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五行怪異世巡『霊障遣い』 その⑤

(あの霊たちの動き……不自然だった。あまりにも統率が取れていた)
屋根の上を走りながら、青葉は考える。無数の手の霊が注意を引き、武者の霊が背後を取る。あたかも協力して人間を狩ろうとしているかのようなその様子。ただの悪霊が共生関係を取ることは、基本的にあり得ない。
「……つまり」
(つまり?)
立ち止まり、夜の街を眺める。
「『霊を操る何か』がいる。悪霊退治だけじゃ、駄目なんだ」
(なるほどねぇ……もしかしたらその予想、なかなか鋭いんじゃない? ワタシの可愛い青葉)
カオルの声に頷き、再び駆け出そうとして急ブレーキをかけ、その場にしゃがみ込む。
(ワタシの可愛い青葉、どうしたの?)
(いや……下を姉さまが通るのが見えて……)
(抜け出したのが見つかったら、怒られちゃうかな?)
(どうだろう……どっちにしても、心配はかけちゃうからな……それは避けたい)
(じゃあ、少し待ってから行こうね)
(うん。流石に走り疲れてきてたから、休憩できるのはむしろ助かるよ)
しばし屋根の上に伏せて待機し、物音が聞こえなくなるのを待ってから再び立ち上がる。
「取り敢えず、人の少ない場所を探そう」
(目標は?)
「人間。『何も探していない』人間」

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その⑥

ここのところ、1週間くらい連続で釣り場にあの少女がいた。何度やっても逃げ切れないので、奴から逃げるのは早々に諦めた。
「えへへ、お兄さんが私を受け入れてくれて、私は嬉しいですよ」
「受け入れたんじゃねえ、諦めたんだよ」
「こんなにぴっとり寄り添っても許してくれるんだから、どちらでもさして問題ではありません」
俺の左腕にひっついたまま、奴が言う。
「うるせえ離れろ暑苦しい!」
「あれ、おかしいですねぇ。私、体温の低さには自信あったんですけど……」
「………………」
奴はきょとんとした顔で答えた。実際、こいつの肌はひんやりとしていて、正直に言うとかなり快適だが、それを言ったら負けな気がするので言わない。
海面に目を戻したちょうどその時、いつもより近くであの巨大ウミヘビが顔を出した。
「うわぁ、かなり近いですねぇ。50mくらいでしょうか」
少女はやけにのんびりとした口調で言う。
「こっちに注意を向けたら、一瞬でぱくっといかれちゃいそうな距離ですね」
「あ、ああ……これ流石に逃げた方が良いんじゃ」
「いつものドーリィちゃんがきっとすぐ来てくれますよ。ところでお兄さん?」
「何だよ」
呼びかけられて奴の方を見ると、いつの間にか顔をぐい、と寄せてきていた。
「離れろ」
「はーい」
元の姿勢に戻り、奴が口を開いた。
「やっぱり、ビーストの出る海で釣りともなると、いくら向こうが海から出ないと言っても不安ですよねぇ」
「何だ急に」
「そんな時、強くてお兄さんに忠実な護衛の子がいると安心ですよね?」
「何が言いたい」
「やっぱり、ドーリィと契約してると、こういう時も安心して日常が送れますよね?」
「ええい結論だけ言え結論を」
「むぅ、分かりました」
奴は俺の腕から自発的に離れ、その場で立ち上がって両手を大きく広げてみせた。
「ここにフリーのドーリィちゃんがいます。しかもお兄さんと相性バッチリ! 契約のチャンスですよ、お兄さん」

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Trans Far East Travelogue85

俺達を乗せた船が九州沖を離れた頃、夫婦揃って船室の布団に入って早々,嫁が「済州で思い出したけど,日本におる韓国にルーツがある人達のうち多数派が済州島にルーツば持つ話ば聞いたことあるばってん貴方も済州にルーツはあると?」と訊いてきた。「まず,日本にいる韓国系の人の多数が済州にルーツを持つのは本当だけど、韓国の南部地域一帯にルーツを持つ人自体が多く日本にいて,そのうち済州の人も多いってことかな…理由はいくつかあるけど、かつての朝鮮半島は北が資源が豊富で比較的栄えていて,南側は九州に近付けば近づくほど平野から農業が厳しい山あいの土地になる。済州に至っては当時の技術では開発が難しい孤島で火山もあるから,経済的に本土の中部や北部ほど栄えておらず、しかも日本の中でも当時栄えていた北九州に近くて九州へ出稼ぎに行く人がいた。でも、時代が変わって韓国が独立した頃に半島全体の情勢は一気にきな臭くなって、他の地域と違う成り立ちを持つ済州は韓国の敵とみなされて多くの人が亡くなった悲しい時代が過ぎても暫くは貧しくて,日本に船で逃れた人もいて結果的に済州にルーツを持つ人が増えたんだ。俺の親戚は100%本土の人の子孫だから済州出身者はいないんだけど、俺は済州にもルーツあるよ」と返す。すると嫁が「貴方んことばり好きやけんもっと教えて」と言うので種明かしをする。「実は、母さんのお腹の中に俺の命を宿してもらった時に2人は新婚旅行先の済州にいた。でも、俺は日韓関係が冷え込んで日韓両国で差別やイジメと戦った小中の頃、野球を支えに生き延びたのと日本の血も引く東京生まれだから野球が好きな日本人として扱ってくれると嬉しいな♪」と返すと嫁は「貴方は東京ん誇りばい…カッコよかね〜」と言っているが俺はどう反応していいか分からず苦笑する。嫁は泣きそうな表情で「何か変なこと言うた?」と続けるので「東京の誇りって言ってくれるの嬉しいんだけど,カッコ悪いって言われた気が…」と返すと嫁は「ごめん…忘れとった…嫌われてしもたかな…」と泣き出すので「先祖の仇として憎んでいたはずの九州の人に恋して、その人の夫として幸せにしてもらっているから嫌いにはなれないし、君こそ福岡の誇りだよ。生まれてきてくれてありがとう。お陰で幸せ者さ」と本音を伝えて抱きしめながら口付けをすると嫁は泣き疲れたのか俺の腕でスヤスヤと寝息を立てて眠っている。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その④

