表示件数
0

視えるモノ その④

「あ、待って宮城さん」
彼女の後について行く。あの少年、岩室弥彦もついて来た。
「なあ待てよー、お前、ミヤシロっていうの? 漢字でどう書く? 下の名前は?」
岩室弥彦はしつこく尋ねてくる。宮城さんも面倒そうに溜め息を吐いている。ここは私が動くべきだろう。
「ごめん岩室さん、彼女はあんまり男の人が得意じゃないみたいだから。距離をおいてあげて?」
岩室弥彦を押し留めて説得するも、どうも納得というか理解ができていないような顔をしている。
「大丈夫だって! しばらく接していればそのうち慣れてくるからさ!」
「えぇ……」
まったく考えを改める様子が無い岩室弥彦だったけど、ふと動きが止まった。みるみるうちに顔が青ざめていく。
「だめだよーヤヒコ君。女の子を困らせちゃ」
いつの間にかトモちゃんが彼の背後に忍び寄り、あの謎の腕が彼の身体中を掴んで拘束していた。
「ご、ごめんなさい……」
振り絞るようにどうにかそう言った岩室弥彦に満足したのか、謎の腕の拘束は解かれ、トモちゃんはにっこり笑ってあの男性と話しに戻って行ってしまった。
「あぁー……怖かった……。あの人、たまにすげーオーラ放ってくるんだよな……」
やっぱり、こいつにも見えていないのか。
「岩室さんだっけ。あなたじゃ宮城さんとはまともに付き合えないよ」
そう言い捨て、まだ呆然としている岩室弥彦を置いて宮城さんを探しに行くことにした。

0
0

視えるモノ その②

「宮城さん、もしかして、何か見えているんですか?」
トモちゃんだけに驚いたとは思えない動揺の仕方。宮城さんの能力から考えるに、そういうことなんじゃないか。そう思って尋ねてみた。
「はい、あの、そこの扉、あるじゃないですか」
宮城さんは部屋の扉を指しながら言った。
「はい。それが何か……」
「あの扉の外に向いてる方。その全面を、人の身体のパーツっぽいものが覆っているように、私には見えてるんです」
そういえば、彼女が自分で扉を開けているところをこれまで一度も見たことが無い。
「パーツっていうと、それはつまり……?」
「……どちらかというと、内側に隠された部分がメインですね」
それはつまり、臓も……いや、やめておこう。
「うえぇ……そりゃ、扉にぶつかった時にあんな反応にもなりますね……」
「はい……。宮嵜さんには見えてないんですか?」
「残念ながら……」
「ふーむ……。これは、宮嵜さんの能力を考察する手掛かりになりそうですね。とりあえず、扉開けてくれませんか? 今お話しした通り、私にはちょっとできないので」
宮城さんの話を聞いたばかりだと気が引けるけれど、私には見えていないし、見えないなら存在しないも同じだろう。現に他の人は普通にこの扉を開閉している。何より、このままでは宮城さんが困ったままになってしまう。
扉を開けて、宮城さんが中に入るのを待ち、自分も部屋の中に入って、扉を閉めた。

0

視えるモノ その①

あの化け物との遭遇事件から1週間後。期末テストのせいでしばらく能力者の皆さん、そして宮城さんにしばらく会えなかったけれど、久しぶりにこの溜まり場に来ることができた。
「……ん、どうも、宮嵜さん。お久しぶりです」
「ん、お久しぶりです、宮城さん」
久しぶりに出会う宮城さんは、以前と変わり無い雰囲気で安心できた。
「そうだ、聞いてくださいよ宮城さん。1週間前、一緒に帰ったでしょう?」
「はい、そうですね」
「別れた後、変な化け物に会ったんですよ。怖かったです……」
「化け物? どんなのですか?」
あの後、記憶を頼りに描いたスケッチを鞄から取り出し、宮城さんに見せた。
「何度か夢に見たくらい、強烈な出来事でしたよ……」
「どれ……うっ」
絵を見た宮城さんは、短く呻いて顔を顰めた。そうしたくなる気持ちはよく分かる。かなり気持ち悪い姿の化け物だったし。
「こんなの見たことも聞いたことも無いですよ……」
「私だってあの時が初見でしたよ」
「あれ、二人とも中に入らないの?」
突然、トモちゃんが会話に割り込んできた。彼女は私たちのすぐ背後まで音も無く近付いてきていて、それはつまりあの謎の腕たちも目の前まで迫っていたということで、それが見える私と宮城さんは驚いて飛び退き、扉に勢い良くぶつかってしまった。
宮城さんはそれで更に悲鳴を上げ、私の腕を掴んでその場に倒れ込んでしまった。私も巻き込まれて彼女に覆い被さるように膝をつく。
「わぁ、驚かせちゃったみたいでごめん。でも、そんなに驚くところだったかなー……」
「い、いえ、突然だったもので……」
私はどうにか答えて立ち上がろうとしたけれど、宮城さんにすごい力で引き留められて動けない。
「宮城さん、放してくださーい」
彼女は無言で首を振り、まったく手を放そうとしてくれない上に、力はどんどん強くなっている。
「手ぇ貸そうか?」
トモちゃんが提案してくれたけど、丁重に断っておく。彼女に近付かれるのは、今の宮城さんにとってはきついだろう。
「私が落ち着かせるので、どうぞお気になさらず」
「そぉ? それじゃ、またね」
トモちゃんが部屋に入って行ったところで、ようやく宮城さんは落ち着いてきて、手も放してくれた。
「宮城さん、落ち着きましたか?」
「は、はい。ご迷惑をおかけしました……」

