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月の涙 4

 妹に半ば強引に氷枯村行きを決めさせられてから数分後。私は読んでいた本に丁寧に栞を挟みこみ圭一さんと連絡をとっていた。年始に親戚が一同に集まった時に連絡先を交換しておいてよかった。この計画は圭一さんが一緒に来てくれるかどうかですべてが決まる。果たして彼から来た返事は、
「……OKだって」
少しだけ、圭一さん断ってくれないかなという思いがないでもなかったために私の呟き声にも似た声はあまりよく響かなかったが、妹には伝わったようだ。
「ほんと?」
「ほんとほんと。ほら」
スマホの画面を妹に向ける。妹は一瞬だけ頬が緩みそうになったがすぐに引き締めた。完全には無理だったようでちょっとにやついて見えるけど。なぜ笑みをこらえるのだろう?
 私たちは次に、どうやって氷枯村まで行くかを検討した。この時点で圭一さんにも電話越しに話し合いに参加してもらった。
「久しぶり、二人とも。元気してた?」
「お久しぶりです、圭一さん。ええ、元気でした。そちらもお変わりないようで」
「はは、堅苦しい挨拶はやめとこう。性に合わないみたいだ」
圭一さんはとても親しみやすい人で、大学でも多くの友人を持っていると聞く。どんな人にも適切な距離感を知っているようで少し羨ましい。
「君たちの親には連絡したのか?」
「はい。圭一さんと一緒なら大丈夫だろう、と」
「これは責任重大だな」
もう一度、ははと笑った。爽やかだな。
 話し合いの結果、直通バスは難しいとのことだったので電車とバスを乗り継いで行くことにした。費用は一部圭一さんが出してくれるとのこと。
「本当にありがとうございます」
「いいって。僕も月涙花見てみたいし。写真でしか見たことないから楽しみだよ」
「そうですか……」
「……なんだい? あまり楽しそうに聞こえないけれど」
 

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月の涙 3

「そんなわけで無理です。あ、従兄の圭一さん呼んだ……ら……」

圭一さんは父方の従兄であり現在大学に通っているため年齢的にも心強い。ひ弱な女子高生である私よりも安心して妹を任せられるわと楽観していたら、妹が瞳に涙を溜めていた。そろそろ溢れそうだ。
「姉ちゃんと……見にいきたい……」
目から涙がつうと頬を伝う。えっ何で、と思っているうちにますます涙があふれてきて嗚咽も混ざり始めた。唐突なことに頭が混乱しながらとりあえず妹を不明の理由から慰めようと声をかける。
「ごめん! 何がいけなかったのか分からないけど、とりあえずごめん! お姉ちゃん、何でもするから。ほら、泣き止んで? お願い」
「……ホントに?」
「え?」
「ホントに何でもしてくれるの?」
「……いや、それはその……」
妹の濡れた瞳が見る見るうちに輝き始める。妹が見せるこの手の顔には非常に弱い。ああ、これはもう降参するしかないな。
見事に妹にしてやられた感はあるが、妹は過去から現在に至るまで純真を貫いており、あれが決して嘘泣きだったという訳ではない。だからこそ前言撤回する隙など微塵もないのだが。私は仕方なく圭一さんを連れていくことを条件にその話を呑んだ。さよなら、読む予定だった十冊の本。
「分かった。まずそのアイス食え」
妹の手に握られていた棒アイスは半ば溶けていた。

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月の涙 2

 写真集は探せばすぐ見つかるし、インターネットなら画像検索でいくらだって画像を見れる。何故家を出てまで見に行かなければならないのだろう。
「絶対生で見た方がきれいじゃん」
というのが我が妹の意見だった。何でも妹の友達が去年月涙花を見に行ったらしく、その時えらく感動したとか何とかで、学校が明けてからその感動を妹にまくしたてるように話したらしい。で、それに感化されて今年見に行きたい、と。
 しかし我が妹は現在小学六年生。五歳差の十七歳の私から見てもまだまだ子供であり、実際月涙花が咲く時間帯は小学生が一人で出歩いていい時間ではない。親に頼めばいいのではという疑問がちらついたが、そういえば両親は二人で旅行中だった。なるほどそれで保護者責任が付く私に頼んだという訳か。しかし、
「いや、私もアウトだから」
 町の条例で定められている高校生の外出制限は夜の十一時まで。それ以降に外出しているところを見つかると補導の対象となる。月涙花がいつ咲き始めるのか分からない中でこの数字はやや心もとない。
「しかも私、家で本読まないといけないんですけど」
これは義務です、と言わんばかりに少し語気を高めて言う。群生地の氷枯村はこの街から北方、大分離れた山の中にある。観光地であり都市から直通のバスが通ってるとはいえ、今客の数はピークだろう。バスに乗れない可能性が高い。バスを使わないで行くにも電車とローカルバスをいくつも乗り継いで行くしかない。バイトで貯めた金があるとはいえ出費が痛い。何より乗り物の中で本を読むと酔うので無理。
「そんなわけで無理です。あ、従兄の圭一さん呼んだ……ら……」

