表示件数
5
7
2
8

LOST MEMORIES CⅩⅡ

英人は頷いた。
「ついこの前。人間界に来る前、だが。
だから、イニシエーションなんておかしいんだ。」
「あら、英人くんまだいたの?心配なのはわかるけど、休ませてあげなさい。」
戻ってきてしまった先生。
瑛瑠は驚きすぎて言葉がでない。
英人はすみませんと応え、今度こそ出ようとする。
はっと思う。随身具無しにワーウルフの魔力を浴びてしまうことになるのではないか。それでは、危ない。
ここには無関係の先生がいるため、変な言葉やものの名前は出せない。ということで、名詞の名前は伏せて英人に伝える。
「英人さん!私に貸していただけるのはありがたいですが、あなたが持っていた方がいいと思います!だって――」
「僕は大丈夫。」
何を根拠に大丈夫なんて言っているのだろうか。
「お大事に。」
その言葉と指輪を残して保健室を出ていってしまった。
「英人くん、あなたにゾッコンねえ……若いって羨ましいわ。」
黙って眺めていた先生は、書類を整理しながらそんなことを言った。
さらに取り違えた瑛瑠が、
「自己犠牲に同情してくれたのかもしれません。」
なんて返すものだから、これは前途多難だわとため息をつかれる。
指示されたベッドに入り、先ほどの会話を思い出す。
すでに成人を迎えた英人が、イニシエーションと称されてここへ送り込まれた。もはや通過儀礼でないのは一目瞭然。ついこの前成人を迎えたということは、瑛瑠と年は変わらないだろう。なぜおかしいと知りつつ英人は来たのだろうか。
やはり、今日話したかったと悔しい気持ちでいっぱいになる。瑛瑠の力を認めてくれたから、声をかけてくれただろうに。
お礼を伝えるのを忘れたな,そんなことを思いながら、ふっと目を瞑り、眠りに落ちる。
そして瑛瑠は、夢を見た。

7

LOST MEMORIES CⅩ

望の言葉を思い出す。望から距離を置くために放った解釈違いの言葉を。
「いや、あの、ひとりがいいってそういうことではなくて!」
慌てて弁解する瑛瑠に、微かに笑う。英人が笑った顔は初めて見た。
「そうじゃない。自己犠牲を躊躇わないコケットだったってこと。」
思わず英人の顔を見つめてしまう。
「……馬鹿にしてます?はたまた貶していますか?」
それにはなんとも答えず、英人から礼を言われる。
「さっきはありがとう。かばってくれようとしていただろ、目をつけられないように。」
「かばったことがバレるほど恥ずかしいことはないですね。」
「結果的に嫉妬心を逆撫でただけだけど。」
「……うるさいです。」
ふて腐れたような瑛瑠の声にくすりと笑みをこぼす。
「それだけ言い返せる元気があるなら大丈夫だ。ほら、保健室。」
入ると、微かな薬品のにおいが漂っている。
英人が状況の説明をし、瑛瑠は言われたように熱を測る。
一回お休みしましょうかとベッドへ促され、英人とはここで解散となるも、養護教諭の先生が何やら必要なものがあったらしく保健室を出る。それと一緒に出ていこうとした英人は、思い出したように振り返り、まだ椅子に座っている瑛瑠の元へ。瑛瑠は不思議そうな顔をする。
「手、出して。」
両手を出すも、英人がとったのは左手。さらに、その薬指へ、自身が付けていたリングネックレスの指輪の部分を外してつける。
「僕の大切なものだから、なくしたら許さない。」

