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Flowering Dolly:Bamboo Surprise その⑨

長身のドーリィの空間歪曲を攻略する手段は無いため、ビーストは彼女から逃げるように方向転換しようとして、立ち止まった。
何故、彼女が現れたのか。先ほどまで目の前にいたはず、というのは考慮に入らない。ドーリィには短距離転移能力があるためだ。彼女からソレが逃げることは、彼女自身がよく知っているはずなのだから、とどめを刺すためというわけでは無いだろう。むしろ、逃げさせて望みの場所に追い込むためか。となれば、逃走はむしろ愚策。
そこまで思考を進めたところで、1つの可能性が浮上した。
彼女が現れた理由が、『誘導』だった場合、彼女が『長身のドーリィ』自身である必要は無い。ソレに逃走の判断を下させるためには、『外見』だけあれば良いのだから。
つまり、あの『長身のドーリィ』は、『少女のドーリィ』またはそのマスター、あるいはまだ見ぬ長身のドーリィのマスターである可能性もあるのだ。仮にそうだった場合、彼女に攻撃すれば、ダメージを与えられる。
加速した思考が一瞬の葛藤の末に選んだ答えは、『攻撃』だった。その正体が少女のドーリィだった場合に備え、ジグザグとした軌道で接近して照準が定まらないようにし、少女の肉体構造を想起して、首の高さを狙い蹴りを放つ。
「……うん、正しい」
少女の声。長身のドーリィの幻影が掻き消え、少女の姿が現れる。ビーストの蹴りは、その首の高さを正確に捉えていた。
「んべっ」
少女が気の抜けた声を漏らしながら舌を出した。その口内に、人の指の欠片が覗く。
それが『長身のドーリィ』のものであるとビーストが気付くのとほぼ同時に、そこを起点に空間の歪曲が発生した。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑬

片手杖“フィスタロッサム”を指揮棒よろしく掲げ、勢い良く振り下ろす。
空気の通り抜けた管楽器の音ではなく、強いエフェクトのかかったエレキギターのような音色が先端から飛び出てきた。
「ヒュウッ、その……何、楽器か? どういう造りなんだ? イカす音出すじゃん」
「でしょー」
いつの間にか隣にやって来ていた、私の最高の観客兼相棒兼マスター様にウインクで返す。
「それじゃあ最初のコード、お聞きください!」
もう一度振り上げ、迫りくるヤツをビシっと指す。
「〈D21g〉」
音楽の開始と同時に、周囲の地面や住居、そしてあのビーストも、まるで粘土細工のようにぐにゃりと捻じ曲がり伸び上がった。
当然、私達の足下の地面もぐにゃっと変形して大穴になってしまったので、さっきまでとは逆に私がケーパを抱えて安全に着地する。
「な、何だこれ」
「ふふふ、けーちゃんめっちゃ面食らってる。魔法は初めて?」
「そりゃまあ、お前これまで契約してなかったわけだからな」
「けーちゃんには感謝してるよ……ん」
ぐにゃぐにゃのバキバキになった身体で、ビーストが突っ込んできた。けど、まだ続いているサイバーパンク・ミュージックを受けて、ヤツは再び捻じ曲がり倒れる。
「この音は、届く限りあらゆる物質の魂に触れ、歪め捻じ曲げる。お前じゃ私には勝てないよ」
「え待って。なんで俺は無事なんだ?」
「ん? だってけーちゃん、私の音楽好きでしょ?」
「そりゃまあ」
「私の音楽にノれるなら、それはただ魂を高揚させるだけだからね」
「な、なるほど……?」

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その⑦

「……マスター」
「ん? どうしたハルパ」
「ちょっと、移動するね」
「ああ、うん」
ハルパは男を担いだまま短距離転移でビーストの背中の上に腰を下ろした姿勢で移動した。唯一無傷だった竜頭が2人の方を向いて牙を剥くが、ハルパは片足で鼻面を押さえる。
「このまま死ぬまで待ってよ」
「ああうん……せっかくだから下ろしてほしいな」
「ん」
男はハルパの隣に腰を下ろし、転落防止にハルパを抱き寄せた。
「ちょっと掴まらせてね……っと」
「んー……」
男を押しのけるようにハルパが頭を押し付ける。
「待って押さないで」
「にゃーお」
「『にゃーお』じゃなく……」
2人が背中で騒いでいるにも拘らず、ビーストが動く気配はない。竜頭を除くすべての部位が、隙間ない〈ガエ=ブルガ〉の侵食を受けて完全に固定されていたためである。
「……そろそろ…………かなぁ……」
ふと、ハルパが呟いた。
「ん、そうかい」
ハルパが男を抱え、瞬間移動でビーストから離れた直後、その全身から黒い棘が突き出し、唯一無事だった竜頭ごと肉体をズタズタに引き裂き殺した。
「かった」
「よくやった」
ハルパから解放された男は、彼女とハイタッチを交わした。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑫

私と彼の右手の甲が一瞬光り、太陽に似た放射状のとげとげした紋様が焼き付いた。
「契約完了っと」
「これで、あいつ倒せるんだよな?」
「もっちろん」
ビーストが私たちに追いつき、前足を叩きつける。その直前、彼を瞬間移動で逃がし、私の方は再生した右手で受け止める。
「っひひ。何これすごい、手応えが全然違う。身体強化も、肉体の治癒も、契約が無かった頃とは比べ物にならないレベルじゃん」
私のボロボロの身体は、ケーパとの契約を済ませた瞬間、ほぼ完全な状態にまで急速に回復していた。おまけに、これだけの威力を受け止めたにもかかわらず、骨や筋繊維の1本すら、軋みもしない。
「そいやっ」
軽く押し返し、ついでにヤツを蹴り飛ばす。
「それじゃ、本気出させてもらいますか! ……そうだ、けーちゃん?」
大丈夫とは思うけど、念のため。
「ん? 何だよアリー」
「んー……フィスタでも良いよ。けーちゃん限定で許可したげる。マスター様だしね」
「ああ、で何だよ」
「あぁそうそう。1個だけお願いがあるの。私の音楽、変わらず愛していてね?」
「言うまでも無え」
こういうところは即答してくれるところ、私は好きだよ相棒。
「……というわけでっ!」
右手の中に、私だけの『武器』を生成する。長さ60㎝程度の片手杖。軽く振るうとひゅうっ、と空気の通る音がする。中が空洞になってるんだ。全体は白く、Y字の二股に分かれた先端はグラデーションで緑色に変わっていっている。良いデザインだ。
「 “Allium Fistulosum”! ただ今よりお前をぶっ殺しまぁーっす!」

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Flowering Dolly:Bamboo Surprise その⑧

少女への攻撃は頭部に命中し、そしてそのまま『すり抜けた』。
その感覚を、ソレは知っている。たった1度経験した、長身のドーリィの『肉体を門とした空間歪曲』の魔法。何故この少女がその魔法を使えるのか。少なくとも長身のドーリィがあれだけ自慢げに話していたということは、誰しもが易々と使えるような代物では無いということ。
思考で脳が圧迫されたその刹那、壁の穴の脇、陰になった場所から、長身のドーリィの武器であるはずの短槍が突き出された。一瞬の出遅れのために回避行動を取れず、槍の穂先はビーストの脇腹に突き刺さる。
「成功。私の魔法でヒロさんに私の見た目を貼り付けて囮にした」
槍を持っていた少女のドーリィが、呟くように口にした。その言葉を聞き、そのビーストは思考を加速させる。
今の言葉からして、少女のドーリィの魔法はおそらく『外見を変える幻影』。それに加えて、長身のドーリィの空間歪曲による転移術。長身のドーリィの左腕は、細分化されて転移のために随所に仕込まれているだろう。それによって、ドーリィと違って超自然的現象を起こせないマスターにも、限定的な転移術が使えるようになっている。敵は長身のドーリィの転移術を利用し、数的有利を更に多角化させ、自分を追い込んでいる。敵の頭数は、少女のドーリィ・それと同じ外見――あるいは幻影によって姿を変えたマスター・長身のドーリィの最低3名。長身のドーリィも固有武器を扱っていることから、マスターが存在することは確実。未だに1名以上の戦力を隠している可能性すらある。
とすれば、敵の数を減らすことは至急の課題。長身のドーリィを倒す手段が自身に存在しない以上、殺すべきは少女のドーリィだ。
飛び退くようにして突き刺さった槍から脱出し、屋外へと逃走する。
その時、通りの奥から長身のドーリィが駆けてきているのが視界に入った。

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Flowering Dolly:Bamboo Surprise その⑦