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月の涙 1

 「月涙花を見に行きたい」
 妹が突然こんなことを言うものだから、私は一瞬その意味を図りかねて本をめくる手を硬直させた。
「……。……何言ってるの?」

 夏の盛り。八月下旬。私は家で残りの夏休みを精一杯謳歌するべく、毎日古今東西の本を読み漁っていた。インドアも引くほどのインドアな私は、家で読書という英語の例文にでも出てきそうな過ごし方が大好きだった。そのため夏休み最初の二週間で宿題をほぼ終わらせ、残った時間でせっせと本を借りては読んでいるという状況だ。ここ一週間くらいで20冊近く読み終わり、夏休み終わりまであと四日と迫っていた。あと十冊は読める。
 そんな風に思いながら次のページに手をかけていたものだから、まるで外出を強制するような妹のその一言に身を硬直させてしまったのだ。見に行く、だって?
「聞こえなかった? 月涙花見たいって……」
「いや、それは聞こえたけど」
 妹は冷房直下のソファに寝転がってスマホを見ながらそう言った。片手には棒アイスが握られている。
 月涙花というのは夏のごく限られた期間にだけ咲く青い花だ。ある時期になると一斉に咲き出す月涙花は非常に幻想的であり、日本で唯一の月涙花の群生地、氷枯《ひかれ》村にはこの時期に多くの観光客がやってくる。ほら、と言って妹が見せてきたスマホの画面にも月涙花の写真が写る氷枯村のホームページがあり、今年の月涙花の見ごろの時期なども一緒に載っていた。
「明日から明々後日にかけて……」
月涙花はその美しさの反面、すぐに枯れてしまうという性質がある。咲いている時間も特殊で、咲き出すのは陽が沈んでから、夜明けまでにはほぼすべての花が閉じそのまま二度と開くことなく数日で枯れていってしまう。さらに群生している月涙花は同じ根から咲いていることが大抵であり、一つの群生地で見ごろを逃すとその場所ではもう見ることができなくなってしまう。次に同じ場所で見られるのは五年後なので、よくカップルなんかが五年ごとに写真を撮って記念にするのが定番だったりする。
 妹が差し出してきたスマホを眺めながら昔どこかで読んだ本の記憶をあさりつつ、私は思ったことをそのまま口にした。
 「なんで?」

***
物語です。長くはしないつもり。

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riddle

コルク栓を開けて
クリスマスを祝えば
ハートの女王の
クイズを解こう

<大きな時計のテーブルで、私たち四王家は四時からお茶会を開催しました。参列者はそれぞれ王、女王、召使の三人ずつ。
席順>>
王と女王はそれぞれ向かい合うように座りました。つまり私と向かい合ったのはハートの王、クローバーの女王はクローバーの王と、というように。
また王たちは四人並んで座っておりました。
召使たちは王と女王の間を埋めるように座っておりました。
我が王の左隣には召使、私の右隣にはダイヤの女王、クローバーの王の右隣には召使が座っておりました。
開始から一時間たって、我が王には針が向いていましたが、長くはありませんでした。

