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自己家畜化

 だるだるのダルメシアン。
 ダルメシアンはだるかったの?
 ダルメシアンはだるかったんだよ。
 どうして?
 ペットだったから。
 ダルメシアンはペットだったの?
 ペットペットサロペット。
 なにそれ。
 知らない。
 
     *

 ダルメシアンはペットであることに飽いた。
 だから家を出ることにした。
 野で暮らすのだ。
 野で暮らすことを考えると不安だった。
 不安なのでペットの先輩であるスコテッシュフォールドの意見をきいてみた。
「暗い展望しか持てない者はいまある材料、目先の材料だけでしか物事を判断できない小者なのだ。先のことはわからないのが当たり前。どうせわからないのだからなにもしないより行動を選ぶべきだ」
「わからないから行動しない。じっとしているというのが自然界の法則では?」
「たしかに。いま気づいたよ。だがスコットランドでは」
「スコットランド行ったことあるのかい?」
「ないけど……あのな、月に行ったことなくても月にはクレーターがあるなんて話しするだろ。それといっしょだ」
「なるほど。相変わらず理屈っぽいね」
「お互いさまだ」
「ぼくらは発想が似ている。おんなじ。おんなじだ」
「似てるってことは違うってことだ」
「名言がぽんぽん出てくる」
「いまのは昨日見たドラマのセリフだけどな」
「そうか」
「そうだ」
「なんか楽しいな」
「そうだな」
 ダルメシアンはやはりペットであり続けることにした。そんで、かぷかぷ笑った。

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恩返し

 マンションのエントランス。たたずむ男。白いワンピースを着た、細身長身の女が入ってくる。
「あの、すみません」
「はい。なにか?」
「道に迷ってしまいまして、今晩泊めていただけないでしょうか」
「この先にビジネスホテルがありますよ」
「お金がないんです」
「はあ」
「お願いします泊めてください。なんでもしますので。機織りが得意なんです」
「ああ。そういうの、間に合ってるんで」
「……実は……わたし、先日助けていただいた鶴です」
「鶴を助けた覚えなどない」
「またまたあ。助けたでしょ」
「助けた覚えなどないって言ってるでしょ」
「とにかく助けていただいたんです」
「しつこいなあ。警察呼びますよ。どこかほかあたってくださいよ」
「そんなわけにはいきません。助けていただいたからには恩返ししないと」
「だから助けた覚えなんかないんだって」
「いいからいいから。あ、ほら、お金もうけしたくありません?」
「こう見えて僕は年収一億だ」
「お金はいくらあっても困らないでしょ? もうけさせてあげるからさぁ〜。泊めてよ〜」
「駄目だ。ほかをあたってくれ。金もうけの才能があるんなら自分のためにつかいたまえ」
「ああそうですかっ。なんだよっ。ばーかばーか」
 鶴去る。男、エレベーターに乗り、最上階に上がる。ドアが開く。無数の鶴が、機を織っている。
「          」
 男は、誰に言うともなしに、つぶやいた。

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バケーション

 就活、婚活、終活、部活などなど、人間というものは何かしら活動せずにはいられない生きもののようだ。
 生命体である以上、活動するのが宿命なんだけどね。
 まあ生命体じゃなくても粒子レベルでは活動してるんだけどね。
 そして宇宙は始まってやがて終わるんだね。
 さて、大型連休だというのに金がないためどこにも行けないわたくしはもっぱらアパートの一室で活動している。
 テレビを見る。
 文庫本を読む。
 ぶつぶつひとりごとを言う。
 ひとり、部屋に閉じこもっているとおのずと自分自身に意識を焦点化してしまう。疲れているときも同様のことが起こる。前頭葉の活動が低下してしまうからだ。
 今日はあまり焦点化しないなあ。
 ゆうべいいことあったからな。
 爪切ったら昼寝でもするか。
 