ビーストはできるだけ大きな通りを選んで駆け、やがて荒廃した広場に辿り着いた。
そして周囲に気を払う。探すのは、少女の“ドーリィ”だけではなく、長身の“ドーリィ”の肉体の破片。物陰に僅かな骨片や肉片の1つも転がっていないか。『不意打ち』の条件がこの場には無いか。全身の神経を張り詰め、情報を取り入れ続ける。
その時、右後方から物音が聞こえた。何かの動く気配に、攻撃は堪えて物音を立てた存在の正体を確認する。瓦礫の陰に隠れて全体像は見えないが、少女のドーリィの頭を飾っていたリボンと同じものがはみ出ている。
この時点で、ビーストの思考において、対象の正体は2択にまで絞られる。『少女のドーリィ』または『少女のドーリィと同じ外見の少女』。『長身のドーリィ』と異なり、完全回避の手段がない彼女らであれば、ソレにも勝機がある。
そう判断し、ビーストはそちらに向けて跳躍した。空中で回転し、ソレの背丈より長い尾を真上から叩きつける。手応えは無い。“ドーリィ”には短距離を瞬間移動する力があるため、長身のドーリィの魔法が無くとも警戒は怠れない。
「……おーい」
背後から、少女のドーリィの声がする。そちらに注意を向けると、廃墟の窓から彼女が顔を出していた。存在を主張するように手の中のピンク色のテディベアを高々と掲げて振っている。
その様子を確認した瞬間、そのビーストは確信を持って少女に突進した。
少女の主なダメージソースである、テディベアの爪や牙による攻撃は、照準を定めるために手元に抱えた上で微調整を行う必要がある。それにも拘わらず、頭上に持ち上げているということは、翻弄のためのブラフということ。つまり、彼女はドーリィではなく、ただの人間でしか無い“マスター”である。
マスターを失えば、ドーリィの戦闘能力は著しく低下する。その程度のことは、ソレの脳にも標準的知識として備わっている。そして、ただの人間には、ソレが出力する最高速度に対応できる感覚能力は無い。
その自信と共に、ソレは廃墟の壁を蹴り破り、勢いのままに飛び蹴りを少女に命中させた。

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その⑥

ハルパ達を追跡しようとしたビーストが、勢い良くその場に倒れ込む。
「よし、着実に『根』が伸びてる」
「うぃ」
ビーストが数秒の苦心の末に右前脚を持ち上げると、その足裏から黒色の枝分かれした長い棘が突き出している。
「……ある伝説に登場する英雄の扱ったとされる、『必殺』と謳われた槍の名だ」
ハルパに担がれたまま、男は誰にともなく呟く。
「その由来は何てことはない。貫いた瞬間、穂先は無数に枝分かれした棘に変形し、敵を体内から破壊する。どんな生き物も、内臓は柔らかいからねぇ」
「はぇー…………」
「あれ、ハルパ知らないでこの技名使ってくれてたのかい」
「マスターが、くれた名前だから……」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
「んひひぃ」
距離を取ろうと走り続けるハルパの背後で、湿った破壊音が響く。2人が振り向くと、棘の増殖によってビーストの前脚が千切れて落下する瞬間だった。棘は更に長く、数を増やしながら伸長を続け、そのうちの1本はビーストの肉体を突き破って山羊頭の脳幹を正確に撃ち抜く。
「おやラッキー」
「んー」
ビーストの獣頭が炎を吐き出そうと口を開くが、伸びてきた棘に縫い合わされ、口腔内で暴発する。

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Flowering Dolly:Bamboo Surprise その⑥

ソレの目の前の女性、右手の武器から推測するに“ドーリィ”であろう彼女は、ビーストの拳を回避することも無く胸部を貫かれた。
腕は彼女の肉体を貫通し、背後にまで抜ける。しかし、手応えがおかしい。肉や骨を砕き押し退けた感触が無い。彼女の背中から突き出る腕の長さも、本来想定されるより僅かに長く見える。その差、ちょうど彼女の胴体の厚みに等しい程度。
「っはは、どうだ驚いただろ。お前が言葉を理解できるかは知らないが、勝手に自慢させてもらうよ。私の魔法、『肉体を“門”とした空間歪曲』。ざっくりいうと、『私の身体に触れたものが、私の身体の別の場所から出てくる』。要するに……」
フィロの刺突と同時に、ビーストは飛び退いて回避する。
「お前の攻撃は全て、私を『すり抜ける』」
ビーストが尾で薙ぎ払う。フィロはそれを跳躍して回避し、地面に突き立てた短槍を軸に蹴りを仕掛ける。
「ところで化け物。私の魔法、一見防御にしか使えなさそうに見えるだろ? ところがどっこい、面白い特性があってさ。“門”にするのに必要な『身体の一部』って、切り離されていても適用範囲内でさぁ」
フィロが懐から、小さな骨片を取り出す。
「これ何だと思う? 正解は『私の左腕の尺骨の欠片』」
フィロは骨片をビーストに向けて放り投げ、『自分の足』に槍を突き立てた。その刃は空間歪曲によって骨片から現れ、通常ならば在り得ない角度から刺突が放たれる。身体を折り曲げるようにして回避したビーストは、逃げるようにその場を離脱した。
「む……私にダメージを与える手段が無いからって逃げるのかい。まあ……あとはあの2人に任せるとするかね」

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その⑤

「ありがとうね……。さて、積もる話は色々あるけれど……まずはごめんね。長いこと君を1人にしてしまって。寂しくなかったかい?」
男の言葉に、ハルパは首を傾げた。全く理解できなかったためだ。彼女の左前腕に色濃く刻まれた紋様は、マスターたるその男との明確にして絶対的な繋がりの証であり、ハルパが寂しさを覚えたことなど1度として、また一瞬たりとも無かった。
男の奇妙な謝罪に、純粋な疑問と共にうずうずと湧き上がる言語化できない感情を抱いたハルパは、彼の首筋に噛みつき、鋭い牙を出血するほど深く突き立てた。
「いたたた……何だ、やっぱり寂しかったのかい。ごめんね。この街を離れられない事情があってさ……でも安心しておくれ、もうすぐ帰れると思うから。あと少しだけ辛抱してくれるかい?」
男の言葉にようやく口を放したハルパは、男が右手に握っていた突撃銃に目をやった。
「ん、これかい? ビーストは文明の利器に強い敵意を示すみたいでね……銃や爆弾で攻撃すると、ダメージは与えられないまでも意識は向けられるんだよ」
黒槍のドームが大きく震えた。外からビーストに攻撃されているのだ。
「む、来たね。それじゃあハルパ、久々に君の戦い、見せてもらおうかな」
男の言葉に顔を輝かせ、ハルパは何度も頷いて跳ぶように立ち上がった。ドームを解除すると、ビーストが3つの頭部で覗き込んでいる。
「……〈ガエ=ブルガ〉」
ハルパの口から、掠れた声が漏れる。黒槍を長さ1m強のジャベリンに再形成し、石突を蹴り飛ばした。
彼女の『射出』した槍は、至近距離にいたビーストの右前脚に突き刺さる。
「よし、勝った。逃げよう、ハルパ」
「ぇあ」
ハルパは男を肩に担ぎ、身体強化を利用した高い脚力でその場を離脱した。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑨

「おいビースト来てんぞ。どうする?」
「どうするって言われても、私がこの状態じゃ応戦は無理だし……」
「じゃあ駄目じゃねーか」
「私のプランじゃあんたが増援呼んでくれるはずだったのー」
「それはごめん……」
「あ、そういえば、けーちゃんの家、かなり喰われたよ。守れなくてごめん」
「初撃で既にぶっ壊されてたから問題ない」
「さて……どうしよっかなー」
さっき吹き飛んだ右手を見る。まだ4分の1も再生していない。
「けーちゃん、私重い? 物理的に」
「いや、半分くらいになってるから結構軽い」
「それは良かった。じゃ、私のこと抱えてしばらく逃げ回ってくれる?」
「了解」
彼は私のことを小脇に抱えて駆け出した。直後、さっきまで私たちがいた場所にビーストの踏み付けが突き刺さる。
そんなことより、今は回復に努めよう。あんまり重くなってもケーパの逃げる邪魔になるから、足や頭、お腹の傷は放置して、右手の治癒だけに集中する。今欲しいのはここだけだから。
「……あ、やべっ」
突然ケーパが私を放り投げた。
「むぐっ……どしたの、けーちゃ……」
あいつはすぐに私を抱え直して、逃走を再開する。
「あっぶな……踏み潰されるところだった」
「大変だったじゃん。怪我とかしてない?」
「してない。ギリセーフ」
「それは良かった」
右手の治癒は掌全体の再生にまで至った。これだけあれば、大丈夫かな。