さて、そんなお茶会にピエロが紛れ込んでいるとの情報がありました。
彼は頭だけを召使と全く同じに変装して、全く見分けがつかないのだそう。
しかしスペードの王は正体がわかったようで、彼が言うことには、テーブルに月が照るとき、ピエロは化けの皮をはがされてしまうようです。
時はもう日が落ちる頃。今日は満月なので月が昇るのはもうすぐです。
果たして召使に化けたピエロはどこに座っているのか、私の座っていた席もついでに推測してみてください。>


~~~
今日の授業テーマは告白ということで、しない人も無理やり書き込め!ってことだったので無理やり入れてみました。
クイズの方ですが、簡単な形式ながら初めて作ったため見落としがあるかもしれません。もし間違い(これじゃ解けないよ、とか)を見つけたらレスで教えてください。
答えはレスに書きますが、都合上PCで見てください。

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雪が、落ちてゆく。

                   ゆ       こ
                    き      の
                     が     ゆ
                     ひ     き
                     と     が
                    ひ      お
                   ら       ち
                           き
                           る
                 ゆ         ま
                き          え
                が          に
                ふ
           あ     た
           な      ひ
           た       ら
           に
           あ
           い         ゆ
           し         き
           て         が
           る        み
           と       ひ
                  ら     つ
                        た
                        え
               ゆ        ら
               き        れ
               が        る
                よ       だ
                 ん      ろ
                  ひ     う
                   ら    か



                あ    わ
                な  と た
                た    し

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LOST MEMORIES ⅡCⅤⅩ

瑛瑠が痛いと言っても離してと言っても、英人は無視。道行く人に変な目で見られたくもないので、終いには大人しくついていくしかなくて。
そして英人は、ある家の前で立ち止まる。もちろん、瑛瑠の家ではない。
そこでやっと、強く捕まれていた腕が解放された。
「ここは……?」
恐る恐る尋ねると、あからさまに不機嫌そうな声で、家,と一言。
それは、見ればわかる。文脈上、どうやら英人の家らしいけれど。
なぜ自分が英人の家の前にいるのかがわからない。怒りに触れたために連れ込もうとしているのだろうか。英人に限ってそれはないと思うけれど。
そんなことを考えていると、怒りを含んだ低い声で、こんなことを言ってきた。
「ふざけたことを言うな。」
「……何のことですか。」
英人は、見たことのない眼をしている。瑛瑠は、思わず怯んだ。
「君に対して思わせ振りな態度をとったことはこれまでに1度もない。守ると誓ったのは勢いじゃない。昔も今も、君だから守るんだ。
共有者でしかないなんてふざけたことは言うな。長谷川も、歌名も、君のことも、これっきりの関係で終わらせるつもりはない。
君がもし本気でそう考えているのなら、それは馬鹿だ。」

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古時計

始め、時計が一つあった。
古びた時計は奥深い音を響かせ時を刻む。
 こつ……こつ……こつ……
ゆったりと心地よい低音が時を忘れさせる。
秒針は廻り、永遠のような時が過ぎていく。
ここで一人物思いに耽るのが私のお気に入りの時間であった。

