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ある日私たちは。No.1

「ねぇねぇ。このままどっか行かない?」
遥は私の前に立って、満面の笑みで言った。
「え、どういうこと?これから学校だよ」
「だ~か~ら~これから学校行かずにどっか行くの!」
「はっ?何で?学校は?」
「まあ無断欠席ってやつだね。なんかワクワクしない?」
相変わらず満面の笑みで見つめてくる。ワクワクって…。
「もう私の部屋の机にね、置いてきちゃった。手紙。『学校を休みます。心配しな いでください』って」
嘘だろ。何でそういうことすんのよ。
「どうすんの。どこ行くの」
「あ、じゃあ行くってことだね!行き先は決まってないよ。お金いっぱい持ってきたから、乗り物にも乗れるよ!」
お~い。行き先決まってないでどうするんだ~い。っていうか行くとか誰も言ってないし。それでも彼女は満面の笑み。
正気かよ。
「君、少しは頭で考えなさい。それだから数学のテスト15点なんだよ。そんな馬鹿げた気持ちじゃ通用せんぞ。ちゃんとどこ行くか決まってからにしなさい」
私はいつもこういう風に彼女を叱る。
「ごめん」
おう。こういう所は素直でいい奴だ。
「決めた。東京へ行こう!」
お~~~~い!…お~~~~い!何を…。やっぱり馬鹿だなこいつは。

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つき (1)

ーねぇ、克紀。
うち、深調よ。
そのひとことが変に彼を狂わせた。
彼は"カツキ"でも、"ミツキ"でもない。
名前は…
「…龍樹…だよな」
彼…もとい龍樹は俯きながら何度も己の名を繰り返した。
確かめる様に。
そして、たかが夢と記憶から削ぎ落とした。
「はよ起きぃな、真月」
知らない声が呼ぶ知らない人の名に、龍樹は反応していた。
半ば本能的なものだった。
「あぁ…」
「もう、デート中に寝るとか最低〜笑
早く次、水族館!」
ああ、俺は真月か。
そして龍樹…もとい真月は面識のない彼女の手を取り歩き出した。
それからは覚えていない。
覚束ぬ足のせいで酷い事故に遭い、意識を失った。


「…あ」
それから12日経ち、龍樹は目覚めた。
そこは見たところ病院の様だ。
彼はだんだんに記憶を手繰り寄せる様に取り戻し、その矛盾に気付いた。

『ま つ き』

誰だ。
龍樹は己に入り込んだ何者かを認識した。
記憶をもう一度しっかり噛み締める。
真月は何回確かめても消えなかった。

「あ、目覚めましたか。」
男が入ってくる。
服装からして看護師だろうか。
「看護師の羽山です。貴方は事故に遭…」
「な、名前は」
声に嫌な既視感を覚えて名を尋ねる。

「羽山…まつき。
真実の真に月…ムーンの月ですが」

こいつだ。


こいつが、

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中年と犬#2

「……助けてもらってどうも」
 野良犬が頭を下げながらもごもごと言った。
「ほんとに感謝してる?」
「はい」
「いや、そんな感じしないなあ」
「してますよ」
「そうかあ?」
「してますって」
「またまた」
「してますしてます」
「嘘だあ」
「嘘じゃないって」
「そーお?」
「はい」
「じゃあ、証明してみせてよ」
 なるほど、そういうことか。野良犬は腹をくくった。 
「わかりました。おともしましょう。鬼退治に」
「そうこなくっちゃ。わたしの名前は太郎だ。よろしく」
 俺の名は、と野良犬は言いかけたが、どんな名前だったのか思い出せなかった。名前があったのかどうかもわからなかった。なのでかわりに、「きび団子は?」とたずねた。
「そこの茶店で、茶を飲みながら一緒に食おう」
 中年男、太郎はそうこたえて、あごをしゃくった。

    *

 図書館で本を数冊借りてはろくに読まずに返し、また数冊借りてはろくに読まずに返しを繰り返している。
 映画もそうだ。たまに無料動画配信サイトのおすすめなどを面白そうだと見始めるも、すぐに飽きてしまう。
 本にしても、映画にしても、有料であれば最後までつき合うのだろうが、そもそも金を払う気がない。
 なぜこのようなクールダウンを起こしてしまうのかというと、言うまでもない。ネットの弊害、情報に希少性がなくなった、に加え、年をとったからである。
 ネットの弊害というのはよくわからないけど、やっぱり年とるとそうなるんですね。嫌だなぁ。つまらない。なんて若者は言うかもしれない。そしてどこかに行ってしまおうとするかもしれない。が、待ちたまえ。そこが若者が若者たる所以。生きることはつまらないことなのだ。つまらないことを面白くしようとあがくみっともなさを自覚し、つまらなさを受け入れる強さを持たなければ未来は暗黒である。
 と、かようなことを考えながら近所のバーのカウンターで太郎は酒を飲んでいた。
 三十日ぶりのアルコール。ビールの中瓶を一本空けたが、気分の高揚はない。二本目を注文。三十日前の太郎だったら常連客の会話に割り込み、杯を重ね、ふらつきながら二軒目に行っていただろう。だがしかし、太郎は決心したのだ。日々を淡々と生きることを。