 就活、婚活、終活、部活などなど、人間というものは何かしら活動せずにはいられない生きもののようだ。
 生命体である以上、活動するのが宿命なんだけどね。
 まあ生命体じゃなくても粒子レベルでは活動してるんだけどね。
 そして宇宙は始まってやがて終わるんだね。
 さて、大型連休だというのに金がないためどこにも行けないわたくしはもっぱらアパートの一室で活動している。
 テレビを見る。
 文庫本を読む。
 ぶつぶつひとりごとを言う。
 ひとり、部屋に閉じこもっているとおのずと自分自身に意識を焦点化してしまう。疲れているときも同様のことが起こる。前頭葉の活動が低下してしまうからだ。
 今日はあまり焦点化しないなあ。
 おとといいいことあったからな。
 昼寝でもするか。
 
 
 
 

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 大型連休に入った。千本ノックのようなきつい労働からしばしの解放。頭がおかしくなりそうだった。ずっとネガティブな考えしか浮かんでこなかった。上を向くと、ポジティブになれると何かで読んだので、上を向いてみた。ちっともポジティブになれなかった。ポジティブになれる奴は、上を向くとすぐ脳への血流量が減るタイプなのだろうと思った。血流量の低下による痴呆状態をポジティブと錯覚しているだけなのだろうと。いまになって、額面通り受け取っていただけだったとわかる。上を向くというのは自己が上昇するイメージングをすることだったのだ。思考能力が完全に低下していた。ぼくは頭がおかしくなりそうだったのではなく、おかしくなっていたのだ。
 イメージングは、上手くいかなかった。嫌なことがずっと忘れられなかったからだ。ぼくは嫌なことが忘れられるというので有名な、神社に行くことにした。


「ちょっとあんた」
 露天の占い師の老女に声をかけられた。無視しようと思ったが立ち止まるしかなかった。なぜならバス停のすぐそばだったから。
「はい」
「嫌なことを忘れようとしてるだろ」
 ぼくは老女から目をそらした。べつに驚かなかった。例の神社行きのバスが停まる停留所なのだ。
「あんなとこお詣りしたって無駄だよ。だいたいね。嫌なことってのは忘れようとすればするほど忘れられなくなるものなんだ」
「……そんなことはわかってますよ。ご利益がなかったとしても、山の緑を見て、新鮮な空気を味わうだけでだいぶ気持ちが変わるでしょう」
 ぼくは目をそらしたまま、時刻表を指でなぞりながら言った。
「わたしが言いたいのはね。忘れようとするのは、明るく生きていこうとする気持ちがあるからだろ? だがそれはちがう。明るく生きてくためには嫌なことを忘れようとしちゃ駄目なんだ。明るく生きてくためには嫌なことと向き合わなきゃいけないんだよ」
 なんだか腑に落ちるようなところがあり、ぼくは顔を上げた。
 老女は、いなかった。露天も消えていた。けろけろと、蛙の鳴き声がどこかからきこえた。
 ぼくは来た道を戻り、駅前のビジネスホテルにチェックインした。部屋に入るとすぐベッドに横になり、目を閉じた。
 