いくらかが経って、時計は二つになっていた。
シンプルなデザインの新しい時計。
 こつ……こつ……こつ……
 かっ、かっ、かっ、かっ
古びた時計が遅いのか、新しい時計が早いのか。
ステップの異なるダンスを、しかし二つは楽しそうに踊っている。
二つの弾き出す音色は、珈琲の香りと混ざり合って消えていった。

また幾許かが経ち、時計は天を埋め尽くすほどであった。
無限の蒼穹に連なる時計たちはみな同時に秒針を刻み、万軍の行進のような大音響を打ち鳴らす。
 カチ、カチ、カチ、カチ
 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
 タッ、タッ、タッ、タッ
 ゴン、ゴン、ゴン、ゴン
 カッ、カッ、カッ、カッ
 こつ……こつ……こつ……
ひとつだけ違うテンポの音がかすかに聞こえる。
奥深く、ゆったりとした声音。
あの古びた時計は独り寂しそうに時を刻んでいた。


幾星霜の時を経て、古びた時計はいなくなった。
あの古びた時計は長年の時が狂わせた歯車が調節され、今は万の時計とともに何千何万とも知れぬ回数の針を叩くばかりであった。
古びた時計は、もう自らのテンポを忘れてしまったのだ。

白銀の老人は古びた時計を見つけると、哀しそうにその縁を撫でた。
もう私の時計はいなくなってしまったのだ、と。

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Trick

「Trick or treat!!」
君は背後からそういって脅かした。
突然のことに僕は思わず声を上げて驚く。
そんな僕の反応を見て、彼女はけたけたと笑う。
「あはは、キミ、反応最高!Trickの方はようやく成功ね……ん、お菓子、くれないと悪戯しちゃうよ?」
無邪気に笑っていた君は、急に悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらに手を伸ばした。悪戯と一緒にお菓子ももらうつもりらしい。
Trick "and" Treatは反則だよと心の中で呟きながらも、お菓子は持っていなかったので自販機からジュースを買ってあげることにした。
「お、気が利くじゃん。さんきゅ」
と言いながら、彼女は買ったばかりのジュースのふたを開けて、二、三口飲んだ。

僕がこの一連の流れの中で言葉を発さなかったのは、別に何も彼女に思うところがあるとかいう訳ではなかった。実に久しぶりに見る顔だな、と思っていたからである。もう会わないと思っていた人が目の前に現れたというだけで、まして下心を持っていたとか言う色恋の話は論外である。絶対に。

僕の意味ありげな視線に気づいた彼女は何か勘違いしたようで、
「あ、もしかして私の仮装見れなくて残念だった? 」
と言って自分の服を見下ろした。着ていたのは普段着である。
ようやく口を開いた僕は「そうだね、少し残念かな」と答えた。
彼女はふふ、と笑うと、来年はするかもねと言った。


因みに言えば、僕は後ろから脅されても声を出すほどには驚かない。僕が驚いたのは彼女がそこにいたという事実ただ一つである。
彼女が帰っていく時にもう一度確認してみたが、やっぱり彼女の向こう側が透けて見えた。
ハロウィンだからってことかなぁと、僕は去年亡くなった同級生のことを思い出し、心の中でもう一度手を合わせた。

空のペットボトルが、ゴミ箱にひとつ捨てられていた。

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This is the way.[prologue]4

ーーダルケニア国 ネウヨルクーー


「キャス、帰ったよ!」
「どうしたの、あなた。今日はえらくご機嫌ですこと」
「ほら、見ろよ!アーネストから手紙だ!」
「まあ!あの子、やっと手紙を書いたのね!それで、なんて書いてあったの?」
「まだ開けてないんだ。今読むよ。どれ...」

 ―――父さん、母さん、ウィル、元気ですか。僕がトルフレアに来てからすっかり年月が経ってしまいました。時が過ぎるのは本当に早いものです。暫く手紙を書かなかったことを許してね。忘れてたってのは、まあ、それもあるんだけど(ごめんよ)、何もかもが新しいことばかりで、そりゃもう大変だったんだ。最近になってやっと落ち着いたって感じかな。とにかく、ここには新しいものがいっぱいさ。
 今は僕の下宿の数百メタ先にあるパン屋で仮働きさせてもらってます。仮働きといっても、ダルクよりずっとお給料がもらえるんだ。まあ、そのぶん物価は高いんだけれども。と言うことで少しだけどお金を送ります。こっちに来るときにはいろんなものを用意してもらったからね。僕のできることをしなくっちゃ。これで何か美味しいものでも食べてください。
 じいちゃんとばあちゃんによろしく。あとリタにもよろしく言ってください。風の噂でダルクの人がトルフレアに来る予定があると聞きました。誰が来るんだろう。会えることを楽しみにしています。
