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LOST MEMORIES ⅡCⅤⅩ

瑛瑠が痛いと言っても離してと言っても、英人は無視。道行く人に変な目で見られたくもないので、終いには大人しくついていくしかなくて。
そして英人は、ある家の前で立ち止まる。もちろん、瑛瑠の家ではない。
そこでやっと、強く捕まれていた腕が解放された。
「ここは……?」
恐る恐る尋ねると、あからさまに不機嫌そうな声で、家,と一言。
それは、見ればわかる。文脈上、どうやら英人の家らしいけれど。
なぜ自分が英人の家の前にいるのかがわからない。怒りに触れたために連れ込もうとしているのだろうか。英人に限ってそれはないと思うけれど。
そんなことを考えていると、怒りを含んだ低い声で、こんなことを言ってきた。
「ふざけたことを言うな。」
「……何のことですか。」
英人は、見たことのない眼をしている。瑛瑠は、思わず怯んだ。
「君に対して思わせ振りな態度をとったことはこれまでに1度もない。守ると誓ったのは勢いじゃない。昔も今も、君だから守るんだ。
共有者でしかないなんてふざけたことは言うな。長谷川も、歌名も、君のことも、これっきりの関係で終わらせるつもりはない。
君がもし本気でそう考えているのなら、それは馬鹿だ。」

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LOST MEMORIES ⅡCⅣⅩⅨ

瑛瑠は英人に顔を向け、冷ややかな視線を送る。
「言っておきますが、見てたのではなく見かけただけです。
生憎、クラスメートのデートを覗く悪趣味は持ち合わせておりません。語弊のある言い方はやめてください。」
嫉妬宣言に他ならない先程の言葉に、恥ずかしさを抑えられない。
悪態をつくと、妙に納得した様子の英人の顔がある。
瑛瑠は訝しげに彼を見る。
「確かに、瑛瑠の誘いを断ったのは、彼女との約束があったからだ。」
「……大切な人なのでしょう?それなら、私を送るなんて、勘違いさせるような真似はしない方がいいかと。」
瑛瑠に、冷静さが戻ってきた。
「確かに、彼女は僕にとっては大切な存在だ。
だが、瑛瑠だって大切だ。同じ天秤ではかれるものじゃない。」
「歌名の言うOTとやらがわからなかったのですが、あなたのことを見ていて、思わせ振りな態度の略なのだと、たった今理解しました。
私とあなたは共有者でしかありません。態度を改めてください。」
まだ言うか、このヴァンパイア。
相変わらず考えが平行線だと睨むけれど、英人も同じように睨んでいて。
「……ふざけるな。」
そう言うなり、信じられない力で腕を引っ張られる。痛い上に、力まで駄々漏れである。歌名がいなくてよかったなど考える余裕は、今の瑛瑠にはなかった。

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LOST MEMORIES~愛の定義編~

歌名は、僅かに頬を赤らめる。
「そこまで言ったことなかったよね。
はじめはって……今はどきどきしないの?」
歌名の問いに、少し考える望。
「しないわけじゃないけれど、独占したいと思っていたんだ。ぼくの横で笑っていてほしかった。
……今は、ただ笑ってくれればいいかな。真剣に想いを伝えれば伝えるほど、彼女は困る。困ったように笑ってはほしくない。」
止まっていた手を動かす。言葉にして初めて、自分の想いや考えを再認識する。
「それは、愛なの?」
「……どうだろう、たぶん愛になるにはまだ何かが足りないと思うよ。やっぱり、ぼくの横で笑っていてほしいと思うし、霧と仲良く話すのを見て妬くくらいにはまだまだ恋だろうし。
……ただ、それ以上に四人の時間や関係が好きなんだ。これを、壊したくない。」
望は歌名を見つめる。
「ぼくが壊してはいけないし、みんな壊さないと信頼してくれている。もちろん、ぼくもみんながそういうことをしないと信頼している。だとすれば、みんなとの時間や関係に対する想いは愛かもしれないね。」
歌名は一通り聞いて、長テーブルに突っ伏す。
「なんで私の周りはそういうことを恥ずかしげもなく……!」
私もみんなのこと大好きだよと、消え入りそうに紡がれた言葉は、穏やかな空間に吸い込まれた。