0

黄昏時の怪異 その⑤

分かれ道に差し掛かる。選んだのは、奥にアパートがある左の道。アパートの2階への階段を駆け上がり、元来た方へ振り返る。
気配の正体はアパートのすぐ前まで迫っていた。濃紺のがさがさした毛皮、身体中についた縦長の瞳を持った眼球、人間のそれを思わせる数対の腕、道路の幅いっぱいに詰まるほどの巨体を持った、見るからにこの世のものでは無い化け物が、全ての眼を私に向けていた。
(……あんな大きな化け物だったのか……。最悪、ここで何とか躱せないかと思ったけど、あいつの大きさ的に無理かな……)
化け物はアパートの前で立ち止まって、私の方をじっと見ている。あんな執拗に追いかけてきた割に、意外と敵意が無いのか?
そう思っていたら、突然化け物が腕を何対かこっちに伸ばしてきた。2階の廊下を走り抜けて回避したけれど、行き止まりでこれ以上逃げられない。さあ、覚悟を決めろ。
「……よし、来いっ」
化け物が残りの腕もこっちに伸ばしてきた。タイミングを合わせて廊下の手すりを乗り越え、化け物の背中に飛び降りる。化け物の背中は意外と弾力があったとかそういうのは良いとして、何となく気持ち悪かったので目玉を避けて背中を飛び降り、家の方に逃げた。あの身体の大きさならすぐに追っては来られないだろう。
家の前では相変わらず黒い人影が待ち伏せていたので、素通りして入り組んだ住宅地に繰り出した。狭い道の多いこの辺なら、あの化け物は上手く追っては来られないだろう。
そう思っていると、またオバケに会った時の感覚が全身に走った。びくっとして周囲を見回したけれど、周りに嫌な気配は何も無い。
「……あれ、もう終わり……?」
恐る恐る家に引き返してみたけど、何もいない。
「何だったんだろ……」
とりあえず、さっきあったことは忘れて家に入った。何も起きない。やっぱり家はリラックスできる場所じゃ無きゃ。

0

黄昏時の怪異 その④

家の近くまで千葉さん達に送ってもらい、二人と別れた。家までは50mも無いとはいえ、さっきまで3人だったということもあって少し寂しい感じがする。
ふと、背筋に寒気が走って背後を振り返った。別れてから数秒しか経ってないはずなのに、あの二人の姿はもう見えない。どこかの角を曲がって建物の陰に隠れてしまったのか?
何となく嫌な感じがする。昨夜、宮城モドキを見つけた時に似た感じだ。あの時はオバケの存在を認識していなかったからほとんど自覚も無かったけれど、多分この感覚は、オバケに出会った時の感覚なんだろう。
こういう時って、家に逃げ込んで良いものなんだろうか。オバケを家に連れ込むことになったりしたらマズいかもしれない。けれど、他に良い逃げ場が思いつかない。幸いにも、家まではすぐだ。走れば5秒かそこらで着くはずだ。
覚悟を決めて、自宅に向けて駆け出す。それと同時に、周りの空気が変わった。確かに何かが背後にいて、追いかけてきているというのが分かる。それだけじゃない、今いる位置と家までの短い距離にも、何かが潜んでいるのが分かる。何か嫌なものが隠れているっていうのが『見える』んだ。これが霊感なのか。
自分より前にある嫌なものは回避して、とにかく走る。背後の気配は少しずつ近付いてきている。私より足が速いみたいだ。
(けど……この距離なら、私の方がぎりぎり速い!)
家の敷地に飛び込もうとして、咄嗟に足を止め、通りを再び走り出す。
「ひ、卑怯だ……! 待ち伏せなんて……!」
家の扉の前に、真っ黒な人影が立って待ち構えているのが見えたんだ。けど、現状何よりの問題は、ここから先は2本の道に分かれていて、その両方が割とすぐ行き止まりになっているってことだ。
(どっちの方が長かったっけ……、いや、どちらにしろ追い詰められるのは目に見えてるし、それを考えても仕方ない。どうしよう……)
とりあえず、それぞれの道の奥にあるものを思い出してみる。右の道はたしか、一軒家が4軒か5軒。左の道は、たしか古いアパートが1棟あったはず。
(……もしかして、あっちなら)

0

黄昏時の怪異 その③

「そろそろ門限なので帰ります」
5時を少し過ぎた頃、宮城さんはそう言って帰り支度を始めた。せっかくなので私も一緒に帰ることに。どうやら千葉さんも同行してくれるようだった。
「それでは行きますか、宮嵜さん、茨城さん」
「はーい」
「千葉なんだけどなぁ……」
軽い世間話をしながら、帰途につく。そんな中、ふと思い出して千葉さんに訊いてみた。
「千葉さん、あの溜まり場、どんな風に見えてますか? 私たち二人の眼はちょっと頼りにならなくて……」
「どういうこと? まあ……家具らしき家具が全く無いことについては、ちょっと気になるよね。テーブルや収納やベッドすら無いんだもの。どうやって生きてるんだろ」
「そんなひどかったんですか」
そう宮城さんが反応する。私としては、見えているものの数倍良い状況だったから特に反応することでも無かったけれど。しかし、たしかに家具が全く無いというのは気になる。
「えーっと、どうも不思議な反応だけど、ミヤシロさんにはどんな風に見えていたんだい?」
「本棚とかテーブルとかソファとか、普通におしゃれな部屋だなー、って感じの部屋でしたね」
「霊感があるとそんな風に見えるんだ……」
「ちなみに、宮嵜さんからは廃墟みたいなボロボロの風景が見えているようです」
「それはつまり、どういうこと……?」
千葉さんは首を捻っているけれど、私にもよく分かっていないんだから説明のしようが無い。
「ちょっとよく分からないですねー」
「そうなのか……」
歩いているうちに、昨夜あのオバケから隠れるときにお世話になったお家の近くを通りかかった。
「……うげぇ、この家、すごいことになってますね」
宮城さんがそう呟いた。
「え、何が見えてるんですか」
「庭は何かに守られてるんじゃないかってくらい何もいないのに、家の方は何かに呪われてるのかってくらい大量のものすごいモノに引っ付かれてるんですよ」
庭だけが正常っていうのは、もしかしてあの柴犬のおかげなんだろうか。それより、すぐ近くにそんなものがいるところに隠れていたのかと思い返すと、全身に鳥肌が立った。今後は深夜に出かけるのは控えた方が良いかもしれない。