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中年と犬#1

ある日の午後、野良犬が、犬も歩けば棒に当たるなんて言うが当たんねえな、なんて思いながら歩いていると、中年男が声をかけてきた。
「やあ、君。これから鬼退治に行くんだが、よかったら手伝ってくれないか? いやもちろんただとは言わない。報酬としてきび団子を一つあげる。どうだ?」
 なんだこいつ。野良犬は、しばし男の顔をじっと見つめた。男の目には、狂気が宿っているように思えた。鬼退治とか言ってぱっと見武器らしきものは所持していない。野良犬は男に尾を向けた。
 繁華街に出た。それにしても腹が減ったな、きび団子、もらっておけばよかったかな。いやいや、あんなのに関わったらろくなことはない。これでよかったのだ、と、おのれを納得させたあたりで、角からお仕着せを着た男たちが現れた。
 自警団か、ご苦労なこった、と野良犬はつぶやき、男たちの間をすり抜けようとした。
 瞬間、首筋に衝撃が走った。
 何が起こったのかすぐにはわからなかった。パニックを起こし、首を絞められながら逃げようとする野良犬の前に、棍棒を持った男が立ちはだかった。
 男が棍棒を振り上げた。
「おい待て!」
 太い声が響き、動きが止まった。
「それはわたしの犬だ。その輪っかをゆるめてくれたまえ」
 そう言いながら近づいてきたのはさっきの中年男だった。
 かなり強く絞められていたようだ。捕獲棒のワイヤーから解放されたころには、息も絶え絶えになっていた。
 リーダーらしき男が中年男の前に進み出た。やりとりから、男たちが保健所の職員だとわかった。
「野犬を媒介した伝染病が流行ってましてね。飼ってるなら首輪とリードをつけてください」
 リーダーらしきはそう言ってから、部下らしき男たちに目配せをし、背を向け、歩き出した。部下らしき男たちが、あとに続いた。

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禁忌

禁忌、というものがあるらしい。
触れることも見ることも許されない、見ることができないからそれであるかも分からないけど。
君もよく知っているだろう。侵してはならない領域。ほら、白雪姫はりんごを食べてはいけない。ラプンツェルは塔から降りてはならない。
法律とかではないよ。あれは人と人とのお約束事。
禁忌とはそうではない。多分、私やあなたの本質を揺るがすのだろう。
人間の本質を損なうのだろう。そうなのかもしれない。
そういうものだ。禁忌とは。
侵してはならない。
侵してはならないよ、その先に何が見えようとも。奇麗な空や、ほら、花園が広がっていようとも。見てはいけない。目を背けよう。
目を背けなければならないよ。変な気を起こさないように。教育だよ。私とあなたのため。
言った通り、私やあなたの大事な柱が揺らいでしまうから。
とにかく。いけないことをしてはいけないよ。当たり前のこと。
見てはいけない。踏み入ってはいけない。指の隙間から覗くのもいけない。惰弱な精神が邪魔をするだろう、そういうものだ。人間とは。
人間とは、そういうものだ。脆弱な。
人間は脆弱だが、だからこそ禁忌を忘れてはいけない。
忘れるな。
真っ当な人間は、決して禁忌を忘れない。
私もあなたも、真っ当でいるのが正しい。
正しいことを、人はするべきだ。
正しくないことをしてはいけない。
禁忌を侵してはならない。
これは鎖ではない。私とあなたを守る命綱だ。
あなたを守るためだ。
禁忌に対して触れたいとか見たいとか、絶対に考えてはいけない。
絶対だ。

分かったら、さあ。
正しいことをしようじゃないか。

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サーカス小屋 #ナイフ投げのデュマ

物心ついた時から、僕はナイフを握っていた。
蝶々結びのやり方より先に、ナイフの投げ方を教わった。父は、元・サーカス小屋1の人気者ー"前・デュマ"だ。
僕は、まだ歩くこともままならない頃から、父の後を継ぐ、素晴らしいナイフ投げになることを誓わされた。「1番」というレッテルを貼られて一生を生きることになったのだ。
ただシールで貼られただけだった「1番」は、今ではしっかりと焼きごてで焼き付けられている。
僕は目隠しをしたバニーガールに向かってナイフを投げるたび、涙を流す。みんなはそんな僕を、失敗を恐れる弱虫だと軽蔑する。でも僕は、失敗なんか怖くない。僕が恐れるのは、あの娘が本当は恐い思いをしているのでは、ということだ。だって、自分の身体スレスレにナイフを投げつけられるのだよ?
このサーカス小屋は外とは違う世界だ。
法律も憲法も通用しない。
歌姫もピエロも調律師もいるけど、天国なんかじゃない。
僕は、デュマの息子。所謂ボンボン。
1番人気の父の名を襲名できたのは、父が体を壊して長期療養に入った時期に、たまたま僕が義務教育を終了して、たまたま父の弟子がいなかったから。
本当に、たまたま。運ゲー甚だしい人生。そんなもんだろ。

