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赤黒造物書店 前

大きな駅に直結する大規模商業施設の片隅にて。
1人の赤髪にキャップ帽のコドモが鼻歌交じりに通路を歩いている。
赤いスタジャンのポケットに両手を突っ込みながら歩くコドモは、ふと何かに気付いたように書店の前で足を止めた。
書店に入ってすぐの料理本売り場で、見覚えのある人影が本の立ち読みをしている。
外套に付いている頭巾を被っているものの、赤髪のコドモには誰だかすぐに分かった。
「おい」
赤髪のコドモがその人物に近寄って声をかける。
頭巾の人物はビクッと飛び跳ねて立ち読みしていた本を閉じ、平置きされている本の上に置く。
「なーにやってんだよ」
ナハツェーラー、と赤髪のコドモはにやける。
「…」
ナハツェーラー、もといナツィは頭巾を外しつつ赤髪のコドモの方をちらと見た。
「お前か」
「そうだぜ」
露夏だぜと赤髪のコドモは笑う。
「それにしても珍しいな、お前が本屋になんて」
何読んでたんだ、と露夏がナツィの方を覗き見ると、平置きされている本の中に先程まで読んでいたと思しき本が無造作に置かれていた。
「えーと、なになに…“初めてでも簡単☆チョコレート菓子”ってなに、お前こういうの読むのかよ」
露夏がタイトルを読み上げると、ナツィはちょっ、やめろテメェと恥ずかしそうにする。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その①

とある満月の夜、午前1時過ぎ。送電鉄塔の上に立ち、種枚は街並みをぼんやりと見下ろしていた。
「師匠ぉー、可愛い弟子が部活疲れでしんどい身体をおして来ましたよぉ」
突風と共に背後から聞こえてきた声に振り向くと、防寒着に身を包んだ鎌鼬が立っていた。
「ようやく来たか、馬鹿息子」
「だからせめて弟子と呼んでくれって……」
不意に夜風が吹いて来て、鎌鼬は思わず屈み込んだ。
「うわ寒っみい」
「ハハハ、無糖のホットコーヒーで良ければくれてやろう」
種枚が放り投げてきた缶を受け取ったものの、その冷たさに鎌鼬は缶を取り落としかけた。
「めっちゃ冷たいンスけど⁉」
「そりゃ私が1時間くらい前にカイロ代わりに買ったやつだからねェ」
「それはもうホットと呼んじゃいけないやつッスよ……」
缶をそのままコートのポケットに入れ、再び立ち上がる。
「なァ息子よ、見えるかい?」
隣に立った鎌鼬に、種枚は眼下に広がる街の一か所を指差した。
「中央駅ッスね。……あ、消えた」
営業終了に伴い施設が消灯され、夜闇に紛れるその瞬間だった。
「これでいよいよ、この街も眠る時間だ。ここから先は、人間の領域外だぜ。今のうちに始末できるだけ始末していくぞ」
「ッス。……けど、なんで俺も行かなきゃならないんです? 眠いンスけど……」
「あァー? お前放っておくとすぐ心ブッ壊れるだろーが。私が見張っといてやらなくっちゃな」
鎌鼬の頭を乱雑に撫で、種枚は鉄塔を飛び降りた。鎌鼬も苦笑し、髪を直しながら異能を発動し、種枚の後を追った。

