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LOST MEMORIES ⅡCⅡⅩⅦ

「ないと思いますよ。」
即答。平然を装っているのか、はたまた平然なのか。迷いも驚きも感じられない流れるような回答に、瑛瑠は内心、やっぱりかとも思う。
「チャールズと話していると、性格がねじ曲がりそう。」
教えてはもらえない。それを悟って、今度こそ寝ようと、ため息をひとつついて立ち上がった。
のを、チャールズが腕を引っ張ったせいで、再びソファに身を沈められる。
「何をするの!」
「ですから、ないと思いますよ。」
彼女に会ったことは。
相変わらず何を考えているのかわからない表情ではあるが、こう2回繰り返すことは今までになかったように思う。ましてや、腕を引っ張って、強引に引き留めることなんて。
反応しあぐねていると、チャールズはとりあえず掴んでいた腕を離した。
「お嬢さまからの信頼が、緩やかに下降している気がしますが、私の気のせいでしょうか。」
否定はできない。曖昧に微笑むと、それに重ねるように美しい微笑みが返ってきた。
「沈黙は肯定と見なします。」
日頃の行いのせいである。チャールズは、今一度胸に手を当ててこれまでの思わせ振りな数々の言動を省みるべきだ。
さて、そんなことは言えない。
「どうして断言できるの。」

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LOST MEMORIES ⅡCⅡⅩⅣ

「クッキーありがとう。」
寝る前、ふと思い出してチャールズに声をかける。例にならって、チャールズは眼鏡をかけて本を読んでいた。
「使うべき時が、ちゃんと来たでしょう?」
顔をあげてこちらを見るその碧は柔らかく優しい。
察してくれて良かったですと微笑む彼は、ついでに、さすがに持ち帰ってこられたらふたりの立ち居振舞いを疑ってしまいますからね,なんて辛辣な言葉も添えて寄越したのだが。
「でも、どうして?」
野暮な質問であることに気付くべきだった。お嬢さま,とたしなめるような声の調子に、困ったような呆れたような笑みを貼り付けるも、チャールズは答えてくれる。
「きっと払わせてくれないと思ったから。そう言って、渡されたことがあるんです。」
チャールズは続ける。
「こちら側としては相手に払わせる選択肢は存在しないのですが、さすがに当たり前のような顔をされてしまうのは癪でしょう?」
さも可笑しそうに言う。
経験があると見た。
「だから、それが嬉しかったんですよね。
まあ、彼がどう思ったかは図りかねますが、嫌だと受け取られることはないでしょう。」
思い起こすが、嫌悪感はなかったはずだ。
「10年の差って大きいのね……。」
チャールズの話を聞き、違いを分かりやすく突きつけられ、改めて感心する瑛瑠だった。

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LOST MEMORIES ⅡCⅩⅢ

新しい道が色々と見えてきた。それがチャールズと瑛瑠の関係に当てはまるかは別として、選択肢が増えたことで拓けた気になる。
チャールズに話した、イニシエーションについての考察――何らかのプロジェクトなのではないか――を英人に話してみた。
瑛瑠が話終えたあと、英人は口を開きかけたのだが、
「そういえば、英人さんは成人してらっしゃるんですよね?」
今までの話とは何の脈絡もない振り方に、口をつぐんで目を少し見開いた。
「そうだが。」
「それでもなお、イニシエーションと言われてこちらへ送られたのですか?」
「ああ。」
事も無げに言うその様子に、瑛瑠はどう返したものかと閉口する。
「何かこう……なかったんでしょうか。不安や疑問など。」
当初、チャールズを質問攻めにした記憶がよみがえる。それは今も変わっていないかもしれないけれど、英人が素直に従ったのだろうか。
「僕は聡いから。」
そう言ってコーヒーを飲む。面白そうに言う裏にはからかいが見てとれて、瑛瑠は少しむっとする。
「さすが、大人は違いますね。」
嫌みに対して苦笑いを返される。
「僕は、10年前の記憶が多少残っていたんだ。何かあるなとは思っていたし、文献も漁った。それをふまえて、従ったんだ。」