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霧の魔法譚 #15 6/6

魔法使いたちを襲った大攻勢は、目立った損害もほとんどなく魔法使い陣営の勝利に終わった。
変わったことと言えば沖合に突如出現した謎の濃霧を偵察隊が捉えたそうだが、目立った動きはなくほどなくして消滅したらしい。おそらくファントム側の攪乱作戦が不発に終わったのだろうと多くの者がそう考えた。いずれにせよ勝ったのだから問題はないと誰も深く考えなかった。


霧に隠されたもう一つの大攻勢。一人の少女が抹殺したファントムは深海の底に消え、誰の記憶にも残ることはない。


霧の魔法譚<終>

***

大変大変長い間が空きました。覚えている方いるでしょうか。いたら嬉しいです。
夏からの課題(!)、何とか無事終わらせることができました。終わりましたよテトモンさん!
本当はもっと短く、こう、フランクな感じで終わる予定だったのですが、書き込みを引き延ばしているうちにグダグダと内容まで長くなってしまい……。お話の展開まで暗くなってしまいました。クリスマスイブにお目汚し失礼します。
霧の魔法譚は以上で終了です。見てくださった方、反応していただいた方、そして長文を載せてくれたKGBさん、長らくお付き合いいただきありがとうございました!

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霧の魔法譚 #13 3/4

大賢者様が私の前に現れたのはそんな頃だったように思います。

目を上げるとそこには一人の女性の姿がありました。驚いたのはそのシルエットで、最初に目に着くつばの大きなとんがり帽子と黒い長衣は明らかにこの国の人ではない恰好でした。衣服が黒いから弔問客かとも思いましたが、瞳は私の母を探しているようには見えません。それでこの家の家主の客かと思い至り誰か呼びに行こうとすると、
「君に用がある」
と言って私を引き留めたのでした。そこで女性は自らを大賢者と名乗り、私は自らを̪史音と名乗りました。

どうしてそうなったのかはまるで覚えていませんが、大賢者様と出会った日から長くも短くもない日を一緒に過ごすことになりました。本を読むのもほどほどに、大賢者様と紅葉の上を散歩しました。秋が過ぎ冬になり、大賢者様と一緒に毛布にくるまって一晩を過ごしました。
大賢者様は朗らかに笑いよく喋る、明るいお方でした。私は大賢者様が楽しそうに話すのを聞くことが好きでした。夜ごとに話してくれるお話はどれも魅力に溢れていて、どれ一つとして同じものがありませんでした。大賢者様は永く長く旅を続けてきたと言います。私はそれで初めて、この国の外に広がる世界に思いを馳せました。世界は未知と不思議に満ち溢れていて、またそれと同じくらい優しく愉快でした。

大賢者様と一緒に過ごしたかけがえのない時間は、私を悲しみの底から救い出してくれました。ふと母を想って寂しくはなるものの、その穴を埋めるように大賢者様に甘えるようになり、大賢者様は夜空のような瞳で私を包んでくれるのでした。

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霧の魔法譚 #13 2/4

小説は母の趣味らしかった。それで母は私がその小説に興味を持ったのが嬉しかったのか、その小説の好きなところや感想などを私の進捗を確認してから話すようになった。疲れ窶れていた母の表情に笑顔が浮かぶようになり、私もそれが嬉しくて母と話すのが楽しみになった。

ちょうど小説のすべてを読み終わったころに、私が生まれるよりもずっと前に始まった戦争は突然終わった。新聞にはこの国が負けたことが重々しい文字で記されていたが、次の日から生活が激変するようなことはなく、失ったものが戻ることもないようだった。
同時期に母が亡くなった。私にとってはそっちの方が大ごとで、動かない母を前にして慟哭し、それが三日ほど続いてから私は泣き止んだ。人を弔う方法も知らないものだから遠く離れた隣家に行くと、とりあえず役所に伝えておきなさいと言われ、そうした。葬儀はその家の人が行い、更には私を引き取ってくれもした。
私は与えられた部屋に引きこもり、母を思い出すように小説を何回も何回も読み返していた。母が好きだと言っていた箇所は特に読み込んだ。物語の楽しみ方としては大きく外れていたが、読むたびに母の笑顔が思い出すことができた。隣家、もとい引き取ってくれた家の人は私になるべく触れないでいてくれた。私はそんな人の親切心に気づくこともなく、季節はすっかり一周していたらしく秋になっていた。

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霧の魔法譚 #13 1/4

私が生まれたのは、実に百年以上も前のことだった。

そのころ世界は戦火に包まれており、この国も例外ではなく、激しい戦いは国力を根こそぎ枯らし尽くしていた。
新聞を見ればこの国は着実に勝利の道を歩んでいるようだったが、ますます苦しくなる生活の前では虚しいばかりだった。
きっと誰もが疲れ果てていたけど、それを言い出すには大きな勇気と責任が伴った。どこでどんな人が目をつけているか分からなかったから。
みんな頑張っているから。この国のために。平和のために……。
不満を漏らす代わりに吐き出した言葉は、誰へとも知れぬ言い訳のようで。或いは縋る幾束の藁のように、私の母も何度も何度も言い聞かせるように、男性の写る写真の前で手をすり合わせていた。生まれた時には既にいなかったその男性は、母曰くいつか帰って来るらしかったが、ついぞ音に聞くことはなかった。