 夕方、目覚めると、ぼくは蛙になっていた。

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竹取物語

 昔、美少女がいた。名はかぐや姫。月日が経ち、少女時代を終えたかぐや姫は美女になった。もちろんあちこちから縁談が持ち込まれた。生活の変化を嫌うタイプであるかぐや姫は、養父母である翁、嫗と離れたくなかったのですべて断ろうとしたのだが、翁が、とりあえず毎日通ってくるセレブの五人に会うだけ会ってみろ。みたいな目つきでかぐや姫を見ているような気がしたのと、嫗も、そうしてみたらかぐやちゃん。なんて感じで微笑んでいるように思えると思えば思えたので会うことにした。
 五人は、さすがセレブだけあってオーラがあった。孤児で貧乏育ちのかぐや姫はそんな五人が妬ましかった。そこで五人に条件を出した。ガンダーラ仏の仏頭くれたら結婚してあげる。ダイオウイカ釣ってきてくれたら結婚してあげる。アノマロカリスの化石が欲しいなどなど。
 さて、五人。それぞれかぐや姫の望むものを探しに出発するかと思いきや、そこはセレブ。庶民と違い、横のつながりが強い。抜け駆けはフェアじゃない。それにみんなの造船技術、航海術を結集したほうが確実だってんで緻密な計画を立て、親御さんは反対したけど海に出た。
 その後、五人が、かぐや姫の前に現れることはなかった。遭難したわけではない。世界各国の美女たち、ブルーの瞳の知的なクール美女。褐色の肌のナイスバディ美女などを目の当たりにすると、かぐや姫などかすんでしまうではないか。なんであんな田舎くさいおかめのために俺たち頑張ってんの? いい女ぶって調子に乗りゃあがってちんちくりんが。あーもうやめやめっつって帰国してからセレブたち、海外に会社つくろうってなったんだ。金持ちはこうして自己増強していくんだね。
 で、かぐや姫はどうなったかっつうと、地元の歯医者と結婚して男の子二人もうけてまあそこそこ贅沢な暮らしをしたんだそうだ。

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相対化

 昔、美少女がいた。名はかぐや姫。月日が経ち、少女時代を終えたかぐや姫は美女になった。もちろんあちこちから縁談が持ち込まれた。生活の変化を嫌うタイプであるかぐや姫は、養父母である翁、嫗と離れたくなかったのですべて断ろうとしたのだが、翁が、とりあえず毎日通ってくるセレブの五人に会うだけ会ってみろ。みたいな目つきでかぐや姫を見ているような気がしたのと、嫗も、そうしてみたらかぐやちゃん。なんて感じで微笑んでいるように思えると思えば思えたので会うことにした。
 五人は、さすがセレブだけあってオーラがあった。孤児で貧乏育ちのかぐや姫はそんな五人が妬ましかった。そこで五人に条件を出した。ガンダーラ仏の仏頭くれたら結婚してあげる。ダイオウイカ釣ってきてくれたら結婚してあげる。アノマロカリスの化石が欲しいなどなど。
 さて、五人。それぞれかぐや姫の望むものを探しに出発するかと思いきや、そこはセレブ。庶民と違い、横のつながりが強い。抜け駆けはフェアじゃない。それにみんなの造船技術、航海術を結集したほうが確実だってんで緻密な計画を立て、親御さんは反対したけど海に出た。
 その後、五人が、かぐや姫の前に現れることはなかった。遭難したわけではない。世界各国の美女たち、ブルーの瞳の知的なクール美女。褐色の肌のナイスバディ美女などを目の当たりにすると、かぐや姫などかすんでしまうではないか。なんであんな田舎くさいおかめのために俺たち頑張ってんの? いい女ぶって調子に乗りゃあがってちんちくりんが。なんて罵倒しながら帰国し、セレブたち、海外に会社つくろうってなったんだ。金持ちはこうして自己増強していくんだね。
 で、かぐや姫はどうなったかっつうと、地元の歯医者と結婚して男の子二人もうけてまあそこそこ贅沢な暮らしをしたんだそうだ。

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ハープ

 傷心を癒しに、海に行った。浜辺で、人魚がハープを弾いていた。
「お上手ですね」
 人魚はハープを弾くのをやめ、やや警戒する感じで僕を見上げた。
「あ、どうぞ続けてください。僕もギター弾いたりするんですよ」
「いえ、もう飽きたので。……あの、この辺にビジネスホテルかなんかありますか?」
「ご旅行で」
「家を追い出されたんです」
「はあ。なんでまた」
「わたしは人魚国の王女なのです」
「それはそれは」
「父である国王が、国王であることに疲れ、これからは民主主義で行こうと考えて、選挙をしようと言い始めまして」
「ほうほう」
「わたしはそういうの嫌なので、反対したら出て行けと」
「民主主義、いいじゃないですか。選挙。大いに賛成だなあ僕は。選挙権を得てから投票は一度も欠かしたことないんですよ」
「……よく、わかりません。なんで選挙に行くんですか?」
「国民の権利だから」
「違うでしょ。周りのひとが行くからでしょ」
「そんなことは」
「いまの世の中いまの生活に不満でもあるの?」
「そりゃあ、ないけど」
「現状に満足しているのに選挙に行く必要あるの? 権威のあるひとの意見に流されてるだけなんじゃないの?」
「それはその……あ、海から誰か来ましたよ」
 半魚人ふうの男が海から上がると、人魚に近づき、僕をちらっと見てからなにやら耳打ちをして、海に戻った。
「誰も投票に来なかったので結局王政を維持することになったそうです。候補者も最初から乗り気じゃなかったみたい。それではさようなら」
 人魚は盛大にしぶきを上げ、たちまちかなたに消えた。浜辺にハープを残して