              アーネスト


「元気にやってるみたいだ。安心したよ」
「そうみたいね。それにこんなにお金を送ってきて。やっぱり王国は違うのねえ」
「アーネストも頑張ってるんだ。俺もがんばんねえとな」
「そうね......新しい家族もできることだし」
「うん、そうだ.........何だって?!」
「なんかおかしいなと思ってお医者様に見てもらったの。そしたら......」



「...............」

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とある街にて 10

東の空に一番星が輝き始めた頃。
八式が持ってきた噂話の話題はすっかり移り、ただの雑談と化していた。
誰もいない店内に三人の笑い声が響く。
「……。あれ、もうこんな時間だ」
美澄が壁掛け時計に目をやる。
「あ、本当。そろそろ帰らなきゃ。美澄はもう少し店番? 」
「さぼりすぎだよな。うちの親。自分の店なのに、もう少し責任を持ってほしいよ」
「とかいって。誰も来ないのに給料もらえて、おいしいとか思ってるんでしょ」
八式は笑いながら帰り支度を始めた。

……………

「それじゃ帰りますか。いくよ、白鞘」
この店に八式先輩とくるときは、決まって八式先輩と帰ることになっている。帰り道が途中まで同じのためである。
「ではまた、律先輩。さようなら」
「じゃあね。美澄」
「おう。二人とも気を付けてな」律先輩は黒エプロンに手を突っ込んで見送る。
からんころん。入ってきた時と同じ音を聞きながら、僕たちは店を後にした。

店を出たあと、僕と八式先輩は並んで歩いていた。街はすっかり暗くなり、いたる所にある電灯が地面を照らす。
超未来カグラはいくつかに区分けされていて、ここ径街レトロは中心区の朱都シントーキョーに比べ幾分落ち着いた雰囲気の街である。シントーキョーが最先端であるとしたら、レトロはその名の通り一昔前の街並みを保っている。
都会の喧騒とは離れたのんびりとした街が、夜の帳に身を潜めていく。
「それでさ、白鞘」
八式先輩がこちらを見ながら話しかけてきた。前、向いて歩いてね。
「私の話、本当だと思う? 」
「期限切れの牛乳飲んだら腹下したってやつですか? 」
「そっちじゃない」
剣呑な目つきで睨んでくる。
「……魔女の件なら、先輩がそういうなら本当なんじゃないですか」

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とある街にて 9

「それで、その彼女にもう一度会いたいの」
”彼女”とは、無論魔女のことだ。八式と謎の”魔女”の衝撃的すぎる対面の話で引き攣った顔を、白鞘と美澄はケーキの甘味と時間の経過によって収まらせた後の話である。理解しがたい情報で埋もれた脳が、白いクリームとイチゴの酸味で再び回転し始める。
「確かにその”魔女”の存在を信じざるを得なくなりましたが、もう一度会うといっても難しいと思いますし、ていうかなんでもう一度会いたいんですか。普通トラウマで顔も見たく無いみたいになってもおかしくないんじゃ……」
「まあ、少し恐怖心は残ってるけど」
「残ってるんかい」
「でもその人、なんか雰囲気が違ったのよ」
「そりゃ、RPGマジシャン装備で目の前に壁貫通で現れたら、雰囲気くらい不思議に思っても不思議じゃないというか」
「ううん、違うの。なんていうか……外人?みたいな。とにかくここの、カグラの人ではないと思うの」
「カグラだって人口多いんだ。そんな奴が一人や二人くらいはいるんじゃないか」
「うーん……」
釈然としない声を出したまま八式は宙を見上げた。外国が存在しない今、外国人なんているはずがない。しかし八式は確かにあのとき、この都市とは異なるにおいを嗅ぎとっていた。カグラの人ではない、と直感的に悟っていたのだ。
「もしその人が、本当に”外国”から来てるのだとしたら……」
呟くように言葉を発してその口にケーキを静かに突っ込んだ八式に、白鞘が答えた。
「まあもしそれが本当なら、大発見ですよね」

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とある街にて 8

「いや、それがさ。もう信じるしかないというか……? 」
「それはどういう? 」
「さっきの話にその”魔女”が壁に入り込んだって言ったじゃない。そのことで」
そう言って八式は、店の壁際のテーブルを指さした。
「ちょっと前にあそこに座った時があったんだけど」
「え、八式っていつもカウンターに座ってると思ってた」
「その時はカウンターにまあまあ人がいたから。勉強に集中できそうな壁際に席を取ったのよ」
「八式が勉強してる姿なんて見たことない……」
「美澄が店番じゃないときよ。それでその時に」
彼女の顔がふたりに見えなくなるように八式は両手を前にかざした。