母子家庭で育った私に遊ぶ兄弟姉妹はおらず、塞ぎ込みがちであったがために友人の一人もできなかったが、私は暇をすることはなかった。書架に並べられていた難しそうな外国語の本の中に、数冊だけ母国語で書かれた小説があったのだ。母に尋ねてみると、今はもう出回っていない翻訳本らしく、私はこれを借り受け、暇な時間を見つけては自室で読み耽った。
本を読むようになってから私はよく空想を広げるようになった。もともとの妄想癖というわけではなく、書架に並ぶ小説が多くなかったからだ。早く続きを読みたいという急いた想いはあったものの、それでも内容を知らない本が減っていくというのも物悲しく、仕方なしに空想を織り交ぜながら焦らすように読み進めていった。

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霧の魔法譚 #11 2/2

心臓が早鐘を打ち、背筋には生理的嫌悪からくる冷たさが撫でる。
大賢者は自らの魔法で起こした変化を視認して、ふぅと息を一つ吐いた。
「改めてみると圧巻というか……いや、君の前では不謹慎だったかな。とにかく、これらすべてがファントムって言うんだから、敵もなかなかの数を揃えたものだね」
大賢者はクッキーをもう一度取り出して食べていた。精神力を急激に消費したせいで蒼白になっていた肌色が見る見るうちに回復していく。おそらく精神力補充用のクッキーとかなのだろう。
「……大賢者が使った魔法って何なんだ?」
精神力を失ってないくせにすでに生きた心地がしないイツキが絞り出すように尋ねる。大賢者はぺろりと唇を舐めると、淡々と答えた。
「今目の前に現れた秘匿ファントム軍に探知ジャミングが施されていた。魔法でも直視でも見ることができないという驚異のステルス性能さ。それで私はそれを破った。やったことはただそれだけ」
ただし、と大賢者は続ける。
「イツキ君にはなかなかダメージが大きかったみたいだね。まあ自分を殺そうとやって来る敵が奇麗に整列して並んでるんだ。いわば”未知の敵兵工廠”に足を踏み入れたようなもの」
実際には敵はここで生産されているわけではないけど、敵の本陣は間違いなくここだろうね。大賢者はあくまで淡々と語る。3万の前哨隊で魔法使いたちを疲弊させ、ここに残った知性化したファントムで敵を”効率的に狩る”。故にカギとなるこの本隊の存在を秘匿したかったのだろうと。
「これが……全部、なのか……?」
イツキの口からこぼれるように言葉が漏れた。大賢者はすぐにイツキが何を言いたいのか察して、その答えを述べる。
「そうそう。ざっと見た感じ向こうの1/3程度だから……1万くらいはいるのかな」
知性を持ったファントムが鋳造品と比べてどのくらいの戦力比があるのか分からないが、3倍は軽く凌駕するだろうことは想像に難くない。
「だから排除しなくてはいけないんだよ」
大賢者は二つ目の魔法陣を作成し始めた。

***
#11更新です。イツキ君は正気度判定しましょうね。

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霧の魔法譚 #11 1/2

魔法陣から放たれた光は激烈で、数瞬ののちイツキが目を開けると、まず見えたのはフロントガラス越しに見える海だった。その様子は表面上先ほどと変わらず平穏そのもの。
――いや。
いいや、イツキはどこか違和感を覚えることに気づく。
見慣れた海のはずなのに安心感が一切感じられない。なぜか波立っていない海水面は太陽の光を無機質に跳ね返し、先の見通せない真っ黒な海が口を大きく開けて待ち構えている。
生きた空気が徹底的に排除され、自分たちこそが異質な侵入者だと強制的に自覚させられるような感覚。生命の存在が全く感じられず、なぜか自分たちが生きていると知られてはいけないという強迫観念に囚われる。
それはまるでUFO内部に忍び込んでしまったかのような不安感。眠れる獅子の檻に放り込まれたかのような恐怖。
なんだこれ、と思うより先に、違和感の正体に気づいてしまった。
それはさっきまで明らかに存在していなかった、水平線上から続く何条もの線。
その一つを辿っていくと、自分たちの足元の海上にも広がっていることを確認できる。どうやら線は線からできているのではなく、黒い点がいくつも連なってできているようだ。
黒い点。
目につくと今度はその黒い点ばかりが目に入る。広大な海を縦横無尽に走る点はどこまでも続き、追いかけていくと水平線まで続いている。碁盤の目状に形成された、点の集合体。
いくつも、いくつも、いくつも、いくつも。それは途切れることなどなく。
気が付けば、海のすべてを黒い点が覆っていた。
まさか、という呟きは声にもならない。
だって見たくもないのに見てしまった。確認したくなかったのに、危機本能がそれを求めてしまった。
黒い点の一つを凝視して、知ってしまった。
人も自然も成しえない、本来この地球上に存在してはいけない何かが残した怪奇。
見てはいけない世界のバグを見てしまったかのような気持ち悪さ。
その一つ一つが、すべて同じ形をしたファントムであることに。