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告白2

「知らないよ、僕が聞きたいくらいだ」
幼さゆえか、当時の僕は少し怒った声色でそう言ってしまった。その子は驚いていた。まぁその子にしてみれば逆ギレだ、驚くのも無理はない。
「嘘つき!!」
言葉に詰まってからその子は涙目で僕にそう吐き捨てて走り出した。小学生低学年にしてはよく我慢した方だろう。もしかしたらその感情を表す他の言葉を知らなかったのかもしれない。それほどまでにその一言には怒り、失望、期待、全てが詰まっていた。僕は理解出来ないまでもそれを感じていた。だから僕は立ち止まってその子がマンションに着くまでそこで待つことにした。傍から見ればそれこそ痴話喧嘩に見えただろう。だが当時の僕にはそんなことを考える余裕はなかった。(もちろんあったとしてもおそらく答えは変わらなかっただろう)
「よっ、ストーカー」
翌日になり、相手はいよいよあだ名としてその言葉を使うに至った。昨日の今日で否定する気力すら無く、仕方なく付き合う。あの子の視線が冷たく刺さったように感じた。
「嘘つき」
あの子の声が頭の中でリフレインする。
「そうだよ、嫌われ者だもん、嘘ついてナンボだよ」
1日経ってようやく僕の答えが出た。僕は悪役になる。それがもっとも空気を読んだ、そして誰も傷つかない方法だから。何よりこれは当時僕があの子に嘘をつかない唯一の方法だった。

to be continued..

6

少年少女色彩都市 act 11

叶絵は和湯姉から受け取ったガラスペンを構えエベルソルに相対したまま動きを止めていた。
(……そういえば、空中に絵を描くってどうやるの? あの魔法陣みたいなのとか……そもそも、あれを倒すって、何を描けば良いの……?)
叶絵が実際にインプットしたリプリゼントルの戦闘状況のサンプルは極めて少ない。そこに慣れ親しんだ現代科学とかけ離れた戦闘技術と、非日常へのパニックが加わり、思うように手が動かない。
ふと、エベルソルが一切自分たちに攻撃してこないことに気付き、敵の方を見る。その頭部には、先ほどのリプリゼントルの少女が胡坐をかいて3人を、否、叶絵を見下ろしていた。
「……あ、私のことは気にしなくて良いよ。君たちの戦いには手を出さないから」
にかっ、と笑い、少女が叶絵に言う。
「けどそのお姉さんもひどいよねぇ。何も知らない女の子を無理くり戦場に引きずり出すなんて……君が何の才能も無い無産なら詰んでたよ、ねー?」
蛾のエベルソルに同意を促すが、エベルソルは何も反応せず脚をばたつかせるだけであった。
「……まぁ、せっかく才能と道具、両方あるんだ。頑張れ若者、くりえいてぃびてぃに任せて好きに暴れな」
少女にサムズアップを示され、叶絵は一度瞑目して深呼吸をしてから、再び目を開いた。
ガラスペンを目の前の虚空に置く。ペン先の溝を無から生み出されたインキが満たし、目の前に同心円と曲線が組み合わさったような魔法陣が、殆ど無意識的に描き出された。
意を決してそれを通り抜けると、寝間着姿から一変してピンクと白のパステルチックなワンピース風の衣装を纏った姿に変身していた。
更にガラスペンをエベルソルに向けると、空間を暗闇に塗り替えるようにどす黒いインキの奔流が周囲を覆い尽くす。
「うっわマガマガしー。どんな生き方してたら『可愛い』と『邪悪』があの同居の仕方するんだろうね? まあ新入りちゃんの『芸術』、見せてもらおうじゃないの」
けらけらと笑いながら、少女はエベルソルから飛び退いた。

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少年少女色彩都市 Act10

女性は叶絵と典礼に曖昧に微笑むと、懐からガラスペンを取り出す。蛾のエベルソルは耳をつんざくような奇声をあげてその無数の足を動かし、こちらにすごい勢いで迫ってきた。
「ひっ…」
後ずさる叶絵の腕を引いて、典礼が場を離れる。女性は幾何学模様を書きあげた。
「んと…和湯、くん?」
「典礼でいい。立って」
蛾は女性の書いた幾何学模様の盾に突っ込み、煩わしそうに暴れて、10秒と経たない内に盾を壊してしまった。女性は典礼たちのもとに駆け寄る。そのまま三人で逃げ出す。
「やっぱりだめ…昔はできたのに」
「え、あの」
混乱する叶絵が困った顔で女性を見つめると、彼女は寂し気に微笑んだ。
「私、リプリゼントルの才能が消えかけてるの。昔は典礼よりも強かったのに」
「ちょっと!余計なこと言うなよ!」
「だってあんた燃費悪いじゃない!すぐ疲れるし、一日に何回も変身できないでしょ」
両脇で姉弟喧嘩が始まってしまい、気まずくなって叶絵は俯いた。
「あ、そうだ!あなた、私のお古で良ければ使ってみない?」
「…えっ!?わた、私ですか!?」
「そう!得意なことはある?」
「得意なこと…」
叶絵の得意なこと。
「…絵、を描くこと…」
女性は満足気に笑った。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その④

