。
 「君は、ここに一人でいるのかい」
 「ええ、まあ」
 「いつから?」
 「さあ、いつからだったかしら。覚えてないよ」
 「どうしてこんな場所に」
 暫く彼女は黙っていた。そして、
 「あまり女性を詮索するものではないのよ」
 そう言って、静かに食器を片付けた。その目が、何故か寂しそうだったことに、彼は気付いていた。

 その夜。二人は火鉢に火を熾して談笑した。彼の村のこと、彼女の暮らしのこと、いろんな話をした。それでも、その所々で彼女の目が寂しげに光るのを、彼は気にかけていた。
 「そう言えば、あの花は何だったんだい?」
 「...花?」
 「そう、君が帰ってきたときに抱えていたじゃないか」
 「ああ...。なんでもないのよ。気にしないで」
 彼女はまた目を伏せた。訊ねない方が良いのだろうか。そう思っていると、彼女が静かに切り出した。
 「...あれはね、」
 そのとき、窓がガタガタガタガタ!!!と鳴り出した。吹雪だ。アーゼンは窓の外を見つめる。窓の外は酷い様子だった。風が唸る。雪が殴り付ける。暗闇も合わさって恐ろしいほどだった。
 と、ふいに彼は顔を挟まれて、彼女の方を向かされた。と同時に、彼女は心底驚いたような顔をした。
 「あなた、真っ青じゃないの!待ってて、今布団敷くから」
 「僕は平気だよ」
 「何言ってんの、そんな顔して!ほら、窓から離れて!」
 知らぬ間に、アーゼンは吹雪を酷く怖れるようになってしまっていた。気付けば彼の体は寒くもないのにガタガタと震えていた。意思とは反して震え続ける腕を見つめながら、彼は呆然としていた。
 あれよあれよという間に、アーゼンは布団に放り込まれた。そしてその横に、彼女が座り込む。

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雪山[1]

 雪は懇々と降り駸々と積もる。窓の外に広がる純白の世界には、ただおそらく兎であろう足跡があるのみであった。俗世の詩では、大抵雪は美しいものとして描かれるが、アーゼンはそうとは思えなかった。風景から色を奪い、モノクロでしかなくなる冬が、さらに白紙に戻されていくように、アーゼンは窓の外を眺めていた。
 この山で遭難して、はや三日である。家族の反対をふりきって、飢饉に苦しむ皆の為にソルコムに買い出しに行こうとこの山を越えようとした。しかし案の定、そこに吹雪が来た。立つのもやっとな風の中、偶然見つけたこの山小屋で一晩だけ過ごすだけの気でいた。
 「痛ッ.........」
 しかしそうはいかなかった。彼の右足は、深刻な凍傷になってしまっていたのだ。既に穏やかな外を見ながら、この足で山を越えきることに、彼は恐怖から挑めずにいた。
 扉が開く音がした。はっ、とアーゼンは窓の外からドアの方へ視線を向ける。二重扉になっている手前のドアの向こうで、雪を払い落とすような音が聞こえる。誰か来た。アーゼンは警戒体制をとる。右足をかばいつつも、彼は扉の向こうに意識を集中した。そして、ゆっくり手前の扉が開いた。そこに立っていた人を見て、彼はしばし唖然とした。
 いたのは、一人の女性だった。黒く長い髪に、真っ黒な瞳。それとは対照的な、真っ白な肌。淡い黄緑色のワンピースには、腕一杯に色とりどりの花が抱えられていた。...花?
 「え、ちょっと、あんた誰?」
 彼女は目を大きく見開いたかと思うと、それを細めて訝しげにこちらを見た。
 「あっ、悪い、ここは君の小屋だったのか」
 「誰の小屋だろうと、人ん家に勝手に入っちゃ......」
 そこで彼女は彼の足に気づいたようだった。アーゼンは何故か恥ずかしく感じたが、その凍傷を隠そうとはしなかった。彼女は小さくため息をついて言った。
 「...こないだの吹雪ね。てことは暫く何も食べてないでしょ」
 「...まあ、二三日ね」
 「だと思った。なんか作ったげるよ。待ってて」
 思いの外彼女は厚意的なようだった。無理に見栄を張ることもないか、と彼はその厚意に甘えることにした。

