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対怪異逃避行:鏡像の怪異 その②

…………さて。
俺は今まさに学校から帰ろうとしているわけなんだが。
今日は部活があったから、帰りがそれなりに遅くなってるわけなんだよ。
で、部室の位置と昇降口の位置を鑑みるに、今まさに俺がいる西階段を降りるのが一番手っ取り早いわけなんだ。
……そして今、ちょうど鏡のかかった踊り場で、昨日あいつから聞いた怪談を思い出してしまった。
「…………まあ、一応。一応、確認ってことで」
スマートフォンで時間を見てみる。18時5分。ギリギリセーフ。
あいつめ、脅かしやがって。そう思いながら再び鏡に目をやった。
鏡に映った俺が、にやりと笑った。現実の俺は異常事態に歯を食い縛っているというのに。
鏡に映った俺が、腕をゆっくりと上げ始めた。現実の俺は何もできず腕を垂らしているというのに。
鏡に映った俺が、鏡面の境界をすり抜けてこっちに腕を伸ばしてきた。現実の俺は……とか言ってる場合じゃねえ!
そう頭では分かっていても、戦場暮らしだったわけでも無い人間が咄嗟に動ける訳も無い。腕はすごいスピードでこっちに迫ってくる。
しかし、鏡像の俺の手が俺の首に届くより前に、現実の俺がそれから逃げようと動こうとするより前に、背後から誰かに足払いを受け、派手にすッ転んでしまった。鏡像の腕は空を切り、現実の俺はそのまま階段を転げ落ちていく。
「……痛え…………」
「やあ、生きてるね。それは良かった。お礼を言ってくれても良いんだよ?」
この声は……。
「……なんでここにいるんだ」
このクソッたれの怪談を俺に教えた、我が幼馴染じゃないか。何だかんだで救われたが、それはそれとして許せねえ。
「不法侵入してきた。堂々としてればバレないもんだね」
「大体、俺がこんな目に遭ってるのはお前があんな話したせいだぞ。どうしてくれるんだ」
「どうもしないよ。まぁ、とりあえずは逃げようじゃないか。付き添いぐらいならするよ?」
「そりゃどーも」
階段を安全に歩いて降りてきたあいつに手を貸してもらい立ち上がり、とにかくこの校舎を脱出するために、階段を更に降り始めた。

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対怪異逃避行:鏡像の怪異 その①

「こんな話を知ってる?」
下校中、偶然出くわしたあいつがいつもの切り出し方で話しかけてきた。こいつがこの言い方をするのは、毎回必ずオカルト絡みの話をするときなんだ。正直飽きてるんだが、とりあえず聞き流すことにして、あいつの話すままに任せる。多分これが一番良いやり方だ。
「学校の七不思議の一つなんだけどね、6時6分に西の階段の踊り場の壁にかけてある鏡を見ちゃいけないっていうの」
「へえ」
「見るとどうなるか、これが分かりやすい。鏡に映った自分が、自分を殺しに来るんだ」
「そりゃ怖い」
「まあ、躱すだけなら簡単なんだよ。そいつは鏡の外に完全に出てくることはできないから」
「そりゃ怖くない」
「いやいや、こいつが恐ろしい代物でさ。たとえその場を逃げ出したとしても、一度現れたら最後、ありとあらゆる鏡面に現れては狙ってくるんだ」
「そりゃ怖い」
「助かる方法は簡単。一度学校の敷地内から逃げ出してしまえば良いのさ。次の日にはもう安全に戻ってるからね」
「へえ」
「……ところでこれ、うちの学校の七不思議じゃ無いんだよね」
「……は?」
「君の学校の七不思議なんだよ」
こいつとは高校に上がってから通う学校が別になったわけだが……何故そんなことを知っているのか。
「つーかなんでそんなこと俺に教えんだよ。明日からどんな気分で学校行きゃ良いんだ」
「何も知らないよりは安全かなー……って」
「季節が悪りィよ季節が……」

