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常勝のダイヤ#7

夏の高校野球選手権大会予選抽選会の日が近づいてきた。毎年、主将がくじを引いてどのブロックになるかが決まる。県予選のくじなど、普段は気にしていないが今年は、ものすごく緊張する。俺らに余裕はない。自分の運が勝ち上がりに直結する。今日は練習終わりになんとなく最寄りのスタバに滑り込んで、スマホをながめていた。視線の先には春の甲子園ベスト4の山桜高校の4番、谷口。豪快なスイングから白球がレフトスタンドへ叩き込まれている。こいつを抑えなきゃ甲子園にはいけないな、、、
「おつかれ。」後ろから声をかけられて、俺はドキッとした。
「なんでいるん?」私服の水色のパーカーの女子。瑠奈だ。
「自主練で近くの公園行ってた帰り。うちらも夏近いし。」
「そうだよな。」瑠奈は何も気にしない様子で、俺の隣にすわった。
「これ。あげる。」綺麗に包装された袋を渡された。
「え、くれるん?」
「うん。帰ってから見て!」そういって、さっさとでていってしまった。
なんだったんだろう?家に帰って開けるとそこには、水で濡らすと冷たくなるタオルに綺麗な刺繍で、俺の名前が筆記体で書かれている。そして、小さな手紙が。
「甲子園で優勝してね。甲子園いったら、応援しに行く。」
もう、引けないようだ。瑠奈はバスケの大会日程の関係で、県大会は来れないというのを知っていた。必ず甲子園へ。そして優勝。日本一を取りに行く覚悟を俺は決めた。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その⑨

「あれ、誰だっけ?」
自身の頭上から顔を覗かせるタマモに、ロキが尋ねる。
「誰だったかなー……あ、思い出した。ガノの野郎だ」
「あー。助けに行く?」
「別に良いだろ。ダイジョブダイジョブ、あの程度の数なら何とかなるなる」
不意に、ガノとタマモの目が合う。
「あ! そこにいる2人! 見てないで手伝え!」
「いやァ、遠慮しときますよ。ほら、邪魔はしないんで、ガンバ」
「なっ、ふざけんなこの野郎!」
ガノはエベルソルの1体の突進を楯で受け止め、ライフル銃でその頭部を撃ち抜く。その隙に残りの3体に一斉に飛びかかられ、瞬く間に組み伏せられた。
「ぐあー⁉ マジで助けて! 死ぬ!」
助けを求めるガノのことは無視して、タマモはロキに目を向けた。
「……ロキ、じゃんけんしようぜ」
「何賭ける?」
「俺が勝ったらあいつのことは諦めよう。お前が勝ったら仕方ない、拾える命ってことで」
「分かった。チョキ出すね」
「おっと心理戦。『最初はグー』無しでいきなり『じゃんけんほい』で行くぞ」
「分かった」
「「じゃーんけーんほい」」
自分の出した『グー』を見つめ、大きく溜め息を吐き、タマモはガノに目を向けた。
「自分で言ったことだからなァ……おいガノ、土下座して頼めば助けてやるよ」
「テメエ、よく仰向けに倒されてる奴に土下座要求できるな⁉」
「冗談だよ冗談」
タマモとロキの光弾によって、ガノに群がっていたエベルソルらは全滅した。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その④

「仕方ないなァ。軟弱なお前のために、一度休憩するとしようか。畜生、まだ暴れ足りないってのに……」
もう1枚のパーカーを脱いで腰に巻きながらそうぼやく種枚に溜め息を吐き、鎌鼬は思い出したようにポケットから缶コーヒーを取り出し、栓を開けた。
(…………あ、師匠。また角生えてる……)
コーヒーを飲みながら、鎌鼬は苛立ちながらシャドウボクシングをする種枚の姿をぼんやりと眺めていた。彼女の額、両の眉の上には、頭蓋が内側から盛り上がったような短い角が生えており、また口の端は通常の倍ほども裂け、肉食獣のような牙が隙間から覗いていた。
(あの人、興奮が極まるとちょっと見た目が人間から外れるよなぁ……。俺なんかよりよっぽど生きてちゃマズいんでは?)
飲み切ったコーヒーの空き缶をどうしようか少し悩み、鎌鼬はそれを結局元のポケットに仕舞い直した。
「ンア。休憩は終わったかい?」
鎌鼬の動きを目敏く見とめ、種枚が振り返る。その全身からは濃い湯気が立ち上っていた。
「いや、もうちょいゆっくりさせてくださいよ……」
「チィ、つまらん」
「師匠、もう少し落ち着いてもらって……」
その時、重い衝撃音と振動が二人の下に届いた。
「ッ⁉ 師匠、今のって!」
音のした方向を反射的に見た後、鎌鼬はすぐに種枚の方に振り返る。彼女の表情は、鎌鼬の予想通り残虐に歪んでいた。
「今日会った奴、どいつもこいつも軽くて物足りなかったんだ」
そう言って瞬間移動並みの速度で音源に向けて駆けて行く種枚を、呆れたように溜め息を吐いて鎌鼬も追いかけた。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その⑧