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今を生きる辛いひとに幸を(下)

私の前に、やたらと元気な妖精さんが現れた。どこかあどけなくて、笑顔の似合う、私とは正反対の妖精さん。
私には友だちがいない。上司も同僚も嫌い。家族ともしばらく会ってない。毎日嫌い。嫌い嫌い嫌い。でも、そんな自分が一番嫌い。
何が元気よ,はじめはそう思った。元気とかバカみたい。誰も認めてくれない。楽しくない。ただ、妖精さんは、私の想いをすべて受け止めてくれた。
それから私はたまに笑うようになった。正反対の私たちだけど、ひとつだけ、好きな食べ物が一緒だった。それが、プリン。一緒にプリンを食べているときが、一番笑ったかもしれない。

外に出るようになった。
上司から褒められるようになった。
同僚と趣味が同じだった。
家族はあったかかった。
妖精さんに元気をもらった。


カーテンを開けたある朝、いつも元気な妖精さんが泣きそうになってた。一瞬ためらって、もう会えない,そう言われた。
私は君を元気にするために来たの。もう君は、ひとりでも自分を奮い立たせることができる。そう言って、微笑んだ。
訳がわからなかった。違う、まだ私はあなたがいないと生きていけない。
すると妖精さんは悪戯っぽく笑った。
私は、君がこれまでに捨ててきた元気なの。私は君、君は私。君にはちゃんと元気がある。一度は捨てた元気を、私を、もう一度拾ってくれて、本当にありがとう。
――姿が見えなくなった。

元気になったはずなのに涙は止まらなかった。けれど、私は仕事へ行く準備を始めた。
テーブルにメモと一緒にプリンが置いてあったから。

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面白くもなんともないので読まないことを推奨します。

タイトルにも表記したように、面白くもなんともないです。ロスメモ関連でもありませんし、文学的に“魅せたい”作品でもありません。ただの散文の上、長文になりますので、純粋に読まないことを推奨します。戻るなら今です。

結局、他人は他人なんだなと強く思ったことについて思うまま描きたかっただけなのです。中途半端に仲良くなんてならずに、他人のままでいた方が心地よい距離を保っていられたのではないかと私は思うのです。
特に何があったわけでもないので心配は一切無用なのですが、人と関わるなかで不快に思ったときほど、いけないとは思うものの、私の絶対的な友人と無意識的に比較しているのでしょう。
正直、これ以上の人を見つけようとは思わないし、これ以上の関係性を他の人と築けるとも思っていません。いかんせん、親友と呼ぶにはドライすぎて、他人と変わらないくらいにはお互いに干渉しない少々特殊な間柄ですので、そもそも理解してもらえるかわからない状態を丁寧に他人に説明してやる気もありません。
それでも、人並みに関係性は広げているので、他の人と理解し合うことができそうだと思う場面にも多々遭遇するのです。しかし、決定的に合わない部分を見つけてしまう。もちろん、そんなことで関係を切ろうなどという人でなしでもございませんので相変わらず仲良くしますけども、やはり他人は他人なのだと思わずにいられなかったのです。
何が言いたいかって、他人に私を理解して私の存在を好いてくれなんて求めても意味がないのだけれど、誰かひとりでも「貴女だけいればいい」と言ってくれる人がいて、それが自分も絶対的な存在として認めている人であるならば、それに勝る幸せはないのかなと。
私は人と距離をとることに恐怖はないし、大概のことには折り合いをつけて受け入れることも苦ではありません。それは、私は私として認められ、確固たる存在であると思っているからなんでしょうね。
独り言に最後までお付き合いいただきありがとうございました。最後まで読むだなんて、貴方は相当な物好きかしらね。笑