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パルフェ

ようアキラ。まあ座れ。
りょうさん、久しぶりっす。珍しいっすね。ファミレスなんて。
お前が指定したんだろ。
正月のこの時間帯じゃあファミレスしか開いてないんで。
なんでも好きなの頼め。
遠慮なく。……えーっと、リンゴのパルフェひとつ。
お前、ずいぶんかわいいもの食うんだな。
はい。これ、アイドルグループ、シーザーサラダのカレードリアちなみちゃんが好きなメニューなんです。
そのグループ名と芸名、絶対このファミレスで考えてるだろ。
あ、来た来た……うんうん、うまたん。
なんだそのうまたんって。
うまいってことです。いまどきのティーンはみんなたんつけるんす。
アキラ、お前いまいくつだ?
三五っす。
彼女できたのか?
できません。
だろうな。
あ、でももてるための情報収集は日々怠ってないっす。
どんな情報を収集するんだよ。
最近雑誌で読んだのは……パーソナルスペースってあるでしょ。
なんだそれ。
他者との身体的な距離っすね。
うむ。
女性はね、嫌いな男性とはパーソナルスペースを広くとるらしいです。
じゃあ俺はやっぱりもてるんだな。西口の立ち飲みの店員のねーちゃんがんがんぶつかってくるもの。
それは狭いからでしょ。それにりょうさん狭い所でも周りに気ぃつかわないから。
うん、俺、狭い所きらたん。
なに若ぶってるんすか。
お前が言うんじゃねえよ。
へへへ。
へへへって……お前なあ、その手の情報正しかったらとっくに結婚してるだろ。
疑うことも必要っすよね。
クリティカルシンキングができないとな。ただ、確固たる自我がないとなにを信じいいかわからなくなり。結果、耳ざわりのいい思想を受け入れ、破滅を導くこととなる。
さすがっすね、りょうさん。
まあな。ちょっと便所行ってくるわ。

ぐっ……アキラ……お前、裏切りやがって……
いやぁ、すみません。実はカルガモ組にヘッドハンティングされましてね。あんたの販売ルートじゃあんまりもうからないんですよ。こいつは頂いて行きます。証拠になっちまうんで。ああそうだ。クリティカルシンキングができないからこうなるんですよ。じゃ。
がはっ……つらたん……

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真に平和や幸福を願っているのなら、考えることをやめないことだ。

「あけましておめでとう。
久しぶりねえ、りょう君。
いまお仕事なにしてるの?
あらそうだったわね〜、ごめんなさい。
昨日はね、孫太郎が熱出しちゃって。
かわいいわよう、孫はね〜。
これ朝四時に起きて作ったの。
あ、じかに箸つけないでくれる。
いま分けるから。
ふん。ふん。ふん。
ところでカナがね〜、誕生日に財布プレゼントしてくれたのよ。
見る?
そんなに高いものじゃないけど。
デザインがいいでしょ。
向こうのご両親がまた素敵なひとなのよう。
こっちの親戚なんかよりずっと頼れるわ。
ところで孫太郎が最近習い事始めてね。
いまはね〜、もう三歳から習い事なんて当たり前だものね〜。
お金かかるわよう。
カナもたいへんよもう、まいん……っちお弁当だから。
自分と子どもとアキラさんの分も