「ロキ、今何時だ?」
「16時半。そろそろ演奏会も終わりかな?」
再び市民会館正面に戻り、新たに出現したエベルソルの群れに対応しながら、タマモとロキは軽い口調で話していた。
「そッかー。それじゃ、お客が出てくるまでにもうちょい片付けとくかァ」
「あいあい」
応戦を続ける2人の下に、ぬぼ子が現れた。
「二人とも、さっきはありがとう。こっちはもう落ち着いたから手伝いに来たけど……平気そう?」
「あっ、姐さん」
「ぬぼさん。そんな事無いです、助けてください」
「はいはい。じゃあちょっと退いてね?」
ぬぼ子が前に出て、巨大なブロックを生成する。それを更に数十個に複製し、一斉にエベルソルらに叩き込む。コンクリートで舗装された歩道が質量と速度によって粉砕された代わりに、正面から襲い来る大群も1体残らず押し潰された。
「……なァぬぼ姐さんどうすンだこれ。帰りとかエグい歩きにきィぞ」
「いやぁ……その……とりあえずは私が描いて応急処置、かなぁ……」
「んじゃ、頼みますよ姐さん。俺らは絵なんか描けないんで、ヨソの後片付けに行きますからね」
「それじゃ、お疲れ様です。ぬぼさん、頑張ってください」
2人はぬぼ子に頭を下げ、他のリプリゼントルの持ち場に向かった。
多くの場所で、戦闘は既に終了しており、僅かに残ったエベルソルにも、余力を残したリプリゼントルが対処している。
「俺らは暇だなー……」
「ねー……」
彫刻の個展が開かれているとある展示室の前を通過しようとしたとき、2人の間をレーザー光線が通り抜けた。
「……何今の」
「……多分、この辺で戦ってる奴がいるんだろうなァ……」
展示室の陰から顔を覗かせると、ガラスペンで生成したライフル銃と大楯を装備したリプリゼントルが、4体のエベルソルと交戦していた。

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少年少女色彩都市 Act 12

少女が立ち去った所で、典礼の姉は叶絵に向き直った。
「ごめんなさいねあなた…戦闘に巻き込んでしまって」
本当に、ごめんなさいと典礼の姉は深々と頭を下げる。叶絵はそ、そんなに頭を下げなくてもと慌てる。
「実際わたしだってリプリゼントルの戦いが気になって飛び出してきちゃっただけだし、こうなった原因はわたしに…」
叶絵は元の姿に戻って言うが、典礼の姉はいいえ、私が悪いのと頭を下げたままだ。
「私がさっさと引退しないから…」
典礼の姉はそう謝り続けるが、その様子に痺れを切らした、いつの間にか元の姿に戻っていた典礼が姉さん!と声を上げる。典礼の姉は顔を上げた。
「早く引退してたらって、もしそうしてたらこのピンチを切り抜けられなかっただろ!」
ぼくだけじゃなくて彼女もどうなってたか分からないんだぞ!と典礼は語気を強める。
「…だから、そんなこと言うな」
姉さんが謝っているのを見てたらぼくだって嫌な気持ちになると典礼が言うと、典礼の姉は典礼…と呟いた。
「…という訳でだ」
この窮地を救ってくれてありがとう、と典礼は叶絵に向き直る。
「しかしぼくらが無理矢理君を戦わせてしまったのも事実だ」
これ以上、君も戦いたくないだろう?と典礼は続ける。
「もし君がこれ以上戦いたくないのであれば、そのガラスペンをぼくらに返して…」
「いや、いいです」
典礼が言いかけた所で叶絵は遮るように断る。
「わたし、リプリゼントルとして戦います」
叶絵は毅然とした表情で言い切った。どうして…と典礼が尋ねると、叶絵はだってと返す。
「わたしにできて他人にはできないこと、絵を描くこと以外にも見つけられたから」
叶絵は手の中のガラスペンを見つめながら続ける。
「だから、リプリゼントルとして戦いたい」
皆さんと一緒に…!と叶絵は顔を上げる。心なしかその表情は明るく見えた。
「そうかい」
それが君の意志なら、ぼくは尊重するよと典礼は笑う。
「分かったわ」
それなら私も、全力でバックアップすると典礼の姉も頷く。
「ありがとう、ございます!」
叶絵は満面の笑みを浮かべた。

