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LOST MEMORIES ⅤⅩⅤ

瑛瑠はどうしたらいいのかわからなかった。
撫でられた頭に少し触れる。先のチャールズの表情が頭から離れない。
傷つけたのはどの言葉だろう。皮肉めいて放った言葉ばかりで、思い当たる節しかない。しかし、なぜ傷ついたのかに思い当たる節は全くない。
ひとり気まずくなり、切り出す。
「私、部屋に戻るね。」
できるだけ、明るい声を出すように努めたが、それができていたかはわからない。
「はい。お疲れ様でした。」
チャールズは至って普通だった。
部屋に戻るなりベッドに倒れこむ。しばらくはぼーっとしていた。
さっきのは何だったんだろう。
ちらつくサミットの存在と、自分の人間界送り。付き人には、一連のことが知らされているようであった。
任せると言われた視察。そもそもなぜ自分なのだろう。パプリエールは、王の一人娘である。唯一の継承者。もし何かあっては大問題である。
今までの護衛ありきの生活にうんざりもしていたが、こう急に自由になってしまうと、追放されたような寂しさや悲しさがある。たとえ、イニシエーションだとしても。
だからこそ、共有者をはやく見つけたかったのも事実で。チャールズはまだ考えなくていいと言ってはいたが、心の安定に、瑛瑠が欲しているのである。ただ、並外れたアンテナがないぶん、それが難しいだろうことも予想できているのだが。
唯一の心の拠り所であるチャールズとも、今は居にくい。あれでは、どこに地雷があるかわからない。
「やだ……」
思わず出たそれは、静かに部屋に吸い込まれた。

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LOST MEMORIES ⅩⅨ

まもなくして大人の人が入ってくる。50代くらいだろうか。男の人である。どうやら担任の先生。寝癖だろうか、朝起きてそのままのような状態の頭の彼は細身で、いかにも低血圧といった感じがする。瑛瑠の思う統率力のある先生のイメージとは、かけ離れているといっても過言ではなかった。少なからず、このような人を王宮の中では見たことがなかった。
教卓の前に立つ先生。
「おはよう。今年一年このクラスの担任をやる鏑木(かぶらぎ)だ。
今日の日程は事前に紙で見ていると思うが、始業式のみ。昼には完全下校。」
なかなかの単刀直入タイプであった。たしかに、事前に予定は知らされていた。もちろん、チャールズ経由ではあるが。
「今日は時間がないから、クラス内での自己紹介や委員等の決め事は明日。
これから職員会議だから、静かに教室にいること。勉強でもしとけ。」
気だるそうに言う先生を、瑛瑠はまじまじと見つめる。
先生はそのまま教室をあとにした。
あんな先生、あんな大人は初めて見た。
クラスで話し声が聞こえる。
「ねえねえ、鏑木先生だったね!超嬉しい!」
「ほんとほんと!嫌な先生だったら1年間おしまいだもん。」
生徒間の人気は高いようだ。
今話している子達は中等部からの付き合いなのだろうと思いつつ、やはり彼の人柄は疑問だった。
「瑛瑠さんは高等部からの人?」
振り返るのは望だ。
「そうですよ。長谷川さんは?」
「ぼくもだよ。鏑木先生ってどんな人なんだろうね。」
話についていけない組発見。静かにとは言われているが、あくまで静かにだから、許容範囲だろう。それぞれやっていることはまちまちだ。

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LOST MEMORIES Ⅹ

ぱち、と目が覚める。一瞬どこか考えた。
――人間界。
昨日、位置を確認した壁掛け時計。時間、6時。落ちそうな瞼で、緩い思考を巡らす。寝ては、駄目。
ベッドから体を起こし、メイドを呼び出そうとなるところをこらえた。ここは人間界。
顔を洗いに行く前に、リビングに寄る。そっと顔を覗かせると、チャールズが既にいた。黒いフレームの眼鏡をかけ、本を読んでいる。
瑛瑠に気付き、顔をあげた。
「おはようございます、お嬢さま。さすがですね。」
「……おはよう。はやいのね、チャールズ。」
おはようなんて、魔界にいて使ったことがあっただろうか。
静かに扉を閉める。
顔を洗って部屋に戻り、制服を着る。等身大の鏡の前で一回転をする。
「うう、やっぱり短い……。」
呟いて、先程寄ったリビングに戻る。すると、チャールズが先程と同じ体勢で本を読んでいた。
さっきは気づかなかったが、テーブルに朝食が置かれている。
柔らかいにおいだ。そして、瑛瑠は思う。
(これも、当たり前ではないんだよね。)
席について、チャールズに言う。
「チャールズ、ありがとう。」
チャールズは顔をあげた。少し目を丸くしている。
そして、瑛瑠に微笑んだ。
「どういたしまして。
……そんなお嬢さまに、良い言葉を教えてあげましょう。」

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LOST MEMORIES Ⅱ

パプリエールはむしゃくしゃしてしまっていた。子供じみていると自覚しつつ、扉を音をたてて閉める。はしたないと、教育係からは叱咤されていただろう。それも、今はない。
深呼吸する。
優先順位は着替え、そしてチャールズに、父にかわされた質問をすることだ。
クローゼットを開くと、どれも軽くてラフなものばかり。確かにこれなら、と思った。マキシ丈のスカートを手に取る。
「……楽しいかもしれない。」
16歳の女の子に変わりなかった。

ドレスを脱ぐことが、もしかすると1番手こずったかもしれなかった。
落ち着きを払って、元の部屋に戻る。
促され、向かい合わせになっているイスのうちの1つに腰かける。
レモンティーが前に置かれた。
「先程は失礼しました。質問攻めにされそうだったので、とりあえず楽には成せるようにしたくて。」
肩を竦め、パプリエールの前にチャールズも座る。
「旦那さまはきっと、お嬢さまに説明なさってないのでしょう。」
パプリエールは頷いた。
「あなたに聞けと言われたの。だから、教えてほしい。
何をもってイニシエーション終了なのか、どのくらい人間界にいなければならないのか、何の情報を共有するのか、情報とは何か、視察では何に焦点を当てるのか、ここでの生活はどうなるのか。
そして、あなたは誰?」

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LOST MEMORIES~prologueⅣ~

王は一旦切り、そして繋げる。
「パプリ、お前のすることは2つだ。1つ、人間界の視察。2つ、西洋妖怪との情報共有。」
ここまで不親切な説明が他にあるだろうか。
百歩譲って、イニシエーションは納得できよう。人間界があることも、認めざるを得ない。それでは、どうしてもっと詳しい説明をしてくれないのだろう。
何をもってイニシエーション終了なのか、どれくらいの間人間界にいなければならないのか、何の情報を共有するのか、情報とは何か、視察では何に焦点を当てるのか。
頭が痛い。
個人的なことを言うのなら、付き人とは誰か、あちらでの生活はどのようになるのか、こちらでの公務はどうするのかなど、挙げればキリがない。
そんなパプリエールの様子を見て、父は言う。
「人間界には付き人を1人行かせてある。ウィザードだ。その者に聞けばよい。詳しいこと、そして人間界での生活について、必要なことを教えてくれるはずだ。」
――何かを隠している。
咄嗟にそう思った。
自分では襤褸が出るから、優秀なその付き人とやらに説明を任せるのだろう。
パプリエールの中で、イニシエーションという存在を、聞いたことも見たこともないということが最大のひっかかりであった。人間界には元々興味があった。存在の有無に関わらず。そして、様々な文献もあさった。
そういえば、と思う。
「10年前の事と、何か関係があるのですか。」
明らかに顔色が変わった。