表示件数
0
4
5

LOST MEMORIES~番外編Ⅱ~

真っ先によぎったのは、何かあったなという確信だった。
いつもより早い時間に帰宅する瑛瑠は、制服を着替えず、リビングのテーブルに大量の紙を重ねあげていた。スカートのひだが崩れるのもお構いなしに座っている。
チャールズは彼女へ、とりあえずお帰りなさいと声をかけた。
「今日はどうなさったんですか。」
乾いたホチキスの音が響く。
ただいまと言った彼女は顔を上げずに、友人の手伝いだと話す。
「あまりに忙しそうだったから、手伝いを申し出たの。書類とじなのだけれど。」
チャールズはすっかり慣れた手つきでコーヒーを入れる。そして、いつもより覇気のない、愛しいその声に耳を傾けた。
「みんなと一緒にやろうと思ったんだけど、教室も図書室も使えないから、これを借りて家でやろうと思ったの。」
ホチキスをちらつかせた瑛瑠の声は、やはりいつもより暗くて。
彼女が帰宅してから、やっとかち合った瞳。
ああ、もう。彼女も、こういう顔をする子だ。
チャールズは2つのコーヒーカップを、離れたい位置に、丁寧に置いた。書類にかかってはいけないから。
そして、後ろから瑛瑠をふわっと包み込む。瑛瑠の体が強張るのを感じた。
違う、怯えさせたいわけではない。
「ち、チャールズ!?」
「珍しく感傷的みたいですね。」
驚いたことで悲鳴に近いものをあげる瑛瑠に、努めて茶化すように言う。
その顔を見るのは辛い。どうか、笑って。
瑛瑠の体から、力が抜けたように感じた。瑛瑠を包み込むその腕に、少し笑って彼女は手を添える。
「ちょっと寂しかった。ずっと独りだったはずなのにね。」
胸が締め付けられる想いだった。思わず顔が歪む。
さて、そんなことはいさ知らず、瑛瑠は顔を上に向け、チャールズの瞳を見つめてくる。
「ね、ぎゅってしてもいい?」
悪戯っぽいその眼に苦笑する。そういうところだと言いたい。
どうぞという返事に、彼女は嬉しそうに、そしてはにかむように微笑んで、照れ隠しの意味もあるのだろうが、立ち上がると勢いよく抱きついてきた。
あったかい。くすりと笑って放たれた言葉に、既視感を覚える。
ほら、スカートにはすっかり皺がついてしまっている。
願わくば、彼女が笑顔でいられますように。
自分の罪を贖う術を想いながら、今度はぎゅっと抱き締めた。

6

LOST MEMORIES ⅡC

「さて、可愛いお顔が台無しのお嬢さま。」
はっと顔を上げるも、言葉の意味を飲み込んでむっとする瑛瑠。
「どうせ私はあなたほど女性を絆すような顔はできませんよ。」
「こら。」
そう言いつつも、チャールズは輝き割り増しの微笑みで続ける。
「その事に関しては心配無用です。お嬢さまは自覚がない分さらにたちが悪いので。
――それよか、明日のデートは何を着ていくんです?」
すごく失礼なことを言われた気がするが、流しておこう。
デートではないけれど。
立派なデートです。
不毛なやり取りを交わして瑛瑠は尋ねる。
「誰かと出掛けるときは、どんな服を着たらいいの?」
さて、万能人チャールズの出番である。
「お任せください。」
恭しくお辞儀をしたかと思えば、リビングから出ていってしまった。
瑛瑠は考える。
コーディネートしてくれるのだろう。クローゼットを開けるのは必須。とすると、部屋に入るのも必須。
何もないけれど。何も、ないけれど。
「ちょっとチャールズ!?待って!」
看病時は特例だ。慌てて瑛瑠も立ち上がるが、チャールズは既に姿を消している。
顔を赤くした瑛瑠が部屋に入り、仕事の早いコーディネーターの並べる服を見て驚くという一連の流れまで、あと5秒。

0

LOST MEMORIES CⅨⅩⅧ

また謎が深まっただけだ。滅多なことでこの言葉は使いたくないが、絶対、正真正銘、あればチャールズである。
その微笑みに触発され、無性に腹が立った瑛瑠は、おへそでお茶が今まさに沸いている状態で質問攻めだ。
「じゃあどうして私はお兄ちゃんと呼んでいたの!?」
「どうしてあなたは私をパプリと呼んでいたの!?」
「お母さまだってお兄ちゃんと読んでいたわ!!」
「あのチャールズは誰!?」
「あなたは誰なの!!」
「私は誰!!」
はいはい落ち着いてくださいと宥めるチャールズは、ぐずる子供をあやすママだ。ホットミルクを加えてくれる。そしてスプーンで蜂蜜を掬ってかき混ぜるまでの流れる所作で、瑛瑠はいとも簡単にあやされてしまった。
「そもそも、私とお嬢さまでは似ても似つかないでしょうに。」
空気が浮上したため、瑛瑠も軽口を叩く。
「そうね、どうせ私はチャールズの顔の足元にも及びませんわ。」
ありがとうとは伝え、口許に運ぶ。拗ねた口調にチャールズは苦笑いだ。そもそも髪色も眼も違いすぎますよと言われる。
そう言われて思い出す両親の顔。基本瑛瑠は父似である。そういえば、母は白髪で碧眼であった。髪と眼の色が違うと、やはり抱く印象は変わるもので。
そうしていきついた先は、母とチャールズが似ているということ。
母を疑うわけではないが――
「チャールズ。あなた、隠し子?」