もう、まいん……っち。
正月休みは?
ライブ。
カナもね〜、高校生のころピアノリサイタルしたことあるの。
この間カナと孫太郎でショッピングモール行ってね。
ばあば、ほらあれなんだっけ。ゲーム。発売日だよって。
買ってあげるしかないじゃないの。
ちゃっかりしてるでしょう。
向こうのご両親が犬五匹も飼ってるのよう。
犬だけの部屋があるんだって。
経営者だからね〜。
ケンちゃんの店なんて閑古鳥よう。
近くにファミレスできちゃったからね〜。
お姉ちゃんも三人大学出したけど。
孫がいないんじゃあ寂しいわあ。
どうして結婚できないのかしらねえ。
えっ。
ああ、だから昨日は孫太郎が熱出しちゃってお金おろせなかったのよう。
ごめんなさい。月末必ず返すから。
ほんとごめんなさいね〜。」

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家族

「いや〜、助かりました。 なかなか止まってもらえなくて」
「ヒッチハイクで旅行なんて無謀だ」
「日本人は親切だってきいてたもので」
「そう簡単に車に乗せたりはしないよ」
「はい。三日間立ちっぱなしでした」
「もう歩けよ」
「へへへ」
「へへへって」
「あ、紹介遅れました。わたしはチャンシャガチャンドリンアスパルクです」
「すごい名前だね」
「ワンチョリカンガジ語で天の上の出っ張った谷、輝ける暗闇の閃光です」
「支離滅裂だ……ワンチョリカンガジ語ってどこの言葉だよ」
「世界で三人しか話せる人いません」
「失われゆく言語か」
「ちなみにワンチョリカンガジ語が話せるのはわたしとお父さんとお母さんです」
「君の一族で伝承してるんだ」
「いえ、わたしとお父さんとお母さんで考えた言葉なんです」
「そんなの言語として認められるか」
「ところでお家はどのへんなんですか?」
「この近くだけど。もっとにぎやかな所まで送るよ」
「あの、なんかヒッチハイクするのも疲れちゃったんで、お家に泊めてもらえませんか。よかったらワンチョリカンガジ語教えますんで」
「降りろ」
「まあまあ」
「なにがまあまあだ」
「あ、そこでいいです」
「そこで? 車なんてまず来ないぞあんな通り」
「もういいんです。国に帰ります」
「宇宙から円盤でも迎えに来るのかぁ?」
「ははは、まさか」
「じゃあな。気をつけて」
「どうも」
    *    
「ただいま」
「お帰りなさい。どうしたの? なんだか顔色が悪いけど」
「ああ、いや、なんでもない。りょうは起きてるのか?」
「もう寝ちゃったわ。あなた遅いんだもの」
「そうか」
 なぜ自宅を通り過ぎてしまったのだろう。会社を出てからの記憶がまったくない。脳梗塞かなんかの前兆だろうか。来年は人間ドック受けるか。また金がかかるな。
「ナルゴルンギュンギュワベイ?」
「なんだって?」
「ワンチョリカンガジ語でビール飲みますかって言ったの」
「なんだそれは」
「りょうと二人で、家族だけに通じる言葉を考えようって、さっきまで遊んでたの。おもしろいでしょ」
「家族だけに通じる言葉か。そりゃいいや」
 俺は缶ビールを開け、一口飲んでから、今年ももう終わりだな。と、妻に言った。ワンチョリカンガジ語で。