ロキは大ホールを挟んだ反対側の戦場に駆け出し、タマモは一歩前に踏み出した。
「ヘイ、エベ公! こっから先はちょいと俺一人で相手させてもらおうか。防げるモンなら防いでみろや俺の弾幕!」
光弾の密度を上げ、一人エベルソルに対抗する。しかしタマモの弾幕は直接的な軌道であり、ロキのように多角的に群れを抑え込むことはできず、少しずつ範囲外からホールに近付く個体が出る。
「あ、オイ待てい! なんで無視した⁉ (F Word)! 5秒後を覚悟しろォ!」
一度、ホールに向かったエベルソルからは目を離し、前方の群れに集中する。
「畜生が、テメエら5秒で全滅しろッ!」
タマモの弾幕が一瞬、『減速』する。リズミカルに射出される光弾に対応していたエベルソルらの防御行動は空を切り、光弾ががら空きの急所を的確に貫通し、次々と撃破していく。
態勢の崩れた群れに、駄目押しに急加速させた光弾を更に叩き込み、宣言通り僅か5秒ほどで群れを全滅させた。その残骸の向こう約数十m、新たなエベルソルの大群が近付いてきているのが見えたが、そちらは放置して足下のカセットプレイヤー片手に、ホールに向かって行ったエベルソルに駆け寄る。
「ヘイ! 文明冒涜エベ野郎共! 何故俺を無視しやがった!」
エベルソル達はタマモの声を無視して僅かに音漏れする大ホールに向かっている。
「こンの分からず屋共が……! 絵具か音符の塊だけがテメエらにとっての『芸術』か……?」
足をさらに速め、1体のエベルソルに接近する。
「ちげェだろうがァ!」
そのままカセットプレイヤーを振り抜いて殴りつけ、その頭部を地面に沈めた。しかしエベルソルもすぐにタマモを睨み返す。
「よーやくこっち向いたな生ゴミ……」
再びカセットプレイヤーを振り上げ、重力加速度も乗せてエベルソルに叩きつける。
「良いか、無知無教養のエベルソル共! 『芸術』とは! 人間が生み出した、感情を震わせる全てだ! 語彙・論理・リズム・環境・あるもの全部使って、人心を動かす『扇動』は!」
まくし立てながら、ガラスペンで直径10㎝近くの大型光弾を複数描き。
「十分『芸術』だろうがアッ!」
超高速でエベルソルに叩き込む。防御のしようも無く全身あらゆる部位を撃ち抜かれ、エベルソルは一度痙攣してから動かなくなった。

