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LOST MEMORIES ⅦⅩⅣ

いきなりの呼び掛けに、それはもう心臓が止まってしまうかのごとく驚いた瑛瑠。
「は、長谷川さん……」
止まりかけた心臓は、慌てたようにすごい勢いで動き出す。
瑛瑠は思わずしゃがみこんだ。
「びっくりしたー……急に後ろから声かけないでください。」
恨みがましく見上げる。昨日チャールズに止められたうわめづかだということには気付かない。
望は一瞬固まり、困ったように微笑んで、ごめんねと手を差し出す。瑛瑠は、ありがとうございますと、手をとった。
「どうしたんですか?」
瑛瑠が聞くと、望は少し肩を竦める。
「先生に頼まれちゃって。瑛瑠さんは?」
学級委員長の仕事だろうか。
「ちょっと調べものを。」
あながち間違いではない。
「終わった?」
何も調べてはいないが、なんだかよくなってしまった。私、どこまで考えていたっけ。
「はい、もう大丈夫です。」
望は重ねて聞いてくる。
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろう?」
断る理由はない。頷くと、後ろに華が舞う勢いで笑顔になる。
「教室から物とってくるから待ってて!」
「ちょっと、長谷川さん!」
瑛瑠の呼び掛けには振り返らずに行ってしまった。先生からの頼まれ事はいいのだろうか。

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LOST MEMORIES ⅥⅩⅨ

「今日は委員決めがあるね。何かやりたいのはある?」
「実は私、よくわからなくて……」
チャールズに説明を仰いだとき、メイドのやるようなことですよと言われた。そのときはそうかと納得してしまったが、雑すぎる説明だと今更ながら気づく。
「長谷川さんはやりたい役職とかあるんですか?」
望は少し照れるように言う。
「実は、学級委員長がやりたいんだ。」
名前からして、クラスのリーダーなのだろうと思う。メイドはそんなことしない。チャールズはそういうとこあてにできないと、瑛瑠は改めて自分に言い聞かせた。
「立派なお仕事ですね、応援します。」

始まった一時間目は自己紹介から。ヴァンパイアの彼の名を、やっと知ることができた。霧 英人(きり えいと)というのだそう。その名を数回反芻する。
二時限目は委員決め。とりあえず委員長 副委員長を立候補で,と鏑木先生。
その2つの役職は、瑛瑠が思っていたよりもずっとはやく決まった。それぞれひとりずつ立候補したからだ。
朝の会話通り、委員長は望になった。副委員長は、ショートカットの女の子だ。名前は伊藤 歌名(いとう かな)。自己紹介の様子を思い出すと、元気で愛想のいい印象だった。笑顔が愛らしい。
ふたりに仕切られて、委員会 係は少しずつ穴を埋めていった。

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LOST MEMORIES ⅥⅩⅤ

随分と冒頭で寝落ちてしまったようだ。チャールズの声が心地よいのがいけない。
そして、ここから先は思い出せなかった。
「だいぶ序盤でお休みになりましたね。女の子に協力者が現れたところで、私の肩にお嬢さまの頭がのりましたよ。」
「……そこの話知らない。」
「まあ、昔話なので。」
ほら、起きてくださいね,とベッドから離れる。どうやらリビングのソファからここまで運ばれてきたようだ。思った以上に恥ずかしいそれを頭から振り払うように部屋を出た。
随分と細かい昔話だ。どこに伝わるものだろうか。
準備をしてリビングへ入る。席につき、先ほどの昔話について聞いてみる。すると、チャールズは笑う。
「寝る前の読み聞かせですよ。次の日に内容を聞きたがるだなんて。忘れてるものだと思っていたのに。」
すごい子供扱いされた気がする。そう思い、拗ねたように言う。
「だって、あまりにも詳しいんだもの。どこで聞いた昔話なの。」
探りを入れようと思っているわけではない。純粋に興味があるだけだ。この質問を、チャールズがどうとるかはわからないけれど。
「では、また眠れない夜にでもお話ししてあげますね。」
少々むっとするけれど、また聞けることに今は満足しておこう。今日は遅めに起きたから、時間的余裕は昨日よりない。いただきますと手を合わせるのだった。