0

黄昏時の怪異 その②

「千葉さんもやっぱり、その、能力者ってやつなんですか?」
「うん、まあそうだけども」
千葉さんはそう言って、肩掛け鞄からボール状のものを取り出した。
「それは?」
「大きい鈴だよ。触ってみる?」
そう言われて差し出された鈴を受け取る。両手にすっぽり収まるくらいの、そこそこのサイズの鈴だ。振ってみると、からからちりちりと鳴る。
「はい、大きい鈴でした」
「うん」
滅多に見ないものではあるけれど、長いこと遊んでいられるようなものでも無かったので、すぐ千葉さんに返すことにした。
「さて……僕の能力ってやつを簡単に説明すると、まあこういうことになる」
千葉さんはその鈴を右手で軽く放り投げ、左手でキャッチした。
「……? 何かおかしなことでもありましたか?」
「あれ、気付かなかったか……。それじゃあ、これなら分かりやすいかな」
千葉さんはそう言いながら、鈴を顔の辺りの高さで振ってみせた。
「……あ、音が鳴ってない!」
「正解。まあ言ってしまえば、『音を立てない能力』だ。ちなみに、この鈴ちょっと面白くてね、鳴り物の代わりに小さな鈴が中に入ってるんだ」
「へー」
不思議な鳴り方をするとは思ったけど、そういうことだったのか。
「まあ、こんな一発芸程度にしか使えないつまらない能力だけどね。よろしく」
「そんな、謙遜じゃないですか。よろしくお願いします」

0

黄昏時の怪異 その①

学校からの帰り、あの男性のアパートに立ち寄り、宮城さんはいないかと探してみた。宮城さんは今日もあの部屋の前に立っていた。
「あ、どうも宮嵜さん」
「どうも宮城さん」
この人はどうも、毎度私が挨拶する前に私の気配に気づいているらしい。
「ああ、そういえば宮城さん」
「はいはい何でしょう」
「昨日の夜中……いや、1時くらいだから今日なのか。宮城さんの姿のオバケみたいなものに会ったんですよ」
「何それ怖い。私は良い子なので、毎日夜11時には寝てますよ。昨日も例外ではありません」
「じゃあ、あれはマジでオバケだったのか……田んぼに引きずり込まれそうになったもの」
「生きてて良かったですね……。私もお友達には生きていてほしいです」
恐怖体験はあったけれど、そんなことより彼女からはっきりと「お友達」と言ってもらえたのが嬉しかった。これなら、たまにオバケと遭遇するのも悪くないと考えてしまうのは、流石に危険すぎるか。考え直せ、私。
「……なんでお前らは、何をするでも無く扉の前に屯してるんだ」
あの男性が部屋から出てきて、私たちと鉢合わせざまそう言ってきた。
「ちょうどいい場所で出会ったので、立ち話してました」
宮城さんが答える。
「そうか。まあ好きにしろ」
「はいはいお邪魔します」
2人の後に続いて、私も部屋に入る。部屋の中は相変わらず廃墟にしか見えなかったけれど、今日は知らない顔がいた。私や宮城さんより少し年上くらいの男の人。宮城さんが話しに行っているってことは、話しても大丈夫な人なんだろう。
「宮城さん、その人は?」
宮城さんに近付いて行って、そう尋ねる。
「え、そんな名前だったの?」
青年がびっくりしたように反応した。
「あ、はい。申し遅れてましたね。ミヤシロといいます」
「ああ、うん……」
「そうそう、この人が誰かでしたっけ」
突然、宮城さんの会話の対象が青年から私に移った。
「あ、はい」
「えっと、この人は……茨城さん?」
「千葉です」
青年、千葉さんは食い気味に訂正してきた。
「そうそう千葉さん。昔から千葉と茨城ってごっちゃになっちゃうんですよね」
「地名じゃなくて人名なんだよなぁ……」

0

夜は彼らの時間 その②

とりあえず、まずは元来た道を全速力で引き返し、逃げ回りやすい大きな通りに出る。人の多い時間帯なら人ごみに紛れて逃げられたんだけれど、時間が時間だから仕方がない。
宮城モドキはゾンビめいた雰囲気とは裏腹に、結構なスピードで追いかけてきている。
また腕を伸ばしてくるかもしれないので、十分な距離を保つように注意しつつ、向こうを撒けることを期待して何度か脇道に入って逃げ続けているけれど、奴はどうやってこっちの位置を捕捉しているのか、確実に追いかけてきている。
向こうの足が速すぎたのもあって、逃げ回り続けるうちにすぐに息が上がってきてしまった。このまま逃げ続けてもすぐに追いつかれるだろう。
(……ちょっと行儀が悪いけど、仕方ない)
目についた家の塀を乗り越え、庭に隠れさせてもらう。庭いじりに積極的なお家なのか、隠れるのに丁度良い低木や岩がそこら中にあるのが助かる。
べちゃべちゃという奴の足音が隠れている家の前を通り過ぎ、数秒後、引き返してきた。
枝の陰から覗いてみると、家の門の前で私のいる方をじっと見ている。思わず一歩下がると、足元にあった枝を踏んでしまったようで、ぱきっ、という乾いた音が短く響いた。
マズい、と思う間もなく、奴が泥だらけの両腕をこちらに伸ばしてきた。
私まであと50㎝も無いところまで腕が伸びてきたその時だった。私のすぐ背後で、太く低い獣の鳴き声が聞こえた。私が肩を跳ねさせるのと同じように腕もぴたりと動きを止め、腕を引っ込めて元来た方向に立ち去って行った。
改めて背後を確認すると、赤い首輪を首に巻いた柴犬が、私を見上げていた。あの鳴き声が出せるとはとても思えないけれど……。
「……あ、ありがとう、ございます……」
どうにか柴犬にそれだけ言うと、柴犬は誇らしげに鼻を鳴らし、3mほど離れた犬小屋に引き返していった。柴犬が振り向く瞬間、何か大きな獣の姿が重なったような気がした。