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告白

嘘をついたのは初めてだった。
と言ってもそれを嘘と呼んだのは後になってのことだが、紛れもなくあれは僕の初めての嘘だ。
「そうだよ、嫌われ者だもん」
小学生になり空気を読むことを覚えろと親に言われた頃だった。何も知らない私は小学生とはそういうものだと信じていた。みんなそうしていて汚い笑い方も気に触る発言も全て空気なのだと、私はそう信じてしまった。
「お前、もう女子にフラれたんだってね」
「え、そうなの?ってかもう告るとか頭おかしいでしょ」
「えー、その子可哀想〜」
根も葉もない話だった。確かに同じマンションの女子と一緒に帰ることはあったが、あくまでも低学年ならではの集団下校でしかない。しかし大して友達のいない僕がどんなに否定しても誰も信じてはくれなかった。それどころか否定する毎に話は大きくなり、時間とともに噂は形を変えていった。
「フラれても諦めてないらしいよ」
「ストーカーじゃん」
言った本人は覚えたての言葉を使いたかっただけなのかもしれない。でもその標的にされた身からすれば溜まったものじゃない。幼いながらにその女子と帰るのを気まずいと感じてしまう。
「なんで違うって言わないの?」
ある日の帰り道、その女子は迷惑そうに言った。その子がストーカーだなんだと言われることはないだろうがそもそもが根も葉もない話だ、身に覚えのない擁護や知ったか顔に何かと迷惑はかかっていただろう。
「言ってるよ」
空気を読んだつもりでなるべく軽く言った。その子は唯一真実を知っている子で、どんなことであっても嘘をつきたくはなかった。
「じゃあなんで話が大きくなるの?」
その子が僕をを疑っていたのだと察した。その時は傷ついたが、今思えばあの場で言ってないと一言嘘を言うだけでよかっただろう。たったそれだけでその子は諦めてくれたはずだ。信じて疑われるより、諦めて責任を押し付けられる方がよっぽど楽だ。

to be continued..

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その③

タマモの放つ弾幕が、正面から広範にエベルソルを捉え、回避しようと更に広がろうとする群れを、ロキの変化光弾が横からちくちくと突き、少しずつ一塊にまとめていく。
「……流石に180ぽっちじゃ対応されてくるな。200くらいに上げて良いか?」
「好きにして良いよ。私がタマモに合わせられないと思う?」
「あー……そうだな、信頼が足りなかった。じゃ、202くらいで」
タマモの放つ弾幕の間隔が更に早まる。それまで弾速に慣れて防御行動を取るようになっていたエベルソルらは、突然のリズムの変化に対応できず、再び被弾し始めた。
「…………ところで」
「何?」
「ここでタマモノマエの豆知識たーいむ」
「わーぱちぱちぱち」
「今、裏で聞こえてるこの破壊音ですが」
タマモの言葉の直後、ホールの裏から重量物が落下する重低音が響いた。
「ああ、【モデラー】ぬぼ子さんの」
「そうそうあの人。あの人がこの間出した動画見たか?」
「まだ見てなーい」
「そっかァ……あいやそれはどうでも良いんだが。あの人、攻撃のタイミングを中の演奏と合わせてるらしいぜ。何か、デカい打楽器と合わせてるんだと」
「ティンパニ?」
「いや俺あんま楽器とか知らねーし……」
「……器用だねぇ」
再び、落下音が聞こえてくる。音楽と異なるとはいえ芸術の才を持つ二人だったためか、その音を聞いた瞬間、同時に同じことを考えた。
((今、ズレたな))
「……ねぇ、タマモ?」
「分かってる。『頼む』なよ? 俺らはそういうのじゃねえだろ」
「うん。じゃあちょっと行ってくるから」
「うい任せろ。お前が帰ってくるまでくらいはもたせてやるよ」
「全部倒しても良いよ」