青葉が疑問に思いながら戦闘の様子を見ていると、少し離れた場所から金属が擦れるような音が聞こえてきた。
そちらに目をやると、具足を身に纏った武者のような悪霊が、刀を引きずりながら霊能者たちの背後に忍び寄っている。霊能者たちは腕の悪霊に集中していて気付いていない。
「っ、危ない!」
叫びながら、青葉は屋根から飛び降り、武者の幽霊に持っていた杖で殴りつけた。
(……あっ、流石に出てきたらマズかったかな……さっさとここから離れよう)
武者の霊の構えた刀に杖を合わせ、押し返しながらその場を離れ、素早く横道に入り込んだ。
「あの落ち武者は……あれ?」
追ってくるであろう武者の霊を警戒して振り向いた青葉だったが、武者は道の前で立ち止まり、先ほどの霊能者たちがいた方をじっと見ていた。
「……来ない?」
霊能者らに向かっていく武者の霊を呆然として見送り、青葉はその場を離れた。
(ワタシの可愛い青葉。あの人たち、助けに行かないの?)
(うーん……私と違って本職の人たちだし、もう不意打ちにもならないだろうし……。それよりもちょっと気になることがあってさ)
(ほう? 気になること?)
再び屋根の上に登り、青葉は夜の街を駆け始めた。

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Flowering Dolly:ビースト辞典①

・アーテラリィ
大きさ:体長12m(完全体)
『魂震わす作り物の音』に登場したビースト。凡そ人型の外見をしているが、腕部が異常発達しており、逆に脚部は著しく退化している。移動時は両手を用いて這うように動く。
顎を巨大化させ、材質に関係なく摂食し養分に変える咬合力と消化能力に加え、腕部の体組織をミサイルのように発射する特殊能力がある。発射されたミサイルは、対象物に対してある程度の追尾性能を有する。
また、生命力に優れ、首と心臓が無事であればしばらくの間は生存できる。顎も残っていれば摂食によって急速に回復が可能。

・ニュートロイド
大きさ:身長2.2m、尾長2.5m
『Bamboo Surprise』に登場したビースト。外見は二足歩行する大型有尾両生類のようだが、両足は2本指で、頭部はどちらかといえばワニのような大型爬虫類のものに近い。眼球は無く、代わりに皮膚全体が受けた光を視覚情報として取り入れている。知能が高く、人語を理解し、高速並列思考が可能。本気で脳を回転させていると、周囲の動きがゆっくりに見える。今回は腕を捥がれて動揺していたため、それが起きなかった。
戦闘時には手足や尾を用いた格闘を行う。
体表からは粘液を分泌しており、これにはニホンアマガエルの粘液と同等程度の毒性がある。

・キマイラ
大きさ:体長8m、肩高3.5m
『猛獣狩りに行こう』に登場したビースト。外見は体毛の黒い巨大な獅子の肩から、ヤギの頭と竜の頭が生えたもの。
獅子頭は口から炎を吐き、竜頭には鋭い角と牙があり、山羊頭は声が怖い。冗談抜きに吠え声を聞くとまともな生物なら萎縮して動けなくなるか恐怖で失神するレベルで声が恐ろしい。

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Flowering Dolly;STRONGYLODON 解説編 1

企画参加作品「Flowering Dolly;STRONGYLODON」の解説編その1です。

・ストロンギロドン Strongylodon
モチーフ:Strongylodon macrobotrys(ヒスイカズラ)
身長:167cm 一人称:僕 紋様の位置:左手の甲 固有武器:翡翠色の長剣
翡翠色のジャケットとスラックスに白いブラウスで青緑色の髪のドーリィ。
飄々としており、掴みどころがない。
過去にマスターを失ったことで戦意を失い、ドーリィとしての本能が次のマスターの元へ自らを引き寄せようとも適合者と契約しないようにしていた。
物語の中で強かったのは覚醒による補正みたいなものかもしれない。

・幣島 祢望(少年) Heijima Nemo(The boy)
身長:153cm 一人称:ぼく
ストロンギロドンに何かと遭遇していた少年。
学年は小5。
平凡な感じの子だが芯はある。
ストロンギロドンの正体と自分に近付く理由、そしてその過去を知って、彼女のマスターになることを選んだ。
ちなみにフルネームは本編内で出そうとしたけど上手くいかず、ここで出すことになってしまった。
ちなみにリコリスのマスター・喰田 麗暖は同級生である。

・ストロンギロドンの前のマスター The former master of Strongylodon
ストロンギロドンの前のマスターだった少女。
年齢は中学生くらい。
ドーリィ・マスターとしてその責務を全うしようとした健気な子。
住んでいた街がビーストの襲撃にあった際、ストロンギロドンを置いて避難できなかったのか彼女の元に戻ろうとして亡くなってしまう。
彼女の死はストロンギロドンの心に影を落とすことになった。
実は名前が一応あるけど出さなくていいかなってことで出さない。