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告別の詩

今日もまた下らない太陽が上り
真っ青な空は吐きそうな程です
全身の気怠さは昨日の後悔達で
いつまでも僕の踝を掴むのです
こんな何でもない冬の朝だから
縮こまった体を少しだけ震わし
また今日も行くべき場所へ行く
目的などとうの昔に忘れました
こんな僕をこんな所に繋ぐのは
死ぬことさえ面倒に思う怠惰と
この世への未練かのような顔で
僕の心に居座り続ける恐怖です
自分の為に生きられるほどには
僕は強くなんてなれなかったし
誰かの為に生きられるほどには
僕は優しくなんてなれなかった
僕に死ねるだけの勇気があれば
僕はもっと幸せだったでしょう
努力することを覚えられたなら
僕はもっと幸せだったでしょう
それでもその何方でもない僕が
幸せだなと思う瞬間があるから
この世界はやっぱり意地悪です
僕の襟を掴んで離さないのです
貴方はこれをただの詩だと思い
また溜め息をつくのでしょうか
何れにせよ僕の中の浅ましさが
やっぱり僕は嫌いでなりません
誰に伝える気も無いかのような
こんな長ったらしい詞たちさえ
貴方は何故か拾ってくれるから
やっぱりこの世界は意地悪です
そんな詞ももうすぐ終わります
ですが最後に一つだけとすれば
僕は貴方のように生きたかった
それしか言うことは無いのです

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ショートポエム選手権授賞式~講評~

総応募数51。喜:6,怒:3,哀:26,楽:7,全:4,?:5
想定を遥かに越える詩の数々。皆さん本当にありがとうございました。それではこの選手権について話していきたいと思います。
僕がテーマを決めて募集をかけるときは、決まって「裏テーマ」というものを設定させていただいているのですが、今回の「裏テーマ」は、「日常」でした。喜怒哀楽という感情の基本単位、そこから日々の思い、気づき、情動を描いて欲しかった、という思いがありました。喜怒哀楽という感情は、もっと身近なものだと。この掲示板にいると、どこか崇高なもののようにさえ覚えてしまうものの、根本的な部分に気づいて欲しかったのです。どうだったでしょうか。
さて、選考の話です。今回特別審査員をお願いしたお二人は、僕が「おお...」とよく思わせるポエムをかかれる方々でした。このお二人なら、きっと良い詩を見つけ出してくれる。そう思いました。そのせいで僕の選考の際、お二人の作品を選ばないので必死でした(笑)改めてお二方、ありがとうございました。
今回の作品群。冒頭に書いた通り、圧倒的に「哀」が多かったですね。やはり哀歌というのは描きやすいのでしょうか。かくいう私も「哀」で描いた一人なのですが(笑)
長くなるとあれなので、短くまとめさせていただきました。

さあ、「第一回」と銘打ったからには第二回をやらねばなりませんね!審査員がしたい!こんなテーマでやりたい!そもそも主催を代われ!という方、是非お声かけください。

それではまた。
memento moriでした。

1

ショートポエム選手権授賞式~ちょっぴり成長したピーターパン~ 1

RN:ちょっぴり成長したピーターパンさんからは、全体の講評もいただきました。

>>>喜怒哀楽というテーマってすごく広いんだなと改めて思いました。人の感情やその境目自体曖昧で人それぞれなので、タグ通りに捉えられないのも、タグをつけた本人も喜怒哀楽のどれに当てはまっているのかわからない(クエスチョンマークがついていたり、ね)のも、もっともなことだと思いました。

『ピーターパンのお気に入り賞』
「喜・怒・哀・楽」シャア専用ボール
>>>名前こんなんだけれど、私の中の最優秀賞です。 そもそも今回、ショートポエム選手権のタグのついた詩にはレスをしなかったんですけど、唯一この詩だけにレスしたんです。してしまったというか。 選んだ理由として、まずはRNを見なくても誰の詩だかわかったということ。シェアさんだけの世界観がよく表れた詩だと思いました(本人は遊びとかちょっとふざけたとかおっしゃっていましたが笑)。たて読みや平仮名と漢字の使い分けのアクセントも効いていて、これぞシェアさんって感じでした。次に、私が思わず笑ってしまったということ。すごすぎて。笑 たぶん、分析していくと上記のような理由が挙げられるんでしょうけれど、読んですぐにすごいって思わせられたのは、やっぱりすごい詩だったからで。いわゆる、感性に語りかけるタイプの詩だったんでしょうねぇ……。 何回でも読みたいと思う、幅の広がりが最高の詩です。私のなかでは断トツでした。さすがとしか言えません。

(コメントがすごい量なので一度分けます(小声))

8

ピアノ泥棒 (リクエスト)