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霧の魔法譚 #10 3/3

大賢者が杖を振り終える。いつの間にか足元に展開されていた魔法陣は車の床面積を大きくはみ出し、描き出された複雑な幾何学模様は見惚れるほどに美しく複雑に絡まりあい、形づくる光の線は脈動を高鳴らせていた。
「知性化したファントムが軍を成す、それはいままでのどんな大攻勢よりも凄惨な結果をもたらすだろう。ゆえに我々は奴等を排除するために来た。幸い奴等は未だ目覚めていない。まだその期ではないと判断しているのか、それとも起動までに時間がかかるのか……理由は定かではないが、今こそ奴等を叩く絶好の機」
出来上がった魔法陣を一通り眺め一つ頷くと、大賢者は最後に新たな魔法陣を生成し始めた。それは先ほどまで作っていた巨大な魔法陣とは比べ物にならないほど小さいが、装飾は相変わらず息を呑むほどに美しい。
「しかしまずその前に、秘匿された舞台の幕を取り払い、敵を君たちの目に晒すとしよう」
小さな魔法陣は大賢者の手元を離れ、ゆっくりと地面に落ちてゆく。大きな魔法陣には初めから一部小さな真円が空いていたが、小さな魔法陣はそこに吸い込まれるように落ち、やがて最初からそこに存在していたかのようにぴったりと大きな魔法陣の一部に取り込まれた。
かちり、と鍵が解錠される音が静かに響く。

――魔法陣が光を増すのと同時に、変化は劇的だった。

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お久しぶりです。#10更新です。今回は三つに分かれました。
スタンプ等ありがとうございます。当初の予定からだいぶ延びていますがゆっくりと完成まで向かってますので、もう少しお付き合いをば。

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霧の魔法譚 #10 2/3

「私は今回の大攻勢で、こんな風に君たちに干渉しようなんて思ってなかった。こんな風っていうのは君たちに会うこと然り、一緒にファントムを倒しに行くことなんて論外。それはなぜなら、私が君たちの魔法を操る様を見たいからであって、つまるところ君たちがファントムと戦っているのを外野から観察したかったからだ。だから今回も、ファントムがどれだけ攻めてこようが、魔法使いたちが如何な劣勢に立たされようが、私は無視を決め込むつもりだった。それこそ君たちがいくら殺されようが、ね」
幾何学模様は次々に生成されては圧縮され、他と組み合わさっては複雑な図形を作り上げていく。足元で次々と起こる変化に、しかし大賢者は目もくれない。
「けれど今回の大攻勢で状況は変わってしまった。それは君たちを助けなければいけない理由ができたというより、ファントムどもを倒さなければならない理由ができたと言った方がいい」
「ファントムを倒さなければならない理由?」
「そう。イツキはもちろん知ってると思うけど、大攻勢の時のファントムは知能と呼べるものがない。奴らはプログラマイズされたように動き、移動、目の前に敵がいたら攻撃といった単純な動きしかできない。できなかった。今までは。理由はここにある」
「えっと……つまり敵のすべての個体に知性化の兆しがあると?」
「まあそういうことになるね。もっとも、現時点において向こうで戦っている3万のファントムすべてが知性的な行動を見せたという情報は入ってきてない。知性化しているのは”こっち”のファントムだけだ」
「”こっち”……ってまさか」

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霧の魔法譚 #10 1/3

眼前にはどこまでも続く大空と、見下ろせば悠然と横たわる大海。大賢者がここだと示した場所は、さっきまで走っていた空と何の変化もなく、イツキにしてはどうしてここが目的地となるのか分からないような場所だった。
「何もないじゃないか」
ますます困惑した表情を見せるイツキをしり目に、大賢者は何かを準備し始める。取り出したのは魔法使いの定番アイテム、杖。
「そう、一見何もないように見えるこの場所だが、幕をどかせばその理由が判るはずだ」
「幕?」
大賢者は自信たっぷりに頷く。意味深なその言葉にイツキは訝しく尋ねるも、大賢者からはまるで聞かなかったかのように反応がない。
杖はイツキたちが想像するような松葉杖みたいに大きいものではなく、鉛筆より少し長いくらいの大きさで、木製だと思われる本体以外に装飾はないシンプルなものだ。
大賢者はその小さめの杖を鉛筆持ちにすると、空中に何かを描き出した。惑うことなく滑らかに空中を滑る曲線は、さすが自らを大賢者と名乗るだけあって洗練されており、見えない線が淀むところを知らない。
背筋を伸ばし慣れた手つきで手を動かす大賢者の姿からは、普段の飄々とした空気は抜け、まさしく本物の魔法使いになったかのように見える。
イツキもそのしぐさを見て、大賢者が何をしているのかはすぐに分かった。数多の魔法を大賢者は扱うが、そのうちのいくつかはイツキも見たことがあるからだ。
やがて地面に浮かび上がってきたのは円と幾何学の複合体……魔法陣。
しばらく無言だった大賢者はゆっくりと語りだす。

