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鬼ノ業~本章(拾壱)

すすり泣く声と共に感じるのは怒り。
「…鬼の仕業だ…鬼のせいだ!」
信乃から冷静なんて言葉は失せていた。急に薊を思い出す。このままでは、負の連鎖が続くばかりである。
しかし、だからと云って朔が何かを言ってあげることはできない。自分の母やおじ、友人の命を奪ったのは人間だ。
するとここで声が掛かる。
「信乃さん…?」
後ろから姿を現した人物。村人、だろうか。
「見かけねぇ旅人が来たと思ったら、焦ったような顔して出ていって…何事だと思ったば…一一!?」
叫び声があがる。そして、人がわらわらと集まってきた。こうなっては手の回しようもない。村人にまかせるだけだ。
岡っ引きも来た。随分と遅いご到着である。そして偉そうにその場を仕切ってしまった。
思わず出た朔の溜め息に、蒼は苦笑する。その笑みが、朔の心を見透かしたようで恥ずかしかった。
しばらく其処にいると、岡っ引きが旅人二人に訊ねる。
「主らが第一発見人か?」
朔が答える。
「正確には、凜が第一発見人です。それも、現場に居合わせた。」
一人は頷き、二人に背を向ける。もう一人の岡っ引きは、朔を訝しげに見やり、背を向けた。あの目は一一
「蒼。」
「ん?どうした。」
朔は、その一人の岡っ引きから目を離さない。
「あの岡っ引き…鬼だ。」

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鬼ノ業~本章(弐)

「あれからみんな疑心暗鬼。馬鹿だと思う。そして醜い。
己で疑い始めたものを…。」
今まで平和だった村が覚えた"疑う"と云う術。それと引き換えに"信じる"と云う術を失った。
何かを得るには、何かを失うのがこの世の摂理。しかしそれが、負の循環となってしまった。
朔が黙っていると、蒼は再び口を開く。
「朔と叔父殿は?」
朔は無理に微笑んで言う。
「おじさんはそこだ。」
指差す先は、未だ燻る炎。
蒼は察したように眼を伏せ、もう一人を待つ。
「薊はーーつい昨夜、家を出た。」
「何…?」
口にするのが辛かった。
「母上とおじさんを殺した人間を赦さないって。…消してやるって言っていた。」
蒼は悔しそうに唇を噛んだ。
「俺がもう一晩早く来ていたらーー」
朔は哀しげに微笑んで言う。
「そんな話はよしてよ、蒼。」
ーーもしもの話なんて、誰にも分からないのだから。
「それに、僕は、薊を止めると誓った。」
その決意は固いもので。
蒼はその眼を見て直ぐに悟った。
そして、言う。
「薊は俺の妹でもある。
…力を貸す。その為に来たんだ。」
朔は、情けなく微笑った。旧友が、あまりにも心強くて。
「よろしく。」
改めて固く握りあったその手は、何かを突き動かしたようだった。

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