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その④

ハルパが走って約1時間。目的の都市は既に戦火に包まれていた。
「………………」
ハルパは転移魔法でその中心地にまで移動し、ビーストを探した。それはすぐに発見される。
体長約20mの巨大な猛獣。その口の端からは炎が漏れ、背中から生えた山羊と竜の頭部は不吉な咆哮をあげている。
ニタリ、と口角を吊り上げ、ハルパがそちらに突撃しようとしたその時、鋭い破裂音と共に銃弾がビーストの胴体に直撃した。
「…………?」
ビースト、ハルパ共に、銃弾の飛んできた方向に目をやる。
『おいビースト、こっちだ! これ以上好き勝手させてなるものか!』
拡声器を通した男声が、辺りに響き渡る。
ビーストがそちらに向かおうとするより速く、ハルパは飛び出していた。身体強化による超加速でその声の主の元まで駆け、勢いのままに飛びつく。
「えっうわあ!」
彼を押し倒し馬乗りになったハルパに、声の主は一瞬動揺を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「なんだ……ハルパじゃないか。久しぶりだね。もう5年……6年くらい会っていなかったかな?」
その男がワイシャツの左袖をまくり上げると、ハルパの左前腕にあるのと同じ位置に、獣の咢を模した紋様が刻まれていた。
「それより、一度退いてもらえるかな。ビーストが来ているから……」
そう言うその男の目には、間近にまで迫っているビーストの姿が映っていた。
「…………」
ハルパは黒槍を取り出し、形状変化によってドーム状の防壁を作り出す。
「いや、僕らだけ守られていても駄目なんだけど…………、1回下りてくれる?」
再び頼まれ、ハルパはしぶしぶ男を解放した。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑧

防御に使っていた右腕が、遂に限界を迎えた。7発目を弾いたのと同時に、爆風が右の手首から先を消し飛ばした。
「あっまずっ」
撃ち落とさなきゃならない弾はまだまだあるってのに……。
もう1度、あいつの方を見る。距離は…………十分かな?
「なら、いっか……」
頭が生体ミサイルに貫かれ、衝撃で弾け飛ぶ。脳を破壊されたことで、一瞬意識が薄れ、反動のままにその場に落下する。
「……ぅー…………」
家の方からガラガラと崩れる音。目を向けると、ビーストがこっちに近付いて来ていた。見てみると前脚だけじゃなく、頭もほとんど再生してきている。あいつの家を随分喰って回復したみたいだ。
目が合った。彼我の距離約3m。3対6つの眼が、私を見下ろしている。
「ぁー……うー……そうだな…………」
生憎とこちらは片方しか眼が残っていないけど、しっかりと睨み返してやる。
「くたばりやがれ、ばーか」
奴が片方の前脚を持ち上げ、私に向けて振り下ろす。全身が潰される直線、私の身体はぐいと引っ張られ、辛うじて抜け出すことができた。
「誰……?」
「俺ぇ」
私を助けてくれたのは、ついさっき逃がしたはずのケーパだった。
「はぇ……え、なんで⁉」
「いやだって、お前死にそうだったし……」
「ドーリィが死ぬわけ無いんだけど⁉ むしろあんたの方が……もう良いや。私のことしっかり摑まえといて」
「え、わ、分かった」
瞬間移動。ビーストの視界から外れない程度に1度距離を取る。ヤツはすぐに私達を見つけて、バタバタとこっちに突進してきた。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑦

まず片足を地面に下ろす。その足を軸に回転し、ビーストの生体ミサイルが完全に貫通するより早く、背後のケーパのことを強く突き飛ばす。直後、身体に突き刺さっていたミサイルたちが一斉に爆発しながら私の全身を貫き破壊する。
「あぐぅ…………っ!」
急所は生きてる。けど、両脚は捥げたし、左腕も使えなくなったし、お腹にも結構な大穴が開いた。大分ピンチかもしれない。時間をかければ治せるけど、ケーパがいるのに時間をかけてる余裕なんて無い。
「っ……けーちゃん!」
「ぐぇっ……けほっ……な、何だよ?」
「ごめん、ちょっと守れそうにない! 逃げて! 私だけなら死なないから!」
「わ、分かった! 悪い、死なないでくれよ!」
「そこは大丈夫……」
近くじゃヤツの破片の回収作業が進んでたはずだから、多分すぐに増援は来るはず。幸運なことに右腕はまだ使えるし、既に回復効果は効き始めている。最低限両脚さえ使えるようになれば問題無い。
ビーストの方を見ると、次の生体ミサイルの発射準備態勢を整えていた。
「……さあ来い」
再びミサイルが発射される。まず瞬間移動し、1発を拳で叩き落とす。再び転移し、別のミサイルを打ち払う。再び繰り返す。再び。1回ごとに手が少しずつ壊れていくけど、問題無い。あいつに、ケーパにさえ当たらなければ、それで良い。

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五行怪異世巡『きさらぎ駅』 その④

乗降口の扉が開き、外には寂れた無人駅のホームが見える。しかし、到着のアナウンスは一向に聞こえてこない。
「……メイさん、これ」
「おかしいよね」
「…………」
「…………」
扉が再び閉まる直前、2人は素早く通り抜け、ホームに降りた。
「〈五行会〉を率いる者として」
「このオカルト、やっつけないわけにはいけないね!」
2人の背後で、電車が走り出す。その気配を感じながら、2人はまず周囲の探索から始めることに決め、揃ってホームの上を歩き回った。
15分近くかけて慎重に探索した結果、古いベンチ、真っ白な時刻表、文字が掠れて読めなくなった駅名表示、空の屑籠以外には何も見つからなかった。
「怪しいものは何にもないね?」
「そうですね……そういえばここ、どこなんでしょう?」
青葉の疑問に、白神はポケットからスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動した。
「……駄目だぁ、電波が来てないみたい」
「そうですか」
「どうする? アオバちゃん。外、出てみよっか?」
「…………いえ、どうでしょう。危険な気もします」
「でも、ここじゃ状況は動かないよ?」
「……ふむ」
青葉は白神の手を引いて、改札口の方に向かった。
「メイさん、何か見えますか?」
「見えない。真っ暗だ」
「照らしてみたら……」
そう言われ、白神はスマートフォンのライトの光をそちらに向けた。しかし、目立ったものは特に見られない。
「…………」
「…………」
「「出るか」」
同時に口にし、2人は無人の改札口を出た。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑥

ヤツが家の残骸からのっそりと這い出してくる。まずは軽いドロップキックを仕掛けて、一度反発で数m距離を取り、向こうの動きを見る。契約なしの私には大したことはできないから、あまり不用意なことはできないけど……。
ヤツのことを注意して見ていると、さっき生えてきた両腕の表面がうぞうぞと動き、瞼が開くように複数個の穴が開いた。中身は眼球じゃない、むしろ……。
「ッ⁉」
咄嗟に背後、ケーパのいる場所を確認する。今いるのは、私の真後ろ約20m。問題無いはず。首と心臓を腕で庇った直後、その『目』の中身が、ミサイルのように一斉に射出された。
生体ミサイルは滅茶苦茶な弾道で大体こっちに飛んできている。弾速はなかなかのものだけど、直線軌道じゃないから回避する余裕は十分…………
「……なっ……!」
ミサイルのうちいくつかは、私の横や上を通過していった。この先にいるものといえば。
「けーちゃん!」
あいつの目の前に瞬間移動し、身体で受け止めた。
けど、受けてみて分かった。これは駄目だ。
威力が、貫通力が高すぎる。
体内を、まるで何の障害も無いかのように掘り進む感触。それでも着弾の瞬間の衝撃で、体内で破裂する感触。それらが加速した走馬灯の思考にスローモーションのように襲ってくる。
せっかく私が盾になったのに、これじゃまるで無意味じゃないか。それどころか、爆発のせいで受けなかった時以上に守りにくくなってしまっている。
こうなると、多少の無理でもするしか無い。