僕は、昔泥棒だったんだ。
あはは 、本気にしないで。
お酒の席では、話半分はご愛嬌って言うじゃないか。
僕の昔話、聞いておくれよ。

ある雨の日曜日。僕は中野にいたんだ。
雨宿りのフリして品定めをやってたんだ。泥棒だからね。
ぶらぶら二丁目を歩いてたらさ、あのおっきな楽器店あるじゃん?あそこができる時だったんだよ。
でかいトラックが止まって何か搬入してたんだ。
これでも泥棒をする前は、ピアノ弾きだったからね。
本当だよ?よくライブだってやったもんさ。
それでピンと来たんだ。
スタンウェイのヴィンテージ 。ピアノ弾きなら誰もが憧れる名品。
正直目がくらんだよ。あいつだったら、僕は誰よりも上手く弾ける自信があったからね。
あのピアノ盗んで弾きたかったよ、僕の自慢のクラシックバラード。
あれを聞かせたら、出ていったあの娘も戻ってきてくれるかなーなんて考えちゃったり。

でも、あんな大物は無理だった。なら、弾くだけでもよかった。いや、眺めるだけでも。
そうと決まれば早速忍び込んだよ。深夜の3時頃だった。
ピアノを前にして、じっとしてられなかった。おもむろに弾いたさ、午前3時のニ長調。
ピアノを聴いてどうせ野垂れ死ぬだけの人生さ。生きるために盗んで、盗むために生きてきた。拍手ひとつも貰えないステージでね。

ーーと、ここまで言ってきたけど全部嘘だよ?‪
そんな顔しないで。こんな馬鹿な話があるわけないじゃん?
今から僕の出番だ。こう見えてピアノは得意だからね。
聴いてよ。あの日と同じクラシックバラード。
馬鹿な男のメロディーでもまたにはさ。
ピアノを聴いてどうせ野垂れ死ぬだけのくそったれの人生ならさ、ステージの上で拍手喝采ってゆーのもそんなに悪いもんじゃないよな。


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memento moriさん リクエストありがとうございました!
初めてやったんですけど、いかがでしたかね?
他の3名様!もう少しお待ちください!なかなか出来なくて……泣
不定期でこうゆう企画やりますので、書き込んだ際には、リクエストお待ちしております!!
これから増えていく作品には全て、「サキホ 短編集」 ってタグつけます!よろしくですっ!

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嘘吐きの館

今晩は。こんな辺鄙な所によくいらっしゃいましたね。道中大変だったでしょう。ああ、申し遅れました。私、この館で使用人をしております、サムワンと申します。
さて、この館に来たからには、あなたにもゲームに参加してもらわなくてはいけませんね。あ、逃げようなんて思わない方が宜しいかと。ほら、既に扉は閉まっておりますゆえ。そんなに乱暴に叩いても開きませんよ。
では、ゲームの内容を説明いたします。
このゲームは、嘘吐きが誰かを当てる、という簡単なものです。これから5人の使用人を呼んできます。それぞれが話す内容をヒントに、嘘吐きを当ててください。本当に簡単でしょう?
それでは皆さん、お願いします。
A「よお、お前さん。よく来たな。ゆっくりしていけよ」
B「私達は、この館の使用人の中でも、特に偉い5人なんです」
C「えーっと、俺何て言うんだったっけ?」
D「全く君は馬鹿だな。さて、これからヒントを出すから、僕らの偉さの順番を当ててもらうぜ」
E「まあ、大事なのは誰が嘘吐きかだから、順番は間違えたって構わないよ」
え、誰が嘘吐きかは間違えてはいけないのか、ですって?ええ、そうなんですよ。これを間違えますと、我らの主の力により、簡潔に申しますと、死にます。ああ、だから逃げようとしたって無駄だと言ったでしょう?窓だって割れませんよ。
あ、因みに私達も人間ではないので。ああもう、だから逃げないでくださいってば。分かってて来たんじゃないんですか?
A「ちょっと?」
おっと失礼。どうぞ続けてください。
A「では私から。見ての通り私は年も食っていて経験も豊富なものだから、2番目以上には入っているよ」
B「私は女性だからか、3位以上にはいませんの。本当、男尊女卑って嫌な思想よね」
C「俺、実はこう見えてこの中じゃ3位の実力なんだぜ」
D「僕は4位」
E「お前ら本当のことしか言っていないじゃないか。あ、僕は2位以上にいるよ。」
A「あれ、そういやそうだな」
B「あれま本当」
C「ははは、まさかそんなわけ…」
D「何故黙っ…」
E「だから言ったろ?」
………えー、皆さん、ありがとうございました。さて、誰が嘘吐きか、分かりましたか?分かったらレスに書き込んでください。ああ、いえ、こっちの話です。間違えたら、分かりますね?