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無能異能浪漫探訪⑮ オカルトマニアの種明かし

一般人の俺が、奇跡的に能力者集団に潜入できた。その感動を噛み締めていると、あの二人が俺を呼びつけてきた。そちらへ寄ると、部屋を出るようにとのこと。
それに従い彼女らについて外に出ると、目つきの悪い方が深刻そうに尋ねてきた。
「……見沼さん。降霊術を行った、と言いましたよね。あれ、本当のことなんですか?」
「……と、言いますと?」
思わず冷や汗が流れる。
「私と、こっちの宮嵜さん。所謂『霊感』みたいな能力を持ってるんですけどね」
何か察せた。
「私達の眼に、霊の類は映りませんでした。トモちゃんの反応も何か不自然だったし……何をしたんですか?」
……そうか、何も来ていなかったのか。つまり、『こっくりさんは成功した』わけか。
こみ上げる笑いを堪えきれず、肩が震える。
「……いや、そうか。何も来てなかったか。来てほしいなとは思ってたんだけどなぁ……」
「……? 何を言って……」
「こっくりさんの仕組みが科学的に説明できる、って話、知ってるか?」
2人組は首を横に振った。それなら説明してやるとしよう。
「まあ、簡単に言うとだな。参加者が本当にこっくりさんが来たと信じていれば、無意識の影響と肉体の反応とで勝手に硬貨が動くって話があるんだよ。つまるところ、信仰心は大事ってことだ」
「……私たちは何も来ていないことを知っていましたが」
「多数決じゃね? 2対5じゃ動く方に偏るんだろ」
目つきの悪い方は納得いかないようだったけど、それっきり質問してくることは無かった。
「……あ、そうだ」
目つきの悪い方じゃない方、たしかミヤザキだっけ。そいつが代わりに質問してきた。
「降霊術が失敗してたなら、本当の能力は何なんです?」
「え、そんなん持ってないけど」
「えっ」
「俺はただのオカルトマニアだよ。超能力集団なんて素敵なところに潜入したくて無茶したが……これは内緒な。君ら以外だとトム……じゃなかった、岩室弥彦しか知らないんで。俺はこっくりさんの達人ってテイでよろしく」
2人に頭を下げ、帰り支度をすることにした。

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無能異能浪漫探訪⑭ 

「コックリさんコックリさん。わたしたちのこと、怖い?」
モジヒナは不敬にもとんでもない質問を放ってきた。指の下の硬貨はしばらく動かなかったが、数秒経ってようやく、動き出した。
硬貨が進む方には、「いいえ」の文字が。しかし、道半ばで止まり、反対方向へ動き始めた。
そして、あと1,2㎜で「はい」の文字に硬貨の端が触れるってところで、また硬貨が止まり、鳥居に戻って動かなくなった。
「……強がりだね」
「強がってるね」
「意地張ってるね」
「誇り高いね」
「でもちっぽけなプライドだよ」
「簡単にへし折れるね」
モジヒナとモジミチルは何やら勝手に言い合っているが、こっくりさん相手に滅茶苦茶無礼だな……。呪われても知らないぞ。
「鳥居に……戻ってるね。じゃあ次の人どうぞー」
モジヒナが言うと、後はよくあるこっくりさんの流れになった。みんなでおっかなびっくりこっくりさんに質問しては、答えていただき、答えに盛り上がり、鳥居に戻っていただく。
大体全員2周くらいしてからそろそろお帰りいただこうという話になった。
こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻りください。
硬貨はしばらく鳥居から動かなかったものの、モジ兄妹(姉弟?)がもう一度唱えると、自然に「はい」まで動き、その後鳥居まで戻った。
「こっくりさん、こっくりさん、ありがとうございました。お離れください」
最後の呪文を唱えて指を放した。
「……以上、俺の降霊術でした。これが俺の『能力』です。お目汚し失礼いたしました」
深々と礼をしてから、用紙を回収。処理は家に帰ってからゆっくりやろう。
「やー、楽しかったよー。こっくりさんって本当に勝手に動くんだねぇ」
トモちゃんにもご満足いただけたようで何よりだ。
「私達は君を歓迎するよ。……えっと……?」
「そういや、トム以外には自己紹介が済んでなかったっけ。見沼依緒と申します。ミヌマとでもヨリオとでもイオとでも、好きなように呼んでもろて」
「おーけーイオ君。仲間入りおめでとう!」