0

夜は彼らの時間 その①

現在午前1時。親はすっかり熟睡中。ここからは私の時間だ。
いつも通りこっそりと家を抜け出し、真夜中の街に繰り出す。歩道には人っ子一人いないし、車道には自動車の一台も走っていない。この街に自分しかいないような錯覚。これが楽しいから、深夜徘徊はやめられない。
「……あれ?」
夜風の冷たさに思わず身を縮こまらせ、再び顔を上げると、少し離れた十字路を見覚えのある人影が曲がるのが目に入った。
(あれは……宮城さん?)
霊感があるらしいし、よく知らないけれど夜の方が良くないものが出やすそうだし、わざわざこんな夜中に外にいるなんて、何かあったんだろうか。
彼女を追って、彼女が入って行った道に入ってみる。50mくらい向こうの小路に、誰かが入って行くのがぎりぎり視界に入った。更に追う。そこは10mくらい入ると田んぼが広がる行き止まりだった。横道の類も見られない。まさか田んぼに落ちた?
遠くの街灯くらいしか明かりが無い、かなり暗い中だけれど、目を凝らして田んぼに近付く。観察していると、まだ若い稲の隙間に何かが動いた気がした。
「宮城さん?」
そちらに注意を向けたけれど、ふと嫌な感じがして数歩下がる。その直後、人間のものとは思えないほど長い泥だらけの腕が、直前まで私のいた空間に掴みかかって来た。腕はそのまま空を切り、その持ち主がゆらりと田んぼの中から現れた。
外見は泥水を頭から被った宮城さんそのものだけれど、明らかに人間とは思えない嫌な雰囲気を醸している。
(もしかして、宮城さんはこんな奴らをこれまで相手していたのかな……。そりゃあ『下手すりゃ死ぬ』なんて言うわけだ)
身体は恐怖で上手く動かないけれど、頭は冷静にそんなことを考えている。目の前の『何か』が宮城さんの姿をしているのも影響しているんだろうか。
一度深呼吸して、手を何度か握ったり開いたりする。大丈夫。落ち着いたら身体はどうにか動くようになってきた。
戦う術なんかあるわけが無い。今はとにかく逃げて、この場を凌ごう。

0

見える人々 その④

宮城さんは門限があるからと帰ってしまった。私もそろそろ帰った方が良いだろうか。別にまた夜遅くになってから出掛ければ良いわけだし。
「それじゃあ今日のところは失礼します」
「うん、バイバイ。また夜にねー」
私の考えを見透かしたかのようなトモちゃんの言葉にびくっとしつつも部屋を出た。
相変わらず、このフロアは不気味な廃墟にしか見えない。階段まで向かうと、宮城さんがいた。
「あれ、宮城さん」
「ども、宮嵜さん。帰りご一緒させてください」
「あっはい」
彼女の家の方向が分からないから一緒に行って良いものか分からなかったけれども、それで良いと言うのならまあ良いのだろう。特に何か話すでも無く並んで歩き始める。
「……多分なんですが」
10分ほど無言で歩いて、周囲の人気が無い場所に入った辺りで、突然宮城さんが話し始めた。
「宮嵜さんの能力も、私のと似たようなものだと思うんですよね」
「あー、霊感みたいな」
「そうそう、霊感みたいな」
「でも、微妙に違う感じではあるっぽいんすよ。何て表現すればいいのかは分かりませんけど……」
「ふーむ……。こういうのは、場数を踏んで法則性を見つけてくのが一番なんですが……」
「場数を踏んで良いものなのか、かー……」
なるほど、悪霊の類と何度も出会うことになっても良くないだろう。
「そう。下手すりゃ死にます」
「えっ」
「私はこれまでに数度、結構な目に遭いました」
「わぁ」
「まあ幸いにも、宮嵜さんには私という推定そっくりさんがいますから。いつでも何でも話してください」
宮嵜さんは得意げにそう言ってくれた。
「そうですね、何かあったら頼らせてもらいます」
だから私も、そう答えた。