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霧の魔法譚 #9 2/2

「とはいってもファントム討伐は私とシオンでやるから、イツキは心配しなくてもいい。イツキ……もといイツキの魔法が必要なのは、この車がそのまま足場になるからだ」
「それって大賢者が空中浮遊するのは駄目なのか?」
「いつもならそれで十分なんだけどね。今回に限って言えばそれは無理。っていうのも今回は私もでっかい魔法を使わないといけないの。空中浮遊魔法を常時発動させながらシオンを支えて、それで大規模魔法を発動させるのはいくら私でも無理って話よ」
てっきりシオンだけが魔法を使うのだとばかり思っていたが、違うのか。大賢者も魔法を使わないといけないらしい。
それにしてもあの大賢者が大きな魔法を使わなければいけない事態って、いったい何なのだろう。
「それに帰りのテレポートもしなきゃいけないからね。さすがに短時間で魔法を連続発動させると私の身が持たないわけ。ま、精神力の消耗で貧血みたいになってそのまま海にドボン! ……ってことも十分考えられるので、今回はイツキに頼んだの。ひとまずこれでおーけぃ?」
「大賢者も魔法を使うのか」
「そう。ああでも今回のメインはあくまでシオンで、私はその補佐というか準備用の魔法だけど」
「なるほど……」
大賢者はもう一口紅茶を飲んでからその先を続けた。
「んでこの先に何があるのかなんだけど。……これは実際に見てもらったほうが早いかな~」
「実際にって」
続く限りの大海原を試しに見渡してみるが、ファントムどころか人も鳥も何一ついない。いやいや、まだ目的地に到着していないじゃないか。
勿体ぶってないでさっさと教えろと言おうと口を開きかけようとしたが、それより先に大賢者は虚空を指さして軽く微笑んだ。
「ここだ、ここ。イツキ、シオン、目的地に到着したよ」

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#9更新です。遅くなりました。

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霧の魔法譚 #9 1/2

突如現れた大賢者とシオンという少女に強制連行、もとい手伝いとして車を走らせてから十数分が経過した。リーダーという役割を担っている者からすればみんなに非常に申し訳ないが、俺がいなくなったところで特に迷惑をかけるようなこともないので問題はない。だからと言って持ち場を離れてもいいというわけではないのだが、あいにく今はこの二人を目的の場所まで送り届けないといけない。
おそらくすでに戦闘が開始されているだろう遥か後方の仲間に頑張れとエールを送りつつ、イツキはまっすぐ前を見据えた。
大賢者の話では目的地はそれほど遠くないとのことなので、おそらくもうそろそろで到着するはずだ。しかし俺はその目的地に行ったとして、何が待ち構えているのかを知らない。いや、正確に言えば、大賢者から「ファントムを倒しに行く」とは告げられているから、きっとファントムがいるのだろう。しかしなぜ俺が連れて行かなければいけないのか、その理由が分からない。大賢者は飛行魔法も転移魔法も使えるはずなのに、その二つではなく俺の魔法を頼らなければならない理由でもあるというのか。
不安になるくらいなら事前にもっと詳細を聞いておけばよかったと思う。同伴しているシオンという名の少女の圧に負けて折れてしまったのは失策中の失策だった。
「なあ大賢者、これからやるのって本当にファントムを倒しに行くだけなのか?」
「ん、どうした急に」
今からでも遅くないだろうと大賢者に尋ねてみる。大賢者は気の抜けた声で応じると、どこからか持ってきたクッキーを一つ齧った。
どうやら後部座席のシオンにも振舞われているらしい。いやいや、そんな呑気で大丈夫なのかよ。
「その、なんで今回俺が手伝いなんかしてんのかなって思って。ファントムを倒しに行く以外に何かあるんじゃないかって」
「……あー、そっか。そういえばイツキにはまだ今回のこと、詳しく伝えてなかったね」
大賢者は齧っていたクッキーを食べ終わり、保温瓶の紅茶を啜ってから話し始めた。

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霧の魔法譚 #8 2/2

納得はしたもののまだ疑問は残る。
「しかしリーダーとしてではなくても、一人の魔法使いとして戦場に立たなくていいんですか? こんなに大規模な戦い、戦場にいくら仲間がいたとて戦力は不足するもの。確かに戦闘向きの魔法ではないとはいえ、裏方としてでもやることはたくさんあったと思いますが……」
「それを引き留めたのが君らだけどな」
茶化すように笑うイツキ。
「でもどちらにしても俺は戦いに参加できなかったよ。実はね、今は何もない空中をまっすぐ走ってるから問題はないんだけど、俺すっげえ運転下手でさ。それこそ味方がいるところで運転したら何人か轢きそうなくらい」
確かに、と大賢者が続ける。
「イツキの運転は危険だ。というかそもそも空飛ぶ車の運転が難しすぎる。空中という摩擦の少ない環境でブレーキやアクセルは地上とはまるで異なり、左右にしか動かない通常のハンドルと同時に、別のハンドルで上下操作も行わないといけない。失敗すれば大きな事故につながりかねない以上練習も十分にできておらず、結果イツキ自身未だマスターできていない。そんな中で細かい立ち回りと高い集中力が要求される戦場に出れば、仲間を傷つけることに繋がりかねない。ま、爆弾を抱えるようなもんだな」
「そういうこと」
大賢者の説明を肯定し、イツキはこればっかりは仕方ないねと笑って見せた。