その2へ続く。

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その③

その夜遅く、青葉は長女が家を出る気配を自室で感じ取り、布団から抜け出した。
窓から部屋を抜け出し、蔵から持ち出した木製の杖を利用して敷地の塀を跳び越え、真夜中の街に繰り出す。
この日、街の至る所には霊能者と思しき人影があり、見つからないように青葉は屋根の上を移動することに決めた。
(……そういえばカオル)
心の中で、愛刀の半身に呼びかける。
(どうしたの、ワタシの可愛い青葉?)
(『力』って、この杖のことなんだよね?)
(まあね。なんでか今は眠っているみたいだけど……ワタシの可愛い青葉の愛刀〈薫風〉と同じように怪異に対して有効だから、役に立ってくれるよ。それに、〈薫風〉と違って持ち歩いても怪しまれない!)
(……たしかにね)
外見上完全に日本刀である〈薫風〉と比べて、全長1m程度のやや古風なただの杖にしか見えないそれは、普段携行するにはよほど適切に見えた。
「……っとっとっと」
民家から民家へ飛び移り、バランスを崩して屋根の上を転がりながら態勢を整える。立ち上がって服についた埃を払っていると、彼女のいた屋根の下、住宅街を貫く通りから人の騒ぐ声が聞こえてきた。
(……?)
屋根の端から、静かに顔を出して見下ろす。3人の霊能者が、無数の青白い腕の姿をした悪霊と交戦していた。
(……あれが、大量の霊能者を駆り出すほどの怪異? にしては大して強くもなさそうな……)

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その④

午後3時頃、釣果0で帰ってくると、ちょうどのタイミングで親から電話がかかってきた。テレビ通話をオンにして通話を始める。
「もしもし母さん?」
『あぁ出た出た。いつもの生存確認』
「もうそんな時期か。こっちは見ての通り無事だよ。怪我も病気もしてないし、ちゃんと飯も食ってる」
『そう、それなら良かった。でも、何かあったらすぐに他人に助けを求めなさい。こっちに来たって良いんだから。大体なんでそんな危険な場所に残ったんだか……』
「別に良いだろー。郷土愛だよ郷土愛。強いドーリィだっていんのに、むしろみんながビビり過ぎなんだって」
『はいはい。…………ところで』
向こうの視線が何だかおかしい。やけに画面端を気にしているような……。
『その子、誰?』
「あー?」
母の言葉に横を向くと、いつもの釣り場で出会ったあの少女が満面の笑みでこちらを見返していた。
「……………………」
何か言おうとした奴の口にブロック・ミール(保存食)をぶち込み、下手なことを言わないようにしてからスマートフォンに向き直る。
「最近できた友達。ちょっと用事があって来てもらってんだよ」
『へえ……?』
「っつーわけで忙しいから切るぞ。じゃ」
いやににやついている母親に手短に挨拶して通話を切り、少女の方に向き直る。

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Flowering Dolly;STRONGYLODON Act 11

「…」
青緑色の髪の少女は地面に着地すると、静かに後ろを振り向く。呆然と少女の戦いを見ていたドーリィたちはハッと我に返った。
「貴女…」
リコリスはそう言いかけるが、青緑色の髪の少女は前を向いて歩き出す。リコリスはあ、ちょっと⁈と彼女を追いかけ始めた。ゼフィランサスとアガパンサスもリコリスに続く。
「どこへ行くんですの⁈」
「どこって少年たちが避難している所だよ」
「それは分かっていますけれど…」
貴女、どうして急に戦う気になったんですの?とリコリスが尋ねると、青緑色の髪の少女はぴたと足を止める。
「やっぱり、アテクシたちを…」
「別に、君たちを助けたいからとかじゃないよ」
リコリスが言い終える前に青緑色の髪の少女は返す。
「僕はまた戦う理由ができた、それだけさ」
少女がそう言っていると、あ!と聞き覚えのある声が聞こえた。
ドーリィたちが見ると裏通りから避難所に逃げていた少年の姿が見えた。その傍にはドーリィ・マスターたちもいる。
「さて、マスターたちの所に戻ろうかね」
青緑色の髪の少女はそう呟くと、少年たちの方へ歩き出す。リコリスたちはその様子を後ろから黙って見ていたが、不意にリコリスはねぇ!と呼び止める。
「貴女、そう言えば名前を聞いてなかったけれど」
名前は?とリコリスは青緑色の髪の少女に尋ねる。少女は振り向かずに答える。
「…ストロンギロドン」
それが僕の名前さ、と少女はまた歩き出す。
リコリスたちはその様子を静かに見送った。

〈おわり〉

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その③

次の日、朝早くいつもの釣り場に行ってみると、昨日の少女が既に釣りを始めていた。何となくその場から離れようとすると、突然こっちに振り向いてきた。
「あっお兄さん。んへひひ、おはようございます」
「………………」
1歩後退る。少女が立ち上がった。もう1歩後退る。こちらににじり寄って来た。後ろを向いて走り出す。一瞬で追いつかれて背中に貼り付かれた。
「だああ離れろ! 昨日から何なんだよお前はぁっ!」
「うひひひひ……」
「だっかぁらあっ! 笑って誤魔化してんじゃあねえ!」
体感数分の格闘の末、ようやく少女を少し引き剥がしたのとほぼ同時に、遠くでウミヘビが顔を出した。思わずそちらに視線が向く。
「あれ……今日はいつもより近くに出てきましたね?」
「あ? そうか?」
「そうですよぉ……いつもより3倍近いです。今、大体ここから100mくらいの距離ですかね?」
「そういや何かデカいとは思ったけど……」
「まあ……こっちには来ないでしょうし。それよりお兄さん、今日は釣りしないんですか?」
「いやビーストが近くにいてできるわけ無いだろ。あと離れろ」
ウミヘビに気を取られた隙に再び身体をすり寄せてきた少女の頭を掴んで引き剥がそうとする。何故か奴はすごい力で引っ付き続けていた。
「んへへ、こわいのでもう少しくっつかせてください」
「駄目に決まってんだろ離れろ」
「こんな美少女に抱き着かれてるのに、何が嫌なんですか?」
「もう3倍血色良くなってから出直せ阿呆」
「体型はこのくらいが好み……と」
「馬鹿なの?」
再び引き剥がそうとしていると、上空を何かが物凄いスピードで通り過ぎて行った。
「うおっ」
「おやいつものドーリィちゃん。朝早くから大変ですねぇ」
「あれが来たなら、もう大丈夫か」
「少なくとも陸地は安心安全でしょうねぇ」
「なら離れろ」
「腰が抜けててむりそうでーす」
「ナメてんじゃねえぞ」