0

見える人々その③

そういえば、私にはこの部屋がずたぼろの廃墟に見えているけれど、他の人にはどう見えているんだろうか。
「宮城さん宮城さん」
「何でしょう」
「この部屋の中、どんな風に見えてます?」
そう訊くと、宮城さんは少し考えてから、こう言ってきた。
「……そうですね。その場から前に2歩、左に3歩、少し大股で歩いてください」
何が言いたいのか分からないが、とりあえず言う通りにしてみる。
「言う通りの場所に来たけれど……?」
「はい。私の眼には今、宮嵜さんがローテーブルと重なって見えてます」
「……? それはどういう……」
「私の能力は、所謂『霊感』なんです。もっと正確に言うと、『見えてはいけないものが見えてしまう』、そういう能力なんです。まあ、家具の霊というべきか、部屋の記憶というべきか、そういうものが見えてるんでしょう」
「…………え、それ、私大丈夫?」
「今大丈夫なら大丈夫なんじゃ無いんですか? ヤバいものだろうと、そういうのは大体、認識できているかが問題なんですから」
「あっはい」
あと、今話を聞けるのはあの男性とトモちゃんくらいだけど、トモちゃんの周りでは相変わらず変な腕がうぞうぞしていて近付きたくない。
「あー、トモちゃんだぁー」
昨日のあの少女が突然部屋に入ってきた。トモちゃんに体当たりするように駆け寄り、また高い高いされている。
選択肢は増えたものの、実質増えていないので仕方なく、あの男性に訊こうとしてみると、いつの間にか部屋の壁際に誰かが立っているのが目に入った。せっかくだし、家主じゃないあの人に訊いてみることにしよう。
「あの、すみま」
「ストップ」
宮城さんに強く肩を掴まれ、思わず口を噤む。咄嗟に動けないでいる私の横を通り過ぎ、宮城さんはその人の目の前で振り返り、壁に寄りかかった。宮城さんとその人の身体が重なるのを見て、ようやく理解できた。
「あー……」
宮城さんはサムズアップをこちらに示し、私の横に戻ってきた。
「どうですか?」
宮城さんが訊いてくる。多分奴の事だろう。
「さあ……もういませんね」
「そうでしたか。それなら良かったです。私に見えるってことは、そこまで良いものじゃ無かったんでしょうから」

0

見える人々 その②

中に入ってみたものの、やっぱり廃墟にしか見えない。そして、部屋の真ん中ではトモちゃんがすやすやと寝息を立てていた。
「なんで居んだよ……」
男性が溜め息を吐き、トモちゃんの脇腹を軽く蹴って起こした。トモちゃんが身体を起こすと同時に、あの不気味な腕がぞろぞろと彼女の周囲に揺らめき始める。
「……あの、あれ、見えます?」
少女にそっと尋ねてみた。少女は一瞬驚いたようだったけれど、すぐ囁き返してきた。
「……もしかして、あのもやもやが見えるんですか?」
もやもや? こちらからははっきりと青白い腕たちが見えているだけなんだが、どういうことなのだろう。
「えっと……見えている形は違うっぽいけど、多分見えてます」
とりあえずそう答えておく。
「ふむ? よく分かりませんが、とりあえず仲間がいるっぽくて安心しました」
「こちらこそ」
少女と握手を交わす。
「……そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はミヤシロといいます。都道府県のミヤギと同じ字です」
手を離した後、少女―宮城さんは思い出したようにそう名乗った。
「宮城さんね。私はミヤザキです。サキは山が冠になってるやつ」
「宮嵜さんね。よろしくお願いします」
ふたたび握手。一瞬視界にノイズが走った気がしたけれど、多分気のせいだ。せっかく友達ができたのに変なことに気を取られたくない。

0

見える人々 その①

前回から翌日。今日の冒険は久々に深夜徘徊じゃない。午後5時頃、まだまだ周りは明るいけれど、適当な言い訳をして家を出て、昨日の廃墟を目指す。
といっても、廃墟って言い方はちょっと正確じゃない。あの男性にさらわれた地点から30mくらいの場所にある古い3階建てのアパート。あんなにひどい状態だったのは、あの部屋のあった3階の1フロアだけだったんだから。
そういえば、あの場にいた人々のうち、誰の本名も知らないな。今どきはみんな個人情報を隠して生きているんだろうか。何かと物騒な世の中とはいえ、寂しいものだ。
階段を駆け上がると昨日出た部屋の前に、中学生くらいの子供が立っていた。見覚えの無い顔だ。もしかして、彼女が例の……。
「はじめまして、新入りの人ですか」
「うぇ、あ、はい、どうも」
突然声をかけられて、変な声が出てしまった。
「はいどうも。ベルを押したんですけど、誰も出てこなくて……」
「え、ここ電気通ってるんすか」
「はい。普通に電気もガスも水道も通ってますよ」
「どう見ても廃墟なのに?」
「どこがです?」
どうにも話が嚙み合わない。
「あん、流石に学校組は来るのが早いな」
いつの間にか、昨日のあの男性が、中身の詰まった重そうなエコバッグ片手にすぐそこに立っていた。
「こんにちは、早く開けてください」
こちらの少女はだいぶ慣れた様子だ。
「待ってろ、今片手が塞がってるからやりにくいんだ……」
男性はしばらく片手でポケットを探り、やっと鍵を取り出した。
「あの、ここって……」
男性に尋ねようとして、名前が分からないのでどう呼べばよいか分からないことに気付いた。けど、男性は私の求めている答えをくれた。
「ん、俺の家だが。まあ、ほとんど能力者の溜まり場状態だがな」
「こんなところに住んでるんですか……」
「え、変なところあるか? 家具が無いことについて言ってんなら、それはただ買い揃えるのが面倒だっただけだぞ」
やっぱり話が噛み合わない。