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#8更新です。
私事ですがレポート終わったので夏休みをしっかり享受します。わーい。
霧の魔法譚もそろそろ終盤です。たぶん。終わればいいなと思ってます。
読んでくださってる方とスタンプ押してくれる方とレスしてくれる方に感謝しつつ。

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名作が渋滞してる。

「ねえ、本当に不幸なことって、なんだと思う?」
僕は100万回生きた猫に尋ねる。
「そりゃあ、君。愛する人が亡くなる事に決まってるじゃないか」
100万回生きた猫は、本から顔を上げずに答える。
「そうかな?僕はそうは思わない」
星の王子様が割り込んできた。
「大切な人が亡くなったって、空は青くて美しいし、雲は止まらず流れ続ける」
「じゃあ、君は何が不幸な事だと思うんだい?」100万回生きた猫は視線を彼に流した。
「僕は、独りになると感じる事だと思うんだ。ああ、自分は今独りだって思う事。誰でも、生きていれば世界中のどこかに愛してくれる人、想ってくれる人はいるさ。その事に気付かないのが、本当の不幸だと思う」
「なるほどね、それも一理ある。でもね、誰でも愛してくれる人がいるってのは、違うんじゃないかい?」
「そうかなあ、、、」
星の王子様はそれっきり、黙り込んでしまった。
「本当に不幸な事?そんなの決まってるわ」
ずっと黙って話を聞いていたアリスが、おもむろに口を開いた。
「罪を犯すことよ。だって、自分は悪人なんだ、非道な奴なんだ、っていう思いを背負って生きていかなければならないじゃない?自分を否定することが、一番の不幸なのよ」
「なるほどねえ…」
僕は呟く。
「ねえ、言い出しっぺの貴方はどう思うのよ。ピーターパン」
僕はしばらく考えてから言った。
「僕はよくわからないけれど、、、きっと、それは人それぞれなんだよ。でも、みんなに共通していることがある。それは、自分が不幸だと認めてしまうことが一番の不幸だってことさ」

きっとこの討論は終わらない。そのうち、ピーターラビットが小公女につれられてやってくるだろう。そうなったら最後、収拾がつかない。

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霧の魔法譚 #7

「じゃあイツキ君、パパっとやっちゃって」
「へいへい」
大賢者に促され、イツキは面倒くさそうにポケットからミニカーを取り出す。彼が魔法を発動させると手に持っていたミニカーがみるみるうちに大きくなり、やがて通常の車と同じサイズにまで巨大化した。
「これがイツキさんの魔法……」
「おう、すごいだろ?」
シオンが驚いていると、イツキが後部座席のドアを開けてくれる。中にはしっかりとした座席がしつらえており、先ほどまでミニカーだったとは思えない。
イツキのマジックアイテムは小さなミニカー。プルバック式のこの玩具は魔法を発動すると同時に巨大化し、おまけに内部構造も運転できるように改変されるため乗ることができるようになる。
大賢者は慣れた手つきで助手席へと腰を下ろした。
「イツキも今はこんなんだけど、昔はかわいいとこあったんだよねぇ。空飛ぶ車でドライブしたい! って純粋というかなんというか」
「うるさい。ミニカーを運転したいという小さな子供が持つにしては真っ当な夢だろ。てか我が物顔で乗り込むな大賢者」
「シオンにはドアまで開けてあげてたのに私には雑な扱いすぎない?」
言いあいながらしっかりとシートベルトを締め、イツキもため息を百回くらい吐きたそうな顔をしながら運転席へと乗り込んだ。
さきほどは仲が悪いのだろうかと二人を心配していたシオンだったが、どうやら彼らにとってはこれが通常運転らしいと気づいてからは何も言わなくなった。きっと旧知の仲というか腐れ縁というか、とにかく険悪な関係ではなさそうなのを見て取って安心する。いまでは軽口をたたきあう二人をほほえましく見ていた。
「シオン、シートベルトは締めたか? ……って何笑ってるのさ」
「いえ、すみません。では早速出発しましょうか」

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#7更新です。
スタンプやレスありがとうございます。遅筆な私の励みとなっております……。そろそろ期末レポートも終わりそうなのでこっちの作業に集中できそうです。もうしばしお付き合いをば。