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五行怪異世巡『霊障遣い』 その②

翌朝、青葉が目覚めて居間にやって来ると、長女と平坂が話し合っていた。
「あれ、潜龍さん。あ、姉さまおはようございます」
「あらおはよう青葉ちゃん」
姉に頭を下げ、青葉は平坂に近付いて行った。
「やっぱり頼るんですね」
「ああ、人手は多かった方が良い」
「正しい判断だと思いますよ」
親しげに話す二人に、青葉の姉は首を傾げた。
「青葉ちゃん、いつの間に仲良くなったの?」
「まあ、少し縁がありまして。姉さま、頑張ってくださいね」
「ええ」
青葉は居間を後にして、母屋から出た。
(ねえ、ワタシの可愛い青葉?)
「……なに、カオル?」
青葉に憑依した愛刀の半身が、脳内に直接響く声をかける。
(『力』、欲しくない?)
「……力?」
(そう。今この街に現れている何かに立ち向かうための力)
「……”潜龍神社”が動いてて、姉さまも出るのに、無力な私なんかいらないでしょ」
(ねえ、ワタシの可愛い青葉? ワタシは『欲しいか』って訊いたんだよ。『必要か』じゃなく、ね)
どこへ行くでも無く庭を歩いていた青葉は、カオルの言葉に足を止めた。
(客観的な要不要じゃなく、ワタシの可愛い青葉の素直で正直な願望を聞きたいな)
「…………どうすれば手に入るの?」
(そう来なくっちゃ。この家には大きな土蔵があったよね? そこに行って)

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Flowering Dolly:アダウチシャッフル キャラクター紹介

・ヴィスクム
モチーフ:Viscum album(ヤドリギ)
身長:139㎝  紋様の位置:左の掌  紋様の意匠:絡み合う蔦草の輪
紅白のもこもことした防寒衣装に身を包んだ、深緑色のショートヘアのドーリィ。
得意とする魔法は、対象と自身の肉体のスワップ。紋様の浮かぶ左手で触れた相手の肉体の一部を、自身の同じ部位と入れ替えるというもの。他人の身体の一部を借りた状態でその部位に触れれば発動する。
①魔法発動のトリガー(左掌の接触)②魔法発動の意思(ヴィスの脳で決定)③スワップ対象範囲の選択(ヴィスの脳で決定)の3要素が魔法行使に必要なのでたいへん厄介。
固有武器は全長1.2m程度の全く同じ形状の直剣7振り。7本全部合わせて1つの武器。
戦闘時に動かしやすいように、マスターのキリの成長に合わせて身長を変えている。なお契約してからの約6年、彼女の成長量は合計1㎜にも満たない模様。
キリに身体強化を施した自身の腕や脚をスワップすることで彼女も戦えるようにしたり、キリの負傷部位を自身の無傷のパーツと入れ替えつつ自身が受け持った負傷部位は回復魔法で治癒するなど、マスターのサポートに魔法を使う傾向にある。ちなみに最強なのは右腕だけをスワップした状態。手を叩く度にスワップの魔法で全身をスワップし、位置の入れ替えを行いながら大量の剣で斬りかかるコンビ戦術が鉄板。
Q,なんでキリちゃんの肌の傷痕は治してあげないの?
A,「傷だらけのちょっとワイルドなキリちゃん素敵♡」だそうです。ふざけてるよね。

・キリ
年齢:16歳  性別:女  身長:139㎝
ヴィスクムのマスター。ヴィスクムのことは「ヴィス」「サンタクロース」「相棒」などと呼んでいる。生育不良の肢体と全身小麦色に日焼けした傷だらけの肌が特徴的な黒髪ショートヘアの少女。
元は片親の家庭だったが、幼い頃に、あるドーリィのマスターだった父親がビーストの被害に巻き込まれてドーリィ諸共死亡し、それ以来ビーストたちへの復讐のために生きてきた。ある時遭遇したビーストから致命傷を受け、死にかけていたところをヴィスクムにマスターにされる形で命を救われた。
自分の肉体に対する執着心が乏しく、負傷にあまり気を払わない。これはヴィスクムの魔法も悪いところある。

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Flowering Dolly:アダウチシャッフル その⑥

ヴィスクムはその場でクラウチングスタートの構えを取り、全身に身体強化の魔法を高威力で巡らせた。
(キリちゃんをあの有毒空間の中にあまり長い時間いさせるわけにはいかないからね。『一瞬』で、突き抜ける!)
超高速で射出されるように、ヴィスクムは毒霧の中に飛び込んだ。そしてキリとスワップした右手と自身の左手を打ち、勢いそのままにキリと全身をスワップする。
キリはちょうど両手の位置に生成されていた2本の剣を握り、ビーストの心臓部を狙う。
それを迎撃しようとした8本の首には、転移術によって出現したヴィスクムが対応する。半数の4本は剣の投擲によって地面に縫い留められ、残り4本は剣1本で捌かれ、そのうち1本は切断された。
「そのまま……突っ込め!」
完全に防御の空いた胴体に到達したキリは、速度の乗った1撃目で鱗の装甲を破壊し、勢いの減衰しないままの2撃目で肉を貫き、骨を打ち砕き、心臓を破壊しながらすれ違った。そのまま廃墟の壁に衝突しそうになるキリを、転移したヴィスクムが抱き留める。
「やったよキリちゃん。君が倒したんだ」
「うん……ヴィスもありがと。私だけじゃまず無理だった」
「そりゃキリちゃん、ただの発育不良の人間だし……。ほら、帰ろう? こんなに大きなビースト倒したんだから、きっと手当もたっぷり付くよ。美味しいもの食べてゆっくり休もうね」
「ん」
2人は並んで、SSABへの道を歩き出した。

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Flowering Dolly;STRONGYLODON Act 10