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう その①

ある朝ハルパが目覚めると、屋根の上を寝床にしていた家屋の隣家が燃え崩れていた。熟睡中だったためにそうなった経緯の分からないハルパはそちらへ意識を割くことを止め、一つ欠伸をしてから大きく伸びをして、手の中に1本の黒槍を生成した。“ドーリィ”である彼女の固有武器である。
魔法によって穂先を鉤爪状に変形させ、伸長・変形によって数m下方の地面を掴み、収縮の勢いを利用して地面に下り立つ。武器を一度消し、まだ人通りの無い早朝の通りを何とは無しに歩いていると、1つの建物の扉が開き、ふくよかな中年女性が現れた。
「あらぁ、ハルパちゃん、おはよう」
女性に挨拶され、ハルパは鋭い牙の並ぶ口をニタリと歪め、細い首をかくん、と傾げてみせた。ともすれば不気味とも捉えられるその仕草も、彼女をよく知る町の人間にとっては可愛らしい彼女なりの挨拶である。女性は柔らかく笑い、1度屋内に引き返してからバスケットを1つ提げてハルパの前に戻って来た。
「………………?」
背中を大きく丸めてバスケットに顔を近付け、匂いを嗅ごうと鼻をひくつかせるハルパに、女性はその中身を差し出した。
「ハルパちゃん、お腹空いてない? 朝ご飯はしっかり食べないと力出ないんだから、しっかりお食べ。これはあげるから」
女性が差し出したのは、ドライフルーツの練り込まれたやや堅い出来のパンだった。ハルパは呆然としてそれを受け取り、しばらく様々な角度から眺めてから、女性に深々と頭を下げて彼女と別れた。
そのまま通りを歩き続け、立ち止まったのは、町役場の前だった。時間帯のために施錠された扉を何度か乱暴に叩き、誰も出てこないことに気付いたハルパは、小首を傾げて数秒思案し、壁面の僅かな凹凸を手掛かりに登攀を開始した。

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魔法をあなたに その⑫

倒れて動かない【フォーリーヴス】にフヨフヨと近寄る。
『キシシッ、死んだか? 死んでねェよなァ。テメエがあんな一撃程度で死ぬワケ無ェ』
呼吸しているのは見て取れる。今度は怪物の方に目をやる。
『だからよォ、ホレ、さっさと踏み潰しちまえヨ。こんなヤツでも貴重なパワーソースなンだよ』
怪物が近付いてくる。そして、拳を大きく振り上げ、【フォーリーヴス】の頭目掛けて振り下ろしたところで、その動きが止まった。
『…………ァ? 何だ? 【フォーリーヴス】のバリアじゃねェな』
怪物の全身をチェックすると、ようやく理解できた。ヤツの持ち上げた右腕に、黒くて細い糸みてェな何かが絡みついて、動きを止めている。ドコから伸びてる? 糸を目で追ってみると、ソレは怪物の足下から…………。
『イヤ、違げェ。“影”ダ』
影が糸状に伸びてきているんだ。そして、これほどの強度を持っている。ドコの魔法少女だ?
「君、どこの魔法少女ちゃん? 見たことない顔だけど……」
『誰ダ?』
声のした方を見る。駐車場に等間隔に並ぶエリア表示の標識の上に、黒いワンピース姿の魔法少女が腰掛けている。
「でもまあ、よく私達が来るまで持ち堪えたね。ありがと」
……“達”、ダト?
急に嫌な予感がして、怪物の方を見る。それと同時に、地面から現れた巨大な犬のバケモノが、あの怪物に食いついて障壁に叩きつけた。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その⑤

投げ出されたビーストは、首をじたばたさせながら口の中のものを飲み込んだ。それに伴うように、前脚部分に対応する焼けた瘡蓋が剥がれ、地面に落ちる。ヤツはそれも喰らい、結果として露わになった傷口から勢いよく1対の腕が生えてきた。
「ん……生えたね、腕」
「ってことは、向こうの攻撃力が復活したわけだな」
「それだけじゃないよ」
あいつを抱えて、真上に跳躍する。同時に、ビーストがすごいスピードで突っ込んできた。ヤツは私達の真下を通過して、けーちゃん……ケーパの家に頭から突き刺さる。
「あ、あの野郎また俺の家を!」
「台所だけじゃなく食卓まで壊す気かぁ!」
「いやそんなミクロな視点でキレられても」
「とりあえず……っと」
着地。ケーパもいるから膝と腰を深く曲げて衝撃はしっかり殺す。
「けーちゃん無事? 身体痛まない?」
「あぁ無事。取り敢えず行ってこい、フィスタ」
「…………」
あいつの脇腹を少し強く小突く。
「痛って」
「そう呼ぶなって言ってんでしょーが」
「いや今言ってる場合じゃ……ごめんって」
「それじゃ、私の勝利を祈って待て」
「おう」
あいつと拳を突き合わせ、化け物に向けて飛ぶように突っ込んだ。

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Flowering Dolly:Bamboo Surprise その②

ビーストは目の前の壁を尾の打撃によって粉砕しながら、直線移動で建造物の反対側まで駆け抜け、勢いのままに壁を破壊して屋外へ飛び出す。そのまま向かいに建つ廃墟の壁に着地し、足に生えた鋭い鉤爪を突き立てながらその屋根まで駆け上がる。
その様子を、ビーストが開けた穴から見届けていた少女は、しばらく顎に手を当てて思案してから、その場を後にした。
それについて知る由もないビーストは、屋根も上を軽々と跳躍移動しながら、より高い場所を目指していた。
走り、そして跳びながら、ビーストは思考していた。
あの少女、外見上はまだ齢十にも届かないであろう小さくか弱い生き物は、物陰から顔を出しては、まるで子供同士が脅かし合うような軽い口調と構えで脅かしてくる。それだけであればビーストであるソレにとっては、何の脅威にもならない。
しかし。
ビーストの失われた左腕の傷が鈍く痛む。
最初に遭遇した時も、あの少女は軽く脅かすように物陰から現れた。ビーストの存在意義は人類とその文明の破壊にある。それ故に、生物学的本能として、ソレは左の拳を振るった。振るおうとした。瞬間、彼女の抱いていた桃色のテディベアが牙を剥き出しにして笑い、操り人形よろしく少女が持ち上げていた片手が巨大化・伸長し、先端に具わった鋭い爪が、ビーストの左腕を引き裂き破壊したのだ。
そして気付いた。彼女の襟元、左の鎖骨の上、衣服の下に隠れて見えにくくなっていた場所に、獣の爪を模したような文様が浮かんでいることに。
少女は“ドーリィ”であった。そのことに気付き、距離を取る。ソレは“ビースト”の中でもひときわ小さく、近接戦闘のみに特化した肉体構造で、『伸びる攻撃』との戦闘には不向きである。そして、少女本人との体格差。自分に対して少女はあまりにも小さく、少女に対して自分はあまりにも大きすぎる。それ故に、ソレの有効射程の『内側』に滑り込まれれば、攻撃は逆に届かない。相手の射程の『更に外』に出ることが、最適解だと判断したのである。

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Flowering Dolly:Bamboo Surprise その①

廃墟群の中を、1つの影が走っていた。
背の丈は大柄な成人男性程度。やや筋肉質な体つきをしたソレは、しかしてたとえ遠目から見ようとも人間では無いと分かるような特長を有していた。
最も明確な特徴は、長く太く平たい、ある種のサンショウウオが具えているような尾である。その他にも、頭部は大型爬虫類のような顎以外のパーツを持たず、皮膚全体は粘液に覆われてぬらぬらと光っている。
付け根から切断された左腕の傷口を水かきのついた右手で押さえながら、尾でバランスを取りつつ器用に全力疾走を続けるその影、“ビースト”は、どす黒い血痕を足跡のように垂らしながら、一心不乱に駆け続けていた。
“逃走”のためではない。生体「兵器」とはいえ、ビーストは1つの生命体である。1つの明確な意志を持って、ソレは駆け続けている。
“追跡”のためではない。ソレはたしかに戦闘の只中にあるが、敵対存在を追っているわけでは無い。敵はソレから逃げているわけでは無く、追っているでも無く、敢えて表現するのであれば、“隠れて”いる。しかし、発見しようという意志も無い。
そのビーストが求めていたのは、“状況の打開”。現在地はソレにとってあまりにも不利で、敵にとってあまりにも有利な環境だった。
がらり、と左前方から瓦礫の崩れるような音が聞こえてくる。反射的に、音から離れるように後方に跳躍し、右腕を戦闘のために構える。その時だった。
「わっ」
近くの物陰から現れた少女が、脅かすように声を上げ飛び出してきた。そちらに尾を叩きつけるが、少女は既に身を伏せ、その場から消えている。
ビーストがよろめくように少女の現れた物陰から離れると、ソレの頭部ほどの高さを通っていた剥き出しの配管にぶら下がった先程の少女が、テディベアを抱えた両手をソレに向けて突き出した。
「ばぁっ」
ビーストは咄嗟に大きく跳躍し、手近な廃墟の2階、その割れた窓から屋内に飛び込んだ。少女は配管からぼとり、と落下し、その後を追って1階から建物に侵入する。