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霧の魔法譚 #6

「……いや、ちょっときついっす」
手伝ってほしいと真剣な面持ちの大賢者に頼まれたイツキは、すがすがしいほど高速で首を横に振った。思わず大賢者が大声で突っ込む。
「なんでだよ! 大賢者がわざわざ頼み込んでんだよ!? ほら君だって私からマジックアイテム貰ったんだからさあ、こういうときはどうすればいいか分かるだろ?」
「『分かるだろ?』じゃねえよ言い方恩着せがましいわ! てか事前にアポも取らずに乗り込んでくるとかお宅のキョーイクどうなってるんですか、キョーイク!」
こうなるともう売り言葉に買い言葉、沈静化に向かいつつあった両者の空気は一瞬にして再加熱し出した。
「仕方ねーだろ緊急性高くてアポ電で確認取ってる暇なんかなかったのこっちは! てかまだ手伝ってほしい内容すら言ってないのになんだその対応! もっと真摯に聞けよ!」
「うっせいきなり転移魔法で場の空気破壊しやがった挙句にふざけた態度ばっか取られてたら聞けるもんも聞けなくなるでしょーが! もうやだ一生手伝ってやらねーからな!」
「ちょっと軽いジョークいくつかぶっこんだだけでしょ!? しかも謝ったし! は? 謝ったんですけど!?」
「謝ったからって何なんだよ! なに、お子様対応でもすればいいの!? ”謝れたねー偉いねー”ってか!? んなもんできるかヴァ―……」

「お二人とも」

過熱しきって頂点を迎える前に呼び止めようとする声。凛として澄んだ声音は、しかし今だけ地獄のそこから這い出でるような緊張感をはらんでいる。
口喧嘩を止めて恐る恐る声の主を見れば、シオンがにっこりと笑んでこちらを見返していた。
「少し頭を冷やされてはいかが?」
顔は可憐に笑っていたが、薄く開いた目だけが笑っていない。
シオンの「さっさとしろ」オーラ全開の冷ややかな視線に二人とも何も言い返すことができず、その後の話の流れで(主にシオンが取り仕切った)結局イツキは大賢者たちを手伝うことになった。

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お久しぶりです。#6更新です。
ついに大学に一歩も足を踏み入れないまま前期が終わりました。レポートがまだ二つほど終わってませんが締め切りがまだなので大丈夫でしょう←
シオンの圧に負け、イツキは結局お手伝いの話を飲むことに。イツキ君は不憫ですね。かわいそう。

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霧の魔法譚 #4 2/2

最後に一拍置き、気合を溜めてから言い放つ。
「お前らの本気、奴らに見せつけてこい! では出陣!!」

イツキの号令は魔法使いたちを十分に奮い立たせられたようで。
「「「おおーー!!」」」
魔法使いたちの気合の咆哮がブリーフィングルームに反響し――。
「ストップストップーー!」
明らかにこの空気にそぐわない間抜けた声がそれらすべてをかき消した。

思わず片手を振り上げたまま固まってしまうイツキと、口が開いたままやはり固まってしまう魔法使いたち。
見ると先ほどまで誰もいなかった場所に人が立っていた。
真っ青なエプロンドレスに緩くウェーブのかかった金髪。異国情緒というよりはファンタジーからそのまま引っ張り出してきたような恰好で、現実との乖離が甚だしいというか、コスプレかなと疑いたくなる。
目立つ風体の闖入者に、せっかく高揚していた場の空気が行き場を失う。
誰とか何故とか何をとか知りたいことが多すぎて、誰も何も言えず。
しかしいち早く落ち着いたイツキが誰、と訊くより先に。

「あれ、作戦会議ってもしかしてもう終わっちゃった?」

その声の主――大賢者はまたしても間抜けた声で、今度は間抜けたことを言った。
沈黙が再びその場に落ちる。

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間が空きました。更新です。
場面は変わり、海上から進軍してくるファントムを迎え撃たんとする魔法使い陣営の最終ミーティング。リーダーであるイツキがその最後に仲間を鼓舞し、魔法使いたちの士気は上がり……かけましたが、大賢者の出現により台無しに。

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霧の魔法譚 #4 1/2

とある海岸にて、海上に現れたファントムを迎え撃つために多くの魔法使いたちが準備に追われていた。
ファントムの軍はゆっくりと移動しており、もう間もなくこの岸に到着する。迫る開戦を前に、この場の指揮を任された魔法使い――イツキは最後の作戦確認を終えようとしていた。

「――……ファントムどもが岸に到着する前に遠距離攻撃で数を減らす。到着したら盾役と近接攻撃で遅延させ、回復と休憩をローテしながら戦う。広域魔法を持っている者はそれぞれの部隊の指示に従って発動する。この作戦でいいな」

ブリーフィングに集まっているすべての魔法使いを見渡す。ここにいるのは少なくない間魔法使いとして生きてきた者たちだ。
魔法使いにとって少なくない間を生き抜くというのはとても難しい。魔法の使い方を心得る前に、または魔法自体が弱すぎてファントムに殺されてしまうものが多いからだ。それゆえ大人の魔法使いは少なく、事実この場にいるのも大半が高校生以下の者たちだ。
イツキは魔法使いになって11年目。今年で21歳となる彼はこの中では間違いなく年長である。

今まで生きてこられたのは頼れる仲間と魔法があったからだが、だからこそ絶対に仲間を守ってみせる。
「じゃあ最後に。これから迎え撃つのは海の上からやってくる3万のファントムだ。数十年に一度の災害ってやつだ。初めての俺らにとっては未知の体験、怖くない奴なんかいない。……正直俺だって怖い。だがお前の手の中を見てみろ。そこにはお前の使いたかった魔法の力がある。お前の隣を見てみろ。ここまで生き残った頼れる仲間がいる。
大丈夫。自分の魔法と仲間を信じろ!」