3

爆弾 【3】-2

「これは爆弾ではありません」


「......は?」
 Dにはその意味が暫くわからなかった。
「何をいっているのだ、こんなに大騒ぎをして、それは爆弾ではなかったというのか!」
「じゃあ、私たちは偽物の爆弾に踊らされたってこと...?」
 Sも当惑した表情で小さくそう言ったが、この運転手は首を縦に振らなかった。
「確かにこれはダミーです。がしかし、これには発信器が付いています」
 そう言うと、運転手はひどく怯えた表情になって再び言った。
「そしてこの発信器は、半径一メートル以内の物としか電波を交信できません。そしてその対象物は...」
 そこで言葉を切ると、運転手はスウッと息を吸い込み、こう言った。
「それは、明らかに爆発物です」
 黙って話を聞いていたDは、その言葉にひどく恐ろしくなった。それでは爆弾はまだ解除されておらず、しかもこの近辺にあるというのか...?!
「あの残り時間の数字は、その爆発物が爆発するまでの残り時間です」
「あり得ない!この車の近辺はくまなく探したはず。何処にもそれらしきものは...」
 そのとき不意に、隣に停めてあった車の後方から、小さくパンッと何かが弾ける音がした。
 その瞬間、Dは思い出した。この隣の車が駐車してきたときに、どこか見覚えがあると思ったことを。この車を何処で見たか。それは確か...。
「首長官邸だ」
 Sと運転手がぎょっとした顔で振り向く。その瞬間、Dは激しい光と音に包まれた。

7

LOST MEMORIES CⅧ

「昨日はごめんね。」
開口一番に望は瑛瑠に謝ってきた。申し訳なさそうな様子からは、謝罪の気持ちしか見てとれない。
「いえ、こちらこそすみませんでした。」
あの別れ方は礼儀としてなっていないと、瑛瑠も反省した。昨日の瑛瑠の拒絶のためか、気持ちに抑えがかかったのかもしれない。魔力は少しも感じられなかった。
午前の授業が終わるまでは。
午前中の授業が終わったあと、英人が話しかけてきたのだ。
「瑛瑠、少し話したい。昼休み、抜けられるか?」
瑛瑠が気付いたことに気付いて話しかけてきたのだろうと察する。だから、二つ返事で応えるはずだった。
ここで、思わぬ邪魔が入る。望だ。
望はそれまで頻繁に後ろを振り返ることをやめていたため、英人のその言葉に気付いて今日初めて振り返った。
「瑛瑠さんはひとりがいいんだよ、霧。不用意に近づくのはやめてあげなよ。」
思わぬ解釈のされ方だった。自分の発言に混乱する瑛瑠。たしかにひとりにさせてとは言ったが。
どうやら、望に対する拒絶というより、周りへの拒絶と受け取られているらしい。
「いえ、私がお願いしたんです。行きましょう、英人さん。」
英人まで目をつけられるのは避けたい。なんせ、彼も特殊型だ。さらに、情報は掴んでおきたい。これはチャンスなのだ。
立ち上がり、英人の服の端を掴んで促す。もしかすると、この行動がいけなかったのかもしれない。はたまた名前呼びか、英人を優先したことか。
激しい目眩に襲われ、瑛瑠は卒倒した。

2

LOST MEMORIES CⅦ

「正解です。つまり、そういうことです。」
そういうこと、とは。自分と同じ型では、魔力自体アップしても、攻撃型との相性は悪いままである。それはきっと、チャールズのものじゃない。では、誰のものだろうか。
「私の随身具があれば迷わずお嬢さまに貸すのですが、これでは何の解決にもなりませんからね。」
さらに頭を悩ませるチャールズ。しかし瑛瑠は、チャールズの随身具が気になって仕方がなかった。誰のものなのか。そして、チャールズのはどこへいってしまったのか。
結局、できるだけ刺激をしないように、近づかないようにするというあまりにも進展のないものしか出せなかった。そりゃ、二人のうち片方の頭脳が別のことでいっぱいなのだから仕方ない。
ベッドに入ってからも考えていた。チャールズは、自分のがあれば瑛瑠に貸すと迷わずいい放った。少なからず蔑ろにしていい代物ではないはずだが、純粋に自分を想ってのことであると理解できたし、チャールズは簡単にそういうことをする人物ではないのもわかっているつもりだ。そうして悶々と考えているうちに眠りについてしまったらしい。
頭のなかが混沌としている瑛瑠は、この日身に起こることなど知る由もなかった。