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少年少女色彩都市 Act 9

少女がヘドロのエベルソルを倒した頃、叶絵は倒れた肉塊エベルソルを前に少年と話していた。
「…えーと、つまり、リプリゼントルの力で作り出した特別なバイオリンを奏でることで、エベルソルに作用する特別な音波を出して倒した、と」
叶絵がそう言うと、少年はまぁそんな所と返す。
「どんな形であれ、エベルソルはリプリゼントルの“創造力”に弱いからね」
“創造力”で作り出したもので“創造力”を叩き込めば自然とエベルソルは倒れる、と少年は続ける。
「それにこのぼく、和湯 典礼(わゆ てんれい)のようなレベルになれば…」
少年がそう言いかけた所で、不意に彼は言葉を止める。何か気配を感じたのか少年は後ろを振り向いた。叶絵もつられて少年が見た方を見る。
見ると少年が先程倒したエベルソルの表皮に裂け目が入り、中から白い無数の脚を持つ蛾のような何かが姿を現した。
「なっ…!」
第二形態、だと…⁈と少年こと典礼は動揺する。蛾のようなエベルソルは翅を広げると口から火球を叶絵たちに吐き出した。
「⁈」
想定外の事態に2人は動けず、このままエベルソルの攻撃を喰らうかに思えた。しかし、2人の後ろから誰かが走ってくる音が聞こえたかと思うと、叶絵と典礼は後ろから押し倒されるように伏せさせられた。
「!」
無理やり伏せられた叶絵が顔を上げると、黒い背広姿の若い女が叶絵と典礼に覆い被さっていた。
「…あなたは」
叶絵は思わずそう呟くが、典礼は自分を突き倒した女を見て目を丸くする。
「姉さん⁈」

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厄祓い荒正し Ep.1:でぃすがいず その②

「イヤハヤ全く、人間サマの信仰心のお陰でこっちは力ァ貰ってンだ。どっちが偉いか、言うまでも無ェやね」
「どうしました突然に」
「イヤァー? 別にィー?」
「何か腹立たしいなこの御祭神……」
「ンな事よか、もう一杯くれねェかい?」
「駄目です。貴重なお神酒なんですから大事に呑まないと。ほら、せっかく出てきたんですから、仕事してもらいますよ」
「しゃーねェや。我が愛しき神僕に手ェ貸してやるかィ」
本殿を出ると、すっかり荒廃しきった神社の敷地の様子が目に飛び込んできた。何度見ても、この景色には気分が落ち込む。
崩れた石灯籠、倒れた狛犬、片方の柱が折れた鳥居、注連縄が千切れ縦に割けた神木。
「ッたく、何度見ても酷ェよなァー。神社は大事にするモンだって習わなかったのかねィ?」
「妖怪がそんな教育受けているわけは無いのです」
「そッかー……。さて、今日はどッから『直して』いこうかね?」
神様はゴキゴキと音を鳴らしながら首を伸ばし、辺りを見回し始めた。どうせ荒廃しきった風景しか見えないだろうに……。
「ごぶっ」
突然、神様が変な呻き声をあげて、伸ばした首が大きく反って頭を地面に打ち付けた。
「神様⁉」
「痛ッてェ……狙い撃たれたゼィ畜生めが」
「方角は」
「アッチ」
神様は北西の方を指差した。
「では、今日はあちらを『直して』いきましょう」
「オウ」

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将棋造物昼下 前

住宅地のちょっとした屋敷の片隅にある客間にて。
小綺麗な客間で、1人赤髪で赤いスタジャンを着たコドモがベッドに座りつつ古いゲーム機をいじっている。
昔ながらの電子音を鳴らしながら熱心に遊ぶコドモの頭には、犬のような立ち耳が生えていた。
…と、ここで客間の扉が開いて中に青い長髪で白ワンピースのコドモが小箱の乗った箱型の何かを抱えて入ってくる。
赤髪のコドモはパッと顔を上げた。
「?」
どうしたピスケスと赤髪のコドモこと露夏は尋ねる。
青髪のコドモことピスケスはちょっとねと荷物を床に置いた。
「何これ」
露夏は思わず手を止めて身を乗り出す。
「将棋セットよ」
ピスケスがそう言うと、露夏はへーと答える。
「将棋かー」
これが本物の…と露夏は立派な箱型の将棋盤を手で撫でる。
「あら、お前本物の将棋を見るのは初めて?」
ピスケスが不思議そうに尋ねると、露夏はまぁなと笑う。
「昔はずっと家に閉じ込められてたようなもんだからさ」
家の中にないものはよく知らなくてな、と露夏は続ける。
ピスケスはふーんと頷いた。
「…で、なんでこんなモン持ってきたんだ⁇」
お前将棋するの?と露夏はピスケスに聞く。
ピスケスは別にと首を横に振る。
「ただ物置を漁ってたら出てきただけよ」
ピスケスがそう言いつつ将棋盤の上に乗っている小箱を開ける。
中にはたくさんの駒が入っていた。