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無能異能浪漫探訪⑬‐B 視えるから見えない

儀式が始まった。3度目の呼びかけで、効果が動き始める。ずっ、ずっ、って感じで、少しずつ動いている。
(……宮城さん)
彼女と目が合う。彼女は微かに首を横に振った。
(……つまり、霊の類は来てないってことか)
一応、こっちでも気にかけてはいるけど、あの双子が発する謎のオーラが邪魔で上手く判別できない。流石に神様を自称するだけはある。
あの不審者が質問を投げかけた。無くし物がどこかなんて、くだらない質問だ。
質問が終わって1秒くらい経って、指の下で硬貨が勝手に動き始めた。
(か、は、いや、カバン……の、そこ。底?)
こっくりさんは見事に答え、説教まで残していった。宮城さんに目をやると。泣きそうな顔でこちらを見ながら首を横に振っている。
念のためにトモちゃんの背後の腕たちを見てみるけど、ゆらゆらしているだけで硬貨には干渉していない。
(じゃあ、何が硬貨を動かしてるんだろう……?)
解答が終了し、硬貨はいつの間にか鳥居へ。
「はいはい! 次わたしがやる!」
硬貨に置いていない方の手を上げて名乗りを上げたのは、謎オーラの双子の片割れ、陽菜ちゃんだった。不審者が促したので、陽菜ちゃんは身を乗り出して質問を開始した。

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無能異能浪漫探訪⑪ 降霊準備、ヨシ!

「あ、いっすよ。さて、ご存じの通りこのやり口、一人じゃできないくせに部外者もいちゃいけないわけなんですが……協力してくれる方、いませんかね?」
「私たちは当然、参加しますが」
目つきの悪い方が言う。もう一人も力強く頷いている。まさかの同好の士か?
「私もやるー」
トモちゃんも乗ってくれた。
「トム、どうだ?」
弥彦氏に呼びかける。
「……あ、うん、やる」
彼がそう答えた直後、二人組が露骨に嫌そうな顔をしたけど、多分気のせいだよな?
「……俺は興味無い。1時間も席を外してりゃあ足りるか?」
怖い目つきの男性がそう言ってきたので肯定で答える。彼はそのまま出ていってしまった。
「それじゃあ……全部で5人。すぐ準備しますんで、少々お待ちください」
肩掛け鞄から、専用の紙を入れたクリアファイルを取り出す。
「え、何、その紙持ち歩いてんの……」
弥彦氏がやや引いた感じで訊いてくる。
「そりゃ勿論。呼ぶ手段も祓う手段も常に持ち歩くようにはしてんのよ」
「へぇ……」
床に直接用紙を置き、鳥居の絵の上に財布から取り出した10円玉を乗せる。偶然にも昭和44年製のやつだった。これは上手くいきそうだ。
「まあ、準備なんてこれっきりなんで。さ、10円玉に指を置いてください」
俺に続いて、二人組、トモちゃん、弥彦氏、双子が10円玉に指を置く。
「……ん?」
最後に指を置いた二人の方をもう一度見る。弥彦氏や2人組よりも更に幼い、ギリ小学生か中学1年生かってくらいの二人組。男女だけど結構似てるから多分双子。向こうも見返してくる。
「……誰?」
いや、そういえば靴の数と人数がこれまで合ってなかったな。こいつらが残りの二人か。

