御狐神様 前編
ある山村の外れにひっそりと建つ粗末な社。普段は寂れた様相のそこだが、今日だけは華美な装飾と大がかりな祭壇が用意され、祭事のような空気感を漂わせていた。
その祭壇を正面に見る社の階段には、退屈そうな表情の女性が頬杖をついて腰掛けてている。上品な和装を着崩したやや長身のその女性は、腰まである色素の薄い艶やかな茶髪を結うことも無く垂れるままに任せ、村人らが祭壇に白装束の少女を恭しく捧げる様子を、無感情に眺めていた。
「オコミ様、オコミ様。今年もまた、生贄をお捧げいたします。どうか、これにて我らの村への安楽と繁栄を……」
『去ね』
村落の長の口上を、一言で中断させる。一瞬にして訪れた沈黙に、『オコミ様』と呼ばれたその女性は、再び口を開く。
『去ね、と言ったのじゃ。今様に改めようか。立ち去れ、人の子らよ』
村民の間にはしばらくどよめきが広がっていたが、女性が身じろぎをすると、慌てて立ち上がり、互いを押し退けるようにその場から逃げ去っていった。
その場には、女性と生贄にされた少女が残る。
『…………何をしておる』
女性の言葉に、少女はびくりと肩を跳ねさせ、顔を上げた。
『妾は言った筈じゃろうが、「立ち去れ、人の子ら」と。貴様、何時から人の身を捨てたつもりじゃ?』
少女は恐怖にがちがちと歯を鳴らし、女性を怯えた目で見上げるばかりである。
『…………嗚呼、鬱陶しい。何処へなりとも消え失せよ』
「……で、でも……私、生贄って…………」
おずおずと口を開いた少女を、女性は鋭く睨んで制止した。
『妾が何時、口答えを許した?』
「ひっ……!」