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少年少女色彩都市 act 8

鼻歌を歌いながらガラスペンを空中に走らせていた少女は、ヘドロのエベルソルが弱々しく蠢いているのに気付き、一度手を止めて接敵した。
「おかしーなぁ……3回くらい殺さなかった? ほれ、聞いてるなら頷け?」
エベルソルがのろのろと伸ばしてきた千切れた腕を踏みつけ、首の部分を捕まえて作業に戻る。
「何描いてるか、気になる? お前にとどめを刺すものだよー。どうやって死にたい? 私のお勧めは八つ裂きとかなんだけどねぇ……。こんな住宅街のど真ん中でやったら迷惑じゃない? だから、埋葬する方向でいこうと思うんだけど……どう?」
当然、エベルソルは何の反応も返さない。
「なーんーかーいーえーよー」
エベルソルの首をぐいぐいと絞めつけながら、少女は楽しそうに描き進めていく。
「……あぁー。何にも言わないから、もう完成しちゃった」
それは、直線のみで構成された巨大な手のような立体。その手が道路を舗装するアスファルトに指を食い込ませ、ぐいと引き上げる。舗装はそれにしたがって剥がれるように持ち上がり地下の様子が表に現れる。本来なら土壌とガス管や水道管に満たされているはずのそこには何も無く、ただ無限に広がっているようにすら思える虚空だけがあった。
「どう? 素敵じゃない? ……素敵じゃないか。そっかそっか。……うわっ」
その時、少年の奏でるバイオリンの音色と、肉塊エベルソルが潰れる音が少女の下にも届いた。
「うえぇ……私、クラシックって苦手なんだよねぇ。特に音の高い管楽器と音の高い弦楽器。いや好きな人は好きなんだろうけどね? 私はもうちょっと重低音な方が安心できるなぁ……あの子もチェロとか弾けばいいのに。良いじゃんゴーシュスタイル。……おっと、いつまでも放っておいて悪かったね」
手の中でぐったりとしているエベルソルの頭部に声を掛け、虚空の方へ引きずっていく。
「それじゃ、ご冥福を……いや地獄行き確定だから福は無いか。思い返せばお前は久々に私をいらいらさせた良い敵だった。うーん……ああ、そうだ」
何かを閃いたように指を鳴らし、少女はエベルソルを虚空に投げ捨て、落ちていくソレに敬礼した。
「良い来世を、我がクソッたれの敵! 次会う時は仲良くしよう!」
エベルソルが見えなくなるまで見送り、少女は巨大な手を用いて舗装を元に戻した。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その②