「ご機嫌はいかがかい」
僕はまぁまぁなんだけど、と少女は首を傾げる。ビーストは唸り声を上げるが、少女はこう言った。
「…残念だけど君にはここで退場してもらおうか」
青緑色の髪の少女はそう言うと、ビーストの目の前から消えた。ビーストは目の前の少女がどこへ行ったのか困惑するが、突然背後に気配を感じた。ビーストが身をよじって後ろを見ると、翡翠色の長剣を持った少女が斬りかかってきていた。
「“{”{$‼︎」
ビーストは咄嗟に光壁を張って少女の攻撃を弾く。しかし少女は即座に姿を消して今度はビーストの頭部の右側に現れた。
ビーストはそちらに顔を向けて火球を吐くが相手は手に持つ長剣で火球を弾く。そしてまた瞬間移動してビーストの右目に長剣を突き立てた。
「€|${‘|*$]$\>\^]$\‼︎」
ビーストの右目からはドス黒い血が溢れ、ビーストは悲鳴を上げた。そのまま少女は瞬間移動し今度は左目に長剣を突き立てる。先程以上にビーストは絶叫し、その場でじたばたと暴れた。
「君には街を破壊したお仕置きが必要だね」
不意にビーストの目の前で少女の声が聞こえる。ビーストは火球を吐こうとするが、青緑色の髪の少女はすぐに高く飛び上がった。
そして少女は数十メートルの高所から長剣を構え、ビーストの目の前に来た所で長剣を振り下ろした。
ビーストの脳天は斬り裂かれ、ビーストはその場に崩れ落ちた。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その②

「全然釣れないのも、ビーストの影響ですかねぇ?」
少女の方を見ると、ニタニタと意地の悪そうな表情でこちらを見上げている。
「何だお前」
「釣り人です」
「なら釣りしてろ」
「でも魚いないし……」
「それはそうだけども……」
取り敢えずウミヘビの方には注意を向けつつも、釣りを再開した。30分ほど、隣にすり寄ろうとしてくる少女を片手で牽制しながら釣り糸を垂らしていると、沖合の巨大ウミヘビが急に仰け反った。
「お、ようやくドーリィが来たな……」
「来ましたねぇ。今回も追い払うだけになるんですかねぇ」
「あのウミヘビ、無駄にタフだからな……。頑張ってほしいけどなぁ……」
「あの子のお陰で上陸してまで大暴れしたりはしないですから、それだけでも十分助かりますよね。まあアレのせいでこの町の漁業関係者は大体職を失っちゃいましたけど。海に出たら沈められちゃう」
「こうして堤防釣りしてる分には平気だから良いんだけど……いや全然良くねーか」
「んひひ…………あっ」
少女の声に海面を見ると、彼女の竿から伸びる糸が引かれている。
「かかったけど……雑魚ですねぇ……」
そう言いながら、少女はしばらく釣竿を上下させていたが、急に糸が引かれなくなった。
「逃げられちゃいました」
「そうか」
ウミヘビの方から爆発音が響いてきた。
「やったか?」
「やってないんじゃないですかね」
そっちを見てみると、巨大ウミヘビはまだ生きているようだった。
「ほらぁ」
「マジか……」

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Flowering Dolly;STRONGYLODON Act 9

しかし逆に頭部分の皮膚はあまり硬くないため頭部を狙えば勝ち目がありそうだったが、このビーストは火球を口から吐くため簡単には攻略できなかった。
「アガパンサス」
不意にリコリスが名前を呼んだので、アガパンサスはどうしたのリコリス?と彼女の方を見る。
「貴女…ビーストを囲うようにバリアを張ることってできるかしら⁇」
急に聞かれてアガパンサスはえっと…と少し考える。
「多分できるわ」
「ならお願い!」
そう言うとリコリスはゼフィランサス!と声をかける。ゼフィランサスははいっ!と返した。
「貴女はアテクシと共にアガパンサスからビーストの気を逸らすわよ!」
「あ、はい!」
リコリスはビーストの後ろへ回り込むように走り出す。ゼフィランサスもそれに続く。
ビーストは2人を追いかけ始めたが、突然目の前の何かにぶつかった。アガパンサスがビーストの周りに光壁を張ったのだ。
「$~€|+{£|>|*{£_€_>‼︎」
ビーストは光壁を破壊しようと体当たりするが、光壁はびくともしない。
「今よ!」
2人共‼︎とアガパンサスが叫ぶと、リコリスは高く飛び上がって赤い2振りの刀を構える。そしてビーストがいる光壁の中に飛び込んでいった。
ビーストは口から火球を吐いて応戦するが、リコリスは火球を刀で弾く。そのまま彼女はビーストの脳天目がけて斬りかかった。
しかしリコリスはビーストの目の前で見えない壁のようなものに弾かれた。
「⁈」
何が起きているか分からないままリコリスは地面に落下する。ビーストがバリアを張った、そのことに彼女が気付いた頃には、ビーストが自らが生成した光壁でアガパンサスの光壁を破壊していた。
「…嘘でしょ」
ゼフィランサスが慌ててキャッチしたことでリコリスは無事地上に着地できたが、ビーストは逃げ出してしまった。
リコリスは思わず呆然とするが、不意にビーストは通りの真ん中で立ち止まった。ドーリィたちが見ると、ビーストの目の前には青緑色の髪で翡翠色のジャケットとスラックス、白いブラウスの少女が立っていた。その左手には青緑色の花の紋様が浮かび上がっている。
「貴女…まさか‼︎」
あの少年と!とリコリスは驚く。ゼフィランサスとアガパンサスも目を丸くした。
青緑色の髪の少女はビーストを見上げてやぁと微笑む。

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Flowering Dolly:アダウチシャッフル その⑤