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LOST MEMORIES~番外編Ⅱ~

真っ先によぎったのは、何かあったなという確信だった。
いつもより早い時間に帰宅する瑛瑠は、制服を着替えず、リビングのテーブルに大量の紙を重ねあげていた。スカートのひだが崩れるのもお構いなしに座っている。
チャールズは彼女へ、とりあえずお帰りなさいと声をかけた。
「今日はどうなさったんですか。」
乾いたホチキスの音が響く。
ただいまと言った彼女は顔を上げずに、友人の手伝いだと話す。
「あまりに忙しそうだったから、手伝いを申し出たの。書類とじなのだけれど。」
チャールズはすっかり慣れた手つきでコーヒーを入れる。そして、いつもより覇気のない、愛しいその声に耳を傾けた。
「みんなと一緒にやろうと思ったんだけど、教室も図書室も使えないから、これを借りて家でやろうと思ったの。」
ホチキスをちらつかせた瑛瑠の声は、やはりいつもより暗くて。
彼女が帰宅してから、やっとかち合った瞳。
ああ、もう。彼女も、こういう顔をする子だ。
チャールズは2つのコーヒーカップを、離れたい位置に、丁寧に置いた。書類にかかってはいけないから。
そして、後ろから瑛瑠をふわっと包み込む。瑛瑠の体が強張るのを感じた。
違う、怯えさせたいわけではない。
「ち、チャールズ!?」
「珍しく感傷的みたいですね。」
驚いたことで悲鳴に近いものをあげる瑛瑠に、努めて茶化すように言う。
その顔を見るのは辛い。どうか、笑って。
瑛瑠の体から、力が抜けたように感じた。瑛瑠を包み込むその腕に、少し笑って彼女は手を添える。
「ちょっと寂しかった。ずっと独りだったはずなのにね。」
胸が締め付けられる想いだった。思わず顔が歪む。
さて、そんなことはいさ知らず、瑛瑠は顔を上に向け、チャールズの瞳を見つめてくる。
「ね、ぎゅってしてもいい?」
悪戯っぽいその眼に苦笑する。そういうところだと言いたい。
どうぞという返事に、彼女は嬉しそうに、そしてはにかむように微笑んで、照れ隠しの意味もあるのだろうが、立ち上がると勢いよく抱きついてきた。
あったかい。くすりと笑って放たれた言葉に、既視感を覚える。
ほら、スカートにはすっかり皺がついてしまっている。
願わくば、彼女が笑顔でいられますように。
自分の罪を贖う術を想いながら、今度はぎゅっと抱き締めた。

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LOST MEMORIES ⅡC

「さて、可愛いお顔が台無しのお嬢さま。」
はっと顔を上げるも、言葉の意味を飲み込んでむっとする瑛瑠。
「どうせ私はあなたほど女性を絆すような顔はできませんよ。」
「こら。」
そう言いつつも、チャールズは輝き割り増しの微笑みで続ける。
「その事に関しては心配無用です。お嬢さまは自覚がない分さらにたちが悪いので。
――それよか、明日のデートは何を着ていくんです?」
すごく失礼なことを言われた気がするが、流しておこう。
デートではないけれど。
立派なデートです。
不毛なやり取りを交わして瑛瑠は尋ねる。
「誰かと出掛けるときは、どんな服を着たらいいの?」
さて、万能人チャールズの出番である。
「お任せください。」
恭しくお辞儀をしたかと思えば、リビングから出ていってしまった。
瑛瑠は考える。
コーディネートしてくれるのだろう。クローゼットを開けるのは必須。とすると、部屋に入るのも必須。
何もないけれど。何も、ないけれど。
「ちょっとチャールズ!?待って!」
看病時は特例だ。慌てて瑛瑠も立ち上がるが、チャールズは既に姿を消している。
顔を赤くした瑛瑠が部屋に入り、仕事の早いコーディネーターの並べる服を見て驚くという一連の流れまで、あと5秒。

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LOST MEMORIES CⅨⅩⅧ

また謎が深まっただけだ。滅多なことでこの言葉は使いたくないが、絶対、正真正銘、あればチャールズである。
その微笑みに触発され、無性に腹が立った瑛瑠は、おへそでお茶が今まさに沸いている状態で質問攻めだ。
「じゃあどうして私はお兄ちゃんと呼んでいたの!?」
「どうしてあなたは私をパプリと呼んでいたの!?」
「お母さまだってお兄ちゃんと読んでいたわ!!」
「あのチャールズは誰!?」
「あなたは誰なの!!」
「私は誰!!」
はいはい落ち着いてくださいと宥めるチャールズは、ぐずる子供をあやすママだ。ホットミルクを加えてくれる。そしてスプーンで蜂蜜を掬ってかき混ぜるまでの流れる所作で、瑛瑠はいとも簡単にあやされてしまった。
「そもそも、私とお嬢さまでは似ても似つかないでしょうに。」
空気が浮上したため、瑛瑠も軽口を叩く。
「そうね、どうせ私はチャールズの顔の足元にも及びませんわ。」
ありがとうとは伝え、口許に運ぶ。拗ねた口調にチャールズは苦笑いだ。そもそも髪色も眼も違いすぎますよと言われる。
そう言われて思い出す両親の顔。基本瑛瑠は父似である。そういえば、母は白髪で碧眼であった。髪と眼の色が違うと、やはり抱く印象は変わるもので。
そうしていきついた先は、母とチャールズが似ているということ。
母を疑うわけではないが――
「チャールズ。あなた、隠し子?」