2

LOST MEMORIES CⅥ

その夜に行われた次の日の予定確認では、チャールズはやけに難しい顔をしている。
「近づくなというのは無理な話でしょうが……。」
解決策が出てこないのだ。しかし、力駄々漏れ状態のワーウルフにウィッチを近づけるのは苦である。
「随身具(ずいじんぐ)でもあれば良いのですが……。」
随身具、それは成人の儀でもらえる護身用のアクセサリーのこと。自分に相性のいい力が宿されている。相性の悪い力から身を守るために。つまり、パプリエールが成人すると、防御型の力の宿ったものが授けられる。それを身に付けることで、攻撃型の力を防ぐ力が補われるということ。しかし、瑛瑠はまだ成人していない。
「生憎、私の随身具はここにありませんし……。」
瑛瑠はふと疑問に思う。チャールズの首元のそれからは、魔力が感じられる。
「チャールズ、そのネックレスは随身具ではないの?私、てっきりそれがそうだとずっと思っていたのだけれど……。」
チャールズは、ああ,と言って外してみせる。チャームも何もついていないネックレスを、テーブルの上に置く。
「この魔力が何型かわかりますか?」
本来であれば、ウィザードは防御型の魔力を宿した随身具であるはずだが、瑛瑠の感じたものは違った。
「……特殊型?」

6

LOST MEMORIES CⅤ

無意識に手をのばしていた白桃烏龍は、もう半分もない。
ここまで誘導されてわからないチャールズではないし、そもそも話を聞いてはじめから察していたようにさえ感じる。
「いつになっても色恋というのは面倒なものですねえ。」
「俯瞰しているのね、チャールズさん。」
渦中にいる瑛瑠は笑えない。冷ややかな目を向けると、微笑みが返ってくる。
「でも、得るものは多いんですよ。」
優しく微笑んだまま言葉を紡ぎ出す。
「そこでしか得られないものもあります。お嬢さまは縛られた立場ではありますが、否定されていいものではありません。
学校生活では、何があるかわかりませんから。」
ね?とウインクするチャールズ。これはどのように受け取ったらいいのだろう。
「チャールズも何かあったっていう解釈でいいのかな?」
ちょっと口角を上げて尋ねると、カップを置きソファに身を沈め腕を組み、
「おませさんですね。そんなにオトナの恋愛を訊きたいですか?」
なんていうから堪らない。
「お、オトナって……高校のときの話をしてるの!
そんな色気撒き散らして変なこと言わないでバカ!」
顔を紅くして横のクッションを投げつけて出ていく瑛瑠は、チャールズがしばらく笑いが止まらなかったことなど知る由もない。

9

LOST MEMORIES CⅢ

魔力には3つのタイプがある。攻撃型と防御型、そして特殊型だ。
ワーウルフやゴーレム、レオといった種族は攻撃型。血気盛んで、争いになると力で押すタイプだ。名の通り、攻撃的な力が強い。
「血気盛んを体現しているような者はたしかにいますが、攻撃型でも冷静沈着で聡明な者もいますからね。性格は種族じゃわけられませんよ。」
きっと、友人を思い描いているのだろう。瑛瑠は改めて、いかに自分が狭い範囲でしかものを知らないのかと思ってしまう。
防御型に当てられるのはエアヒューマンなど。チャールズに諫められてしまうだろうから、性格については割愛。こちらは、防御的な力が強い。
そして、瑛瑠たちウィッチ,ウィザードは特殊型に当てられる。ヴァンパイアやヴァンピールもここに当てはまる。攻撃と防御のどちらも兼ね備え、しかしどちらかに突出した種族よりは魔力が弱い。そのため、魔力を補うための知能に長けているのも彼ら。
そんな種族には、争い時のみの力関係がある。攻撃型に特殊型は弱く、特殊型に防御型は弱い。そして、防御型に攻撃型は弱いという力関係。逆もまたしかり。
しかし、これはそれぞれの魔力が同じ水準だったときの話。魔力が強ければ強い方に軍配は上がる。そして、権力者に近いほど生まれ持つ力は強い。