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LOST MEMORIES ⅥⅩ

ご飯、お風呂、歯磨き、すべてを済ませ、あとは寝るだけ。困っているのが、全く眠くないということだ。そりゃ、あれだけ日中に寝てしまえば眠くないはずである。そして、そもそも夜行性なのだ。
寝る準備万端の状態で人前に出るなどしたいことではないが、部屋にいても気が晴れないどころか目が冴えてくる一方なので、寝ようとすることを放棄した。
いるのはチャールズだからというのも理由のひとつである。
アイボリーのカーディガンをひっかけ、リビングへ行く。
明かりが漏れている。起きているのだろうと思って行ったものの、予想通り過ぎて笑えない。
「お嬢さま、起きてらしたんですか。」
少し驚きを滲ませるチャールズの横に座る。
「眠れないの。」
納得したように苦笑して、ちょっと待っててくださいねと言う。
立ち上がるチャールズから目を離し、置かれた本を手に取る。本というより、手記に近いような冊子。タイトルはない。開けてもいいものかと躊躇っていると、チャールズがカップをひとつ持ってきた。もう一方の手に持っていた蜂蜜の小瓶を置くと、その手でそのまま本を取り上げられる。
「人のものを勝手に探るような無粋な真似はするものじゃありません。」

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LOST MEMORIES ⅤⅩⅤ

瑛瑠はどうしたらいいのかわからなかった。
撫でられた頭に少し触れる。先のチャールズの表情が頭から離れない。
傷つけたのはどの言葉だろう。皮肉めいて放った言葉ばかりで、思い当たる節しかない。しかし、なぜ傷ついたのかに思い当たる節は全くない。
ひとり気まずくなり、切り出す。
「私、部屋に戻るね。」
できるだけ、明るい声を出すように努めたが、それができていたかはわからない。
「はい。お疲れ様でした。」
チャールズは至って普通だった。
部屋に戻るなりベッドに倒れこむ。しばらくはぼーっとしていた。
さっきのは何だったんだろう。
ちらつくサミットの存在と、自分の人間界送り。付き人には、一連のことが知らされているようであった。
任せると言われた視察。そもそもなぜ自分なのだろう。パプリエールは、王の一人娘である。唯一の継承者。もし何かあっては大問題である。
今までの護衛ありきの生活にうんざりもしていたが、こう急に自由になってしまうと、追放されたような寂しさや悲しさがある。たとえ、イニシエーションだとしても。
だからこそ、共有者をはやく見つけたかったのも事実で。チャールズはまだ考えなくていいと言ってはいたが、心の安定に、瑛瑠が欲しているのである。ただ、並外れたアンテナがないぶん、それが難しいだろうことも予想できているのだが。
唯一の心の拠り所であるチャールズとも、今は居にくい。あれでは、どこに地雷があるかわからない。
「やだ……」
思わず出たそれは、静かに部屋に吸い込まれた。

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LOST MEMORIES ⅤⅩⅠ

「ですから、お嬢さまは当初の目的を遂行するだけで良いのです。
人間界の視察と情報共有。」
軌道修正。名目はイニシエーションである。
「予想はしていましたが、ここまで話すことになるとは。」
ひとつ息をつく。
瑛瑠は冷めきったハーブティーに口をつけた。
「何も説明してくれないからよ。」
入れ直しましょうか,というチャールズの言葉に首を横に振って応え、言い訳するように言った。
「まだ、何かある?」
残りを飲み干して、瑛瑠は尋ねた。
「いえ、明日の確認くらいでしたよ。夕食の時にしようと思っていたのですが、どうしますか?一度、休憩を入れます?」
瑛瑠は横に首を振る。
休憩を入れたからといって何をするわけでもない。だとしたら、そのままの頭で話を聞いたほうが効率がいいというものだ。
「聞かせて。」
チャールズは頷いた。
「それでは、明日の確認をします。引き続き、魔力持ちを探すことと人間に馴染むことに重きをおいてください。
それと平行して、当初の目的も、少しずつ触れていきましょう。しかし、とりあえずは情報共有については考えなくても良いです。魔力持ちを見つけなければ始まりませんし、相手を見定めて共有者は選ぶべきですから。」
チャールズは瑛瑠を見つめる。
「それと同時に、お嬢さまも相手から見定められているということを忘れないでください。」

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