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鬼ノ業~本章(拾陸)

言葉通り、朔と蒼は開いた口が塞がらない。
「わざわざこんな何もない処にどうもいらっしゃい。」
手を出してくる。握手と言うことだろうか。
状況をのみこめていない朔は、それでも握手を交わす。その時に一瞬見えた冷たい眼は、見間違いか、勘違いだったかもしれない。
この'大おばば'と呼ばれる女性の風貌を少し説明しよう。
身長は、女性にしては高い。この村を通った限り、一番女性の中で高いかもしれない。髪は結構長めで、毛先が巻いている。そして、陽に照らされたそれは綺麗な茶色を映し出している。何より――若い。おばばなんて年齢ではない。ましてや大の字がつくなんてもっての他だ。年は大体二十代も前半ではないか。朔や蒼よりも少し年上か――もしくは、同い年かもしれない。なんて考えてしまうほど若い。なぜ'大おばば'なんて呼ばれているのだろうか。
「アタシは'大おばば'だ。よろしく。
――凜、ちょっと席を外してはくれまいか。」
「えー…これからお兄ちゃん達を案内してあげようと思ってたのに…。」
'大おばば'は少し頭を下げるようにする。
「すまない。しかし、頼む。」
凜は微笑んだ。
「うん、大おばばがそこまで言うんなら…ただ、お話終わったらぼくんとこにきてよね。家の前で遊んでるから。」

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鬼ノ業~本章(拾弐)

「見ただけで分かるものか?」
「眼が違う。」
蒼は、勿論分からなかった。鬼と人間は、見た目による違いは無いに等しい。
しかし、蒼はそんな自分の勘よりも、旧友への信頼の方が厚かった。だから、朔の言っていることの方を信じた。
「そうか。…しかし、それがあることで何か問題は在るのか?」
この時代において、鬼と人間の共存は当たり前だった。だから、たとえ岡っ引きが人間だろうと鬼だろうと特に問題はない一一もっとも、共存出来ずに崩壊した村も少なからずあるのだが。
「今回裁くのは鬼。しかも、人間との仲は良いわけではなさそうだ。」
蒼は何となくわかった。朔の言わんとしていることが。
つまりは、公平に裁かれない危険性があるといいたいのだ。犯人が薊だとした場合、捕まえられる確率はほぼない。しかし、裁かれる相手がたとえいなくても、何らかの形にしないと、被害者も遺族も報われない。だが、そうなると裁く方が手間である。これが、内部の人間の、しかも人間の手による犯行ならば、鬼達はどれだけ楽なことか。
鬼という自分等の面子も潰れない。稀に、こう云った事が無きにしもあらず。この岡っ引きはどうだろうか。
「しかし一一此のままだと、僕達の方が危ないかもしれないな。」
「何故?」
朔は笑う。
「愚問だね。」
蒼は肩をすくめた。

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鬼ノ業~本章(拾壱)

すすり泣く声と共に感じるのは怒り。
「…鬼の仕業だ…鬼のせいだ!」
信乃から冷静なんて言葉は失せていた。急に薊を思い出す。このままでは、負の連鎖が続くばかりである。
しかし、だからと云って朔が何かを言ってあげることはできない。自分の母やおじ、友人の命を奪ったのは人間だ。
するとここで声が掛かる。
「信乃さん…?」
後ろから姿を現した人物。村人、だろうか。
「見かけねぇ旅人が来たと思ったら、焦ったような顔して出ていって…何事だと思ったば…一一!?」
叫び声があがる。そして、人がわらわらと集まってきた。こうなっては手の回しようもない。村人にまかせるだけだ。
岡っ引きも来た。随分と遅いご到着である。そして偉そうにその場を仕切ってしまった。
思わず出た朔の溜め息に、蒼は苦笑する。その笑みが、朔の心を見透かしたようで恥ずかしかった。
しばらく其処にいると、岡っ引きが旅人二人に訊ねる。
「主らが第一発見人か?」
朔が答える。
「正確には、凜が第一発見人です。それも、現場に居合わせた。」
一人は頷き、二人に背を向ける。もう一人の岡っ引きは、朔を訝しげに見やり、背を向けた。あの目は一一
「蒼。」
「ん?どうした。」
朔は、その一人の岡っ引きから目を離さない。
「あの岡っ引き…鬼だ。」

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