0

能力者夜を往く その④

(……ん?)
ふと覚えた小さな違和感。トモちゃんは少女を高く掲げ、そのまま握手を求めてきている。いくら何でも、女の子の力で少女一人を支えることなんてできるんだろうか。持ち上げられている方の少女に目を向けると、確かに2本の腕でしっかりと腰の辺りを支えられている。
(…………んん?)
差し出された手の方に視線を戻すと、自然と彼女が片手を腰に当てているのが目に入った。
「……ッ⁉」
違和感の正体がようやく理解できた。寧ろ何故今まで気付かなかったのか。腕が多すぎるんだ。
トモちゃんは、突然飛び退いた自分のことが良く理解できていないかのように首を傾げている。まさか、これが『能力』ってやつか?
「えー……っと、トモちゃん……さん……?」
「はいはいトモちゃんです」
「トモちゃん、も……その、能力者……だったり……?」
「うん、そうだねえ。私はねぇ、同士のことが分かるんだ」
どうもおかしい。てっきり、腕のことについて何か言及されると思っていたのに。
「あーっと、つまり?」
「簡単に言うとねえ、能力者がちょっと光って見える」
「それじゃあ、その腕は?」
「うで?」
トモちゃんは自分の両腕をしばらく見つめ、ようやく思い出したように少女を自分の腕で支え直し、床に下ろした。
「で、腕って何のこと? 私の腕、別に変な形してないと思うんだけど……」
「いやいや、今あからさまに起きていた怪奇現象の話なんですが……」
「?」
何故理解してくれないのか。
「……あ、でも」
何かを思い出したようだ。
「君みたいな反応をした子が、もう一人いたなぁ。もうちょっと怖がってたけど」
どうやら、おかしいと思ったのは自分だけでは無いらしい。
「その人は?」
「んー、あの子は夜が好きじゃないからなァ。夕方にでもここに来れば、あるいは会えるかも?」
「そうなんすか……」
とりあえず、その人と会った方が良いだろう。トモちゃんの周りでゆらゆらしている正体不明の腕をいつまでも放置しているのは不気味でならない。少しでもヒントが欲しい。

0

能力者夜を往く その③

あの少女も言っていたけれど、能力ってのは何の漫画の話だろう? しかし、今起きた現象なんかを考えると、その『能力』ってのはやっぱり実在すると考えるしか無いんだろう。
「それで、お前も同類だから、せっかくだから顔合わせしてやろうってことになったわけだ」
少女が話を続けた。
「はぁ……。……同類?」
私も能力とやらを持っているとでも言いたいのだろうか。
「そう、同類。トモちゃんが言ってたんだから間違い無い」
またトモちゃんなる名前が出てきた。
「そのトモちゃんって、誰?」
「わたしわたし、私がトモちゃんだよー」
明るくて軽い感じの女声が、割れた窓の方から聞こえてきた。
「…………⁉」
あの男の人が、ひどく驚いたような表情をしている。
「……ここ、3階なんだが……」
「うん、そうだね」
「そうだね、じゃねんだ。どうすりゃ窓から入って来れるんだ」
「え……こう、上手いこと、よじ登ってきた」
「わぁい、トモちゃん」
少女はそう言って『トモちゃん』に駆け寄り、高い高いをされてはしゃいでいた。
「あー、そんなことより、ちゃんと連れてきたんだねえ」
『トモちゃん』はあの少女を持ち上げたまま、こっちを見てにこにこしながらそう言ってきた。
「はじめまして、私のことはトモちゃんって呼んでくれていいよ。みんなにもそう呼ばせてるし」
「あ、はい。どうも……」
トモちゃんは飽くまでにこやかなのだが、何故か恐ろし気な雰囲気を醸していた。どうにも気後れして、握手しようとしたのか差し出された手を握り返すことはできなかった。

0

能力者夜を往く その②

今気付いたけれど、彼女が持っていたのは馬鹿でかいノコギリだったらしい。刃を折りたたんでいるとはいえ、こんなもので殴るなんて、まともとは思えない。そして、そこそこ重そうなそのノコギリをあんな風にぴたっと止める筋力がこの少女にあったことも信じられない。
「……着いた」
土手をしばらく下流方向に進んでいると、不意に少女がそう呟いた。しかし、目的地らしき場所はどこにも見当たらない。
「着いたってどこに……」
その時、空中の何もない場所から、人間の腕が2本伸びてきた。反応する前にその腕は私たち2人の首根っこを掴み、どこかへ引きずり込んでしまった。
数秒視界が暗転した後、次の瞬間には、見慣れない屋内空間にいた。屋内空間と言っても、窓ガラスと天井の蛍光灯は一つ残らず割れているし、壁紙は剥がれていて、至る所に瓦礫とゴミが転がっている。建物というよりは廃墟って感じだ。
「ここは……」
突然のことで記憶が少し混濁していたけど、謎の腕に掴まれてどこかに引きずり込まれたことを思い出し、あの時掴まれた首の後ろに手をやる。謎の腕はまだ、自分たち2人を掴んだままだった。
「あっとすまない。今離す」
そう言って手を放してくれた謎の腕の主は、声の感じからして男性なんだろう。振り返って顔を合わせてみると、そこにはやけに背の高い男性がいた。いや、自分の身長と比べてみると、175㎝くらいだろうか。さっきまで見ていた少女の背丈がいやに低かったから、目が慣れていないんだろう。
「突然こんなところに連れ込んでしまってすまんね。俺の能力はちょっと特殊だからな」
「はぁ……」