〈少年少女色彩都市 おわり〉

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その⑥

(これ……間に合うか……?)
ブロックを生成しながらエベルソルらの後を追うぬぼ子の背中を見送りながら、ロキは周囲の様子を観察していた。
倒れた状態のエベルソルは絡み合ってすぐに動ける状態には無い。抜け出した2体は大ホールとの距離を10m以下に縮めている。後続の群れはすぐには到達しない。前回のぬぼ子の攻撃からの経過時間から予測するに、彼女はあと5秒程度、攻撃できない。まして、大質量の攻撃はエベルソルが建造物に接近し過ぎると巻き込む危険性から使えない。
(これは……ぬぼさんはギリギリアウトかー…………)
光弾を4発描き、エベルソルに2発ずつ撃ち込む。ソレらの脚に命中し、僅かに歩調が遅れるが、しかし歩みが止まることは無く、依然としてエベルソルらは突撃を続けている。
「…………うん。諦めよう」
ホールから目を離し、倒れたエベルソルの対処に向かう。
「ぬぼさんには、もうどうにもできない。私にも何もできない。だから」
ホールに向かっていたエベルソルの足が止まった。ホール屋上から響く電子音楽に注意を引かれたのだ。
「何とかできる人に何とかしてもらう」
「ロキィ! 何馬鹿やってンだ!」
カセットプレイヤーを高く掲げたタマモが、ホールの屋根から呼びかける。
「タマモならギリギリ間に合うかなー……って」
「俺があっちでガチってなかったら間に合ってなかったんだぞ?」
「ま、私達の芸術は破壊者には分かりにくいからね。1人になれば何とかなる気はしてた」
「コイツ……あ、ぬぼ姐さんオツです」
屋根を挟んで軽口を叩き合っていたタマモとロキだったが、不意にタマモが屋根から飛び降りながらぬぼ子に会釈した。
「タマくん。正面はもう大丈夫なんだ?」
「ええまあ。ウチの相棒が迷惑かけませんでした?」
「ううんー、むしろ助けられちゃったよ」
「ハハッ」
平坦に笑いながら、タマモはロキに近付いた。彼の持つカセットプレイヤーから流れる音楽に釣られて、エベルソルらもそれをゆっくりと追跡する。

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少年少女色彩都市 act 14

周囲の空間を覆っていたインキ製の暗闇と聖堂が、解けるように消滅していく。叶絵の生み出した空間が完全に消滅したところで、リプリゼントルの少女が近付いてきた。
少女は叶絵に一瞬目を向けたが、特に声を掛けるでもなく大鷲に近寄り、その羽毛を撫で回し始めた。
「おぉう……もふぁもふぁしてる。いきなり上半身乱造し出した時はちょっと心配したけど、こういうのも描けるんだね? あ、私のことは食べちゃダメだからね。そりゃエベルソルの匂いが染みついてるかもしれないけどさ……」
頭を下げてきた大鷲の嘴をさりげなく押し返しながら独り言を続ける少女だったが、不意にその手を放し、思い出したように叶絵の前に近付いた。
「あ…………」
「お疲れ、新入りちゃん。見事だったよ」
「え、あっはい」
返事も聞かずに叶絵の前から離れ、少女は和湯姉の前で立ち止まった。
「へいお姉さんよー。今日の事はちゃんと自分で偉い人に言うんだよ? 『エベルソル倒せなかったのでその場にいた民間人を強引に引き込んで事なきを得ましたー』って」
「なっ……見ているばかりで手伝わなかったそっちにも責任はあるでしょ!」
「えっその責任転嫁はなんか違くない? 私が悪いって言うなら発端はあれを倒せなかった弟の方じゃないの? 大丈夫? 処分いる? いや私もただのヒラ兵士なんだけど」
「ぐっ…………それは……」
(あれー? てきとーに並べただけの暴論に言い負かされないでー? まあ良いや)
言葉に詰まる和湯姉に首を傾げ、少女は3人から離れるように歩き出した。
「それじゃ、私は他にエベルソルが湧いてないか巡回してくるから、ばいばーい。まだお昼ぐらいの時間だし、残る今日を楽しんでおくれ。はぶぁないすでい!」