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無能異能浪漫探訪⑩ ハッタリ屋とコックリさん

弥彦氏に連れられ、例の部屋に入る。玄関には大小さまざまなサイズの靴が全部で6組。
「めっちゃいるじゃん……」
「いや、もう少し多い日もあるし、このくらいなら割と平均的な感じっすよ」
「マジか。結構デカい集まりだったりする?」
「そっすね」
「わーお」
弥彦氏に続いて居間に入る。家具が一つも無いのにはビビったが、それを無視すると最初に目に入ったのは、部屋の隅に腕を組んで立っている20代半ばくらいに見える男性だった。さっきのトモちゃんと違って、ストレートに怖い目つきでこっちを睨んできている。
周囲を見回すと、続いてさっきのトモちゃんを発見。隣の部屋であの女子二人組と何やら遊んでいる。
「どうも、新入り連れてきました」
弥彦氏がそう言って俺を指差した。最初に反応したのは、トモちゃんだった。
「あれー、さっきの人じゃん。新入り? でもその人って……」
「おっと、まさか俺の力を疑っているんですかい? そいつは心外だなァ」
トモちゃんの言葉を遮り、ハッタリを開始する。
「聞いて驚け。……俺には、降霊術ができる」
飽くまで自信満々に。すると意外や意外、反応したのはあの二人組だった。
「降霊術……?」
「それ、本当ですか?」
「お、おう勿論。みんなも名前くらいは知ってるでしょう、『コックリさん』ってんですがね」
あの二人が、警戒しながらもこっちにやって来た。
「やってみてください」
2人組のうち、目つきの悪い方がそう言った。

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無能異能浪漫探訪⑨ オカルトマニアの悪知恵

「なあ、その集まりに俺も仲間入りできないかなぁ。せっかく『そっち側』と接触できるチャンスなんだよ」
「んー……」
俺の提案に、弥彦氏は微妙な表情をした。
「あーっと、ヨリオ。何かその手の能力を持ってたりは……」
「するわけ無いだろ。俺ァパンピーやぞ」
「となると……ちょっ……と、難しいかもなぁ……」
「え、なんで」
「いや、俺を呼びに来たあの人、トモちゃんっていうんですけどね。あの人も例によって能力者なんすけど、あの人の能力が、『他人が能力者か分かる』ってものらしくて……」
「……?」
さっきそのトモちゃんと遭遇した時のことを思い出す。なんで能力者が判別できるだけで俺が階段から落ちるのを手も触れずに止められるんだ……?
「いや、今はそこはどうでも良いか」
「何が?」
「いや、気にしないでくれ。けどなぁ……そうかー……。能力者だって言い張ったら押し通せないか?」
「いや無理でしょ……あ、いやでもなぁ……」
「ん、何か可能性ある?」
「いや、仲間に俺の先輩がいるんすけど、その人の能力の都合上、その人、トモちゃんの能力に引っかからないみたいなんすよね」
「マジで? それ、俺にもワンチャン無い?」
「無いです。あの人はそういう能力ってだけなんで。そもそも、能力者であることを主張したところで、何もできないなら即バレするだけでしょ」
「いいや、そこは考えがある」

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無能異能浪漫探訪⑧ 本物見つけた

「いや実はな、ついさっき、君がこのアパートの3階までひょいと跳んでるところを目撃したんだけどな」
「げ、見られてたのか……。一応気を付けてたのにな」
トム君改め岩室弥彦氏は、しくじったとでも言いたそうな顔でそう呟いた。
「へへっ、これからはもう少し気を付けるんだな。……それで、ありゃ一体どんなメカニズムなんだ? どこにでもいるただのオカルトマニアにも分かるように説明頼む」
「ん……」
弥彦氏は、数秒考え込んでから口を開いた。
「あーっと、ヨリオ。超能力とかの類って、信じてたりします?」
「いや、信じるも何もあれは実在するべ。実際、君も謎ジャンプかましてたろ」
「お、おう。……まあ、言っちまえば超能力みたいなものなんすよ」
「なるほど理解した。じゃあ次の質問」
「まだあるのか……」
「オカルトマニアが『本物』に出会って、たった一度質問しただけで終わると思うなよ?」
「あっはい……」
「あの部屋、何なんだ? あの部屋に出入りする人間を君含め4人ほど見たが、同じ家に住む兄弟姉妹にしちゃあ、ちょっと似てないよな?」
「兄弟姉妹でも似てるとは限らないと思いますけど……まあ他人だけど。まあ、能力者の溜まり場みたいなもんっすね」
「マジで⁉」
思わず大声を上げ、弥彦氏に掴みかかる。
「マジだけど……耳痛え。あと手は放せ」
「ああごめん」