1

能力者夜を往く

私は夜が好きだ。夜という時間帯の持つ、暗くて不気味で、それでいて神秘的な雰囲気が大好きだ。
どれくらい好きかというと、親が眠った頃を見計らって、夜な夜な家を抜け出しては人気の無い街をぶらぶらするくらいには。
いつもは誰もいない静かな街を、独り静かに楽しむだけなんだけど、今日は違った。
久しぶりに川の方に行ってみると、土手に立ってぼーっとしている人影があった。夜闇に溶け込むような、黒一色の不審者スタイル。けど、背はかなり低い。私みたいな非行少女、あるいは少年か?
向こうの死角に黙って立っていたはずなのに、向こうはすぐにこっちに気付いたらしく、こちらに振り向いてきた。お互い何か口に出すことも無く、黙ったまましばらくにらみ合う。
しばらく見ていて気付いたんだけれど、向こうは何か棒状のものを持っていた。それが何かは暗すぎて分からなかったけれど。
体感的に10分くらい経っただろうか。その間、こっちも向こうも全く動かなかったのに、突然向こうが動いた。というより消えた。気付いた時にはすぐ近くまで迫っており、持っていた棒状の何かで殴りかかって来た。どうにか躱せはしたけれど、バランスを崩してその場に倒れ込んでしまった。そこに容赦なく追撃が入ったけれど、それが肩に直撃する寸前で、その攻撃はぴたっと止まった。慣性はどこに捨ててしまったの、って感じの動きだった。
「……情けないな。本当に能力者?」
「……はい?」
声質的にどうやら女の子らしいその子の口から、変な言葉が飛び出してきた。
「え、だってお前だろ? 左目の下の泣き黒子に、肩まである茶髪。体型はどちらかというと痩せているかなってくらいの標準体型。身長は160無いくらい。特徴は全部合ってると思うけど……」
「いや、何の特徴?」
「トモちゃんが言ってた、新しい仲間の特徴」
トモちゃん。知らない名前が出てきた。
「まあ良いや。ここで出会えたのも縁だ。ついて来て」
彼女の有無を言わさぬ態度に流され、ついて行くことにした。

0

不審者騒動 その①

結局、昨日はわざわざうちと反対方向にある友人の家まで、奴を送ってやることになってしまった。これはそれなりの返礼を期待しても罰は当たらないだろう。
そんなことより、今日は週に2度しか無い部活の日だ。気持ちを切り替えていこう。
そう思っていたのに、今日の部活は無くなってしまった。どうやら学校の近くに不審者が出るようになったから、遅くまで学校にいないでさっさと帰れって話らしい。
「まったく、ひでえ話だよなァ? 毎日部活がある運動部の連中なんかは喜んでたけどよー」
俺と同じ部活の友人も文句を言っている。
「お前なら、別に学校にいられるんじゃねーの?」
「いたところで部活そのものが無いんじゃ無意味だろ」
「それもそうだ」
校門前で友人と別れ、一人家路についた。学校で不審者の話なんぞ聞いたものだから、どうしてもビビる気持ちが心の隅にある。
近道をしよう。そう思い、大通りを出て時間の無い時によく使っている細い道に入った。
そして、離れた場所に立つ人影を見つけてしまった。
黒いパーカー、青いキャップ帽、使い捨てマスクで顔はよく見えないが、俺より少し背が高いくらいの、多分男。その風貌が既に不審者だと物語っている。学校を早上がりにさせられるほどの不審者が俺の前に現れた。その事実が、俺を一気に恐怖のどん底に突き落とした。

0

異端児たちの集う夜

ある夜のこと、巧妙に隠された恋心を、想い合う想い人が暴いた。
ある夜のこと、響いた歌声は、世界を物理的に震わせた。
ある夜のこと、その眼は良いも悪いも記録した。
ある夜のこと、彼女は辛いにも幸いにも寄り添った。
ある夜のこと、異能を切欠に思想と自由が論じられた。
ある夜のこと、己の才を知らぬ絵描きは、ただ只管に描き続けた。
詩にも文にも満たない想像力の欠片の中で尚、彼らはきっと、今夜も異能を振るい続けるのだろう。何のためでも無しに、それが彼らの一部なのだから。
『常人』を外れた異端の異能者たちは今夜も、人外の領域、黄昏の更に先でただ集う、と、良いな。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そういうわけで、先月いっぱいまで開いていたちょっとした企画『異端児たち』には、それなりの方々に参加いただけました。よく知る名前の人も居て、大変嬉しゅうございました。
ちなみに先月のうちにこれが書けなかったのは、単に気付いたら日付が変わっていたってだけの話なのです。
素敵な文章を書いてくださった皆さんも、広義にいうところの「異能者」と呼んで良いんじゃないですかね。どうぞ誇りに思ってもろて。

0

雨の日の躱し方

ある日、学校から帰ろうとして窓の外を見ると、いつの間にか結構な勢いで雨が降り始めていた。
「うわマジか。いや天気予報をまるで見ない俺が悪いんだけどさ。今日傘なんか持ってきてねえよ」
背後から声がした。明らかに自分に向けられたこの声は、つまりそういうことなんだろう。
「言っとくが、俺も傘持ってきてないよ? 持ってきてたとして誰が野郎二人で相合傘したがるってんだよ」
振り返りながら答える。背後に立っていたのは、やはり俺の友人だった。
「そう言うなよォ、お前なんか傘持ってようと持っていまいと実質持ってるのと同じだろうがよー」
馴れ馴れしく肩を組もうとしてくる友人を躱し、とりあえず昇降口に向かう。
「ヘイどうした、まさか他の奴の傘を盗もうってんじゃ無いだろうな?」
やや鬱陶しく絡んでくる友人をスルーして、外履きに履き替える。友人も靴を履き替え、完全に傘をたかる気だ。
「いや、流石に人のもの盗もうとは思わねーよ」
「ならどうすんだ?」
「分かってんだろ?」
顔を合わせてニタっと笑う。
昇降口の周りには、奇跡的に誰もいない。
「さあさ頼んますぜ大せんせー」
おどけてそう言う友人を無視して、一度深呼吸して集中する。
「来い、穢傘・儚月」
「来たぁーッ、最高に厨二な召喚シーン!」
「うっせ」
揶揄う友人をいなしていると、空から汚れたビニール傘が降ってきた。65㎝という少し大きめの直径、プラスチック製の柔らかい骨、先端の部分についた土埃の汚れ。間違いなく俺が普段使っているものだ。
聖剣よろしく地面に突き立ったそれを引き抜き、普通に差して雨の中に出ていく。友人もいつの間にか隣に入って来てたけど、入ってきたものはもう仕方が無いか。