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魔法をあなたに その⑪

『ところで怪物クンよ?』
別に、本当にあのバケモノに呼びかけてるワケじゃあない。タダの独り言だ。
『さっさと叩き潰して他のヤツブッ壊そうと思ってたら、目の前のチビが思ったより粘る。ソンナ状況でテメエならどうする?』
怪物は不意に攻撃の手を止め、【フォーリーヴス】を放置して別のやつらを狙おうと歩き出した。瞬間、【フォーリーヴス】の展開した巨大な障壁が、結界のように怪物とアイツを取り囲みやがった。
『あの馬鹿、怪物を閉じ込めヤガッタ!?』
外側に被害を出さないタメか! 畜生め、コレで完全に一騎打ちになったってワケだ。
『……ッキヒヒ。けどなァ【フォーリーヴス】。コレはテメエにとって圧倒的不利だゼ。テメエの魔法がどンだけ強かろうがなァ、この戦いがテメエの“1発目”だからこそ、断言できる』
そうだ。ヤツには絶対的な弱点が1つだけある。ヤツがマトモに人間社会で生きてきたからこそ、断言できる“弱点”だ。
怪物の叩きつけを躱し、【フォーリーヴス】が大きく跳び上がった。跳躍は怪物の頭ほどの高さにまで届き、そのまま障壁刀を振るう。
『無理ダ』
【フォーリーヴス】。テメエの過去を100パー知ってるワケじゃあねェが、マトモな道徳教育を受けて育ってきているはずだろ。
『そしてェ! テメエがマトモな道徳を持っている以上! デケェ“動物”への攻撃には!』
ヤツの攻撃を、怪物は軽く仰け反って容易に躱した。そりゃそうだ。遅すぎる。
『必ず“躊躇”が入る』
怪物のカウンターの裏拳が見事に直撃し、【フォーリーヴス】は勢い良く地面に叩きつけられた。

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「円環魔術師録」達による他作品所見 2

リンネ「で、『人工精霊は魔力の塊』ってところなんだけど...すごいねぇこれ。魔力の実体化でしょ?
錬成者は未来人か何か?」
ミル「魔力の実体化...魔力は目に見えないし、魔力単体で出すことはできないから、そもそも無いんじゃないか、なんて言う学者さんも居ましたね。」
リンネ「一応、魔力によって魔術や魔法を行使してる、というのが現段階での有力説だね。あと、この地名だけど...なんて読むんだろうこれ。東方の国かな?ミル君、君の出身この辺でしょ読んで。」
ミル「無理ですよ!そもそも混血だし、物心ついたときには帝国の孤児院ですよ!そんな無茶苦茶な!」
リンネ「そっかぁ、じゃあやたろう、読んで。」
ミル「もう帰りました!」
リンネ「酷いなぁもう。まぁ良いや。あと、『異能』と言うのは魔術や魔法とは別物なのかな?」
ミル「字面だけ見たらそうでしょうけど...。」
リンネ「コレも後でやたろうに聞こうか。話しを戻すけど、魔力の実体化が可能なら、何もない所から何かを出す事も可能なんじゃない?だとしたら革命だね。騎士団の荷物持ちが要らなくなる。」
ミル「規模ちっさ!」
リンネ「ま、こんなところかな。最後まであの小娘は来なかったね。」
ミル「小娘って...。まぁそうですね。異世界の魔術も面白かったです。」
猫町「ではお二人ともお疲れ様でした。また呼び出すので覚悟しやがれください。」
リンネ「なんでキレてるの?」
ミル「確実にアンタのせいだよ!」

以上、「『円環魔術師録』達による他作品所見」でした。リクエストをくださった「テトモンよ永遠に!」さん、ありがとうございます。
リクエストはまだ受け付けていますので、是非ご参加下さい。

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五行怪異世巡『きさらぎ駅』 その③

2人が入った車両には、他に乗客が4、5人ほど座席に座っていた。2人も乗降口の近くの席に座る。
程なくして、青葉がこくり、こくりと舟を漕ぎ始めた。
「……ねぇねぇアオバちゃん」
「…………はぃ?」
小声で問いかけられ、青葉も呟くように反応する。
「ずいぶん眠そうだね?」
「まあ…………はい……」
「夜更かしでもした?」
「昨日は別に……」
(他の日はしてることもあるのかなー)
考えているうちに、青葉は再び寝息を立て始めた。
「あらら、また寝ちゃった。子供は体力が切れるとすぐ寝ちゃうもんなー」
苦笑しながら、白神は青葉をつつき回す遊びを再開した。

「……ーぃ、おーいアオバちゃん」
どれほど経った頃か、白神に揺り起こされ、青葉は目を覚ました。
「ん……もう、着きました?」
「いやー? なんか変な感じ。でも、そろそろ停まりそうだよ?」
白神が指す先、車窓の外を見ると、日が暮れた後なのか既に真っ暗になっていた。
周囲を見回すと、車両内の人数は乗車直後とさほど変わってはおらず、どの乗客も座席に深く座り込んで居眠りをしているようだった。
「もうこんな時間ですか……わぁっ⁉」
まだ眠たげに目をこすっていた青葉が、突然座席から飛び出すように倒れた。
「え、アオバちゃん? そんなに揺れた?」
「いえ、そういうのじゃ……」
青葉が立ち上がろうとしたとき、電車が急ブレーキをかけて止まり、慣性で青葉は再び床上を転がった。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その④

「えっ」
「危なかったぁ……私に感謝してよね」
「それはまあ毎度のことしまくってるけど……いやマジでありがとう」
「どーいたしまして。今日の晩御飯を豪華にすることで手を打とう」
「そのための台所が今削ぎ飛ばされたんだよ」
「そうだった」
取り敢えず抱えていた腕を離し、台所を破壊した憎き敵が何者なのか、それを確認することにする。
台所があったところを確認すると、巨大な『顎』が木材の破片を牙の隙間からはみ出させながら咀嚼していた。
「む……あの口の中に、私のご飯が…………!」
簡易魔法で身体強化を施し、思いっきりビーストの顎を殴りつける。ヤツは大きく仰け反り、家から少し離れてくれた。
「けーちゃん! アイツブッ飛ばそう!」
「いやそれには賛成だけど俺呼ぶか、普通?」
文句を言いながらも、あいつは隣に立ってくれた。2人で破壊された家の穴から外に出る。
ビーストの姿をよく見てみると、なるほど理解ができた。
「こいつ、多分さっきの襲撃の主犯だよ」
「は? 八つ裂きにされたんだろ?」
「まあ話を聞いてくださいよ」
目の前でのたうっているビーストは、頭部の上顎より上、両前脚、下半身全体を切断されて欠損しており、その切断面は焼き固められたように焦げ付いている。
「高熱の刃物で切り刻まれたみたいな見た目じゃない」
「たしかに……そういやさっきのニュースでやってたな。っつーかなんでこんなデケぇ塊が放っておかれてたんだよ」
「担当の子が雑な性格してたんじゃない? しかしあいつ、ダメージの回復のために何でも食べるつもりみたいだね」
「ああ……アリー、大丈夫か? ちゃんと契約してるドーリィが来るまで無理しない方が……」
あいつの言葉に、思わずため息が出る。勿論、籠った感情は呆れ一択。
「私がやる気ない時は無理に叩き起こすくせに、私がやる気出す時は無理するなとか変なこと言うんだから……」
ビーストが首をこちらに向けてきたので、身体強化で殴り飛ばし、距離をさらに広げる。

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五行怪異世巡『きさらぎ駅』 その②

ホームに設置されたベンチに並んで腰かけ、青葉と白神は世間話をしていた。
「……あ、そういえばアオバちゃん」
「何です?」
「今日はあのカタナ持ってないんだね?」
「持ってるわけ無いでしょう……電車に乗るのに」
「それもそっかー」
その時、人身事故によって電車が遅延する旨のアナウンスがホームに流れた。
「む……縁起が悪いですね」
「そうだねぇ……人が死んだり怪我したりするのは嫌だよ。……ん、何?」
青葉からじっと見つめられていることに気付き、白神が尋ねる。
「いえ……メイさん、結構人間に思い入れあるんだなぁ……って」
「そりゃあそうだよー。だってわたし、もう20年も人間として生きてたんだよ? ココロもカラダもすっかり人間さんだよぅ」
一度会話が途切れ、2人は電光掲示板に目をやった。電光掲示板に表示された次の電車の到着時刻の横には、15分の遅延と表示されている。
「まだ来ないねぇ……アオバちゃん?」
返事が無いために青葉を見ると、彼女は白神の腕にもたれかかり俯いた形で動きを止めていた。
「……寝てる? おーい、アオバちゃーん? 体力無いのかな?」
青葉をつついて遊んでいた白神がふと顔を上げると、いつの間にやって来たのか、電車がホームに停まっていた。
「わぁ、15分って意外とはやーい。ほらアオバちゃん、いくよー?」
青葉を揺り起こし、2人が車内に早足で入った直後、ドアが閉まり電車が動き出した。