4
2

LOST MEMORIES ⅨⅩⅧ

帰りは、多少の頭痛のために大事をもって早く帰ることにした。できるだけ、人に会わないようにすぐに教室を出たはずなのだが。
「あれ、今日は図書室に行かないんだね。」
「……はい。」
なぜ今日はここにいるのだろう。
「もう帰るんだよね?送っていくよ。」
「いえ、今日は大丈夫です。」
望は目を丸くした。どうして,と言いたかったのだろうが、それは明るい声に阻まれた。
「いんちょー!あ、瑛瑠ちゃんだ!ふたりとも帰るの?
なら途中まで一緒に帰ろー。」
瑛瑠が口を開く前に望が口を開く。
「ごめんね、歌名。瑛瑠さんと一緒に帰るんだ。」
「え?」
一緒に帰るなんて言っていない。歌名がいることに言及なんてしていない。
「だから、一緒に帰れないんだ。」
歌名は悲しそうな顔をする。
「そっか……。」
慌てて望の腕を掴む。
「待って、長谷川さん。私、あなたと一緒に帰るなんて一言も言ってないです。」
望は望で顔をしかめる。
「いつも一緒に帰ってるよね?」
どうしてそんなこと言うの?まるでそんなことを言いそうな顔である。
頭痛が増していく。
「一緒に帰ろう。」
掴んでいた腕と反対の手で瑛瑠の手が掴まれる。
思わず振り払ってしまった。
「ひとりがいいんです……ひとりにさせてくださいっ……!」

0
7

LOST MEMORIES ⅨⅩⅥ

正直、何を基準しているのかわからないが、ここで下手に出てはいけないだろう。そして、彼に仮面の笑顔は通じない。だからこそ、にっこり微笑んでみる。この精一杯の嫌味が伝わるだろうか。ここまでの思考およそコンマ5秒。
「あなたと同じか、それ以上です。」
一瞬の驚きを見せたが、ふっと嘲笑った。
「やっぱり賢いのか。ただ現時点では、君の体調不良の原因に気付いている僕の方が上手。」
体調不良の原因。わざわざ口に出すほどでもない疲れやストレスといったことではないと英人は言いたいのだろうか。
「霧さん。」
「英人でいい。」
「……英人さん、あなたはどこまで掴んでいるのですか。」
何でもないといったように言う。
「まだ1週間だし、特には。」
優秀者の余裕、だろうか。先の自分の言動を省みて恥ずかしく思う。
「祝。」
「瑛瑠でいいです。」
せめて、対等に立ちたいと思った。
既視感ある状況に、横を歩いていた英人が少し顔をこちらへ向けた。
「……瑛瑠、まだ君は1番気付くべきことに気付いていない。」
前のような嫌味の色は抜けていた。
違うな,そう小さく呟いたのを瑛瑠の耳はキャッチした。
教室の扉の前で立ち止まり、瑛瑠を向いた。
「気付こうとしていない。君のその頭があって、なぜ気付けない?」
英人は視線と語意を強くして言う。
「君が欲しがっているものは目の前にある。
最優先事項を見謝るな。」

2
0

LOST MEMORIES ⅧⅩⅧ

鳩が豆鉄砲を食らったような顔。
「は……?お嬢さまは恋をしたんですか?」
「もう、また質問に質問で返す。」
ぷうっと頬を膨らませる瑛瑠と、動揺を隠せないチャールズ。
「あの、お分かりかと思いますが、」
「私が自由に恋愛できないことくらいわかっています。」
私じゃなくて,と切り返す。
「何かっていうと、すごく気にかけてくれる人がいるの。最近、帰りは途中まで送ってくれる人。
一昨日、クラスの女の子にその彼と付き合っているのか聞かれて。私はこの生活をしたことがなくてわからないのだけれど、周りからはそんな風に見られているのかと思ってね。
もしも彼が想ってくれているなら、私のこの態度は思わせ振り?相手に失礼な態度だったのかな。そもそも、彼のこの態度はそういうことでいいの?自惚れであるならそうであってほしいのだけれど。」
一気に話す。
仮にも一国の姫。そして、パプリエールには存在を知るだけのフィアンセがいた。自由に恋愛をできるはずがないのは、幼いときから言い聞かせられてきたことでもある。だから、経験がない。
もしもチャールズにそのような経験があるのなら、望の行動の真意がわかるのではないか、そう思っての言葉だった。
一瞬、チャールズは目を光らせた。

4
2