0

大道芸

学校からの帰り、道端に道化師が立っていた。正確には、道化師の格好をした大道芸人、だろうか。
4つか5つのボールでジャグリングをしているが、道行く人は誰一人として興味を持っていない。
ジャグリングを止めた大道芸人だったが、一瞬私と目が合った。大道芸人は目の前の地面に置いていた帽子にボールを仕舞い、代わりに風船と空気入れを取り出した。風船を素早く膨らませ、犬のバルーンアートをあっという間に完成させてしまう。彼が放り投げた風船の犬は、ふわふわと風に乗って私の手元に飛んできた。
風船の犬から大道芸人に目を離すと、大道芸人は帽子の中を探っていた。次は何が飛び出すのだろう。そう思っていると、今度は白い鳩が飛び出した。彼はその鳩を腕に留まらせ、軽く撫でてから空に放ってしまった。
鳩を跳ね上げるように振り上げた腕を下ろすと、その手の中には、いつの間にか一輪のバラが。数度揺らすと、バラの花はさまざまな種類の花を寄せ集めた、少し不格好な花束に変わってしまった。
それからも彼は、数多の手品や芸を披露し続けた。たった一人、私という観客のためだけに。もうすぐ日も沈もうかという頃、彼は全ての手札を見せ切ったらしく、演技臭い深々とした礼を私に向けてくれた。
私は拍手も歓声もあげられなかったけど、それでも何かを返したくて、ポケットに入っていた百円玉を、指で弾いて帽子の中に放り込んだ。

チャリン、と舗装された地面に小銭のぶつかる音。彼は満足したのだろう。
百円玉を拾い直し、またポケットに突っ込んだ。
(おひねりくらい、素直に受け取ってくれても良かったのに)
私のためだけの風船の犬。素敵な記念品を貰ってしまった。さあ、もう遅いことだし、早く帰ろう。夜は『彼ら』の時間なんだから。

0

死神の仕事

普段から通学に使っている駅のホーム。昼過ぎの人の少ない時間帯。10分ぶりに停まった電車が発車していくのをぼんやりと見送る。それは僕にとって必要な電車では無いから。
『間もなく、電車が通過します』
携帯電話を操作するでもなく手の中で転がしているうちに、待ち望んでいたアナウンスが流れた。携帯電話をポケットにしまい、鞄を肩にかけ直し、一歩踏み出す。その足が、点字ブロックを踏み越える。
これから僕が行うのは、逃避でも、抗議でも無い。示唆でも、復讐でも無い。崇高な意思も、固い使命感も無い。ただ純粋な、『僕』の終わりへの一手だ。
更にもう一歩進む。あともう一歩進めば、1m分かそこらの浮遊感の後、全身を激痛が襲い、それもすぐに終わる。
どうせこの路線はしょっちゅう「人身事故」で止まるんだ。僕一人のかける迷惑など、大したものじゃ無いだろう。
最後の一歩が、ホームを飛び出す。あと少し重心を前に傾けるだけで、全ては恙なく終わる。そのはずだったのに。
「やめとけ。無駄だぜ」
背後からかけられたその声に、無意識に身体が硬直した。上げた脚を下ろした直後、目の前を数秒かけて通り過ぎていく質量と風圧。それが終わって漸く、身体の力が抜けてその場にへたり込んだ。
「ほら見ろ。お前には死ぬなんてできねえンだ」
「……誰だよ。なんで邪魔した」
立ちながら振り返り、声の主を探す。それはホームに設置された椅子に足を組んで腰かけていた。性格の悪そうなにやけ顔をした、制服姿の、多分僕と同年代の少年……青年? まあ、そいつが声の主だった。
「俺かい? 俺ァあれだ、所謂死神ってやつだ」
「それなら僕を殺してくれよ」
「馬鹿言え。死神を何だと思ってやがる。死神は死期を告げ、魂を迎える。それだけだ……いや、違うな。ルール違反をしようとするテメエみたようなせっかち野郎を嗜めるのも重要な仕事だな。地獄ってのは、ンな気軽に行って良い場所じゃねえんだ。あと40年待ちやがれ馬鹿野郎」
自称死神は、そのままどこかへ立ち去ってしまった。

5
0

無血悪魔戦争

スニップ・スナップ・スノーレム。
「おい天使ィ、お前8の札4枚持ちしてんだろ。ズリィなァ」
悪魔が細長い腕で天使を指しケタケタ笑う。
スニップ・スナップ・スノーレム。
「それがどうした?」
天使はそちらに目も向けず答える。
スニップ・スナップ・スノーレム。
「ンだよつまらねえ。もっとノッてこいよォ。そんなつまらない性格してっから万年人材不足なんじゃねえの?」
スニップ・スナップ・スノーレム。
「天使様、剣は使わないルールのはずですが」
場違いに混じる人間が言った時には、悪魔の片腕は既に斬り落とされていた。
スニップ・スナップ・スノーレム。
「イタカ様。しれっと場札からカードを抜き取ろうとしないでください」
「ゲェッ、バレた」
イタカと呼ばれた悪魔の腕を、人間がピシャリと叩く。
スニップ・スナップ・スノーレム。
「イタカ様、それは私の手札です」
「鮮やかなスリの技術だろう?」
「如何様はご法度と最初に申し上げたはずですが……」
スニップ・スナップ・スノーレム。
「……上がり」
「ゲェッ、堕天使ィ!」
「こいつ……注意が向かないように掛け声以外何も言わずに……!」
「堕天使様、おめでとうございます。今回のDaemonium Bellumは、堕天使様の勝利によって、悪魔天使ともに引き分けということで」