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無能異能浪漫探訪⑦

「何だ、能力関係の知り合いかー。ちょっと待ってて、すぐ呼んでくるね」
「あ、はい……」
彼女はまたあの部屋に戻って行った。どうやら危機を脱することができたようだ。その場に座り込み、大きく息を吐く。ああ緊張した。
さて、偶然見かけたあのシーンのお陰で信用を勝ち取れたわけだが、当然俺はあいつの事なんか知らない。呼んでもらったとして、どうしたものか……。
そう考えていると、またあの部屋の扉が開き、最初に目撃したあの少年が現れた。こっちに来たが、顔も知らない俺を見て不思議そうにしている。
「あのー……どこかで会いましたっけ?」
少年が声を潜めて尋ねてくる。
「いや、初対面。ちょっと危機的状況を脱するためにダシにしましたごめんなさい」
「あっはい。で、あんたは誰でどんな用事なんです?」
「あ、はい、えー、俺は見沼依緒。ミヌマとでもヨリオとでもイオとでも好きなように呼んでもろて」
「ん、よろしくっす。俺は岩室弥彦」
「あー……すまん。さっき出鱈目並べたせいで、俺は君のことをトムと呼ばなきゃ怪しまれるかもしれないんだ。ちょっと話を合わせてくれ、トム」
「何故トム……まあ了解」
いろいろあったが、どうにか接触には成功した。ようやく本題に入れそうだ。
「それで、用件なんだが……」

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無能異能浪漫探訪⑥ 足りない才能はハッタリで補う

「あ、ごめん」
上から奴が声をかけてくる。あんまり悪いと思っていなさそうな声だ。その口調のまま、奴は質問を続けた。
「それじゃあ何の御用?」
「えっ……と、ですねぇ……」
痛む身体をどうにか起こし、身体の状態を確認する。幸いにも目立つ怪我はしていないっぽい。
「……いやまあ、実を言うと俺が用があるのは、その人らじゃ無いんすよね」
「なるほど。じゃあ誰?」
俺と大して変わらない年齢だろうに、何故か異様に不気味な雰囲気を醸している。またあの身体が動かなくなる感覚だ。
「えっとですねェ……ほら、件の二人組と同年代くらいの男子がいるでしょ」
「んー? 名前で答えないんだね」
声は軽いのに、空気はどんどん重苦しくなる。呼吸も満足にできないレベルだ。まあたしかに、今の俺はただの不審人物だもんな……。
どうにか息を吐き出し、飽くまで余裕だぜって面をしてみせる。
「まあ落ち着いてくださいよ。俺もあいつとは人伝で知り合っただけなんで、そんな親しいわけじゃ無いんですって。あいつを紹介してきた奴が、ああ、そいつ市川って言うんすけど、そいつ、あれのことをあだ名でしか紹介してくれない適当な野郎でしてね……」
ここまで息もつかずに出鱈目を並べる。ちなみに市川なんて知り合いはいない。
「へえ、どんな?」
奴の鋭い反撃。さて、ここからが勝負だ。下手に名前を模したっぽいやつをあげても、奴の本名と関係無いやつを言ったりしたら嘘だってバレるもんな。手遅れかもしれないけど。
「ああ、あいつはトムって呼ばれてますよ」
「トム?」
「そう、トムソンガゼル略してトム。ほら、あいつの人並外れた謎移動。あれヤバいっすよね。縦にも横にもバグみたいに動くんだもんなァ」
横移動してるシーンは見たこと無いけど。しかし、このハッタリがどうやらプラスに働いたらしい。急に周囲の空気が正常な雰囲気に戻った。