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LOST MEMORIES ⅡCⅣⅩⅥ

結局、喫茶店にはひとりで行き、帰りに見かけたのだという説明をする。
「断られた理由がその女の子だと思ったら、少し落ち込んでしまって。私たちの方が、距離が近いと思っていたから。」
肩をすくめると、歌名は深い深いため息をつく。
「瑛瑠は可愛いなあ……ほんと、これでその彼女がお付き合いしてる相手とかだったら許せないな。」
あれだけOTかましておいて,なんてぶつぶつと話す。
お付き合いしている子でなければ、それはそれで複雑だと思うのは私だけだろうかと瑛瑠は苦笑する。
でもね,と神妙な顔をする歌名。
「そういうことする人じゃないと思うんだけどな。」
そういうこと、とは。
「英人くんイケメンだから、女の子に誘われることはあるかもしれないけど、正直私との約束を優先してもらえる自信あるもん。」
瑛瑠も、たぶんその自信があったのだ。だからこそ、一方通行を自覚しての落ち込み。
瑛瑠は、ふぅと息をつく。
「全部知らなくてもいいんです。
でも、ね?妬いちゃうでしょう?」
笑いかけると、素直な歌名は不満げにも頷く。
「さぁさぁ、プレゼントくれるんでしょ。行きましょう。」
歌名の手を引くも、行く手を阻まれる。
目の前に立ちはだかる御仁を、瑛瑠は軽く睨む。
「……どいてください。」
「なぜ今朝から僕を避けてる?」

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LOST MEMORIES ⅡCⅣⅩ

「すみません、長居しすぎました。明後日、今度は友人を連れて、4人でお邪魔します。」
2日後は予定していた報告会。歌名と望にも、ぜひここへ来てもらいたいと、瑛瑠が提案した。
前回はどのタイミングだったか未だに謎であるお会計済まされ事件があったが、今回はひとりなのでしっかりレジの前に立つ。すると、レジ横の腕時計に目が留まる。ウォッチスタンドにおさまるそれは、明らかにメンズであった。
花は苦笑いする。
「瑛瑠ちゃんも気付いちゃったか。まぁ、目立つに越したことはないのかもしれないけどねぇ……。」
語尾を濁す彼女は、慣れた手つきでレジを打つ。
「職業柄、指輪は付けないようにしてるの。食器を傷付けちゃうし、何より衛生上アクセサリーは良くないでしょう?でも、基本わたしひとりでまわしているから、何もしないのは心配だと言われちゃってね。」
指輪、と言ったか。
「旦那さまですか?」
確かに、結婚していてもおかしくない年齢ではあるが、身近にいるチャールズがあんな感じなので、考えもしなかった。
「そうなの。たまにコーヒー飲みに来たりするから、そのうち主人と鉢合わせることもあるかもね。」
それも旦那さんの一種の牽制なのだろうなと思い至った瑛瑠は、愛されていますね と微笑んだ。

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LOST MEMORIES~番外編Ⅲ~

放課後の教室。机に、コトンとあったかい缶コーヒーが置かれた。
「休憩しましょう。お疲れ様です。」
凄まじい勢いで動かしていたペンを一旦置いた英人は、瑛瑠を見上げた。
「お砂糖は要りませんでしたよね。」
そう言って瑛瑠は向かいに座る。『Dandelion』で注文したコーヒーには、砂糖は入れなかったから、そのことを言っているのだろう。
ありがとう。そう微笑んだ英人は、コーヒーに口をつける。瑛瑠も同じものを手にしている。聞けば、瑛瑠も砂糖は使わないと言う。しかし、続きがあった。
「ただ、角砂糖なら入れたくなります。」
「……何故?」
「魅力的な形じゃないですか。立方体って美しいと思いません?」
英人は呆れたように笑った。広げている数学の問題集に目をやる。瑛瑠が数学が得意だということで、教えを乞うていたのだ。別段、数学が不得手というわけでもないのだが、始業早々のテストで点数負けをしたことの悔しさから、こうした待ち時間に付き合ってもらっていた。
瑛瑠の言葉を思い、改めて苦笑する。自分が好きな分野が文学や哲学だから、数学好きはどうにも理解できない。
「待っててくれたの!?遅くなってごめんね!」
教室に飛び込んできた望と歌名。今日はいつもより会議が長引いたようで、外もだいぶ暗くなり、夜が顔を見せ始めている。
缶コーヒーはまだ温かかった。

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