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告白4

「待ってよ!」
その子の反応は予想外のものだった。足は止めたが僕には振り向く勇気がない。
「何のために呼んだと思ってんの?」
自分の思考回路にはない展開に何も答えられない。
「ねぇ、本当にわかんない?」
分からないものは分からないのだかれ仕方ないだろ。僕はその子に背を向け立ち止まったままだが、険しい雰囲気はひしひしと伝わっていただろう。
「好きなの、小学校の時から」
その子は手順を忘れたように早口で言った。おかげで驚くのが追いつかない。
「何言ってんの?」
出せた言葉はなんともぶっきらぼうだ。今思えばこれ程失礼な返し方はなかなかない。
「だから、ずっと好きだったの!あなたのことが!」
箍が外れたのだろう、その子の言葉は止まらない。
「あの時からずっとそう!私はあなたのことをちゃんと好きだったのに、あなたはどんどんと人と離れて最近じゃ自分から嫌われ者だなんて言って。私がどんな気持ちかわかる!?」
「ごめん…」
それしか言えなかった。
「誰に何を言われたかは知らない。でも私は、あなたのことが好き!だからもう自分で自分を嫌われ者なんて言わないで!私を、私の気持ちを信じて?」
人にこんなに好きだと言われたのは初めてだった。同時にその言葉は…
僕を悲しい嘘つきにした。

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告白3

それから何年経っただろうか、その子とは相変わらずマンションが同じで集団下校が無くなっても時々一緒に帰る場面はあった。それでもあれ以来大した会話はしなかった。というより、出来なかった。あの子のことを思えば、嫌われ者と一緒に帰ることさえ迷惑であろうから。
幸い高学年ではクラスが離れ、無理に振る舞う必要は無くなった。しかし染み付いた空気は恐ろしいもので僕が嫌われ者であることはものの数ヶ月で確定した。とはいえ今更それをどうこうと思うことは無い、ただ変わらぬ日々があるだけだ。しかし守るものがないのは決定的な違いだった。ただ自虐を繰り返すようになっていたことに当時は気が付けなかった。
「僕に彼女なんてできるわけないだろ」
「こんな嫌われ者を好きなやつなんていないよ」
この時、嘘をついているつもりなど毛ほどもなかった。それがその場の正解だったし、自分自身でも本当にそう思っていた。
「ねぇ、少し話せない?」
部活から帰るとその子がマンションの前で待っていた。どうやら急いで帰ってきたようで額に汗が見える。その汗が静かに頬を伝う様はそれだけで緊張感をこっちにも伝えてくれる。
「別に、いいけど」
僕が頷くとその子は何も言わずに歩き出した。少し面を食らったがついていく他に選択肢もなかった。
「こっち」
ようやっと振り向いたかと思えば、周囲を見つつ近場の公園へ手招くだけだった。よほど他人に見られたくないらしい。そのリスクを背負ってまでこの嫌われ者に何を話そうというのか。
「これ、一応手作り」
その子が手にしていたのは小洒落た袋に包まれたチョコレート菓子だった。
「え?」
「だから、これ渡そうと思って」
なるほどバレンタインか、教室じゃ渡しづらいとはいえ義理相手に随分と遠回りなことをするものだ。まぁそれがこの子の律儀さとも言えるが。
「わざわざどうも、先に帰ってたのならポストでも良かったのに」
これ以上この子の時間を奪う意味はない。そう思い左手で丁寧に受け取りはするが、なるべく足早に公園を後にしようとする。
「待ってよ!」