「相棒ぉっ!」
体外に続く穴に向けて、キリが呼びかける。
「はいはーい……っと!」
ヴィスクムは体外からビーストに接続された左腕に転移術で接近し、その掌を『キリの左手で』叩く。
「スワップ」
魔法が発動し、『ヴィスクムの左腕』と『キリの左腕』の位置が入れ替わる。
(よし、これで私の腕は取り戻せた)
そのまま己の下に戻ってきた左腕で、ビーストの胴体に軽く触れる。『ヴィスクムの左腕』と『ビーストの左前腕』が入れ替わり、竜の腕がヴィスクムに移動する。
「っはは、でっかいだけあって腕も重いね! これで……そおりゃっ!」
そのまま、竜の腕でビーストの頭部の1つを殴り潰した。残り8つの頭部は同時に咆哮をあげ、一斉にヴィスクムに襲い掛かる。その1本は、彼女のかざした竜の腕を噛みちぎった。
「あぁららー、自爆だね?」
挑発的に笑ったのと同時に、ヴィスクムの身体はビーストの体内に転移した。キリが自身に移動していたヴィスクムの左腕で、2人の位置を入れ替えたのだ。
「そしてぇ……ぽいっと」
短距離転移術で体外に移動し、毒霧の範囲外に出現してからキリと入れ替わる。
「キリちゃん、身体は大丈夫? 毒霧はまだ収まってないけど……」
隣に転移してきたヴィスクムに、キリは親指を立ててみせた。
「息止めてたから大丈夫」
「それなら良かった。……さぁて。お腹に大穴、片腕欠損、頭も1つ取った。一気に決めちゃおうか!」
「うん。手ぇ貸してもらうぞ、相棒」
キリは立ち上がり、左隣のヴィスクムと手を叩き合わせた。

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Flowering Dolly;STRONGYLODON Act 8

「どうせ戦えないし戦う気もないのだから、ここで全部終わらせるのが1番いい」
そうすれば、あの子の所にと青緑色の髪の少女は空を見上げる。少年は思わず俯いた。
「…そんなの、間違ってる」
間違ってるよ!と少年は叫ぶ。その言葉に青緑色の髪の少女はちらと少年の方を見た。
「大切な人を失ったからって、自分もいなくなっていい訳がないよ!」
なんで諦めちゃうんだよ!と少年は言う。青緑色の髪の少女はだってと呟く。
「もう僕には戦う意味なんて」
「意味はあるよ‼︎」
少年は彼女の言葉を遮るように声を上げる。
「…ぼくは、知ってる人に死んでほしくない」
例えあなたであっても、と少年は続ける。
「あなただって、知ってる人に死んでほしくないんじゃないんですか⁇」
だからぼくに逃げろって言うんでしょ、と少年はしゃがみ込む。
「なら、一緒に生きましょう」
せっかくならぼくはあなたと契約したって構わない、と少年は青緑色の髪の少女の目を見る。青緑色の髪の少女は思わず目を逸らす。
「で、でも、僕のマスターになったら君は」
「大丈夫です、ぼくは死にません」
ビーストなんかにやられないから、と少年は真剣な面持ちで言う。青緑色の髪の少女は目をぱちくりさせた。
「…本当にいいのかい、少年」
君は、もしかしたら過酷な目に遭うかもしれないよと青緑色の髪の少女は訊く。少年は分かってますと頷く。青緑色の髪の少女は暫くの沈黙ののち、ため息をついた。
「分かった」
そう言って青緑色の髪の少女は立ち上がる。
「君と契約しよう」
「うん」
少年がそう頷くと、少年と青緑色の髪の少女の左手の甲に青緑色の花の紋様が浮かび上がった。
「じゃ、行ってくる」
彼女がそう言って右手の指を鳴らすとパッとその場から消えた。

避難所となっている小学校近くの通りにて。
大型爬虫類のような姿のビーストが、3人のドーリィと戦っている。ドーリィたちはそれぞれ武器を携えて果敢に攻めるがビーストは周囲の建物を崩したり火球を吐いたりして応戦していた。
「…このままじゃラチが空かないわね」
2本の赤い刀でビーストに斬りかかったリコリスがふと呟く。相手のビーストの胴体の皮膚は鱗に覆われている訳でもないのに硬質で、魔力による強化をしても中々刃が通らなかった。

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Flowering Dolly:猛獣狩りに行こう キャラクター紹介

・ハルパ
モチーフ:Harpagophytum procumbens(ライオンゴロシ)
身長:160㎝  紋様の位置:左前腕  紋様の意匠:猛獣の横顔
民族風の露出の多い衣装を身に纏った、茶髪のドーリィ。髪の毛はボブヘアだが、一部が垂れた獣の耳のように跳ねている。歯は全体的に長く鋭く尖っている。
固有武器は黒い槍。標準の長さは2m弱だが、その質量は明らかに槍の体積と不釣り合いなほど異様に大きい。推定適正サイズは全体が鋼鉄でできていると仮定した場合、全長約85m。
得意とする魔法は、固有武器の変形。槍の全体を自由に変形させ、主に投擲によって攻撃する。敵に突き刺せば穂先が無数の棘として分裂し、投げれば分裂した棘が無数の散弾のごとく広範囲を埋め尽くすように飛んでいく。それ以外にもマジックハンド代わりに使ったりもする。
野良ネコのような生き方をしており、マスターはいるが、それがどこの誰なのかを知っている人間はかなり少ない。
人語を解するらしいのだが、彼女が言葉を発しているところをみたことがある者はあまりいない。

・リク
年齢:37歳  性別:男  身長:180㎝
ハルパの“マスター”。ハルパを置いて離れた土地でビーストから人々を守るために活動している。ちなみに契約は10年ほど前。離別は契約の約3年後。せっかく契約してくれた唯一無二の相棒を捨てて(語弊)遠い土地に逃げた(語弊)人間のクズ(語弊)。いや実際はかなりの聖人なんですよ? ほんとほんと。
Q,何故ハルパを置いていった。
A,契約さえしておけばハルパは強いので1人でもやっていけるから。町には彼女の強さが必要だった。
ハルパの長く鋭い牙で頸動脈スレスレを噛まれても「寂しかったんだねよしよし」で済ませる胆力の持ち主。あの時はハルパに血管の表面を牙の側面でぷにぷにされていました。少しでも回避しようとしていた場合、出血多量で死んでいた。
ハルパの「ハルパ」呼びを始めたのは彼だし、ハルパが今住んでいる町で馴染めているのも3割くらい彼のおかげだったりする。残り1割はSSABの尽力、あとの6割はハルパちゃん自身の愛嬌と人望と人徳。