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その③

あいつの家に先に入って食卓について数分、あいつも遅れて帰って来た。
「おかえりぃ」
「ただいまー……っと。ちょっと待っててな。っつーか揚げ物って地味にダルいんだよなぁ油の処理とか……」
台所で調理の準備を進めるあいつをしばらく眺めていたけど、暇になってきたので卓上のラジオの電源を入れることにした。
ちょうどオーケストラの音楽が終盤に入ったところで、それも終わると次の枠のニュース番組が始まった。それくらいのタイミングで、台所のあいつが包丁を操る音が聞こえてきた。
「…………けーちゃぁーん、さっきのビースト騒ぎのニュースやってるー」
「そうか。じゃあ音量上げてくれるか?」
「はいはい。……けど、アンタも物好きだねぇ。どうせ何もできないくせに」
「分かんねーだろ。もしかしたら俺と相性のいいドーリィがいるかもじゃん」
「無い無い」
あいつと笑い合い、ラジオの音量つまみを操作した。テーブルで聞いているには少しうるさいボリュームになったので、立ち上がって料理中のあいつにちょっかいを出しに行くことにした。
ラジオからは、刀身が燃えるナギナタを操るドーリィがビーストを八つ裂きにしてしまい、現在も破片の回収作業が続いているって話をアナウンサーが読み上げていた。
「武器かぁ……憧れちゃうなぁ……」
独り言を口にしつつ、あいつの脇の下から調理の様子を覗き見ると、あいつは付け合わせ用の葉物野菜を切っているところだった。何故か手が止まってるけど。
「どしたのけーちゃん。早く進めなよ」
「そうしたいのは山々なんだけどなー、フィスタがそこにいると危なくて進められないからなー」
あいつの脇腹を軽く小突いてから、台所を離れて窓から何とはなしに外を眺める。
住宅地のど真ん中だから、大した景色も見えないけれど、あの家々の向こう側では、今も倒したビーストの死骸処理が進んでいるんだろうか。
「私もビースト退治やりたーい」
「やりゃ良いだろ。別に最低限戦うくらいはできるんだろ?」
「武器とか派手な魔法つかって豪快に戦いたいのー」
「じゃあさっさとマスター探すんだな」
「ん……」
瞬間移動で台所に移動し、あいつを抱えて再び移動する。直後、台所周囲がまとめて『削り取られた』。

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魔法をあなたに その⑩

何ァーんか、話の流れがおかしくねェか? 今テメエは、人外領域の力と、ヤツの生殺与奪の権利を握っているんだぞ? オイラ手ずから態々用意した『名前』で、魂にも“復讐”を染み込ませて、ソレなのに。
「その後、ちゃんと話し合おう。だから……今は逃げて!」
「!」
イジメッ子が逃げ出しやがった。怪物が追おうとするが、そこに【フォーリーヴス】が立ち塞がりやがる。
『…………オイ。クソガキが…………おかしいだろ』
【フォーリーヴス】に向けて、怪物が前脚を叩きつける。長く太いそれの先端に具わった鋭い爪は、しかして【フォーリーヴス】が魔法によって展開した、エネルギーの障壁に阻まれ受け流された。
『ッ……! な、クソ……クソッ!』
今気付いた。あいつの出した「刀身」。ありゃァ「刃」じゃねェ。形状が違うだけの「障壁」だ。
『あンの女郎……! フッザけるなよ! 俺はテメエに“復讐者”の名を与えたンだぞ! ソレをテメエ、「四つ葉」なんて名前で、本気で自分が“幸運の象徴”にでもなったつもりか⁉ テメエ、名付け親への冒涜だぞ⁉ 侮辱罪ダ! ふざけやがって! 本気で善人のツモリか⁉ 相手はテメエを散々傷つけたゴミクズだ! 怪物被害で簡単に人が死ぬこのご時世で1人や2人死んだところで、誰も何も思わねえ木ッ端だ! 見捨てれば良い! 良いか! テメエ如きが善人ぶって何人救おうが何十人守ろうが! 人間の悪意は変わらず人間を傷つけ! 手の届かないどこかで必ず誰かが死ぬ! 魔法少女なんざ本質的にエゴイストでしかねェんだぞ! それをテメェ……! 心の底から善人でありたがってるってのかよ! フザけるな! オイラの計画が全部パァじゃねーか! 何のためにテメエを魔法少女にしたと思って……!』
オイラが喚いている間も、ヤツは、【フォーリーヴス】は障壁の魔法を駆使して、自分の数倍も目方のある化け物と互角に渡り合っている。あの女郎、マジに初陣かよ?

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その②

「ま、どうせお役所もすぐに適当なドーリィ派遣してくれるでしょ」
「いやABSSって別にそういう所じゃなくねーか?」
「けどドーリィならあそこにもいるじゃん。それで見ないふりはそれこそおかしいでしょ? あんたの理屈なんだけど」
「ぐ……いやまぁ…………」
遠くの方から破壊音が聞こえてくる。ビーストの仕業か、ようやく来たドーリィの仕事か分からないけど、少なくとも私の出る幕は無いってことだ。
「ほらけーちゃんも、只の人間がそんなピリピリしてないで、一緒にお昼寝でもしようよ。今日は気温も風もちょうど良いよ」
「いや別に……もう良いや。行かないならせっかくだから何か1曲やってくれよ」
「お代は?」
「飯作ってやる。良い鶏が手に入ったんだ」
「お、良いねぇ……揚げ物が良いな」
「了解」
交渉成立。ハンモックを吊るしていた木に立てかけておいたクラシックギターを足で引き寄せ、適当に弦の調整をしてから、思いつくままに爪弾く。今日はこんなのしか無いし、ボサノバっぽい雰囲気で雑に流していく。
ちょうど1曲終わったところで、破壊音も収まった。事態は無事に片付いたみたい。
「終わったみたいじゃん。良かった良かった……それじゃ、こっちも終わったから行こ? ご飯ご馳走してもらわなくちゃ」
「分かったよ」
家路につくあいつの後ろをついて行く。ふと、あいつが立ち止まってこっちに振り返った。
「どしたのけーちゃん?」
「いや、言っとかなきゃと思って」
「何を」
「アリー、今日の演奏も最高だった」
「…………知ってる」
あいつを追い越す勢いで足を速め、あいつの家へ向かった。

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魔法をあなたに その⑨

僅かに遅れてヤツに追いつくと、【フォーリーヴス】は怪物の目の前に立ち止まり、目を見開いて何かを凝視していた。怪物を、じゃねェな、どっちかってーと、その足下、の……。
(オイオイマジかよ!)
最高だ。怪物が今にも踏み潰そうとしていたのは、【フォーリーヴス】、いや、千代田ツバメを普段イジメてた主犯のガキじゃねえか!
『なァツバメちゃんよォ』
魂への囁きを、【フォーリーヴス】に差し向ける。直接ヤツの魂に触れることで、その「欲望」を剥き出しにさせる、生物学的標準技術だ。
『コイツはどうしたことか、最高のシチュエーションじゃねェか。目の前にはテメエを虐めてるクソガキが、化け物の手で殺されそうになっていやがる。喜べ、テメエの願いは叶うぜェ? しかも、テメエが手を汚す必要も無ェ』
「っ…………」
【フォーリーヴス】が硬直していると、ヤツが、あのイジメッ子がこっちに気付いた。
「なっ、千代田……!」
イジメッ子の目は如何にも「助けて><!」って言いたげだ。
『キヒヒ、テメエの願いを言えよ。イヤ、言う必要も無ェ。ただ願え。心の底に眠る願いを。己を取り巻く悪環境の終結を。何たってテメエの名は【フォーリーヴス】』
“幸運の四葉”? いいや違うね。 テメエのその名に与えた意味は、“復讐の白詰草”。
『名は体を表す』、テメエらの諺だ。体を表せよ。
復讐に堕ち、人道を外れたその瞬間! 昏く鈍く擦り減り切った魂は、最ッ高に上質の“魔力源”となる。
さあ。
さァ!
『サアァッ!』
ヤツが徐に歩き出した。それに応じて、手の中のブローチも輝きを放ち始める。
学校制服はやや和風の衣装に、学校鞄は刀身を持たない日本刀の柄に、陰気な黒髪は若草色のツインテールに、ヤツの姿が魔法少女のソレに変身する。
「………………ごめん」
ヤツがそう呟き、柄を握る手に力を込めると、そこに光の刀身が現れた。何だ、マサカ自らの手でヤるつもりか? 思ったヨカやるじゃねーの。
「色々、話したいけど……全部終わって、2人とも生きて帰って、その後」
『……ァン?』