「勉強がひと段落して、私が机から顔をふと上げると――」
かざしていた両手を開き、顔を前に突き出す。八式の整った顔があらわになる。
「――いたのよ。その”魔女”が」
その席の目の前には、壁しかない。
え、まさか。
「……それは窓から顔を覗かせていた、とかではなく……? 」
先ほど指を指されていた席の壁には窓なんて見当たらない。なにより、八式のジェスチャーが”魔女”がどうやって彼女の前に現れたのかを雄弁に物語っていた。
「……壁から……生えてきた、みたいな……? 」
美澄の言葉に、思わず苦笑いを漏らす八式。
「三角帽に地味なローブ、白い髪だったから、ほぼ間違いない」
ほぼ、というが、普通人間は壁から生えてこないので、そういうことだろう。

八式はすでに、衝撃的すぎる対面を果たしてしまっていたらしい。

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とある街にて 7

ある高校の生徒が、部活が終わって下校していた時の話。
夕日があと少ししたら沈んでしまいそうな時刻。その生徒はいつも通り帰路を辿っていた。
道のりの半分を歩いた頃、その生徒は奇妙な人物を目にした。
目深にかぶったつばの広い帽子に地味な色のローブ。人口の殆どが黒髪だといわれる超未来カグラにおいて、明らかに異質な白に近い色の長い髪の毛。その生徒は髪を染めたのかと訝しんだが、わずかな残光に照らされたその髪は透明感があり、地が黒だったとは思えなかった。
そこだけ空気が変わったような雰囲気に、その生徒はわずかに惹かれ、そのあとをこっそりとつけていったのだそう。

「はい先生」
白鞘が手を挙げた。
「なんだね、白鞘君」
「知らない人に勝手についていってはいけないと思います」
「話はこれからなので、どうか見逃してあげてください」

その謎の人物についていった生徒は、またしても奇妙な光景を目にした。
路地裏に入りあたりを確認した謎人物は、路地の壁に何か描いたかと思うと、突然その壁に吸い込まれていったのだ!跡形もなく消えてしまったその跡を見て、隠れてその様子を見ていた生徒は、怖くなって一目散に逃げかえったという。

「……っていう話。どう思う? 」
「始めから終わりまでベタな展開のホラー話ですね」
「右に同じく」
「そこには触れないで」
「どう思うかって、暇な生徒が暇つぶしに造った”下手な”噂話でしょう。探せばそんな話、どこにだって転がってますよ。八式先輩は信じるんですか? 」
「そうだよ。こんな胡散臭い話、絶対与太話だって。信じるだけ時間の無駄だよ。な、八式」
しかし先輩は、わずかに言葉を濁すように言った。

「いや、それがさ。もう信じるほかないというか……? 」

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とある街にて 5

「二人とも。魔法って知ってる? 」
唐突な八式の問いに、美澄と白鞘は思わず顔を見合わせた。当然のことを聞かないでくれ、とでも言いたそうな。
「知ってるも何も、あんなに騒がれてましたからね。子供の耳にだっていやでも入ってきますよ」
「もう十何年も前の話だろ。それがどうかしたのか」
十五年前、この超未来カグラが丸ごと異世界にお引越しした際、狂暴なモンスターとともに発見されたのが”魔法”だった。というより、新たなエネルギー体が発見されて、それが物理法則に従っていなかったことから、未知の法則という意味を込めて”魔法”という言葉を仮付けしただけに過ぎない。この”魔法”は、しかし数多のファンタジー作品に出てくるようなカッコイイ代物ではなく、むしろ非常に地味であった。そのエネルギー体(公式で”魔力”と命名された)は未だ完全解明からは程遠く、分かっていることと言えば、魔力が物質に蓄積されること、その量はかなり微量なこと、物から取り出された魔力は火や水などに変換しないと霧散してしまうこと、そして魔力対のエネルギー効率が非常に悪いなど、あまり未来に明るい内容とは言えなかった。因みに絶望的なまでに攻撃力がない。魔力で生み出された炎はろうそくの火といい勝負になる。
「その魔法の話なんだけどね、実はとある高校の生徒で、見たって子がいるのよ」
「見た?何を? 」
八式先輩はそれっぽく前置きして、それから若干もったいぶるように言葉をつないだ。
白鞘が珈琲だったものを啜る。

「それはその子が街を歩いていた時の話よ」
ベタな展開から始まるものだ。八式は口の端を吊り上げて楽しそうに言葉をつづけた。

―――――
気付いたのですが、八式と白鞘は苗字なのに美澄だけ名前でした。作中で美澄は名前を嫌っているようなので完全に皮肉ってますね。面白いのでこのままにします。

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とある街にて 5

「そういうとこだぞ。八式」