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五行怪異世巡『きさらぎ駅』 その⑨

3人は駅のホームから線路へ飛び下り、元来た方向に向けて歩き始めていた。
「カオル、質問良い?」
線路上を歩きながら、青葉が尋ねる。
「んー? ワタシの可愛い青葉、もちろん良いよ」
「さっき言ってた『一番薄いところ』って?」
「そうだなぁ、ワタシ達はどうやってこの駅に来たっけ?」
「そりゃ、電車に乗って……」
「なら普通に考えて、線路を辿れば元の場所に帰れるはずだよね」
「これがオカルトな異次元だったりしたら、そう上手くはいかないけどねー」
水を差す白神を鋭く睨み、カオルは言葉を続ける。
「『辿ってやって来た道』。その事実自体が『外』との繋がりなんだよ。ついでだから、もう一つくらい条件が揃ってくれれば嬉しいんだけどねぇ……」
そのまま数十分ほど歩き続けていると、線路の先にトンネルが見えてきた。
「見つけた。トンネル、良いね。隔たりを越えるための道。彼我を繋ぐ穴。最高に近い」
歩みを速め、3人はトンネルの目の前で立ち止まった。
「さっさと終わらせようか。おい妖怪、あの電撃、こっちに撃ってきて」
「りょーかい。アオバちゃん、離れてた方が良いんじゃない?」
「平気。ワタシが守ってるんだから、ほんのぴりっとだって痛みやしないよ」
「それじゃあ……それっ」
白神が腕を振るい、電撃を青葉とカオルに向けて飛ばした。青白いその電光はカオルが翳した右手に吸い込まれ、刀剣のような形状に固定される。
「……失せろ、怪異。ワタシの可愛い青葉を、解放してもらうぞ」
そう呟きながら、カオルが雷の刃で虚空を切り裂く。その軌道に沿って空間上に亀裂が走り、3人の姿は強い光に包まれた。

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皇帝の目_6

チトニアは焦った。突然梓が目の前からいなくなったために軽くパニックになっているのである。ビーストは床を這い回り、チトニアの周りをぐるぐると回っている。
「わ、私…ご主人様守れなかった…」
と、チトニアがめそめそしだしたとき
「ち!と!に!あ!」
「!?」
声が聞こえた。
「下!ちょ、早く拾って!!」
「下…」
チトニアが下を見ると小さな梓が走っていた。…ビーストに追われて。
「きゃあああ!!梓!ちっちゃい!!」
慌てて拾うとビーストも追随して飛び上がる。
「チトニア、こいつと目合わせちゃだめだぞ」
ビーストは小型で素早く、面倒とは思っていたがここまでとは思っていなかった。チトニアは両手が塞がっているので、目が合う前にと慌てて噛みついてみたが、当然の如く逃げられた。
「あ、梓…ごめんねぇ、私がいたのに」
「どんまいどんまい、気にすんな。それより、私、思ったことがあるんだけど」
「なに?」
「あいつ、目の周りに腕生えてんじゃん?あの生え方、絶対視界の邪魔だと思うわけ。でもわざわざああいう生やし方してるってことは、目、守んなきゃいけないとこなんじゃないかなって」
「弱点…てこと?」
「そう。攻撃手段かつ弱点なんだと思う」
「だったら…」

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Flowering Dolly:Bamboo Surprise キャラクター紹介①

・ササ
モチーフ:Sasa veitchii(クマザサ)
身長:130㎝  紋様の位置:左の鎖骨近く  紋様の意匠:クマの掌
ロリータ風の衣装に身を包んだ、黒髪ショートヘアのドーリィ。肌はかなり白い。
固有武器はピンク色のテディベア「クマ座さん」。常日頃から抱えており、他人とのコミュニケーションには、腹話術人形のように使う。戦闘時には牙や腕・爪など一部が瞬間的に巨大化し、敵をボコボコにしてくれる。極度の人見知りで、マスターのサヤ以外とは腹話術でしか話せない。フィロさんとは共闘したからセーフ。
得意とする魔法は、対象の外見変化。見た目だけを変えるある種の幻覚魔法であり、対象と異なる大きさの外見を貼り付けても当たり判定は対象の元々のものを参照する。ちなみにこの幻覚はあらゆる感覚器や観測設備・手段によってその外見と認識されるため、看破は不可能。赤外線とかX線とか透視とか正体看破の魔法でも貼り付けた外見の方でしか認識できない。質量で違和感に気付くくらいしか方法が無い。

・サヤ
年齢:11歳  性別:女  身長:130㎝
ササのマスター。幼い頃(大体5歳になる少し前くらい)に自分以外の家族全員をビーストに殺されており、それ以来かつての生家があった廃墟群を拠点にストリート・チャイルドのような生活をしている。対策課に行けば助けてもらえるはずなのだが、そんなこと幼子が知っているわけは無いので。
ササとは完全な鏡映しレベルで瓜二つで、全く同じ外見の衣装を作ってもらい身に付けている。さながら双子。テディベアももらった。戦闘時は自身も前線に出て、ササと同じ外見を利用して敵を翻弄する。幼少期に十分な愛情を受ける前に両親が亡くなったために自分の身体に大して執着が無いので、怪物が目の前に居ても怖くない。だから囮役も平気でこなせる。