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厄祓い荒正し ep.1:でぃすがいず  その③

神様と並んで、すっかり廃村といった様子の集落跡地を駆け抜ける。
もう誰もいない個人商店の前を通り過ぎようとしたとき、その建物が弾けるように吹き飛んだ。咄嗟に半壊した民家の陰に飛び込んだけど、そこも爆散する。
「オォイオイ狙われてンぜェ? きっとさっき撃ってきたヤツだなァ」
神様は楽しそうに言いながらうごうごしている。こんな調子だけど私を庇うように立っているのには、まあ感謝の気持ちが無いわけでは無い。
「今の2発、位置を変えて撃ってきましたよね」
「だなァ。なかなか足が早いぜ。オマケにあの貫通力だ。…………ナァ我が神僕よ、ちょっとカッコイイやつ思い付いたンだけどよォ……やってみネ?」
「……何です?」
また近くの民家が弾け飛ぶ。あまり考えている余裕は無さそうだ。
「やりましょう」
「ヨシ来た」
神様が口と思われる顔の裂け目をニタリと歪め、一瞬全身を震わせてから液状化して地面に広がった。
「っ⁉ 神様⁉」
泥状の神様がうねうねと蠢く。どうやら生きてはいるらしい。そして神様の泥が、私の脚を伝って全身を包み込んだ。
(どォーおよコレェ? 神様の鎧だゼェ)
頭を包む泥の中で、神様の声が反響する。
「どろどろしてちょっと気持ち悪いです」
(フム……ソコはまあ、順番に改善していこーヤ)
泥の鎧が硬質化して、どろどろした不快感は無くなった。
(……しッかし我が神僕よ、オメー本ッ当に小柄だよなァ。身体が結構残った。マア、有効活用しようや)
「はい?」
足下にまだ残っていた泥溜まりが高速で伸び上がり、空中で何かを掴んだ。

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ハブ ア ウィル ―異能力者たち― 19.チョウフウ ⑩

わたし達が立っている場所のすぐ側の建物の屋上から、誰かがこちらを見ている。
その姿はお昼頃に出会ったあの穂積のようにも見えた。
「…どうしたんだ?」
わたしが上を見上げている事に気付いた師郎がそう尋ねる。
わたしはえっ、と驚いて彼の方を見る。
「あ、ちょっと見覚えのある人が近くの建物の上に…」
わたしがそう言いながらさっき見ていた場所へ目を戻したが、そこにはもう誰もいなかった。
「あれ?」
さっきまでいたのに…とわたしは呟く。
「誰もいなくね?」
「見間違いじゃねーの?」
師郎と耀平も上を見ながらそうこぼす。
「でも確かにいたんだよ」
お昼頃に出会ったあの子が…とわたしは言いかけたが、途中でうふふふふふという高笑いにかき消された。
「ようやく見つけたわ」
声がする方を見ると、ヴァンピレスが白い鞭を持って道の真ん中に立っている。
「さぁ、わらわの餌食になりなさい…!」
彼女がそう言った時、ンな事させるか‼とわたし達の後ろから聞きなじみのある声が聞こえた。
「ネクロ‼」
黒い鎌を持って肩で息をしているネクロマンサーに対し、耀平は声を上げる。
「早く逃げろ皆‼」
ここはボクが足止めする!とネクロマンサーはわたし達の前に躍り出た。
耀平は分かったとうなずくと、行くぞとわたし達に行って走り出した。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その③