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放課後の第二面談室[3]

一瞬だけ、男と目があった気がしました。私はその鋭い眼光に睨まれ、射竦められてしまいました。しかし、彼は私など気にも留めていなかったのでしょう、私にくるりと背を向け、次の駅で開く側の扉をじぃっと見つめていました。そうです。お察しの通り、その次の駅が、私の乗換駅だったんです。
人の多い駅でしたから、彼がその駅で降りることに何も不可解なことなど無かったのですが、ああ、この人も次で降りるのか、なんかやだな、等と考えておりました。
そうこうしているうちに、電車は駅のホームへと滑り込みました。ホームにはたくさんの人が並んでたっていました。車内で座席に座っていた人たちも、十数人が立ち上がりました。そのときは何も思わなかったのですが、思い返せばあのとき、男はしきりに肩からさげた鞄の中身を漁っていました。それが本当に私の想像していた通りだったとは、思いたくありません。
電車が些か荒っぽく止まり、ドアが開くや否や、その男は隙間をこじ開けるようにして外へ飛び出しました。それに続いて、他の乗客たちも降車し始めました。するとそのとき、駆け出したその男が、ピタリ、と足を止めました。そしてキョロキョロと辺りを見回すと、並んでいる列などお構いなしに、またドアの方へ、人を掻き分けて戻ってきたのです。なんだ、降りる駅を間違えたのか、そう思いました。車内でも彼はそわそわしっぱなしだったので、焦るあまりに間違えてしまったのだと、そう考えたのです。
その男は私の横をすり抜けようとしました。彼とすれ違い様に、私は彼と肩がぶつかりました。そのとき、私の脚に、男の鞄が当たりました。
「痛っ」
それは衝撃の痛みなどではなく、確かに刃物で切られたような痛みでした。痛んだところを撫でると、微かに血がついていました。慌てて私は振り返りました。すると、バチリと男と目があったので、私は驚きました。男は、何故かニヤリと笑うと(それはそれは不器用な笑みでした)、また向き直って電車に乗りました。そのとき、男の鞄の底の辺りに、キラリと光る金属のようなものが見えたのは、気のせいではなかったと思います。
その後男がどうなったのか、私は知りません。

学校につくと、私は保健室に行って傷の手当てをしてもらいました。それで遅れたんです。なんですか、先生。そんな真っ青な顔をして。

【終わり】

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放課後の第二面談室[2]

なんでしたっけ。そう、その男の話です。その不思議な男は、電車の三両目の(私はいつも三両目に乗るのです)一番端の座席に座って、膝を揺らしておりました。よく見ると、その男の耳辺りの場所から(長く振り乱した髪で隠れていましたから)イヤホンのコードらしきものが下りているのを見ました。おそらく本当に音楽にノッていただけだったのでしょう。それから歯をガチガチと言わせながら、多分歌詞らしきものをパクパクと歌うように口を動かしました。その隣に座っていた人は、耐えかねたように席を立ち、男子高校生らしき人がその席にまた座りました。
私はケータイをいじり始めました。だって気になって仕方がないですもの。自分が穴になって、街中の物を吸い込むゲームをしていました。これがなかなか面白くって。ああ、すいません。話を戻します。
そうやってゲームをしていると、不意にその男が立ち上がりました。思っていたよりも身長が高くて、彼の周囲の人も同じように感じたのでしょう、皆がほんの少し後退りました。いくつかの駅を過ぎているうちに、車内の人数はいくらか少なくなっていました。その人々の間を、その男はうろうろと歩き回り始めました。得もしれぬ光景でした。幾度か男が肩にさげた鞄が周りの人に当たり、「痛っ...」という声が聞こえてきました。そしてしばらく後、男が足を止めました。
私の目の前で。