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Flowering Dolly:魂震わす作り物の音 その①

「フィスタぁー! どこだー!」
私を呼ぶ声が、正確には『あいつが私を呼ぶときの名前』が聞こえる。
「………………」
寝ていたハンモックから身を起こし、あいつの姿を遠くに確認してから自分の身体を隠すようにぬいぐるみの山を崩し、だんまりを決め込む。
「フィスタぁー? おいフィスタ!」
声がだいぶ近付いてきた。多分もう何mも無い。
「やっぱりここにいたか……おいフィスタ、いるなら返事しろよな」
ぬいぐるみバリアが崩されて、光が差し込んできた。
「フィス……」
「だっかぁらあっ! そう呼ぶなっつってんでしょうがぁっ!」
不用心に覗き込んできたあいつの顎に蹴りを食らわせてやる。
「痛っ…………てえなぁフィスタてめえ!」
「私のことは『アリー』って呼べっつってんだろクソガキ!」
「てめえも外見はクソガキだろうが!」
いつものやり取りを済ませ、渋々ハンモックから抜け出す。
「それで? どうしたのさ」
「あぁ、ビーストが出たんだよ。“ドーリィ”の出番なんだろ?」
「そんなのお役所に任せとけば良いじゃん……」
「おま、せっかく“ドーリィ”の力があって、見ないふりするってのかよ」
「『力』っていってもねぇ……」
再びハンモックに仰向けに倒れ込み、掌を太陽に向ける。ちょうど私の方に向いた手の甲には、契約済みの紋様が…………。
「浮かんでれば、考えたんだけどねぇ……」

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魔法をあなたに その⑦

予想外。突拍子も無ェ。まさかの即断即決。その間約1秒。流石にビビった。これイジメ問題がどうこうとか言う感じじゃなさそうだな?
『おまっ、なん……いや』
何故とか野暮は聞かぬがアレよ。双方合意が取れたところで、イヨイヨ待望のご対面といこうじゃねェか。
空中をフヨフヨと進み、ヤツの眼前へ進み出る。
『ハァロォー、ツバメ=チャンよォ』
「は、はじめ、まして……」
リアルのオイラを見て、ヤツはそれなりにビビッているようだった。ま、見慣れない生き物に警戒すンのは正しいぜ。
『このタビは、ご契約いただき感謝感謝だゼ。そいじゃァ早速、テメエにプレゼントだ、千代田ツバメ』
ヤツにブローチを1つ、投げて渡す。危うげながらも無事に受け止めたところで、説明を開始する。
『ドーダ、なかなか洒落た意匠だろ?モノホンの翠玉と白金を使った、四ツ葉のクローバーさ』
「へぇ……あ、ちゃんと葉っぱがハートじゃなくて丸い……」
細かく気付くなこの女郎。
『キシシシシ、四つ葉はラッキーのお守りだからなァ。テメエの“魔法少女”としての名だって既にあンだぜ? 名付けて【フォーリーヴス】』
「はぇ……ありがとうござ……ん、魔法少女?」
ヤツが疑問を浮かべたところで、遠くから爆発音が届いてきた。
『キキッ、コイツは間が良いというベキか悪いというベキか……ついて来い、【フォーリーヴス】』

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魔法をあなたに その⑥

ようやく『入り込めた』。
「手助け……って……?」
『言葉通りサ。オイラの誘惑に乗っかるってンなら、テメエのイジメを何とかする手を用意してやっても良い。安心しろ、犯罪にゃならねェ。現行法に魔法を裁く手段は無いからな』
「ま、魔法……?」
『ソソ、魔法。メァジク。良いか、コイツはオイラとテメエの“対等な”契約だ、千代田ツバメ』
ヤツの身体がまたビクッとなった。そりゃ、名乗ってもいねェ名前当てられりゃ驚くか。
『言ったろ、オイラは情報ツウってな。ンでだ。オイラはテメエに“魔法”をくれてやる。どんな魔法になるか、悪いがそれは断言できねェ。ソレはヒトエにテメエの精神性にかかってるからだ。……だが』
「……だが……何ですか?」
チョット勿体ぶると、見事に食いついた。勝ったな。
『テメエが本気でこの“イジメ”、何とかしたいと思ってんなら……安心しな、ソイツは叶うぜ』
ヤツはオイラの言葉にかなァり引き付けられているようだった。何かあと一押しでもあれば、コロッと堕ちるな。
「えっと……1つ、質問なんですけど」
あン?
「その、“契約”…………なん、ですよね?」
『オ、そうだな』
「じゃあ、私は何を払えば良いんですか?」
チクショウ鋭い。マァ、ここは嘘はつかないようにして……っと。
『まァ……コレを受けて後、万が一テメエが何かあって死んだとする。テメエにくれてやった分の魔力……マァ魔法エネルギーみたいなモンだ、それとツイデに魂ってヤツも回収させてもらうぜ』
ドーセ“魔法少女”なんざ早死にする人種だろうし、嘘は吐いてねェやな。
「死んだ……後…………」
ヤツが考え込む。ま、即決されなくても構わねェよ。営業は数が命だ。
「分かりました」
『へ?』

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魔法をあなたに その④

『よしオーケイ、そんじゃァ早速本題に入らせてもらうぜェ』
「あ、あの、一つ良いですか?」
『ア? 何でェあと周りに人の姿が無い場所で大声で話すのはオススメしないぜ』
「え、あ、はい……」
ヤツが声を潜める。よしよしと頷き、話を再開しようとして、ヤツの方からこっちに問いかけてきやがった。
「それで、さっきの質問なんですけど。あの、あなたは一体……?」
『アァン? ンなこたァどうでも良いんだけどよォ……まーいーや。オイラのこたァ小悪魔とでも呼びやがれィ』
「あ、はい……え、あ、悪魔?」
『ソソ、悪魔タン。オイラのビジュアルがテメエらでいうところの如何にも悪魔でヨ。まァテメエらが想像するほど恐ろしい代物でもねーから、気楽に付き合おうぜ?』
「は、はい……」
『そんじゃ、自己紹介が終わったところで本題に入るか。あァ、ソッチの名乗りは要らねーゼ? オイラは小悪魔だからナ、情報ツウなんだヨ』
「そ、そうなんですね……」
ヤツの戸惑っているサマは少し愉快だったが、いい加減本題に入らねェとオイラの身体にも悪い。ここは敢えて、使い古された伝統的文句で攻めさせてもらおうか。
『なァ嬢、お前さん、“力”が欲しくないか?』

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五行怪異世巡『こっくりさん』 その⑦

「皆さん、終わりました。もう目を開けても良いですよ」
4人の生徒は、平坂の言葉に恐る恐る目を開けた。霊感の無い4人には、目に見えた変化は確認できない。
「お疲れ様でした。これで脅威は去ったと思いますが……念のためにこれを持っていてください」
そう言って、平坂は4人に1つずつ、真鍮製の小さな鈴飾りを渡した。
「あの、これは?」
女子生徒の1人が尋ねる。
「お守り代わりの品と思っていただければ。常に肌身離さず……とまでは言いませんが、しばらくの間、可能な限り身近に置いておくことをお勧めします」
「はーい……神主さん、今日はありがとうございました」
その生徒の言葉に、あとの3人も感謝の言葉を続けた。
「リホちゃんも、呼んできてくれてありがとうね」
「良いの良いの。私は今回のことについてこの人と少し話さなきゃだから、みんな帰って良いよ」
犬神が追い返すように手を振りながら言うと、4人の生徒は頭を下げながら教室を出て行った。
「……お疲れ、『神主さん』」
「とどめを刺したのはお前だろう」
2人だけ取り残され、平坂と犬神は軽く拳を突き合わせ互いを労った。
「あ、砂返すね」
「要らん。持っていろ。あって困るモノじゃ無いだろ」
「うーい」
犬神が能力で砂を操作し、巾着袋の中に一粒残らず納め、口を締める。
「そういえば『アレ』、何だったんだろうね? こっくりさんってキツネじゃないの?」
「分からん。凡そ四足動物のようではあったが……あの生徒ら、何を呼び出したんだ?」
「分かんない。やってるところ実際に見てたけど、大体普通の『こっくりさん』のやり方だったよ?」
「……そうか。俺はもう帰るから、結界の片付けを手伝え」
「ほいほい」