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ビーバー

 二年ぶりにビーバーに会いに行った。ビーバーはダムをつくっていた。結婚するんだ。と、ビーバーは言った。
「君はまだあの女と?」
 ビーバーは流されぬよう、ダムの枝につかまりながら言った。
「続いてるよ」
「あんな腹黒女」
「腹黒どころかどす黒だ」
「どこがいい?」
「まあまあかわいい……ただ問題なのは、本人はすごいかわいいと思ってることだ」
 ビーバーは、はははと笑い。今夜は飲もうや。と言った。
「ちょっとアンタ」
 背後から、声がした。ビーバーの彼女らしきビーバーが立っていた。彼女ビーバーだ。彼女ビーバーは俺をちらっと見てから、ビーバー(彼氏ビーバーだ)に、今日はお正月の買い出しに行くってメールしたでしょ。と、ややいらついた口調で言った。
 ビーバー(彼氏ビーバー。べつに書かなくてもわかるか)はあわてて携帯を取り出し、メールを確認してから(確認したふりかもしれない)、悲しそうな表情になり、すまなそうな表情を俺に向けた。
 俺は黙ってうなずき、「じゃあ、また」とかなんとか言ってから駐車場に向かった。
 車に乗り、エンジンを始動させてから、彼女からメールが来ていたことに気づいた。そういえば正月、彼女の実家に行く予定だったことを思い出した。
 俺は携帯の電源を切り、車を走らせながら、ビーバーはまだ、ガラケーなんだな。ぼそり、つぶやいた。

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出来事

 今年の一番の出来事は、なんといっても、嫌な記憶を消す薬が開発され、バカ売れしたことだろう。わたしはもちろん使用しなかったが。
 嫌な記憶を消そうと薬を飲み、すっきりするかと思いきや、今度は二番目に嫌な記憶(この時点では一番嫌な記憶となっているわけだが)がわき、不快になり、薬を飲む。すると三番目の嫌な記憶がよみがえる。嫌な記憶は次から次。しまいにスーパーのレジの列に割り込まれた程度の記憶も異常に意識され、薬を飲み続けることになる。ストレス耐性がなくなってしまうのである。最終的に嫌な記憶は死にまつわるものとなり、死に対する恐怖がふくらみ、その恐怖感を消そうと薬を飲み、廃人になる。犯罪被害にあった等の嫌な記憶を消してしまったため、また同じような被害にあい、今度は亡くなってしまうなんてケースもあった。
 生きものは生存のため、嫌な記憶のほうを強く刷り込むようになっている。だから地球上に繁栄できるのである。
 嫌な記憶を消す薬は販売禁止となり、取り締まりの対象となったが、未だに手を出す者が後を絶たないという。あきれたものだ。年をとれば、こんなものは必要なくなるのに。
 はて、こんな出来事あったっけ。

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マッチ

 大晦日の晩、一人のみすぼらしい格好の少女が、マッチの街頭販売をしていました。道行く人に、片っ端から声をかけているのですが、まったく売れません。わたしだったら、少女が寒い中、ハナをたらしながらマッチを売っていたら、一つぐらいは買うと思うのですが、みすぼらしい格好があざとい演出ととられてしまうからなのか、それともハナをたらしているのがただでさえ清潔感のない顔にとどめを刺しているからなのか、誰も買いません。
 売り上げがゼロのまま家に帰ったら、またお父さんにぶたれてしまう……寒いなあ。お腹減ったなあ。もう嫌だ。こんな生活。
 少女は寒さと空腹ですっかり労働意欲をなくしてしまい。やけを起こしてかごからマッチを取り出し、暖炉にあたりたいなあ、と思いながら、一本、しゅっとすりました。
 するとどうでしょう。目の前に暖炉が現れ、暖かさを感じることができました。
 少女は、次はなにか美味しいものが食べたいなあ、と思いながら、マッチをすりました。もちろんいままで食べたことのないごちそうが現れ、少女はそれを堪能しました。
 次はイケメンの彼氏が欲しいなあ、と思いながら、マッチをすりました。すると少女好みの中性的なイケメンが現れ、少女を抱きしめてくれました。彼氏の腕の中で、次はセレブの友だちが欲しいなあ、と思いながらマッチをすりました。すると高級ブランドに身を包んだ、モデルのようなスタイルの美少女が現れ、彼氏とどこかに行ってしまいました。
 やっぱり世の中お金だよな、と思いながら、少女はマッチをすりました。すると、求人広告が現れました。
 少女は求人広告に火をつけ、灰になるのを見届けると、家路につきました。結局この生活を続けるしかないんだ、と、自分に言いきかせながら。