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Flowering Dolly:釣り人の日常 その①

早朝から釣りをしていたが、4時間経って周囲が明るくなっても、雑魚の1匹も釣れなかった。
まあ、釣りは成果ばかりが全てじゃ無し。この辺りは頻繁にビーストが現れるということで誰も寄り付かないから、1人でのんびり過ごすことができる。まあ実際には海上に現れるだけで上陸してこないからあまり問題無いんだが。
「………………」
不意に、背後から軽い足音が聞こえてきた。足音の主は自分から少し離れたところで立ち止ったようだ。そちらに目を向けると、病的な白い肌をして目の下に濃いクマを作った、貧相な体つきの少女がこちらをじっと見つめていた。バケツと釣り竿を携えているところを見るに、彼女も釣りにやって来たようだ。
「……お隣、よろしいです?」
「…………いやまあ良いッスけど……」
しぶしぶ了承すると、2mほど離れたところに腰を下ろして釣り糸を垂らし始めた。
「…………」
「…………」
たいへん気まずい。取り敢えず、2mほど追加で距離を取る。
「?」
横から何かが動く気配を感じ、彼女の方を見ると、こちらに少し近付いて来ていた。再び離れる。彼女の方を見ていると、こちらを見もせずに再び距離を詰めてきた。
「………………」
「………………」
離れる。近付かれる。それを何度か繰り返しているうちに、いつの間にか彼我の距離は1m程度にまで縮んでいた。
「何なんだお前ぇっ!」
「……うひひ」
「笑って誤魔化すな!」
その時、沖の方で何かが海面から勢い良く飛び出した。そちらに目をやると、巨大なウミヘビのようなビーストが暴れている。
「……またビースト。最近特に多いですねぇ」
目を離した隙に至近距離まで接近していたあの少女が話しかけてくる。
「お陰で、最近じゃ余所に引っ越す人たちも増えちゃって……」
「まあ仕方ないんじゃないか? あと近付くな」

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Flowering Dolly:アダウチシャッフル その④

少し離れた建物の屋根の上から、毒霧を眺めていたキリの隣に、ヴィスクムが転移魔法で現れた。
「ヴィス、倒した?」
「ごめんまだぁー」
「じゃあなんで戻って来たの……」
「いやぁあはは……。あ、そうそうキリちゃん。1個お願いがあってね?」
そう言いながら、ヴィスクムは右手の小指を立ててウインクしてみせた。
「指1本で良いんだけど、貸してくれない?」
「それくらいは別に」
キリの差し出した右手に、ヴィスクムは左手を叩きつけた。
「ありがと、キリちゃん。それじゃあ行ってくるね」
「ん」
ヴィスクムは短距離転移によって再びビーストの頭上に移動する。
「お待たせ、モンスター! さーぁかかって来い!」
首の1本が大口を開き、ヴィスクムを食い殺さんと迫る。ヴィスクムは空中で身体を丸め、その口腔に自ら飛び込んだ。食道を通り抜け、胃袋の中に落下する。
「うへっ、胃液でべしゃべしゃする…………それじゃ、溶けちゃう前に片付けようか」
キリとスワップした右手の小指で、左の掌を軽く叩く。2人の身体は大部分が入れ替わり、ヴィスクムの代わりにキリが内臓の中に現れた。
「うおっ、ヒリヒリする…………さて」
キリは素早く周囲と自身の肉体の状態を確認する。左腕の肘から先は、どうやらヴィスクムのものになっているらしい。
「………………」
左手を胃壁に当てて数秒。ビーストの肉体が大きく揺れた。ビーストの左前肢とスワップされていた左腕が入れ替わったのだ。更に、ビーストの巨体を支えていた長く太い脚部が突然体内に出現したことで、それは勢い良くビーストの身体を突き破る。

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Flowering Dolly;STRONGYLODON Act 7

「彼女は積極的に僕の“マスター”であろうとした」
学生ながら僕の戦いのサポートをしてくれてたし、僕も彼女に寂しい思いをさせないようにしてた、と青緑色の髪の少女は呟く。
「…だけどある日、僕らがいた町にビーストの群れが襲来した」
僕は町で数少ないドーリィだったから本気で戦ったし、マスターは住民の避難を手伝ってたと青緑色の髪の少女は言う。
「なのに」
マスターは、僕を置いて自分だけ逃げたくなかったのか、町に戻ろうとして…と青緑色の髪の少女は顔を手で覆う。
「ビーストに殺されてしまった」
青緑色の髪の少女は震える声で言う。
「僕が、どうにかビーストを倒し切って、マスターを探しに町の外の避難所へ行ったけど見つからなくて、それで町に戻ったら…」
青緑色の髪の少女の声に嗚咽が混じった。
「…僕のせいだ」
ドーリィにとってマスターは守らなきゃいけないものなのに、守りきれなかったと青緑色の髪の少女は肩を震わせる。
「こんな僕に戦う資格も、マスターを得る資格もないと思ったよ」
それなのに、と青緑色の髪の少女は続ける。
「僕の、ドーリィとしての“本能”が、僕自身を新たなマスターに適した人間の元へ引き寄せてしまうんだ!」
僕の“本能”が、戦えと言っているんだと青緑色の髪の少女は声を上げた。
「なんで、なんでなんだよ」
なんで僕は人間と違って、悲しむ余裕も与えられないんだよと青緑色の髪の少女は拳を膝に打ちつけた。少年はただ黙ってその様子を見下ろしていた。
「大変だ‼︎」
不意に、2人の耳に体育館の正面入り口の方から騒ぎ声が聞こえた。
「ビーストが、ビーストが、避難所に向かってきてる‼︎」
なんだって⁈やそんなぁと避難所の人々に動揺が広がる。少年は思わず避難所内の方を見て呆然とした。
「…少年」
不意に青緑色の髪の少女が呟いたので、少年は彼女の方を見る。
「今すぐここから逃げた方がいい」
じきにビーストがここを破壊する、と青緑色の髪の少女はこぼす。
「…あなたは、どうするんですか?」
少年がそう尋ねると、青緑色の髪の少女はどうするも何もと返す。
「僕は、ここに残るだけさ」
その言葉に少年は言葉を失う。