種枚・鎌鼬の二人は、この後も夜の町を高速で駆け抜けながら、目についた怪異たちを片端から狩り倒して回っていた。
種枚の駆ける速度は、人間はおろかあらゆる生物が発揮し得る移動速度を凌駕するほどのものであり、尚も加速を続ける彼女に、鎌鼬は異能を発動し続けてようやく食らいついているという有様だった。
「ちょ、ちょっと! マジで待ってください!」
道端に立っていた不気味な女の幽霊を真っ二つにした種枚に、鎌鼬はようやく声をかけた。
「ァン? どうした息子よ、もうバテたのかイ?」
「いや、当然でしょ……! 俺、〈鎌鼬第一陣〉発動中は全力疾走してるようなものなんスよ? むしろよく30分も保ってますよ……!」
〈鎌鼬第一陣〉とは、鎌鼬少年が種枚の手によって間接的に怪異を摂取したことで得た人外の異能である。
そもそも「鎌鼬」とは本来、3体1組で行動する怪異存在である。風のように駆ける3体の妖獣の第1体が対象を突き飛ばし、第2体が対象を切り裂き、第3体が薬を塗って止血することで、出血を伴わない切り傷を与えるというものなのだ。
鎌鼬の異能はこの第1体の力に由来し、風と化して空間内を自由に、高速で移動し、また接触した人間や動物、怪異などに接触を感じさせること無く転倒させるというものである。
この異能は体力を発動の代償としており、その消耗速度は、同じ距離を全力疾走しているのに等しい。
時おり立ち止まりながらとはいえ、異能の連続使用により、かなりの勢いで体力を消耗し続けていた鎌鼬が音を上げるのは、致し方ないことと言えた。

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少年少女色彩都市・某Edit. Agitation & Direction その⑤

タマモが怒りに任せてエベルソルを蹂躙していた頃、ロキは他のリプリゼントルがエベルソルの群れと交戦しているのには見向きもせず、脇をすり抜け戦場の目標地点に向かっていた。時折自分の下に流れてくるエベルソルの個体に難儀しながらも、ロキはようやく目当ての場所に到着した。
「ぬぼさん!」
エベルソルに取り囲まれていた、サイバーパンク風の衣装を纏ったリプリゼントルの少女に呼びかける。
「え、あ、フ、フベ……」
「ロキで良いです」
「分かった、ロキちゃん、助けて!」
「まあ、はい」
変化弾をエベルソルに叩き込み、一度ぬぼ子からエベルソルの群れを引き剥がす。
「あ、ありがとう……」
「いえまあ、別に、はい。取り敢えず攻撃継続してください、溢れた分は私が整えます」
「助かるよ」
ぬぼ子はガラスペンの先を空中に置き、素早く直線を引く。するとその直線を対角線とする長方形が、地面と平行に生成された。更にガラスペンをそのまま真上に持ち上げると、先ほどの長方形を底辺とする直方体となる。
「次の音まで……3、2……」
ぬぼ子のカウントダウンの間、ロキが弾幕でエベルソルらを牽制する。
「ゼロ!」
ぬぼ子の宣言と同時に、巨大な直方体型のブロックが群れの中央に落下する。数体のエベルソルが押し潰されたが、他の個体は素早く回避し、前進を続けようとする。
そして、ロキが予め仕込んでいた変化弾に足をすくわれ、転倒した。それを堪えた個体も、倒れたエベルソルに足を取られて連鎖的に倒れ伏す。
「……あ」
「ん? ロキちゃん何……あっ!」
ブロック、変化弾の両方を回避したエベルソルが2体、2人の両脇をすり抜けてホールに向かったのだ。

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視える世界を超えて エピソード6:月夜 その②

鎌鼬が種枚に追いついた頃、彼女は既にパーカーの1枚目を腰に巻き、今しがた狩ったばかりの怪異に齧りついているところだった。
「ン、遅かったなァ馬鹿息子よ」
「師匠が速過ぎるだけですから。っつーかなんで風の速さで移動できる俺より速いンスか」
「修行が足りてねーなー……まだまだ作業は残ってるんだぜィ?」
怪異の残骸を投げ捨て、種枚は再び駆け出した。
それを追おうとして異能を発動した鎌鼬の身体を、青白い無数の手がすり抜けた。
(ッ⁉ 風になってなきゃ危なかった……)
「おー、そっちに居たか!」
走り去っていたはずの種枚が瞬間移動と見紛うほどの速度で引き返し、腕の数本を勢いのままに引きちぎった。
「次の獲物はコイツだなァ!」
興奮したように吼え、回転しながら腕の群れに飛び込み、それらを1本残らず切り飛ばしてしまった。
「やー……やっぱすげえッスね。師匠の必殺技」
異能を解除して地面に下りてきた鎌鼬が、腕の残骸を見て苦笑しながら言った。
「シシシ、そうだろ。化け物共とやり合うために、私の知恵と身体能力の全てを注ぎ込んで考え出した技の数々だぜィ? すごくなきゃ困る」
鋭い牙を剥き出しにして笑い、種枚は答えた。

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