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座禅

 森の中、わたのような白髪に、これまたわたのような白いひげの男が、大木を背に座禅を組んでいる。
 真面目な人間の共通点は視野が狭いこと、長期的なビジョンがないことだ。変化の激しい時代に……いかん、また雑念が。
「あの〜、すみません。サンタさんですかぁ?」
 白いひげの男が顔を上げると、リュックを背負った若い娘。若い娘の後ろに、バッグをたすきにかけた若い男。
「違うよ」
「りょう君、違うってえ」
「ばかだなあ。本物のサンタが自分からサンタだって言うわけないだろ」
「カナ、ばかじゃないよ……そっか、そうだよね。……えっと、サンタさんにぃ、ききたいことがあるんだけどぉ」
「なんだね」
「サンタさんはぁ、どうしてプレゼント配らなくなっちゃったの?」
「いい子がいなくなったから」
「嘘だあ」
「国から助成金が出なくなったからさ」
「どうして助成金が出なくなったの?」
「さあな。外圧かな」
「がいあつってなあに?」
「彼氏にきけ」
「りょう君、がいあつってなあに?」
「外国からの圧力だよ」
「どうして外国からの圧力で助成金が出なくなるの?」
「そういうもんなんだよ。とにかく、金がなきゃあ話にならん」
「だよねー。でもまたプレゼント配ってほしいなー」
「君は今年、いい子にしてたかな?」
「即答はできない」
 しばし間。若い男が口を開く。
「もういいだろ。行こうぜ」
「ちょっと待って……写真いいですかぁ?」
「いいよ」
「やった。友だちに自慢できる。今日友だちとディズニーランド行く約束してたんだけど、りょう君が有給取れたから急きょ予定変更したんですぅ」
 若い娘と若い男去る。どこからともなくトナカイが一頭現れる。白いひげの男、大木のうろからソリを引っ張り出しトナカイにつなぐ。まずはスポンサー探しだな。
 今年は本物のサンタさんが、あなたのもとにやってくるかもしれません。どうぞお楽しみに!

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ベラルーシのおとなたち

 夜勤明け、家にはまっすぐ帰らずに、いつものコース。24時間スーパーでビールを買い、公園のベンチ。深く息を吸い込む。何年も変わらぬ毎日。新鮮なのは外の空気だけだな。と、アレクサンドルはつぶやいてビールを開ける。

 いまのような空気ができたのは、よくは知らないけど億単位のレベルの昔だ。そんな前からある空気のどこが新鮮なのだろう。

 目の奥が痛む。仕事中は、今日はまっすぐ帰り、すぐに寝ようと思うのだが。
 妻は子どもができてからすっかり変わってしまった。子どもができる前までは聡明だったのに。いまはなにを言っても通じない。話の内容ではなく、表情や態度にばかり注意を向けるようになった。ちょっとしたことで感情的になり、ぐちと文句ばかり。要するに、すっかりばかになっちまったってことだ。
 結局、生きるというのは、理屈ではないのだろう。

 子どもができるまでは、ああしようこうしようというビジョンがあった。いまは子どもに振り回されっぱなしだ。結局、生きるというのは、理屈ではないんだ。

 相性ばつぐんだって占い師に言われてそれがきっかけで親密になった。どこがばつぐんなんだよ。

 相性ばつぐんだって占い師に言われてそれがきっかけで結婚したのに。

 そろそろ帰るか。妻が朝食、俺にとっての夕食を用意して、不機嫌な顔で待っている。
 
 そろそろ帰ろう。子どもが起きてしまったかもしれないし。わたしがいなかったら主人が動揺する。

 こんな感じで、アレクサンドルとアレクサンドルの妻は公園をあとにする。入れ違いで、アンドレイとアンドレイの妻がべつべつにやってくるのだが、わざわざ描写するまでもないだろう。