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五行怪異世巡『こっくりさん』 その⑤

瞑目して集中していた平坂は、開始の宣言と共に目を開いた。
4人を囲う結界の周りを、一つの小さな影が蠢いている。
生徒の方に注意を向けると、4人とも恐怖からか目を固く閉じているようだった。
平坂が隣に立つ犬神に目をやる。犬神は、先程平坂から受け取った砂の入った小袋を持ち上げ、小首を傾げて見返していた。
(使おうか?)
目だけでそう問う犬神に、平坂はまだだ、という意味を込めて首を横に振る。
再び影の方に視線を戻すと、その影は四足にて結界の周囲を歩き回りながら、蝋燭や盛り塩に触れては身体を仰け反らせていた。
平坂はその様子をしばらく眺め、徐に1枚の御札を床に落とした。
影は歩き回る軌道をそのままにそれを踏み、何事も無く通り過ぎる。
「…………」
黒く変色した御札を拾い上げて鞄に放り込み、代わりに取り出した金属製の円盤を床に置く。影はそれも問題無く踏みつけて通り、金属板は中央から真っ二つに割れてしまった。
(……奇妙な霊だ。結界を破る力は無いにも拘らず、いざ殺そうとすると高い耐性で抗ってくる。力が強いのか弱いのか……)
続いて短刀を鞄から取り出し、ゆっくりと影に突き立てようとする。影は急に動きを止め、身を捩り短刀を回避した。

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魔法をあなたに その③

サテサテ待つこと時計の長針1周分。
よーやっと好みの人材が出てきやがった。見るからに陰気臭せェ女生徒が1人、周囲を気にしながらそそくさと出て敷地外目掛けて一直線ってなワケですよ。
『……当ォー然、声かけるよなァ、えェ?』
ヤツの背後をついて行きながら、ひとっ気の無い場所に入るのを待つ。
辛抱強く待つこと10分チョイ、遂にチャンスが訪れた。ヤツが団地の中に入っていった。
そのまま不気味なほど静かな細い道に入り込んでいったタイミングで、声を掛ける。
『よォ、そこの陰気なお嬢ちゃん』
たしかに魂が足りてねェせいで大それたマネはできねェが、人間の頭に直接声を届けるくらいはオイラ達の生物学的標準機能だ。
オイラの声に気付いたあの娘は、仰天したみてーに足を止め、キョロキョロし始めた。
『今はテメェの頭ン中に直接語り掛けてるンだよ』
「だ、誰⁉ 誰なの⁉」
『えェイ落ち着け! テメェ今、周りから見りゃ完全にヤベェ奴だゼ』
「ぅっ……」
『よォし良い子だ落ち着け落ち着け。深呼吸しろシンコキュー』
ヤツがそれなりにリラックスするのを待ってから、会話を再開。
『安心しろヨ、今テメェに語り掛けるこの声は幻聴でもイマジナリー・フレンドでも何でも無ェ、純然たるマジモンだぜ。まずはソコを受け止めてもろて』
ヤツはおずおずとって感じで頷いた。これで先に進める。

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五行怪異世巡『こっくりさん』 その④

「みんなお待たせー、神社の人連れてきたよー」
犬神が力強い足取りで入っていくその教室の中には、男子生徒2人、女子生徒2人が既に待機していた。
「皆様初めまして。私、隣町の爽厨神社にて神職を務めております、平坂と申します」
平坂が4人に恭しく頭を下げ名乗る様子を、犬神は横目で笑いを堪えながら眺めていた。
「さて……この度はどうやら、厄介な霊障に巻き込まれたようで」
4人の生徒が何か言う前に、訳知り顔で言葉を続ける平坂に、生徒たちは息を呑んだ。
「そ、そうなんです! 俺達、終業式の日に、こっくりさんやって……それからずっと、誰のところでも変なことが起きてて……!」
男子生徒の1人がまくし立てるのを、平坂が片手で制止する。
「ええ、皆さんに憑いているモノについては視えておりますが……あまり『ソレ』について話さないように。『縁』が強まってはいけませんから」
「う、は、はい……」
平坂は説明を続けながら、携えていた鞄を床に下ろし、中の道具を取り出し始める。
「皆さんに憑いたモノは……言ってしまえば決して強い存在ではない。しかし、ある種の『儀式』の形で呼び出してしまったことで、存在が強まり皆さんとの縁で完全に現世に固定されてしまった」
平坂は話しながら、4人の生徒の周囲に糸と蝋燭で方形の結界を作成した。蝋燭に1本ずつライターで火を点け、結界の四隅に並ぶ蝋燭同士のちょうど中間の位置に円形の鏡を1枚ずつ、計4枚置き、更に四隅に盛り塩を施した。
「ね、ねえ神主さん、リホちゃんは入らなくて良いんですか……?」
女子生徒の1人が、犬神を指しながら恐る恐る平坂に尋ねた。
「別に私は何にも来てないもーん」
「……実際、彼女に『良からぬモノ』が近付こうとしている様子はありませんから。優先すべきはあなた方4人です。ここからは、私が良いというまで一言も話さないように」
生徒4人が頷いた。
「……では、始めます」

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ロジカル・シンキング その⑫

怪物は暴れ続けるうち、足下の瓦礫に躓き、横倒しに倒れ込んだ。建物の残骸はその質量に押し潰されて容易に崩壊する。
「ホタ! 目隠し!」
「はいはーい!」
アリストテレスの声に答え、フレイムコードが指揮棒よろしくスタッフを振り上げると、炎の渦はうねるように変形し怪物の頭部周辺を取り囲んだ。
(破壊力を意識した〈CB〉とはずらして、硬度と弾速に割り振った貫通力特化型のプリセット)
「〈Preset : Wedge Bullet〉。ホタ、目隠しと外壁一瞬消して!」
「うえぇ? い、いややるけどなんで……」
炎の壁が一瞬分断され、外の空気が流れ込んでくる。それと共に、弾丸のように一つの影が飛び込んできた。ドゥレッツァだ。
「そおおおおおおおおお、りゃああっ!」
勢いのまま、炎の覆いが取り払われた怪物の頭部にドロップキックを直撃させ、跳ね返る勢いで真上に跳躍する。
「カウント3!」
ドゥレッツァの合図に頷き、アリストテレスは〈WB〉と〈CB〉を連続で怪物に向けて射撃した。〈WB〉の着弾と同時に、ドゥレッツァの魔法によって衝撃が炸裂し怪物の頭部が大きく揺さぶられる。その揺り戻しと同時に、銃創を正確に〈CB〉が貫いた。
魔法弾は怪物の体内でその破壊力を発揮する。頭部、ひいては脳という生命と行動管制を司る器官を、外皮装甲の無い内側から直接破壊されたことで、怪物はその身を一度大きく痙攣させ、やがて脱力し動かなくなった。

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五行怪異世巡『こっくりさん』 その②

「……私用か?」
「まあね。同級生が馬鹿やったっぽくて」
「お前やあの鬼子でどうにかできない問題なのか?」
「んー……ほら、『こういうの』で被害者の子たちに大事なのってさ、『形としての安心』なわけじゃない?」
「……『こういうの』とは?」
「うちの学校の馬鹿共がやったのがさぁ、“こっくりさん”なんだよ。分かる? 霊とか神様とか、そういうの絡みなの。だからさぁ、私、知り合いに神社の人がいるって言っちゃって」
犬神の話を聞いた平坂は溜め息を吐き、やけに重い犬神の財布を突き返した。
「身内の頼みだ、金は要らん。日時と場所だけ教えてくれ、こっちから向かう」
「わーい。じゃあ明後日。10時くらいが良いな。場所はねぇ……ね、スマホ持ってる?地図見せるから」
「言われれば自力で調べるが……」
言いながら、平坂は自分のスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動してから犬神に手渡した。
「ありがとー。えっとねぇ…………、ん、出た出た。ここ、この中学校ね」
犬神から返却されたスマートフォンを見ると、画面には隣町の中学校の位置情報が表示されている。
「……それなりに遠いな。電車を使うか」
「キノコちゃんなら10分で走って来れるのに?」
「あれと一緒にするな」
「あ、そうだ。何か良い感じの衣装とか着てきてくれると嬉しいな」
「……それで電車に乗れと?」
「たしかにそれは恥ずかしいか。じゃあ何か良い感じの小道具だけ持ってきてよ。あるんでしょ?」
「……まあ、必要な道具を用意すれば、自ずと様になるだろう」