「さあクソッたれの文化破壊者エベ公どもテメエらに告ぐぜィ。こっから失せるか殺り合って死ぬか俺らを殺して先に進むか。許されたのは三つに一つ、推奨するのは1番一択。アホほど妨害させてもらうが、イラっと来るのは御愛嬌。お相手を務めましたるはァ?」
少年は口上を述べながら、正方形と直線が絡み合ったような魔法陣をすらすらと描き上げていく。隣の少女も無言で軸のズレた円形が重なり合った魔法陣を完成させる。
ほぼ同時に2人の魔法陣が完成し、強く光を放つ。それはすぐに止み、2人の“リプリゼントル”がその場に立っていた。
「【煽動者】タマモノマエ、ェアァァアアアンッ!」
パーカとカーゴパンツという出で立ちの少年。
「【演出家】フヴェズルング」
ノンスリーブのセーラー服姿の少女。
「悪いがココで、俺らと遊んでもらうぜ」
「演奏会が終わるまで、ここから先には通さないよ」
2人の口上が終わるのとほぼ同時に、エベルソル達の勢いが増す。しかし、それは少年タマモノマエが後ろ手で用意していた光弾の弾幕に押し戻される。
「せっかく頭数持ってきたのはご苦労。きっと裏とかも攻めてるんだろ? まあそっちは俺らの数倍強ェ奴らが控えてるからなー……『通れねェ』じゃ済まないンだろーなァ、諦めて俺ら殺しに来た方がきっと得だぜ破壊者共」
一定のペースで撃たれ続ける光弾に、エベルソルはひとまずの標的をタマモノマエに変更した。その瞬間、ソレらの横から別の光弾が直撃する。
「うっわぁ……ロキお前、今のは大分ずるいなァ……」
「それが私達のやり方じゃないの、タマモ?」
フヴェズルング、ロキはきょとんとした顔で問い返す。
「……それもそうか。じゃあもうチョイ上げてくかァ」
タマモノマエ、タマモは残忍な笑みを浮かべ、エベルソルらに向き直った。

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少年少女色彩都市【7】

少年がヴァイオリンに弓を静かに当てる。音楽に対する知識があまり多いとはいえない叶絵は、その様子を呆然と眺めていたが、やがて少し後ずさりした。
「すぅ…」
少年の息遣い。まわりの音が消える。エベルソルは身体中からなんだか分からない液体を垂れ流しながら困惑したように身を捩る。息の詰まるような静寂が叶絵まで緊張させる。
「…Preludio」
少年の呟きが音のない空間に響いた。
(プレリュード…?前奏曲のこと…だよね?)
少年が優美な動作で弓を引き始める。ヴァイオリンから上品な音色が溢れた瞬間__エベルソルが変形した。潰れた缶を連想させるその肉塊の天辺からは、汚い液体が噴出する。
「ひっ…!」
叶絵の足元までそれは飛び散り、少年にもいくらかかかっていたが、彼は気にせず演奏を続けた。エベルソルは変形を続ける。断末魔一つあがらない。液体を噴出し続け、呆然とする叶絵の目の前で干からびたミイラと化してしまった。
「ふぅ…」
心底疲れたようなため息が少年の口から漏れる。
「…どうにかなったみたい。あんま骨のある奴じゃなかったけど、疲れたな…」
「い、今の…」
言葉を失う叶絵に、少年はにっこり微笑んでみせた。
「知りたい?」

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その①

彩市立市民文化会館。芸術都市である彩市のおよそ中央に位置するこの施設は、敷地内に大ホール3か所、小ホール5か所、展示室4か所を有し、隣に建設されている美術館と並んでこの市を『芸術都市』たらしめる象徴の一つとして、市内外から親しまれていた。
その正面入り口の前に、2人の人影。
「俺さァ、年末の雰囲気って好きなんだよ。ただの冬の日を『1年の終わり』に託けてどこもかしこも面白ェイベントやるだろ?」
人影の片方、ストリート風普段着の少年が相方に話しかける。
「うん、それで今日もたしか……第3大ホールだっけ。『第九』の演奏会やるっていうのは」
学校制服とコートに身を包んだ少女がそれに答えた。
「そそ。こんなデケエ『芸術』があってよォ……あの文化破壊者どもが来ねェわけが無ェンだ」
「だから私達含め、11人も警備に当たってるんだもんね」
「いやァー、俺は心配ですよ。こんなに1か所に集めたら他の守りが薄くなっちまう」
「けど敵も多分ここに集中するよ?」
「いやァー……? 芸術は意外とどこにでも転がってるモンだぜ?」
「まあ、そうだけども」
少女がポケットからスマートフォンを取り出し、時計を確認する。
「……そろそろ変身しとく?」
「だな、『向こう』も準備万端って感じだ」
少年が指差した先には、無数のエベルソルが市民会館に接近する姿があった。

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