その言葉に八式の頬がぷっくり膨れる。分かってますよぅ、と言いたげだ。
「美澄先輩、こんにちは。これから店番ですか」
「ん、八式が来るちょっと前から。八式の珈琲、私が出したし。まあこの様子じゃ……」
美澄は店内を見渡す。閑散とした店内には目の前の客二人と自分しかいない。
「……正直、さぼりホーダイだよな。あと、ボクの名前は律と呼んでくれと前々からいってるんだけど」
「すみません、八式先輩につられてしまうもので」
一人称がボクの店番の彼女は、その名前を律響院美澄といった。
「八式も、律と呼んでくれよ」
「昔は美澄でよかったじゃない。もうそっちに慣れちゃったわよ」
「八式先輩と美す……律先輩って昔馴染みですもんね」
「まあ、そう言うのは分かってたけどさ」
何故か名前で呼ばれるのが嫌いな美澄は、白鞘のオーダーを受けて珈琲を淹れ始めた。いい香りとともに黒い液体が落ちていくが、そこにはあとで大量のミルクと砂糖が入れられる予定である。
「それで?話って何」
美澄は出来上がった液体を白鞘の前に置きながら本題に入る。
美澄がここの店番とはいえここに自らを含めて3人を集めた張本人が、その言葉に待ってましたと言わんばかりに口を開く。口の端をわずかに上げながら。
「二人とも。”魔法”って知ってる?」

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とある街にて 4

カランコロン……、とドアベルが鳴る。
木製の扉を開けたのは一人の高校生。
入り口から差す夕日の逆光のせいでその顔は伺えないが、彼を待っていたカウンター席の客は、すぐにその人物が自分の待ち人であることを知れたようだ。にっこりとほほ笑んで彼を呼ぶ。
「白鞘、こっちこっち」
白鞘と呼ばれた高校生は彼を呼ぶ声の主を見つけると、彼女がいるカウンター席に向かって一直線に歩いていった。客はもともと彼女しかいなかったので迷いようはない。
白鞘はその客の隣のカウンターに腰掛けた。
「どれくらい前に着いてたんですか、八式先輩」
八式というらしい名前の客は一瞬時計を見て「10分くらい前かな」と答える。どうやら二人は待ち合わせをしていたらしい。八式の手元には湯気が立つ珈琲がある。
「白鞘はここまでのんびり歩いてきたの?レディを待たせて」
「本物のレディは自分のこと、レディなんて言いませんよ。それにたかが10分じゃないですか。誤差ですよ、誤差」
「まあ、白鞘は鈍足だから仕方がないか」
「……一概に否定できないのがまた悔しいですが」
体力テスト時の白鞘の50m自己ベストは9秒前半である。
「たかが10分程度を遅刻扱いにするのは流石に酷だと思うが」
店の奥からひとり、顔を覗かせるものがいる。
黒のエプロンを身に着けたその人物はこちらに歩み寄ってきた。
「そういうとこだぞ。八式」


―――――
設定書くの飽きたので本編書き始めます。世界線は作中で追々説明を追加する予定です。
人物紹介を一つ。
律響院美澄……ボクっ娘。髪の毛はショート。

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とある街にて 3

自治体からの発表で、その謎の空気の原因はすぐに知れた。
それは到底、誰もが受け入れられるものではなかったが。
航空の偵察隊からの情報である。超未来カグラの周りから、周辺都市、周辺国家が跡形もなく消え去っていた。かつて山があったところに巨大な森が出現したという情報から、地理情報がまるっきり変わっていることも見て取れた。
都市ひとつの、異世界転生。それが真相。
市民には混乱を避けるためにある程度情報が制限されて報道されたが、そんなことは無意味だった。当然の様にパニックになり、街中には困惑の色が色濃く残った。
市民を不安にさせたのはそれだけではない。
制限しきれなかった情報の中には、都市の外側、無法の荒野を映した映像が残っていたのだが、そこに見たことのない生物たちが映っていたのだ。銃刀の類が効かない硬い毛を逆立て、柔らかい人間の肉ならやすやす切り裂くであろう牙をむき、狂気に黄色く濁った目を怒らして常に得物を探し続ける、一目で凶暴だとわかるイノシシのような外見を持つ”モンスター”達。あまつさえ混乱の中にあった市民たちは、そいつらが人間ひいては街の一部を襲い、すでに多くの被害を出していることを見た瞬間、爆発的なパニック状態を引き起こした。恒久的に続くと思われていた平和な生活から、未知の連続でいつ来るともしれない恐怖に突き落とされた市民たちの心はすでに限界を迎えていた。

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すみません、世界観設定の説明がもう少し続きます。個人的にも早くストーリーに取り掛かりたい反面、しっかりと自分の中でも世界観を確立しておきたいです。つまらない文面にもうしばらくお付き合いを。
文字ばっかりで読みにくいことこの上ないですね。